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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
2/12

ミックス・スイーツ

異世界食堂の日常風景。

人をたくさん出せばいいというわけではありませんが、きっとこの人達は、いつもガヤガヤ騒いでいるんだろうなあ、ということで。

「新しいスイーツを作りますわよ!」


 テンションが上がり気味の光の神の高司祭、セレスティーヌが拳を力強く天に突き立てる。


「おう!」と応じたのは、異世界食堂こと、ねこやの常連のスイーツ好きシスターズと、がっつりお食事大好きなお姉さま方たちである。


 そこには、笑顔と、真剣な眼差し、企みをもった微笑に加え、いたずらっぽい表情や、憔悴している者までいる。


 厨房から固まって謎の集団を遠目でチラチラ見ながら密談する、アレッタとサキ、店主の三人。


「サキさん、また皆さんが何かやろうとしてますね~」

「先週までのアレで、まだ懲りないのかしら?」

「また犠牲者がでなければいいんだがな……」


 店主の勘はよく当たる。

 先週は、花の国の女王ティアナクレープ=シルバリオ16世とご一行様が青い顔をして帰っていった。

 今週はまだ店に来ていない。




「では、先週までの反省をふまえて」

 コホンとセレスティーヌが咳払いをする。

「みなさんでシンプルで味も近いものを組み合わせ、間違いのないスイーツを作りましょう」


「「「「「おーう」」」」」


 右手を高らかに上げながら、応じた面々。以降、この集団をスイーツ創作隊と呼ぶことにする。


「では、私のお勧めするパウンドケーキをベースにしましょうか」

 セレスティーヌが進行役として高らかに宣言する。


 普段はおしとやかな帝国の第一皇女アーデルハイドも、この時ばかりは周りの熱気にやられたのか最初に手を挙げる。

「あの……アイスクリイムとホイップクリイムとチョコレイト、それにフルウツがよいのではないでしょうか」


「「「「「ふむふむ」」」」」


 光の神の高司祭候補、三人娘のひとりである高貴な血筋のジュリアンヌがレシピの指摘をしていく。


「アーデルハイド様、私もアイスクリームは好きですが、この場で食べる分には素晴らしいものの、残念ながら『お持ち帰り』ができませんわよ。ここはアイスクリームさえ除けば、アーデルハイド様の組み合わせで良いのではないかと……」


「「「「「うんうん」」」」」


「えーっ、でも魔法で冷たくする箱があるから、アイスクリームは大丈夫なんじゃないのぉ?」

 魔法が日常あたりまえの砂の国の王女ラナーがジト目で反論する。


「だが、魔法は誰でも使えるものではない。冷たくする魔道具も数が少ない」


 自らは強大な魔法を操る公国の魔女姫、ハーフエルフのヴィクトリアが魔法を使えないものに対する思慮を現す。

 ラナーが口をとがらせていた。


「それでは、アイスクリームは却下ということで。 ホイップクリームとチョコレート、フルーツは採用しましょう。よろしいですか?」

「「「「「はーい」」」」」


 セレスティーヌが素材が含まれるスイーツを次々とアレッタやサキに注文しては、来た順番にパウンドケーキの上に載せていく。


「では、アーデルハイドさん、ご試食を」


 アーデルハイドがセレスティーヌに勧められ、材料を組合わせただけのスイーツを小さなケーキフォークで切り取り口にする。


「お、おいしい……、まるでチョコレイトパフェみたい……」

 頬を赤らめて、その感激を表す。


(((((いやいや、それ、チョコレートパフェだから)))))

 娘たちは、心の声で共通のツッコミを入れる。


 普段は表情を変えない魔女姫ヴィクトリアが少々上ずった声で、小さく手を挙げる。

「あ、あの、これにプリンを載せるのは、ど、どうだろうか?」


 ラナーが意地悪く先ほどの反撃を放つ。

「あーら、ヴィクトリアさま、それでは、ただのプリンアラモードなのではぁ?」


 次第に挙動不審気味になっていくヴィクトリアが駄目押しで、ささやかな反論を試みる。

「……では、プリンを潰して、塗り重ねてはどうだろうか?」

「ヴィクトリアさま、それは、カスタードクリームと同じでしょう?」


 ハーフエルフである光の神の高司祭候補アンナが横から首をつっこむ。


「カスタードクリームと潰したプリンは違いますわよ。 甘いだけのカスタードクリームと異なり、苦味の中の甘みを強調するアクセントがある分、私なら、あっさりと何杯でもいけますわ」

 そういうと、普段は口数が少ないはずのアンナも引き込まれ、珍しく皆を見回して主張を続ける。

「イチゴヨーグルト、これ以外、何が必要でしょうか!」


 やいのやいのと、ラナーとアンナが丁々発止を続ける。


「はあ? どろどろになってパウンドケーキからこぼれ落ちるんじゃないの?」

「いいえ、イチゴヨーグルトムースなら弾力があるので、ぜーったいにこぼれ落ちないし……」


 光の神の高司祭候補、ドワーフのカルロッタも参戦する。


「間をとって固形物ならこぼれない、そう、酒の香る大人の味、ラムレーズンにしましょう」

「「間をとってえ?」」


 ラナーとアンナに詰め寄られたがカルロッタが、引き気味に普段は出さない「ひゃいっつ!」などという声を上げる。


 セレスティーヌがアレッタをつかまえて頼んだ、プリンアラモードとイチゴヨーグルトムース、さらに特別注文したラムレーズンの山が次々に到着すると、

「まあ、まあ。こんな感じで載せてはどうかしら?」


 大きなスプーンで容赦なくプリンを潰してペーストにした途端、ヴィクトリアが涙目になり「プリンがあ……」とつぶやいたが、これを無視。


 ホイップクリームに窪みを作って、その中に潰したプリンとイチゴヨーグルトムースを混ぜ、淡いピンクの物体を塗りつける。

 その上に、大量のラムレーズンを散らす。

 火山の模型といっても納得するような様相になっている。


「ヴィクトリア様、ご試食を」


 涙目のヴィクトリアはフォークで切り取って、新しく載せたものをあわせて賞味する。

「おいちい……」

 既にヴィクトリアは別人格となっているような気がする。


「端っこをとっちゃ、試食にならないわよ」

 何かにつけヒートアップしていったスイーツ創作隊の面々。



 次々と己の知識と好みのスイーツを総動員して、加え、潰し、混ぜ、試食していく。


 スイーツ創作隊の娘たちは発言者を見、うなずき、首を上下左右に回し続ける。

 自分の守備範囲になると熱く口論を始める。

 それを常連の女性陣が見て、冷やかしと面白そうだといって参加していく。

 わいわい騒ぎながら、新しい何かを入れる入れないで大騒ぎしていく。

 ある者は楽しみながら、また別な者は真剣に。


 矢継ぎ早に注文で呼ばれるアレッタとサキが厨房とテーブルの間を忙しく行ったり来たりし、スイーツを出しては、散乱していく器やうず高く積まれる皿を片付けていく。


「ねこや」は、一種異様な甘ったるい香りで満たされる。


 香りにやられて脳内が興奮剤を発生させ、さらなるテンションが高まっていく。

 店主を含め、アレッタもサキも目を回す忙しさに翻弄されていた。




 チリンチリン。


 新たな客、正月明けなので珍しく現れた、エルフの賢者セレナが、何事かと騒ぎの中を眺めに入ってきた。


 事情をつかんだセレナはスイーツ創作隊に合流し、自分の守備範囲である餅について熱く語り始める。


「ふむ……それならば私の好物である餅は、お汁粉、きなこ餅、安倍川餅とデザートにもなるし、食事にもなるがのぉ」

「「「「「ふんふん」」」」」

 納得しながら、スイーツ創作隊の娘たちはうなずく。


「そこでだ、これらにアンコや、きなこを添えるがよい」

「「「「「おおおおお!!」」」」」


 載せることで、加算され続けたスイーツ創作隊のミックスされたデザートに、アンコときなこが追加で投入される。

 ナチュラルハイでテンションが上がりっぱなしの集団から、異様な興奮で歓声があがる。


 味見と称した毒見をしながら、過度な素材の追加によって、元が何だったのか判らないばかりか、見た目はあまり宜しくないものが出来上がっていく。

 おそらく、求める新しいスイーツの味からは確実に目標が変化しているに違いない。


 その頃には好き勝手に試食を行い、猫目猫耳をびくりと動かした傭兵、夜駆けのヒルダが黙々と食べる。

「甘さが抑えられてうまいぞ。幾らでも食べられる」

 ヒルダは何でも食べる娘だった。


 セレナは満足そうに、うなずく。

 まるで自分が評価されるように思っているからだった。

「そうか。これはワフウのちから、かの」


 セレスティーヌはセレナに賛同する。

「ついに私たちの世界と、この異世界の料理すら超えた新しいスイーツになるのですね」


 脇からエルフの森の料理を研究するファルダニアが出てきて、今までの成果を見せたくて、うずうずしている。

「アンコなら、異世界のアンミツを再現したトーフとフルーツゼリーのミックスも美味しいわよ」


 どう見ても単なる賽の目に切った餡蜜のトーフステーキを投入、おろしポン酢ソースを回しいれる。

 そばにしたアリスも「おいしそう」と涎を出さんばかりにしていた。


 一緒にいた青の神の大神官で、海の食材に滅法詳しい人魚のカミラが、持参してきた様々な海草をきざんだものを散らした。

 何故か胃にはやさしそうだが、味は怪しいネバネバしたものを含んでいた。

 言葉数少なく、紹介する。

「これ……、おいしいよ……」


 糸をひく海草を見て、気を良くしたセレナは、

「待て待て、ネバネバつながりで次はナットウを入れるとよい。滋養によく胃腸を強くし消化の助けになる」


 といいつつ、何故か既にアレッタから受け取っている、異世界の女のお面の絵が描かれた四角い白い器をいくつも開けると、大きなボールの中で箸でかき混ぜながら、付属のカツオ醤油風味のダシ汁とカラシをいれた。

 できあがった粘度の高そうなそれを「スイーツ」へさらにデコレーションしていった。


 スイーツ創作隊の娘たちの一部から

「「「「えっ? あっ!」」」」

 と悲鳴が上がったが、エルフやハーフエルフの面々は、さも当たり前のように期待の眼差しで、その瞬間を眺めていた。


 セレナは、安倍川餅には、これがいいのよねえといいつつ

「トガラン、トガラン~」

 歌いながら、刺激臭のする赤いものの山を築いていった。


 騒ぎを聞きつけたサラ『メンチカツ』=ゴールドは、行儀悪く箸でメンチカツをつかんだまま参戦した。

「好きなもの混ぜるの? 私もいれていれてー」


 許可を得ないで、メンチカツを投入し、ソースを回しいれる。

 カラシが不足していることを指摘して、さらに追加。


 後ろの方で人が集まっていたのが気になっていたほろ酔いのオウガ、オトラが焼酎を瓶ごと抱えながら、

「旨いものをいれれば、いいのかい? ほら?」

 おでんの具材を各種クリームの上に載せて、最後に酒のあての塩辛、酒盗と細かくしたクサヤを散らして、豪快に笑っていた。


「これクリーム? クリームなら騎士ソースをかけると美味しいよー!」

 ハーフリングのパッケがお構い無しにクリームシチューをかぶせる。


 セレスティーヌは頭を抱えて叫ぶ。

「あああああ、わたしの、わたしのスイーツがあああああ」


「「「「「は? わたしの?」」」」」


 新しいスイーツの創造が目的だったのでは?

 セレスティーヌに皆の疑念の視線が集まる。


「い……、いえ何でもありませんわ」

 顔はひきつりながら平静を装いつつ、セレスティーヌは出来あがった謎のスイーツだった物の被験者を探していた。


「そう、ナットウを入れたセレナ様。ご試食を。さあ、さあ、さあさあさあさあ」

 有無もいわさず、ずいずいと顔を接近させてセレナを脅迫した。


「いや、あれだ。エルフは乳や肉は食べらるわけが無かろう。ではっ!」

 名だたる長命のエルフであっても、恐ろしいものは恐ろしい。


 普段見せることがない素早さで、片手をあげて別れの挨拶を済ませたセレナは扉へダッシュして元の世界に逃げ帰って、無事保身を図ったのだった。


「おまたせしましたー。追加のエビフライです!」

 料理を運んでいたアレッタを見て、セレスティーヌは口元をニヤリと歪ませた。

「アレッタちゃ~ん、ちょっとちょっとー」

 酔ったときと企んでいるときしか使わない絶対に使わない猫なで声で呼び出す。


「はい?」

 アレッタは警戒を示しながら、首をギギギギと錆びたような音を立てながら九十度回転させ、セレスティーヌの方を見る。

「アレッタちゃーん、これ食べてみて?」


 満面の笑みを浮かべてセレスティーヌが謎の物体となったものを勧める。


(((((真っ黒セレスティーヌ様だ)))))

 集団の心の叫びが聞こえたような気がした。



 店主とサキを見ると、厨房の入口で、声に出さずに止めろという様々なバッテンのポーズと拒否アクションをしていた。

 二人の視線を確認するも、異世界のバッテンの意味がわからず、小首を傾げたアレッタは謎の物体と対面する。


 もはや当初のデザートの残滓すら見られず、闇鍋の方が美しいといった様相になっている。


 アレッタでも分かる。これは見た目も香りも良くないなあと。

 さらに、甘さ、しょっぱさ、辛さ、酸っぱさ、苦さに異臭も加わり、渾然一体となった香りもする。

 ただ、食べなければお客さんに対して失礼だろうという、従業員ならではの空気を読んでしまい、断るに断れなくなっていた。


 勇気をふりしぼって、目をつぶりながら、その「何か」を口に入れる。


 店内に、しばしの静寂。


 アレッタは、パチパチと瞬きをして、瞳を大きくする。


「お、おいしい! おいしいです、これ!」


 アレッタが満面の笑みを浮かべて、二口、三口と口に運ぶ。


(((((うそおおおお)))))


 スイーツ創作隊は、自分たちが作っておきながら、責任を放棄して、全面否認するのだった。



 ヴィクトリアも驚きの目をしつつ、それを口に入れる。

「そんな馬鹿な、むぐ……、おいしいわ、これ……そんな、まさか……」


 アレッタの発言に疑わしい目をしていた娘たちも、ヴィクトリアのセリフを聞いて、もはや信用するしかない。

 こんな見た目なのに。あんなに変なものを入れたのに。

 《それは、あなたたちの責任です》


 何かの偶然か、神のいたずらか。

 究極で至高のスイーツが、ついに完成……。


 ヒルダとカミラも恐る恐るすくって食べる。

「んー、不思議な感じだな。結構食べられるわ。ちょっと病みつきになりそうだな」

「こ、これ、おいしい……」


 それでも信用していない真っ黒セレスティーヌは、興味深く眺めていた常連におすそ分けするよう、アレッタに頼んだ。

 意外な展開に驚きつつ、スイーツ創作隊の娘たち全員で「それ」を食した。


 それぞれが、目の前の不思議な映像を眺めた。



「それ」は、自分達の好みを善意の名の下に集めたものだった。

 各人の美味しいものの総和が美味しければ、良かったのに。



 チリンチリン。

 静まり返った夜遅く、店内に美しき赤の女王が現れた。

「来たぞ。店主」


 店主と給仕の人間の女は、「寝ていた」客を重そうにズルズルと運んで扉に送り出していた。


 普段は誰もいないはずの店内に、何故か大量の客が転がっていた。


「酔っているのか、この者たちは」

 いぶかしげる赤の女王は、優雅にテーブルにつく。

「店主、ビーフシチューだ。まずは一皿いただこう」


 待つ間、空気に漂う正体で不思議な甘い香りが気になり、「それ」のまわりでうつ伏せになった者をどかしてみると、ついに見つけた。


 ビーフシチューを出そうとしていた店主があわてて止めるが、赤の女王は構わずに近くの匙を手に取って、「それ」をすくい、口にした。




「うげぇ」

 赤の女王が舌を出して顔をしかめる。

「店主、早くビーフシチューを食べないと、この毒にやられて死んでしまう」




 アレッタは帰りに、見た目の良くない何かを二切れ、皿に載せて持ち帰った。

「マスターとサキさんは止めたけど、美味しかったからシアさまにあげよう」

 森の中で楽しそうに鼻歌をうたいながら、サラの家に帰っていった。



 アレッタはまだ知らない。

 無事でいられたのは、赤の女王から『財宝を守るための呪い』を受けたものたちだけだということを。

 危険な食材ですら無毒化し、美味しく幸せなものに感じさせる効果があることを。


次回は、アレッタのお話を書こうかと・・・。


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