干物姉
アレッタにも関係深い、サラさん、シアさんのお話。
最初からベテランなんて誰もいません。
妹ちゃんは気苦労が絶えません。
私の姉さんは半年前に病に侵された。
それは王都の大商会を営む我が一族に遺伝し、命に関わる恐ろしい熱病の一種だった。
代々、一族の何人もの命を奪っている。
病に自覚するようになった姉さんは、ひとり、家から出て行き、旧市街の小さな家に移り住んだ。
病で家から離れるとなれば、深窓の令嬢が穏やかな田舎の別荘で規則正しい生活と栄養をとり、おとなしく体をいたわる。
まさに薄幸な美女の理想的な療養生活……を世間の誰もが想像するだろう。
だが、私の姉さんのは世間の病とはちょっと違う。元気すぎるのだ。
我が一族の間で『ウィリアムの呪い』、そう呼ばれる病になったのだ。
ウィリアム=ゴールド。
我がゴールド家の初代当主にして、この街の繁栄をもたらした英雄。
この国では冒険譚が広く知られ、生きる伝説のトレジャーハンターである。
我がゴールド家が豊かな家のひとつに数えられるのも、ウィリアム=ゴールド、その人があってこそ。
世界に散らばる伝説と財宝を求め、旅と戦いを繰り広げるトレジャーハンターは数多くいるが、財宝の発見と生存なくして成功とは呼ばない。
多くの者は見知らぬ土地で倒れ、朽ち果てるという、危険な浮き草稼業である。
知力、体力、時の運、洞察力に灰色の脳。
神より祝福された数多の才能を持ち、大胆に行動できる者だけに、隠されたお宝がその姿を現す。
数多くの二つ名を持ち、人々から賛辞をもって迎えられるのだが、私から見れば調子の良い、食い意地の張った大人げない、ただの曽祖父だった。
『ウィリアムの呪い』、それは一族の者がトレジャーハンターになることをいう。
一族のものが曽祖父の姿と名声に憧れ、自らが並び称される存在になるべく旅立つが、無事戻ってきたものは少ない。
小さい頃、遊んでもらった記憶のある従兄のおにいさんも、旅立ってそれ以来、戻ってこないという。
曽祖父の面白おかしい冒険話を聞くにつれ、次第にその気になって旅立った者は、どうなったのだろう。
姉さんも、初めは楽しそうに聞いていたが、その裏の悲劇を知ると、それが悪魔の所業のように曽祖父と距離を置いていたはずだった。
小さい頃に、隠しておいた大切なお菓子を曽祖父に無断で食べられて、曽祖父を嫌いだって言ったくせに!
一族のトレジャーハンターとなったものが、非業の死を遂げた知らせをたくさん聞いて、もう嫌だと泣き叫んでいたはずなのに!
跡を継いで、将来のゴールド家を担う当主とならなければならないのに!
その責任をぽーんと投げ捨てて、私に寄越した。
あの姉さんが血迷って、毛嫌いしているはずのトレジャーハンターになってしまったのだ。
ちょっと、文句を言っておきたい。
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「シィーアー、シィーアー、ちょっと用事を頼まれてくれないかしらー」
一階からいつもの間延びした呼び声で、お母様が姉さんの様子を偵察してこいという。
お使いの割には、持っていく荷物があまりにも多い。
大半が食料のつまった木箱と、洗濯した着替え。
馬車に荷車を連結して、永年、家に仕え御者も兼ねる執事が、そこにせっせと荷物を積んでいる。
自分から出て行った娘に、こんなに仕送りする人がいますか?
どう見ても、放っておいているようには見えません。
お母様、過保護すぎますわ。
これは、ちゃんとサラに渡してね、と『サラへ 大事なもの』とかかれた立派な箱を渡された。
ああ、またアレか。
「お嬢様、準備が整いました」
馬をブラッシングしている執事に促されて、私は優雅で美しい木で作られた馬車に乗り込んだ。
執事の手綱さばきで、優しく静かに、自分の部屋にいるかのように移動を始める。
馬の蹄鉄が石畳を蹴り上げる音が規則正しく、心地よく響く。
しばらくして、新市街から旧市街を隔てる大きな橋を渡ると、見える建物が一変していた。
レンガと石でできた家々に時代を感じるが、くすんだ寂れのようにも見えた。
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馬車の中が気持ちよい揺れと音で、つい、うつらうつらと浅い眠りに落ちていた私を執事が起こした。
「つきました、お嬢様」
執事は、ひとりでせっせと膨大な荷物を道の真ん中に下ろしていた。
胡乱な状態で半分寝たままの眼で、執事にお願いする。
「陽が落ちる前に、迎えに来て頂戴」
「かしこまりました、お嬢様」
執事は深く頭をさげると、馬を操り屋敷へと戻っていった。
たどりついたそこには一軒の小屋があった。
トレジャーハンターになるから家を出て行く、といった姉さんに、ゴールド家所有の倉のひとつを、わざわざ娘のために小屋に改造した挙句、押し付けた家だった。
サラ=ゴールド。
扉の脇のあった表札には見慣れたお父様の字で書かれていた。
過保護すぎますわ、お父様。
……そこに残された荷物、他の馬車が来たら迷惑じゃないかしら。
と思ってみたが、それ以前に姉さんに荷物を渡せるか心配になってきた。
何といっても私が行くことを知らせていなかったのだから。
どこかにひとりで冒険にでも行っていたら、嫌がらせで玄関前に荷物を並べようかしら。
……私ひとりじゃ荷物を運べないけど……。
「姉さん、いるのかしら」
嘆息しながら、こんこんこんと扉を三度叩く。
秘密の合図じゃないけれども、姉さんは私が叩けば、すぐに分かるという。
「反応がないわね、いないのかしら」
執事を帰したのは失敗したわ、と独りつぶやいていると、扉の奥から小さなうめき声が聞こえたような気がした。
「姉さん?」
扉に耳をあてる。
「……しぃ……あぁ……」
怨霊が倒された後の捨てぜりふのような声がした。
少し引きつって、「ひぃ!」と口にしてしまった。
「姉さん、いるのね!」
扉が開けようとしたが、鍵がかかっていたので、お母様に渡された合鍵で鍵を開ける。
扉を勢い良く開けるとバタンと音が響く。
目の前の床に、ひからびた姉さんが、扉に向かって這っていた。
まるで、怪談話に出てくる妖怪リザードマンの腹這いのよう。
「……しぃ……あぁ……」
ばたんきゅう。
私の名前を切れ切れに呼ぶと、姉さんはこと切れていた。
……たぶん、またアレだろう。 アレに違いない。
外に一旦出て行き、箱をいくつか物色していると、その一つに、上等な干し肉を見つけた。
一枚をはがして、小屋の中へ再び駆け込む。
姉さんの鼻先に干し肉をつまんで、ひらひらと揺らしてみる。
体が動かないのに、次の瞬間、姉さんは口だけでパクっと干し肉をくわえていた。
「うわっつ、姉さん、生きてるっ!」
「勝手に人を殺さないでちょうだい!」
……竿と針と糸があれば、姉さんが釣れるんじゃないかしら。
寝ながらモグモグと干し肉を咀嚼していた。
「行儀がわるいでしょ、姉さん」
「シぃアぁー、死んじゃうかと思ったわあ……。食糧がなくなって困っちゃったの……。ここ数日、水だけで飢えて飢えて……」
これで大商会のご令嬢と言われるから恐れ入る。
少し復活した姉さんは、小屋の外にある木箱を見つけて、ひやー、やったー、などと両手を挙げて能天気な声を出してる。
小屋にもどってくると、口いっぱいに黒パンとチーズをモゴモゴとつめこみ、両手で木箱をかかえていた。
「姉さん、その計画性の無さは何? この食糧、一か月分の仕送りよ」
毎度のことながら、姉さんのダメっぷりに頭痛を覚えた。
「まあまあ、大丈夫よ、ちゃんと食べる配分に気をつけるわ」
小屋を覗くと、良く分からないガラクタと散乱した羊皮紙の山がテーブルやクローゼットの上にところ構わず置かれ、冒険道具や武具も泥だらけのまま放置して、惨状が見てあまる。
誰かを雇って、身の回りの世話をさせないと、この小屋はゴミの館といわれるわね。
手を使わないのに、器用にモソモソと黒パンを飲み込む姉さんに、お母様から預かった大事なものを渡す。
「姉さん、お母様から」
どれどれといいながら、姉さんはワイン瓶の栓を開け、胸を叩きながら喉の奥に流し込んでいた。
姉さんは先ほどまで、持つべきものはカワイイ妹よねと私をおだてていたが、渡した箱を見て露骨に苦いものを飲み込んだような顔をした。
「まーた、お見合い相手の紹介状? お母様も懲りないわね」
中には相手の肖像画が描かれたものもある。
パラパラとめくると、
「こっちは、自称将来有望な見習い騎士?」
「こちらは、世界に届く学者の卵?」
「何々、しりうす=あるふぇいど? アルフェイドって麺とソースの商売やっている家? まだ、オムツが取れないガキンチョじゃない!」
「お母様ってば、何考えているのかしら!」
散々文句を言っては、批判対象者から仕送りされた食糧をついばんでいる姉を黙って見る。
「ふーん、姉さんも大変だね」
無感動に姉に同情したふりをする私。
お母様は、どうにでも姉さんにお婿さんをとって、家を継がせることを諦めていないらしい。
そうでないと、私が同じ目にあわされるので、困る。
姉さんは、腹がふくれて満足したのか、ひと心地ついたようで優しい笑顔になった。
決まって背中から抱きつき、私の髪の毛をいじり出す。
「私、シアみたいな、かわいい妹がいて幸せだなあ!」
「褒めても何も出ないわよ、姉さん」
「生き返った~。明日から、とってもがんばれそう!」
「どこか、お宝の目星でもついたの?」
「うん、そうなの。 ひいじいちゃんにもらった地図にあった、近すぎで行っていないと書いた洞窟があったの」
「ふーん。姉さん、あんまり危ないことしていないでしょうね」
「まあ……アレよね、アレ」
姉さんは目が泳いでいた。
我を忘れて一匹のモンスターと遣り合っているうちに、いつの間にか沢山のモンスターに囲まれて、慌てて逃げ帰ってくるというパターンだろう。
姉さんは昔から、逃げ足は速い。
「もうちょっと、鍛えなきゃ、だわ」
姉さんは刀を取り出すと、私の目の前で何度も振り下ろしていた。
昔から私は姉さんが憧れだった。
姉さんのことが好きすぎて、いつも後を追いかけていた。
今でも姉さんがうらやましい。
美人だし(黙っていれば)
頭が良いし(余計なことをしなければ)
優しいし(無駄にしつこくなければ)
頼れるし(自堕落でなければ)
面倒見いいし(家の跡継ぎの責任を放り投げなければ)
自由人で(本能のまま好き勝手にしなければ)
陽気で(後先までも考えていれば)
素敵な女性よね(妹から見ても、そのホットパンツで外出するのは、やめなさい)
姉さんをぼーっと眺めつつ、心の葛藤をしていた私は、ため息をついた。
そんな私に姉さんは怪訝な顔をして声をかける。
「シア、どうしたの? 悩みでもあるの? 相談に乗ろうか? ため息をつくと、お肌に悪いわよ~」
「何でもないわよ。 私、姉さんより若いんだから」
「なにおう、このう、こちょこちょこちょ……」
「うわ、やめてええええ」
姉さんは私に抱きつくと、あちこちをべたべた触りまくっていた。
憧れの姉さんは何でトレジャーハンターになってしまったのだろう。
実家の仕送りで生活する『修行中』の新米トレジャーハンター。
今までひとつの成果もあがっていない。
世間体も悪い。
いっそのこと、姉さまの探検が全部失敗して、大人しく家に戻り、お婿さんでもとってくれないかしら。
次の当主になってくれれば、私は安心できるのだけれど。
そうすれば、私がトレジャーハンターになるのに。
アニメを見て養分を溜めてから、書き出します。