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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
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執事たちの沈黙

赤の女王様とバルログさん、教育中の若い執事さんの日常。

今日はドヨウの日です。

 キョウモ、アノヒカ。


 7日間に1度現れる不思議な黒い扉。

 初めて扉を見つけた時には、ジョオウサマは自分にたいする挑戦状だと言って、扉を開けて乗り込んでいった。

 そう、神と崇められる美しい人の形に近い姿で。

 人のために作られたこの扉は、ジョオウサマが入るには、あまりにも小さすぎるのだった。


 ジョオウサマは扉の向こうにある人が営む食事を出す店に魅せられているらしい。

 ジョオウサマの紅潮する気が執事たるワタシにも伝わる。

 研究のためにジョオウサマがお持ち帰りの料理を味見させてくれとお願いしたところ、鍋を抱きかかえて

「やらんぞ」

 の一言で片づけられた。


 ジョオウサマに何万年と仕える、このバルログ。

 何がどうなっているか見てみたいので、ジョオウサマとご同道を願い出たが、扉の向こうにワタシが行くと厄介なことがあるらしい。

 悪魔であるワタシを屠ることができる者が、大勢いるというから、食事をする余裕もない戦いの場を好んで行くジョオウサマの気が知れない。


 ナントイウ、オソロシイトコロカ。


 ともかく、ジョオウサマの言は絶対である。

 執事として自らの欲望から発する望みは厳に慎まねばならぬ。


 目下の悩みは、ワタシが倒れ、たとえ消え去っても、ジョオウサマが不自由なく過ごせるよう、仕えて数百年程度の若い悪魔たちに、あらゆることを教えなければならない。

 そう、この扉へお出かけのことも。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ずらりと整列する悪魔をひとりひとり点検して、執事らしい姿かたちであることを確認する。

 服の乱れがないように直し、注意していく。

 微動だにしない緊張した面持ちは、ジョオウサマにお仕えし始めた最初の数百年を思いだし、妙な懐かしさを覚えた。

 ワタシもこのような頃があったのだな、と。

 点検が終わるとワタシも整列した悪魔たちの右隣に立ち、いつもよりお出ましが遅いが、もうすぐお出ましになるだろうということで、ジョオウサマの到着をこうべを垂れて待っていた。


 ふと周囲が暗くなる、遅れて一閃の嵐と轟音が届いてきた。

 ジョオウサマのお越しだ。

 頭上から羽を大きく美しくはばたかせ、地に埋め尽くした黄金や宝玉、魔法の武器武具類、そして我々が数名吹き飛ばされるという最小限の被害で、この地に着かれた。


「待たせたな」


 着くと同時にジョオウサマはその強力な魔力を放ち、そのお姿を神々しいまでの炎で包んでいった。

 悪魔でなければ近くにいるワレワレも、灼熱の炎で炭すら残らずに消え去っていただろう。


 この炎の熱に耐えられる執事の服を作るのも、本当に大変だったが。


 それは、さておき……

 熱く輝く炎が次第に小さく弱く変化していくと、中から人の女を模した姿のジョオウサマが現れる。

 何もまとわず銅の輝きの美しいお姿。実に恐れ多いことだ。


「ドレスを用意せ……よ?」


 ジョオウサマの話を最後まで聞かずに、ズイとお召し物を差し出す八番目の若い執事。

 お話を最後まで聞け、馬鹿者め。


『シツレイシマシタ、ジョオウサマ。ワタシノシツケガ、ワロウゴザイマシタ』

「よい、気にせぬ」


 若い執事から紅いドレスを取り上げると、ジョオウサマにドレスを纏わせる。


『オテヲコチラニ、オトオシクダサイ』

「ああ」


 頭から布を落として、上から順にドレスの紐を結んででいく。


『オメシモノジュンビガ、オワリマシタ』



 三番目の若い執事が磨き上げられた銀の鍋を息せき切って、両手で危なかしく持ってくる。

 悪魔のくせに鍛え方が全くなっていない。


「うむ。では行ってくるぞ」


『イッテラッシャイマセ』


 ジョオウサマが片手で鍋をひょいとつかんだ。

 ワタシが頭を下げると、一斉に若い執事たちもあわせて頭を下げる。

 きれいに並ぶことは実に気持ちが良い。


 その瞬間、ビリッビリッビリッという布の悲鳴と、 ジョオウサマと若い執事の何人かが同時に声を上げる。


「「「「「「「「「「あっ!」」」」」」」」」」」」


 若い執事たちの視線が、ジョオウサマの腹を中心にある幾筋の裂け目に注がれていた。

 ワタシも例外でない。


  「わ、妾は何もしてないぞっ!」


 いつもの威厳ある言葉でなく、声を震わせながら焦った言い訳を聞くとは、このバルログ、長生きするものだ。


「「「「「・・・・・」」」」」


 若い執事たちは、言ってよいのか悪いのか、逡巡して黙りこんで、互いに視線を交わした。

 ワタシに指示を仰ごうとするのか、最後にワタシに視線を向ける。

 ワタシに何とかして欲しいという望みがありありと見える。


 ジョオウサマからドレスを脱がせたあとに、ドレスの切れ目をしげしげと眺める。


『コノドレスハ、ナンネンモマエカラ、オオキサモ、カワッテイナイハズデス』


「……ぐう……」


 ジョオウサマのこれが『ぐうの音』というものか。


 全裸の姿で銅の色美しい肌が顔だけ明らかにより赤くなって、隠しても仕方ないのにかかわらず、あわてて腹を両手で隠す。


『イツモヨリ、ソラヲ、トバレテイルトハ、オモイマシタガ、ソウイウコトデ、ゴザイマスカ』


 ジョオウサマが下を見て、口をくちばしのように突き出す。


「ぐぐぐ……」

『ヒトノスガタデ、タベルト、リョウガフエルノト、オナジコトダトイウコニ、オキヅキナノデハ?』

「な、なぜそれを知って……」


 動揺してジョオウサマが裏返った声を出す。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 若い執事たちに、ドレスを完璧に修復するように命じた。


 魔力を持つとはいえ、ジョオウサマのように一瞬で無から有は作り出せない。

 悪魔とは言えども魔力と丹誠をこめて、ジョオウサマのために糸を一本ずつ復元していくのが精いっぱいなのだ。

 幸い、魔力に満ちた若い執事がたくさんいる。

 ワタシひとりでは終わらないような短い時間で、ドレスが完全に元通りにできあがった。


『デキアガリマシタ。オメシモノヲドウゾ』

「面倒をかけたな」


 神妙な顔をしてジョオウサマにドレスを通す。


 ジョオウサマが鍋を取ろうと、腰で体を前に倒した瞬間に、歴史の繰り返しを感じた。


 ビリッビリッ。


 最近、どこかで聞いた気がする音があたりに響く。


「わ、わ、妾は何もしてないぞ!」


 目に涙を浮かべて抗議したジョオウサマ。

 ワタシは、ジョオウサマにより一層、仕事に励んで欲しいと願うのみだったが、若い執事たちは、ジョオウサマに言うべき言葉がなかった。


 今日の扉は遠いようだ。


「ジョオウサマ」が「オジョウサマ」に見えなくもない今日この頃。


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