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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
10/12

幸福の、お皿

アルフェイド家のシリウスくんと相棒のジョナサンくん。

(ジョナサンさんとは書かない)


どういうわけだか、禁断の厨房に入ることができたのだったが・・・。

謎の修行の一幕目。

「ふぁあああぁぁぁ・・・・」


 数々の料理を生み出す秘密の厨房を一歩踏み込んで、その姿を目にした自分はアルフェイド商会の次期当主として恥ずかしくない感動の抑制を図ったつもりだったが、気の緩みとあふれ出す感動で思わず口から恥ずかしい音を吐き出してしまった。

 不思議な明るい光に照らされた光り輝く銀色の部屋、それが目の前の厨房の正体だった。

 一緒についてくる我が商会の料理人ジョナサンも自分の服を引っ張り、興奮した言葉で部屋をあちこち指をさして、つぶやく。


「ぼ、坊ちゃん、この部屋、銀と鏡でできてますよぅ」

「ああ……」


 冷静を装って返事したものの、この世のものとは思えない作りに、しばらく驚かされていた。

 触れてはならない秘密のように、さらに一歩踏み込むことに恐れをなし、体が動かないものの頭は貪欲に秘密のかけらを求めて視線を巡らせていた。


 陽の光もない部屋なのに、天井すべてが明かりを放つ棒がめぐらされて、食事をとる場所よりも白く輝いている。

 どのような魔法の力で光らせているのだろうか。

 銀の部屋全体に明かりがめぐらされ、反射し、なお一層明るく輝いている。


 床は白い石でできているのだろうか。

 靴の裏がきゅっきゅと吸い付いたようになって滑らない。


 銀の壁かと思っていたものは、何かの扉で収納庫のようになっているように見える。

 奥には、いろいろな種類を収めた皿が重なり、積み上げられているが、それぞれの皿が同じ形で、いびつなものはない。

 どのように作られているのだろうか。

 我々の世界で土から同じ型で皿を作ろうとしたが、出来上がった時には、どれ一つと同じ形にならなかった。


 大きさの違う鍋やフライパンが右から左にきれいに吊るされて、並んでいる。

 絵画を思わせる美しさと、料理を作るに適した配置。

 棚や引き出しが数多くあり、収納されているものは何か気になってしょうがない。


 店主が火と鍋と格闘している窯には、薪を燃やす場所が無い。

 魔法の力で炎を出しているのだろう。

 薪をくべたりする必要もなく、炎の状態を常に同じように見えるので、料理がしやすい工夫がされているようだ。

 店主の無駄のない動きを見ていると、鍋から実によい香りが漂い、頭を研ぎすませようとしたところで、うっとりと魅惑にかすめ取られそうになる。

 これは料理という名の魔法だ。


 いちいち、不思議なことだらけなので、何から観察していいのかわかりはしない。

 あまりにも我々の住む世界と違うことだらけで、理解しようとしても頭が働かないのだ。


 この店のオーナーでもあり料理人でもある「マスター」が、たった今、一皿を作り上げてカウンターにおくと、アレッタさんを呼ぶ。


「これを運んだら、こいつらの面倒をみてくれないか」

「はーい」


 すぐに反応してパタパタと厨房に近寄ったアレッタさんが、自分たちに

「ちょっと、待っててくださいねー」

 と言って、皿を器用にトレイにのせて、テーブルに向って消えた。


 ニカっと笑みを浮かべたマスターに『こいつら』と言って親指をさされ、一体何をするのか、させられるのか。

 純粋な興味の塊の子供のように、はしゃぎまくるジョナサンを横目に、期待半分、不安半分の心持ちで、この店の秘密を探る大事なチャンスをどうすればモノにできるのか冷静に頭を巡らせねばならない、とひとり自分に言い聞かせていた。

 一歩間違えれば、大事チャンスも面倒事になりかねない。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 アレッタさんが両手で、ギャアギャア騒いでいたジョナサンを厨房に押し込むと、そのジョナサンが自分にあたり、自然にズルズルと二人一緒に厨房のさらに奥へと押されていった。



「じゃあ、やっちゃいますかー」


 アレッタさんが腕まくりしながら、自分とジョナサンを洗い場にある、目の前に食べ終えた皿の山の前に連れてこられた。

 不思議な軽い黄色い塊とガラスよりも軽い緑色の透き通った瓶を、にこやかに手渡されて説明が始まる。


「この器をキュッと押すと、ドロっとした汁が出てきます。この黄色いものはスポンジといいます。これにつけて、揉んでみてください」


 いわれた通りにすると、黄色い四角から泡がぶくぶくと湧き出した。

 一体どうなっているんだ? 黄色い四角は何で作られた? この泡の元の汁は何んだ? このガラスじゃない透明な器は何だ?

 普段の冷静な自分なら、こう思うだろう。

 しかし、自分を支配したのは、止め処もなくあふれる魅惑の泡だった。


 ……お、おもしろい!


 黄色い四角を手で揉めば揉むほど泡が出る。

 それは永遠に。


「ああああ、何やってんですかあ」


 アレッタさんの驚きの声に我を忘れていた自分を取り戻した。

 ジョナサンと自分が泡を際限なく作り出して、目の前の洗い場は泡であふれ出していた。


 アレッタさんが、洗い場にある銀色の筒の脇にある棒を持ち上げると、筒から水が勢いよく吐き出される。


「これって、どうなっているんだ?」


 自分は思わず口に出したが、アレッタさんは困った笑顔で答える。


「どうなっているんでしょうねー。よくわからないんですけど、水がどんどん出てくるんですよ」


 みるみるうちに泡が消えていき、再び皿の山が現れる。


 筒の脇の棒を下げると、水がピタリと止まった。

 自分でもやってみたくなり、そろそろと手を伸ばして、上げ下げして水を出したり止めてみたりした。


 ……これも、おもしろい!


「坊ちゃん、どうなっているんですかね、これ?」

「自分にも分らない」


 二人で水を出た、止まった、出た、などと喜んで繰り返しているうちに、冷たく刺さる視線を横に感じた。

 恐れをなしてアレッタさんに向き合うと、あきれ顔で自分たちに本題を伝える。


「はいはい、これから二人にはお皿を洗ってもらいます」


「「はい?」」


 二人とも同時に承諾とも疑問とも言えない、間抜けな声を思わず出してしまった。

 料理の秘密に触れる何かをするのかと思っていたが、下働きがやる皿洗いをするとは。


 アレッタさんがいろいろな皿の洗い方と注意することを説明してくれる。

 最後に水滴を清潔な布でぬぐい、乾燥させるために棚に並べる。

 うん、これで完璧だ。

 見よう見まねで頭の中で、やり方を反復してみる。


 そもそも、自分は皿を洗ったことがない。



 隣ではさっそく、腕まくりしてジョナサンが皿を洗い始めていた。

 泡をつけたスポンジというもので、皿全体を器用にこすって、不思議な筒から出る水で泡を流すと、オレンジ色に汚れた皿が、きれいな白い皿へと変わっていく。

 ジョナサンは嬉々として皿洗いに熱中しはじめていた。


「坊ちゃん、この泡をつけて拭うと、油がどんどん流れ落ちていますよ、こいつはすごい!」

「洗えばきれいになるのは当たり前じゃないのか?」

「そうじゃないんですよ。いつもは油で汚れた皿を、灰を混ぜた水に一晩沈めて、次の日に一生懸命こすって油を落とすんです。それが、こんな風に」


 油まみれの皿の真ん中をスポンジで縦にさっとぬぐって、水で流して見せる。

「ほら、見てください」


 スポンジでぬぐったところだけ、皿の白い肌が見えていた。


「どういうことだ? このスポンジとやらに秘密があるのか? それともこの泡の出る液体に不思議な力があるのか?」



 スポンジというものをよく見ると、小さな穴がたくさん開いている。

 どろどろの泡の出る液体をしっかり受け止めると、中に染み込むようだ。

 何回か握っては離すと泡が湧き出る。

 この液体はわからないが、このスポンジというものに似たものは、我々の世界にあることに気づく。

 こういう木や、海の生物で似たようなものがあったな。これは使えるかもしれない。


「ジョナサン、これはすごい商売になるぞ。ただ、この泡の液体がどのようなものかわかれば……」


 自分があれこれ考えているうちに、能天気にジョナサンはどんどん皿を片付けていった。


「坊ちゃん、皿を洗うのが楽しくなりますよ。ひとつ、洗ってみてはいかがでしょう」


 ジョナサンはにこやかに自分の目の前に皿を突き出してきた。

 不承不承皿を受け取ると、スポンジというものに泡の液体をつけて、泡をだしてから表面についた汚れをぬぐう。

 勢いよくでる水に皿をあてると、一瞬で白い皿に変わった。


「何だかわからないが、すごい」


 そもそも、大商会の次期当主が皿を洗うことはない。

 こういうことはジョナサンの方が良くわかっているだろうが、皿を洗って奇麗になることを見て、知って、感じて、次第に夢中になり、気持ちよさに変化した。

 一枚一枚と洗って、きれいになった皿を積み重ねる。

 あんなにあった皿がどんどん片付いていく。

 達成感に似た満足感と興奮につつまれる。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「うわっ! どうやったら、そんな風になるんですかっ」


 アレッタさんが、目を見開いて自分を見る。


 厨房の奥にある隠された部屋にいくと、アレッタさんが大きい布を持ってきた。

 ふわふわする布を急に自分の頭にかぶせて、視界をすべて奪われると、問答無用で顔から髪の毛をガシガシとこすりつけられた。


「もう、ヒショビショになって……」


 まるで、姉が弟をしかっているような扱いに感じてならないのだが。

 少し気分を害したので、不満を込めてアレッタさんに抗議する。


「言われた通り、皿を洗い終えたぞ」

「ええ、洗い終えたのは見ればわかるんですけどねえ」


 アレッタさんが自分をジロジロとみると、あきれ果てたような頭痛を帯びたため息を吐く。


「何でそんなに濡れてるんですか?」


 こんな風になった理由を自分も知りたい。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「もう着替えました? マスターが晩御飯の『マカナイ』を用意してくれましたよ」


 秘密の奥の部屋に強制連行され、用意された乾いた下着と『とれーにんぐうぇあ』というものに着替えるように言われると、しぶしぶ不思議な服を身に着けた。

 アレッタさんが顔をだして、自分の着替えが終わったのを見て満足そうに笑うと、自分の濡れた服を不思議な箱に入れて、何かをした。

 箱が急にうなり始めた。


 唖然としてはいたが、同時にある言葉が気になった。


「『マカナイ』って何ですか?」

「お店では出していない、私たちだけのおいしい料理なんですっ。冷めちゃうから、さあ、早く行きましょう!」


 アレッタさんに手を引っ張られて、厨房のテーブルにつく。


「さあ、早く、早く」


 せかされて席につくと、もうすでにジョナサンが席についていて、口を尖らせたジョナサンと目があった。


「坊ちゃん、ズルいですよ」


 そんなに機嫌を損ねるほどに待たせたのか?


 程よく減った腹具合と気持ちのよい疲労感を覚えたところに、何ともいえない良い香りの料理が並んでいた。

 これは一体何だろう。

 視線を泳がせているうちに、一点に釘付けになる。


 目の前に並べられた料理をさっそく食べ始めたアレッタさんが、おいしそうに食べる笑顔を眺めて、何だか穏やかな気持ちになっていた。


次回も行き当たりばったりなので、この続きか、別な話か、誰にもわからない……。

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