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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
7/12

不思議の店のアリス

デレのないツンだけのファルダニアと、不思議少女アリスが港町で暮らすために、お店を始めるお話。


 ここは、食材自身が持つ滋味豊かな風味を生かす、自称レストラン「森のエルフ亭」



  「素材を生かした、この料理が分からないの?」


 【本日のコース】


 ・前菜 季節のキノコ三種盛り

 ・新鮮キノコのサラダ キノコを添えて

 ・キノコのスープ しびれるおいしさで

 ・キノコの炊き込みライス 

 ・デザート 笑えるスイートキノコ


「これって、キノコですよね」

 客が目も前に並べられた皿とメニューを指しながら、笹穂耳のエルフの店主に不満そうに質問をしていた。


  「そうよ」

  「キノコ以外ってないんですかね」

  「ないわよ」

  「俺には、これもこれも、さっき出てきたのも同じキノコに見えるんですけどね」

  「だって、同じだもの」

  「キノコのサラダ、添えてってのは何、添えてっのは?」

  「添えてるから、『添えて』よ」

  「じゃあ、それを取り除いたら、どうなるんだよ」

  「そりゃあ、『新鮮キノコのサラダ キノコを除いて』よ」

  「除いたものも、これと同じキノコでしょ?」

  「まあ、そういうことになるわね」

  「ああああ、もう!」


 客の若い男がテーブルをバンと叩いて出ようとした。

 何で、こんなに怒るのかしら。


  「文句があるなら、出て行っていいのよ」

  「いいのよ」


 両手を腰に添えて、

 厨房から出てきたアリスもファルダニアのあとに続ける。


  「お客さん、お勘定をお願いします」

  「もう二度と来るか!」

 この港町でよくみかける銀貨を1枚、投げつけた。

  「まいどありー」

  「ありー」

 皿を片して、手をつけていない料理を二人して、つまみ食いする。

  「こんなに美味しいのにね」

  「ねー」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 豊かなエルフの森の中なら新鮮な食料がいくらでも手に入った。

 人があふれる町に出ると、どうしてもお金が必要になる。

 実に、せちがない。


 私達のエルフの森の中にあるキノコを小さな箱に入れ、ベルトに『キノコ入れ』と呼ばれる小さなカバンを取り付けている。

 持ち歩くのにも邪魔にはならない。

 そうすれば、適当な木を見つけて直射日光を避ければ、何日かすると、どこでもキノコを食べることができるのだ。

 だからといってキノコだけでは長命のエルフとは言えども生きていけない。

 お腹が膨れることと、生きるために食べることとは違うのだ。

 穀物や野菜も適度に食べないと死んでしまう。



 港町でゼリーに出会って衝撃を覚えた私達はしばらくの間、この町で暮らすことにした。

 私ひとりなら町中に生えているキノコや草をとって食べれば、しばらくは我慢できるが、育ち盛りのアリスを抱えては、さすがに毎日同じものをというわけにもいかない。

 穀物も野菜もしっかりとらないと、成長に影響が出てしまうのだ。


 私は修行と実益を兼ねて、料理屋をはじめることにした。

 寝起きする場所兼お店となる部屋を大枚をはたいて何ヶ月分か前払いすると、その後に料理の材料を買う先立つものがなくなってしまった。

 料理屋以前の死活問題だ。


 この港町で手に入る材料で私達が食べられるものは、手持ちのものと地元で採取したキノコと海草になる。

 海草の方は目下研究中なので、エルフにとって慣れ親しんだキノコがレストランに出せる主力の材料になる。


 この港町でも新しいキノコを探して、ぐるっと回ってみたが、どうやら食べられる不思議なキノコを見つけた。

 それにしても、妙に光るキノコよねえ。

 森にはこんなキノコなんて無かったわ。

 生でかじっても甘いキノコを食べると妙にテンションがあがる。

 焼くとダメになるから、何か調理方法がないかしら。


 無償の愛、無償の優しさ、そして無償の食材。

 それにしても『タダ』ほど美しい言葉はない。


 そう、キノコはビューティフル。

 キノコは正義。

 究極と至高の旨みをもったキノコこそ、食材の王様。


 今日は、ちょっと何かに酔っているような気がするが、キノコに関しては何も間違ってはいない。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 陽に焼けた漁師か船乗りと見える初老の男が店に入ってくる。

 アリスが水とおしぼりを出すと、上機嫌な初老の男が注文を出した。


  「そこの、ねーちゃん。何か、こう、ガッツリ食べられるものをくれ」

  「おまかせでも、よろしいですか」

  「ああ、うまいものを早く頼むよ。俺は腹が減ってるんだ」



 毎度のコース料理を出そうと準備をすると、アリスは私の服を何回かひっぱる。

 私を振り向かせたい時に、よくやることだ。


 アリスは私に肉厚な大きいキノコをいくつか差し出して、話す。

  「これをショッパイ汁で焼いて」

 私はアリスを覗き込んで諭す。

  「食べたいの? お客さんが来ているから、ちょっと待ってね」

  「違うよ。お客さんに出すの。お客さんがこれを食べたいから」

  「お客さんが食べたいの?」

  「うん」


 何だかよくわからないが、不承不承、アリスから受け取った大きいキノコを焼き始める。

 ショッパイ汁というのは、私がネコヤで食べたトーフステーキにかけられた黒い汁を作るため、目下研究中の調味液である。

 森都に住む父の古い友人クリスティアンから分けてもらったエルフ豆を発酵させた茶色いものに、塩水を入れ、時間をかけて上澄みの液体を取り出したものである。

 ネコヤで口にした黒い汁の味には到底及ばないし、似ても似つかない。

 ただ、焼いたものにかけたり、スープに入れたものがアリスはお気に入りらしい。


 火であぶったキノコから薄っすらと汗がにじみ出始めるのをみると、ショッパイ汁を回しいれる。

 こぼれた汁がジュッと蒸発すると、周囲に香ばしいかおりが漂ってきた。

 店にいる人の視線が、何故か私に集まっている。


 脇でアリスが白いライスを手で玉のよう丸めて、皿に積み上げて入った。

 それが終わると、アリスは煮立った湯に、いろいろなキノコと海草を放り込み、ショッパイ汁をさっといれる。

 あっという間に具だくさんのスープを作ってしまった。


  「アリス、焼けたわよ」

  「もってく」

 盆を見ながら、足取りが危なっかしい様子で、ナイフやフォーク、大きなキノコ、丸められたライスにスープを運んでいった。


 テーブルにたどり着くと、男の目の前に、丁寧に並べていった。

  「おあがりなさい」


 アリスが家にいたときの習慣なのか、店にはふさわしくない言い方をしていた。

 それを聞くと、男がにっこりと笑い、目を閉じ食事前の祈りを始めていた。

  「我らの青の神よ、今日も糧をお与えいただき感謝いたします……」

 祈りが終わると、ナイフとフォークを持って、キノコと格闘を始めていた。

 男は最初にキノコをきれいに同じ幅に切って、丸いライスの玉を行儀悪く手でつかみとり、ほうばった。


  「何だ、これは!」


 ライスの玉には、カミラからもらった海草を煮た物など、それぞれ別なものが入っているようで、夢中になって男は食べていた。

 キノコの存在に気づいた男は、さきほど切ったキノコを口の中に放りこんで、ライスの玉をかじる。

 目を丸くして驚きを隠せないようだ。

 間を空けずにスープをすする。

 あとは、休むことなく繰り返していった。


 食べる勢いが変わらず、たいした時間を経ないで、皿がすっかりきれいに片付いてしまった。


  「ふぅー、食った食った」


 男が腹をたたいて、ひと心地ついたところに、自分の作ったスープが残っていたのを気にしていたアリスがライスの玉をもってきて、男の目の前でスープに放り込んだ。


  「おあがりなさい」


 食事を持ってきた時と違い、有無も言わさないアリスと顔つきと物言いに、男が驚いて、スープに放り込まれたライスの玉を眺めて

「おう、おお、わかった、食べる」

 と、威圧感に驚きながらも、ぞぞぞと汁につかったライスの玉を崩しながら、すすり始める。

  「なんでい、これも、うめえぞ」

 さらさらとしたライスと具だくさんのキノコスープの汁が、塩辛い味と山の風味とともに、男の腹の中へと一気に流し込まれる。

 つかれて塩っ気と腹に溜まる物が欲しかった男は、自分が欲していたものがこれだったのか、と教えられているような気がした。


 あれよあれよという間に、出された料理は全て消えていった。

  「ふー、苦しい。もう食えない!」

 誰に聞かせるわけでもないのに、ひとりギブアップ宣言を出す男に、アリスは水を運んでいく。


  「ありがとよ、お嬢ちゃん。うまかったぜ」

  「お粗末様でした」

 男は旨そうに器から一気に水を飲み干した。

  「ごちそうさん。 お勘定、置いていくよ」

  「まいどありがとうございましたー」

  「したー」


 机の上を見ると、半金貨と呼ばれる金貨を半分に割ったものが置かれていた。

 銀貨何十枚分の価値があるんだろう。

 食事の心づけのつもりだろうが、私は信じられずに、しばし硬直していた。


 厨房にアリスの作ったライスの玉が残っていたので、黙って齧ってみて驚きを隠せなかった。

 具が中に入っているなんて、これって、ネコヤのオニギリと同じようなものじゃないかしら。

 自分で考えたの? それとも誰かに教わったのかしら……?


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あのお客さんが話を広めたせいか、メニューにない「キノコステーキ」と「キノコリゾット」を食べたいと客が殺到した。


 私にとっては、焼いただけとスープにライスを入れただけの賄い料理のようなものが評判になってしまって、料理を極めようとする私のプライドが崩れ落ちそうだった。


 しかも、アリスはお客を見て、お客のために食べたいものを見抜いて、欲しいタイミングで出している。

 それに比べて私は、私が美味しいと思うものを、お客に押し付けているように思えてきた。

 あの子、味覚も鋭いけど、食べたいものを出すという、とんでもない才能があるんじゃないの。


 アリス……、恐ろしい子。

 私も負けてはいられないわ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 店もひと段落したしたので、カーテンを閉じて陽がはいらないようにした店の奥の部屋で、私はアリスとゴソゴゾとキノコの収穫をしていた。

 色艶、形もほどよく、香も高い。

 壁や柱、備え付けの家具に、十数種類のキノコを育てている。

 簡単に手に入る浜辺でとってきた流木は塩気を抜いた後に乾燥させてからでないとキノコの栽培に向かない。

 既に乾燥している柱や木に小さい穴を開け、キノコの破片を埋め込む。

 大きな木に根付いたキノコは、木から栄養を吸い取り、より大きく、よりおいしいものになる。

 根付くまでに少し時間はかかるが、一旦生えてくれば、採っては次の日にまた生えてくるので、キノコは新鮮で仕入れがいらない。

 毎日立派な食材が、すぐ近くで手に入るという寸法だ。


  「キノコステーキ」が評判なので、肉厚のキノコを多めに増やそうと、家の太く栄養が多そうな柱に穴を開け、キノコの破片を植え付けた。


 食うや食わずの店の経営も安定して利益が出るようになり、アリスの好きな甘いものもようやく買えるようになった。

 アリスが菓子や食べ物をねだってくることもなく、機嫌が良くなった。

 今では店を開く前から行列ができるようになって、目がまわる忙しさになったが、店を閉じる夜間に料理の研究は欠かさない。

 いろいろな材料を手に入れ、アリスとともに新しい料理を作ったり、ネコヤの料理を模倣しようと実験する日々だ。


 いつかネコヤの料理を越えてやるんだから!


 私は決意を大きな声で口にすると、ぐっと拳を握った。

 声に反応して、家がミシミシッと揺れて鳴りだした。

 まるで、私の決意を応援してくれたような気がした。


しばらくバタバタ何もできない状態だったので、これから少しづつ書き溜めます。

次回は、アニメ版ロスに耐えながら、実験作かドタバタ劇になるのでしょうか。


そういえば、月曜に漫画版の2巻を買ってこないと。

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