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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
4/12

キノコ売りの少女

『ねこや』に遭遇する前の話になります。

ちょっとシリアス風味です。

 ちょっとしたことで頭にある巻き角を見られてしまった。

 その日のうちに、それまでのお給金も出されずに、宿屋を放りだされた。

 外は指先が痺れるほどの凍えた空気。

 私に残されていたのは、擦り切れて汚れた服と鞄、それに頭の巻き角を隠す大きな帽子、そして、この身がひとつ。

 暖かさがなくても、せめて冷たい風をさけようと、建物の間に身を潜めていたが、住民に見つかり、追い出される。

 この町に私の居場所はない。

 魔族は人の世界で嫌われていた。



 生まれ故郷にいた頃は、食べるものは小さな畑で作り、山でも色々なものを採ることができた。

 それは魔族の神が、私たち弱い魔族に与えてくれた恵みだった。

 不便を強いられた大変な生活でも、贅沢をしなければ、それはそれで貧しくても幸せだった。



 この王都では、食べものはお金で買わなければならない。

 何故お金が必要なのだろう?

 王様や動物、植物が刻まれたお金という固い金属をみんなが欲しがる。


 お金は物を売るか、働かないと手に入らない。

 魔族であることを隠さないと働き口が見つからない。

 働き口がなければお金がもらえない。

 お金がなければ、食べ物が買えない。

 食べ物が買えなければ、お腹が減る。

 お腹が減れば、倒れて、いずれは……。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 少し離れた小さな町にやっと着いたが、働き口を求めて尋ねるも断られ、手持ちのわずかな銅貨は、あっという間に無くなった。

 最後に買ったのは、古くなった出来がよくないダンシャクの一山。

 一個を取り出して、残りは背中の鞄に大切にしまいこんだ。

 食べたダンシャクは固くて水気がなく、土の味がした。


 陽が沈んだ王都の町は、家々の窓からランプの灯りで彩られている。

 光を避けるように、あてども無く、とぼとぼと道を歩き続けていた。

 石畳の道から、踏み固められた土の道へ、そして、石ころや草で覆われた荒れた道へと変わる。

 町から遠く、灯りは既になく、満月と星の明かりに照らされる頃、さまよう先に誰もいない廃墟が現れた。


 全てが石積みでできた建物は柱と壁の一部を残し、天井は崩れ落ち、見上げれば満天の空がそのまま見えた。

 誰も住み着いていないことを確認すると、アレッタは床にペタンと座り込む。

 今日は、ここで夜を明かそう。

 風が頬を突き刺さらなくなるだけでも、まだ幸せだ。


「お腹がすいた……。 もう、寝よう……」


 鞄をお腹にかかえ、もそもそと体を丸くして眠ろうとするが、床の冷たさと大気の寒さでなかなか寝つけられない。


「明日は、仕事が見つかるといいなあ……」


 口に出した途端、冷たい空気で熱が奪われ、息が白くなる。


 床でころころと転がっているうちに、アレッタがふと見つめた先、崩れた壁の向こうが、ぼんやりと明るいのに気づいた。


「何だろう?」


 寒さより好奇心が先にたち、もそもそと起きだしては、明かりに近づこうとしていた。

 すぐ近くにあるかと思っていた明かりに、導かれるように歩いていると、気がつけば廃墟は小さくなっていた。


 やがて……。


「わあ、光るキノコがたくさん……」


 傘が開いてアレッタの両手でも余るような大きさのキノコが、見渡す限り絨毯のように敷き詰められている。


 淡い色がついたもの、ごく彩色のもの、水玉模様の美しいもの、それぞれが青や赤、黄色や緑、白といった淡い光を放っていた。

 夢を見ているような風景だった。


 肌に刺すような冷たい風がさっと流れる。

 するとキノコから光の粒が空に解放されていった。


「きれい……」


 空腹と寒さを忘れ、アレッタは眺めていた。


「とてもきれいね、キノコさん」


 キノコに語りかけると、アレッタのまわりのキノコたちが震えて応えているように見えた。

 アレッタの足許にあるキノコを持つと、すぽっと簡単に抜けた。

 顔に近づけると、とても甘い香りがした。

 お腹がきゅるきゅると飢えを訴え始めた。


「寒いから、もう帰ろう……」


 キノコを足許に照らすと、ランプよりも明るく照らしてくれた。

 短い夢の時間をすごした後、やっと廃墟の中に戻る。

 光るキノコを鞄の隣に置き、明かりをぼうっと眺めているうちに、いつの間にか深い眠りに落ちていった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 陽が廃墟に射す。

 小鳥のさえずりとともに目覚めたアレッタは、小鳥が目の前のキノコをついばんでいるのをぼうっと眺めていた。

 しばらく、川の水と出来の悪いダンシャクや木の実しか口にしていなかったアレッタは、ふと気づく。


「これ、食べられるんだよね」


 小さな動物が食べているものは、魔族も食べられるのよ。

 アレッタは母から教えられたことを思い出す。


 手を伸ばすと、食事中の小鳥はあわてて逃げ出した。

 小鳥に食べられていた部分を持つと、きれいに割いて元の食事をしていた主に差し出した。

 しばらくすると小鳥が警戒心を解いて、再び食べに降りてくる。


 小鳥から奪った戦利品を眺め、表面についた土を手でパタパタと払うと、試しに生のまま大きな傘をカプリとかじってみる。


「何、これっ」


 驚きのあまり思わず、指を口に当てる。

 水気もないパサパサなキノコだと思ったのに反して、固くねっとりしながら、砂糖菓子のような甘さ。

 黄色い柄の部分を食べてみると、こちらはサクサクして香ばしい。


「そういえば、キノコを生で食べるとお腹を壊すって、お母さんが言ったな。 ちゃんと焼かないといけないよね」


 廃墟の周りに転がる小石や枯れ草を拾い、円を描くように石を並べ、その中に枯れ草を置く。

 簡単な、かまどができあがる。

 火打石がないので適当な石を見つけると、何度も石を打ち付けて、やっとのことで枯れ草に火をつけた。

 次第に大きくなる火を消さないように、小枝をくべていく。

 パチパチと爆ぜる音がすると、光るキノコを小枝に差して、火にあぶってみた。


 次第にじゅうじゅうと音を立てて、辺りに甘い香りが漂う。


「わあ、いい香り」


 ワクワクしながら眺めていると、お腹がクゥと鳴る。

 ほんのわずかな時間で、傘がドロリと溶けて火の中に落ち、軸が焦げたパンのように炭になってしまった。


「あああ、朝ごはんにしようと思っていたのに……」


 少し涙目になりながらも、もう一度、キノコを採りに行けばいいんじゃない、という結論に至ったアレッタは、飢えて体が動かないはずなのに、本能のまま駆け出していた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 陽の光に負けているとはいえ、傘から淡い光を放つキノコの群生地に行くと、手前にあった一本を抜く。

 そのまま傘をかじる。


「あれっ? 甘いけど、さっきのと味が違う! ほろ苦くておいしい……」


 傘が別な色に光るキノコを抜いて、かじる。


「えっ? これも違う味! 果物みたいな酸っぱくて甘い……」


 バラエティに富んだ、夢中になってかじりかけの何本かのキノコを両手に抱えて廃墟に持ち帰った。


「焼いたらダメなら、煮てみようかな」


 近くの小川まで歩いていくと、アレッタの背丈もあるような幅広い大きな葉を何枚か引っこ抜く。

 一度はなかなか抜けない葉を引っ張り、勢いあまり尻餅をついていて、イタタといって腰をなでる。

 何枚か重ねてぐるぐる丸めて三角の器を作ると、小川の水を汲んでもこぼれ落ちない丈夫なものになった。

 アレッタは水をたっぷり入れて、いそいそと小走りで廃墟まで戻る。


 幸いにも、かまどの火が残っていたので、小枝や枯れ草を入れて火力を強くする。。

 葉でつくった器を上にのせると、破れることがなく鍋として充分に役立った。

 次第に水がぐつぐつと沸く。


 一抱えの、かじりかけのキノコを細かく手で裂いて、お湯の中に投入する。

 すると、傘の部分はすぐにとけてしまい、軸にいたっては、ぶよぶよになってお湯に漂う。


 ぶよぶよの軸を枝に刺して、はふはふ言いながら口にすると、塩分が感じられて食べられないことは無いがパンで作った、ふやけたおかゆのようになっていた。

 生のキノコを少しかじった程度で、ロクに食べていなかったアレッタにとっては、それでも久々の暖かい食事だった。


「煮るのは、失敗しちゃったかな。そのままの方が美味しかったかも」


 少し悲しそうに、葉の器を覗き込む。

 かまどから器をはずして、床に置く。

 傘が器のそこにたまって、極彩色のマーブル状態になっていた。

 枝を湯の中に突き刺し、溶けた傘をかき回して引き抜く。

 枝をぺろりと、なめてみる。


「おいしい!」


 王都で売られた菓子などという高級なものは、アレッタのような魔族にとって、到底買うことができないものだ。

 比較するものがないため、今まで食べてきたどの甘い料理よりも、甘いという結論になった。

 アレッタは、枝につけてはアチチといいながら舐め、さらに枝につけては舐めを繰り返している。


 夢中に繰り返しているうちに、熱くなくなり、枝にキノコの傘のエキスがつかなくなった。

 もう一度、簡易かまどに入れて暖めようと思ったが、火種は尽きてしまった。

 器の湯が水になってしまった頃、器の底に溜まった傘のエキスを手ではがした。

 それは塊になっており、器の底の形そのままだった。

 アレッタはそれをかじろうとした。


「固いっ! でも甘いっつ!」


 表面が歯で引っかいたような跡がついて、一部が口の中に入ったのだが、固くて噛み砕けない。

 何も無い廃墟なので、塊を削る道具すらない。

 石の壁にえいっと言って投げたが、そのまま足許まで跳ね返ってきただけだった。

 次は大きな石を息を切らせて持ち、塊に上から落とす。

 やっと塊は細かな断片になると、元のキノコの性質なのか何故か手で裂けるようになっていた。

 さっそく、口に運んでみる。


「おいしいいい!」


 アレッタは目をつぶり、両手を鳥のようにバタバタさせて興奮していた。


「何これ? 何これ?」


 破片を拾っては、裂いて口に入れる。

 やっぱり甘い。

 不思議なことに同じ甘さが続いていない。

 微妙に味が少しずつ変わっているのだ。

 まったく、飽きない。



 飢えが長かった反動で、お腹が膨れ上がるほど食べると、床に大の字になって寝そべり、空を見上げた。

 なんだか、声をだして笑い出していた。

 笑いが止まらなかった。


 お腹が膨れると、満足感から安心へとつながり、次第に眠りへと落ちていった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アレッタ、アレッタ……。


「ん……?」


 もう朝ごはんですよ……。


「ん……あれ?……お母さん……」


 おいおい、アレッタ、お寝坊さんか。 早く椅子に座りなさい。 ごはんにしよう。


「あ……お父さん……」


 さあ、お祈りをしよう。


 我ら魔族の神よ。私達に恵みを……。

 おいおいアレッタ、お祈りの最中に、もう食べているのかい?

 しょうがないな、私達もたべるとするか、母さん。

 そうね、うふふ……。


「お母さん、これ、おいしい!」


 そう、よかったわね。

 いっぱい食べるんだぞ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ふと、起き出すと涙がこぼれていた。

 寂しいよう。 甘えたいよう。


 お父さんとお母さんに愛情を受け、守られていた私。

 暖かい家。

 幸せだった、あの日、あの時。


 両親を失って、帰る場所もなく、ただ一人、ここにいる自分。

 負けそうになっている自分。


 もう頼ることなく生きていかなきゃ、だめだよね。

 お母さんとお父さんの分も、頑張らなきゃだね。


 お腹が満ちてきたので、昨晩の絶望から脱して、少し前のめりな気分になっていた。


「頑張って、別な町で仕事を探さないと……」


 継ぎはぎでボロボロになった服をまとい、角を隠す大き目の帽子をかぶり、出かける準備をする。

 寝起きのぼうっとした頭で、ふと、目の前の甘い塊と散乱したキノコを見つめる。


「甘いもの……?」


 アレッタの脳内で、ピキーンと効果音が鳴ったような気がした。


 町に持っていけば、誰か買ってくれないかな?




 大きな葉をとって、簡単なカゴを編むと、群生地へ走っていき、売り物にするキノコを多めにとってきた。

 鞄の中にキノコのエキスの塊をいくつか放り込んで準備は完了。


 やる気で満ちてきたアレッタは、意気揚々と、まだ行ったことない王都の町に向かった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 お金が無いなら後払いでいい、という面倒見のよさそうな市場の主との約束で、場所を借りることができた。

 みすぼらしいゴザを借りて、淡く光るキノコとエキスの塊を並べて、座る。

 急に、人見知りで、魔族だし、という後ろ向きな気持ちになってしまい、目の前を歩く人に声をかける勇気もなく、うつむいていた。

 当然、買ってあげようという奇特な人がいるわけでもなく、ただ時だけが過ぎていった。


「どうしよう、これじゃこの場所のお金も払えない……」


 何かをしなければいけないと分かっていても、人が多い町だと自信が失われ、魔族であることが知られた自分が見られている恐怖に陥ってしまっている。


「そうだね、がんばらなきゃだね」


 不安になっているからこそ、極彩色のマーブル状になったエキスの破片を切り取り、口にほお張る。


 破片が舌の上で、すっとと溶けながら、最初に甘味が押し寄せ、少し後に苦味と甘い香りが追いかけてくる。

 いつまでも味わっていても、思わずごくんと飲み込んでしまう。

 流れる液体が食道から鼻にかけて、さらに甘い香りが揺り戻させる。

 後味がさらっとして、今までの出来事はなんだったのかというほどの爽やかさ。

 さらに、もっと食べたいから、早く口に入れろと体が要求してくる。


 次の破片をほお張ると、蜂蜜のような優しい甘さが口いっぱい広がり、後から甘酸っぱい果実味に変わる。

 香りが外に広がり、他の人まで届くよう。


 アレッタはぼっと顔に赤をさしたような表情で、艶っぽく幸せそうな笑顔になる。


「おいしい……」


 アレッタの表情に近くの道行く人々が足をとめ、自然に視線が集まっていた。


「んんん、あまーい……」


 魅せられた人々がアレッタの粗末なゴザを囲むように集まる。

 人が集まると、なお、何があるのか気になった人が集まりはじめる。


 子供がアレッタの食べたエキスの塊が気になっている。

 お姉ちゃん、これ、食べてみたいというので、甘味の世界にひとり浸っていたアレッタが


「とっても甘い、お菓子ですよ。はい。」


 と、塊を石でたたいて、何人かいた子供と女性や老人に渡して試食させた。


 あめえええ!

 なんだこれ!

 んー、おいしい!

 うそっ、これ、砂糖菓子よりも甘いわ!

 こりゃ、茶にあいそうだ。ばあさんも喜ぶぞ。


 キノコも割いて、眺めていた人たちに、食べさせてみる。


 生で大丈夫か?

 え? なんだ、この甘いキノコは?

 軸がさくさくして傘が甘い。 こんなキノコは食ったことが無え。

 おいしい、これ、どこに生えているの?

 色がすごいけど、こりゃ、うまい。


 食べる人が次々と幸せな笑顔になる人や、涙があふれて喜びを表す人々にあふれていった。


 最初の一人が銅貨を差し出すと、我も我もと謎のキノコと塊を求める輪が広がっていった。

 キノコは簡単に裂けるからいいのだが、塊の方は石でガンガン叩いていて格闘しなければならない。

 この町の人の気質なのか、それとも習慣なのか、買っていった人がさらに、他の人に勧めるという親切の押し売り、拡散状態で、人が人を呼んでいく。


 今日持ってきたアレッタの売るものが無くなったときには、今まで見たことが無い量の銅貨の山が、そこに残されていた。


 他の人から教わった人たちが、売るものが無いのを知ると、残念そうに明日一番に来るわといっていたり、明日も来るのかと尋ねていた。


 粗末なゴザを片付けて、市場の主に場所代とゴザを渡し終えると、廃墟へ帰るついでに、久しく食べていなかった野菜と日持ちのする干し肉を鞄いっぱいに買いこむ。

 これからの生活に必要な塩や使い古しの深い鍋、ナイフやフォーク、スプーンやハンマー、といったものも、今日の稼ぎから簡単に買うことができた。


「明日もがんばろう」


 重たい鞄と、ものを入れた大きな深い鍋を両手に持ち、今晩何を食べようかと考えると、朝の不安はなんだったのだろうと笑みがこぼれ、とても幸せな気分になった。

 よいしょよいしょといいながら、歩みは遅いが廃墟へ帰途につく。

 昨日とはうって変わって気分も何だか良いせいなのか、足許も明るく見えた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 廃墟の中で火を起こし、買ったばかりの年季の入った深い鍋を使って、久々の干し肉と野菜の具だくさんのスープを作り、半分を平らげた。

 満腹でしばらくは動けなくなったが、落ち着いてから、明日の作業を行うべく、明日の分のスープを大きな葉で作った器に移す。

 深い鍋を川にもって行き、ごしごしと洗い、湯を沸かすための水を汲み出して、運ぶ。

 次はキノコの収穫だ。


 キノコを市場で持っていくには体積が大きすぎるので、エキスの塊だけをもっていく作戦に絞った。

 最初から摘み取ったキノコの軸を取り除き、傘を鞄やカゴに詰め込めるだけ押し込み、走って戻り廃墟でひっくり返す。

 キノコの群生地はアレッタの畑となった。

 しばらく収穫を行うと、キノコの傘が積み重なった一帯が光の山が出来上がっていた。


 収穫量に満足したアレッタは、沸騰していた湯、キノコの傘を放り込んで、棒でかき混ぜていた。

 次々と、どろんとしたエキスが底に溜まっていき、鍋にいっぱいになると、冷えるまで待つ。

 充分に冷めると、鍋ごとひっくり返し、何度も揺らしてなかなか出てこない塊を取り出す。

 まるで大きなチーズのように丸い塊が出来上がる。

 淡く光る赤や緑や青や黄色で彩られたマーブル状態なのが違っているが。



 これを四度繰返すと、大きな塊が回数分でできあがっていた。


 できあがったエキスの端を買ってきたハンマーで叩いて、破片を口にする。


「やっぱり、とてもあまーい。おいしい」


 ほどよく疲労感と出来上がりに満足したせいか、まぶたが重くなり、床にゴロンと寝転んで眠りに落ちた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アレッタ、アレッタ……。


「あ、お父さん……?」


 今日は、アレッタが井戸に水を汲みに行く日だろ……。


「ん……お父さん……まだ、わたし眠い……」


 水を汲んだら、母さんのおいしいご飯が待っているぞ。


「ん……わかった。 ちょっと待って……」


 ごそごそと寝床から目を擦りながら這い出ると、台所から木桶を手にして、扉をあけて外にある村の共有井戸に向かう。

 外の冷たい空気で目がすっかり覚める。同じ空気にさらされる小さな手が、すっかり冷たくなった。

 井戸のロープに手をかけて、下に何度も引き下げると、やがて汲まれた水の桶が姿を現す。

 その後の井戸の桶から木桶に水を移すのも大変だ。

 せっかく汲んだ水がこぼれると、台無しになってしまう。

 慎重に傾けて、水の流れがきれいに木桶に注がれるのを見ると、わたしは満足する。

 うんしょ、うんしょと大きな木桶を運ぶ、小さなわたし。


「お母さん、水を汲んできたよ……」


 ありがとう、アレッタ。そこに置いておいてね。

 まあ、手が冷たい。

 両の手でお母さんがわたしの手を包み込んでくれた。

 とても温かい。


 さあ、ごはんだ、アレッタ。 お祈りをしよう。


 我ら魔族の神よ。私達に恵みを……。

 おいおいアレッタ、お祈りの最中に、もう食べているのかい?

 しょうがないな、私達もたべるとするか、母さん。

 そうね、うふふ……。


「お母さん、これ、おいしい!」


 そう、よかったわね。

 いっぱい食べるんだぞ。


 そう、これが、わたしの家族……。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あっ、夢……」


 失われた幸せな想い出が目が覚めたあとでもはっきり残っている。

 涙が止まらない。


「お父さん、お母さん、会いたいよお……」


 夜明け前で青黒い空に赤みがさすまで、しばらく、嗚咽がとまならなかった。


 陽が現れる頃になって空腹だということに気づくと、悲しい気持ちよりも食欲を優先させて、鼻をすすりながら火を起こし、昨日のスープの残りを温めていた。


 たった一人の寂しい食事。


 お腹も満たされると、顔をごしごし擦って涙を消し、今日も市場へ向かう準備をしていた。

 昨日よりも荷物は重たい。

 早く出かけないと。


 甘いキノコのエキスの塊を蔓草で結びつけて両手で運んでいった。

 市場までは所々で休憩を挟みながら、ゆっくりとした足取りで運んでいった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 市場の主に三枚の銅貨を渡すと、今日は別な場所に案内された。

 にぎやかなところだったで、周りの店も立派な屋台が多かったが、粗末なゴザを借りて、塊を並べる。


 準備をしているうちに、何故か人がつぎつぎと集まり始めていた。


 お姉ちゃん、ちょうだい。

 お嬢ちゃん、もう売ってくれよ。

 これ、昨日食べさせてもらったけど、とてもおいしかったわ。

 これを食べていたら、昔のことを思い出してなあ。今日も買いにきたよ。

 早く食べてみたいの、もういいかしら?


 いつの間にか、声をかけてくれる人々が出てくる。


「はい、ありがとうございます。 ちょっと待っててくださいね」


 昨日と違い、少しお客さんの相手ができるようになったみたいだ。

 ゴザを敷き、蔓草をばらして、ハンマーを取り出すと、人々が布袋や手ぬぐいを取り出し、早く入れろと要求してくる。

 お客さんは期待と笑みでわくわくした顔になっている。


 ハンマーで砕いた手のひらいっぱいの破片を袋に入れて、歪んだ銅貨を一枚受け取る。


 買った人は、そそくさと帰るのかと思いきや、待つこと無くその場で食べ始める。


 甘い、おいしいという感嘆とともに、次第に幸せな笑みと恍惚感に浸る。

 中には、突然感動と昔の想い出に浸り泣き出す人も現れる。


 幸せのおすそ分けで、買った人は周囲の人に次々とプレゼントを始める人もいて、そのプレゼントを受取った人がアレッタから塊を買い求めるようになる。

 中には身なりの立派な人や、付き人のいる貴婦人、騎士の人まで買い込んでは、その場で食べ、感情の放出の場となっていた。


 早く頂戴、とにかく頂戴を連呼する人も出てきている。


 陽が一番高いところになるまで、アレッタはハンマーを振るい、全てを売りつくしてしまった。

 遅れてきたために、今日の分が無くなったのを聞いて、嘆いて帰っていった人も少なくない。



 みんな幸せそうなのは良い。

 ただ、みんな感情が高ぶって笑ったり、感動して泣いたりしている。



 アレッタも、さすがに気がついた。

 何か変だ。



 そうするうちに、市場の主が難しい顔をして現れる。

 お前さん、売ったアレに何かマズイものが入っていないだろうな。

 なんか、みんなおかしくなるんだよ。

 もうすぐ、警備兵がお前さんを捕まえに来るという情報がはいってきたから、早く逃げた方がいい。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 何が何だか分からないうちに後片付けをして、逃げるようにアレッタは町を出て行った。


 数えたこともないたくさんの銅貨を得て、しばらくの生活に困らないお金は残ったが、また行けない町が増えてしまった。

 順調にいくかとおもっていた商売がすぐに終わり、また働く場所を探す日々が来るのか、うな垂れてため息が出るアレッタだった。


「いつものことだし、仕事が見つかるまで、これで食べられるよね」


 飢え死にしそうだった自分が、今日は少し強くなった気がする。

 廃墟までの遠い道のり、陽が落ちて次第に空が赤く染まり、そして闇が訪れる。


 すると、アレッタは腕がぼっと光っていることに気づいた。


「あれ? あれれ?」


 周りの道を照らす明かりには困らない。

 夜中に、ぼうっと体全体が光っていた。



 満月が新月になる頃、体がやっと光ることも無くなった。

 アレッタは時々、分かってはいるが、甘いものが欲しくなると欲望に負けてキノコを採りに行っている。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 後日、王都のある町では石畳と家々の隙間、土のある場所などに、ところ構わず極彩色のキノコが大発生したという。

 夜中は光ってきれいで、食用にもなり、調理するとホロ苦い味になるという。

 また、別な土地では鼻にツンと刺激のある辛いキノコも出現している。


 どこにでも生えているので、産地直送、材料費いらず。

 生のまま食べられて、大人の好む肉厚でねっとりした食感があり、香りも良い。

 これが酒に良く合うということで評判を呼び、それぞれの町の名物として珍重され、店にも客にも大変喜ばれていた。

 食べた人は夜中に体が光るために、食べたかどうかが外見から良く分かるようだが、感情が高ぶったり、幻影をみたり、過去を思い出したりすることもあるという。

 このキノコ、どうやら病みつきになるようで、常習性もあるらしい。


 食べた連中が町中で騒ぎや暴動を頻繁に起こすに至って、さすがに王都も見逃すこともできずに、食用の禁止令と、キノコの排除令を出したのだった。

 とは言うものの、さすがにキノコの増える速さにはかなわず、相変わらず町のあちこちで傘が揺れていた。




 王都では、いまだに真夜中に光る人型が動いていても、誰も幽霊だと恐れる者はいないという。




本当はマッチ売りの少女だったはずなんですが・・・。


小説の4巻と漫画を2度ずつ繰り返し読んだ後で、

アニメの初回を繰り返してみました。15回以上は余裕で。

来週放送前までにあと何回は繰り返し見ることでしょう。

かなり中毒性が高いです。

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