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Don't be greedy

作者: tomo

 昔々、ある国で飢饉が起こった。

 寒い夏だった。

 その国や他の多くの国でも同じように主食とされている米が冷夏のため不作になった。その国は非常に金持ちだったので、他の国で作られた米を買うことになった。


 「国民が困るから」と政治家は言った。「客が求めるから」と飲食店は言った。「これはたいへんなことになる」とマスコミは言った。


 政治家でもあり飲食店の店長でもあり従業員でもあり、マスコミでもあるはずの消費者は、働き続けて、とても疲れていた。

 疲れは判断力を失わせ、成長を阻害する。

 その国では癒しがもてはやされたが、それは手っ取り早く疲れをとってまた前線へ送り返すための手段でしかなく、疲れた人間が本当の意味で癒されることはなかった。


 政治家が何をやっているのかをニュースにしないマスコミは、テレビや雑誌で消費行動を煽り続けた。人々は仕事で忙しいので、手軽なストレス解消として毎日テレビを見て気分転換をして、休日を消費行動に費やした。

 人々には休息の時間も与えられなかった。休む事に罪悪感を持つような有様だった。

 

 朝、配達された新聞を隅から隅まで読む時間もなく、昼は共に働く人たちと和やかなひとときを過ごす時間もなく、夕食のために丁寧に料理する時間も、それを愛する人とゆっくり楽しむ時間もなかった。


 外食産業が隆盛を極めた。客の口に入る前に、厨房で食材が不足する事は許されなかった。 たいていの食材は工場で作られた加工品で、工場では外食産業からの発注に間に合わないような状況は許されなかった。

 客の前に出るずっと前に、食材の必要量は決定されていた。それもまた人々が忙しく働く理由のひとつだった。


 農業は衰退の一途を辿っているといわれた。もう先はないといわれた。この国は工業立国だから、と。

 育てることもしないで育たないというのだから、これには大地の神も呆れ果てた。


 寒い夏のせいで、米が不作だった。

 その国は非常に金持ちだったから、どこかから米を買ってきた。

 国民はその米がまずいと文句をつけた。

 でもそれが当時本当に言いたいことではなかった。

 「飯ぐらいゆっくり食わせてくれ」、それが本当に言いたいことだった。

 それを言えずに、欲を満たすことで自らを慰め誤魔化した。

 国は、米が無くなると、強欲な国民のためだとばかりに、国民のお金でどこかから米を買ってきた。

 そのころ政治家達が何をやっていたのか、国民が知るのはずっとずっとあとのことになる。

 


 翌年は例年通りの天候に恵まれ、秋には何事もなかったかのように稲の穂が実った。

 

 近隣の国は次に蒔く種までも買い叩かれて、神の恵みも人の丹精もあったにもかかわらず、人が飢えた。

 感謝するべき大地の恵みは充分与えられていたというのに。





 夏は幾度も廻り、死ななかった人間だけが生き続けている。

 空腹は決して空腹だけをもたらすのではないと知ってから数年、僕はわずかな荷物を持って家族に別れを告げ、飛行機に乗って国境を越えた。


 飛行場まで迎えに来てくれたのは、親切そうな女性だった。僕らの国の言葉で普通に会話できる。僕は挨拶程度で、この国の言葉はわからない。これから覚えていくことになる。


 僕とあと三人、すぐ車に乗せられた。初めて乗る車種だ。たぶん、これから僕たちが働く工場で作られているのだろう。洗車されて清潔で、よくクーラーが効いていてやっと気分が落ち着いた。

 地上に降りた途端に襲われた、この国特有の空気で最初は息が止まりそうになった。

 僕以外の三人はまだ若く、これから始まる新しい生活に向けて希望にあふれている。僕は彼らより年上で、正直なところ、飛行機に乗るだけで疲れを感じていた。

 迎えの女性と彼らとの礼儀正しい会話を聞きながら、長旅の疲れと緊張から開放されて、僕は少し眠った。

 

 僕の母さんはひとりで子どもを育て、妹が大学を卒業するとすぐ病気で死んでしまった。

 妹がこの世へ来たのは僕らの前から大地の恵みが奪い去られる寸前で、奪い去られた後、彼女の平安は母さんのおっぱいが約束してくれた。


 正当性の下、僕や母さんから食べ物を奪っていった国で、僕は金と引き換えに働く。憧れなんてものははなからない。悲壮な決心も必要なかった。ただ金のため。

 どれほどくだらない人間達がいるのか、それとも意外なまでに善人があふれているのか、どうでもいい。

 食べ物に囲まれても善人になれない人間なんて、そっちの方が信じられない。

 僕は車の振動に揺さぶられて、わずかな音に紛れるように小声で「欲張るな」と誰にでもなくつぶやいた。


 車内はいつの間にか静かになっていた。車窓の外は真っ暗で、硝子に映る自分の顔を見るのにも飽きてきた僕は、運転手がハンドルを握る手を斜め後ろの座席から見るともなく見ていた。

 赤信号で止まると、彼女は急に後ろを振り向いて、僕と目を合わせるとにっこり笑った。僕は何か見透かされたかのように感じてちょっとばつが悪くなった。迎えに来たときは気づかなかったが、若いようだった。妹と同じくらいだろうか。

 彼女が何か言った。僕の国の言葉で。だからもちろん意味はわかったけど、なんだか急にいろんなことがめんどうになって、僕は「アリガトウ」とだけ言って狸寝入りを始めた。 了

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