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リーパーの死

 

「え────?」


 目を覚ますと俺はそこにいた。

 月明かりの下で、多くの血に死臭漂う惨状のただ中に。

 黒い外套に身を包み、白い髑髏の仮面を付けた死神リーパーの目の前に。


 すぐ目の前にはダガーがあった。

 その鋭く尖った刃先からは赤い滴が滴り落ちる。まだ真新しいその赤いモノはこう主張しているように見える。つい今さっき何かを刺した、と。


『貴様──何故死んでない?』


 目の前のリーパーの声の響きには微かながらも、間違いなく動揺らしきモノがある。

 髑髏の仮面なんかしているから気付けなかった。

 そ、か。コイツも人間なんだ。

 見た目の不気味さばかりに目が入っていたけど、間違いなく人間なんだな。


 でも、どういう意味だ?

 死んでいない、ってのはさ。


 生きている、そんなのは当たり前の事じゃないかよ。


『殺す、─────』


 白い髑髏の仮面に黒い外套をまとった死神は血にまみれたダガーをこちらへと振るう。

 その狙いは、といえばこっちの喉元、らしい。

 まずいっっ、こんなので裂かれたら即死しちまう。




 ドクン、鼓動がした。


 なのに、何だろう?

 妙な感覚だ。

 今にも死にそうだってのに、俺は全然焦ってなんかいないんだ。


 それにおかしいぞ。

 ダガーの動きがハッキリと″見える″。

 まるで映画か何かの、スローモーション映像でも見ているかのように。


 何遊んでいやがるんだよ、コイツは?


 こんなあくびが出ちまうような、馬鹿にでもしてんのかよ?


 俺の喉へと繰り出される、らしきダガーを俺はひょい、と手で払いのける。おいおい、マジかよ?

 無防備過ぎるんじゃないのか、だから俺は相手の足を蹴り飛ばす。

 変な感じだ、まるで俺だけが────、



 ◆



「あ、れ?」


 レンはその一部始終を目にしていた。

 迂闊だった、そう思った。

 あの死神の異名を持つ一団の事を見誤っていた事を後悔した。


 遠目であったが確かに見た。


 ネジが潜んでいたリーパーに、確かに刺されたのを。

 それも間違いなく深手、最悪致命傷にすら思えた。


(くそっ、間に合わなかった────!)


 ネジの身体は崩れ落ち、最悪の事態になった事を後悔したその、次の瞬間。

 異変は起きた。


 ネジは立っていた。

 それも、遠目からでもハッキリ見える程の出血量だったのに、平然としているどころか、流血していないようにも思える。


(何が起きた? とにかく──急がなきゃ)


 レンはフッ、と息を吐くと意識を集中させる。

 そうして木の上から飛び出す。信じ難い程の速度はまるで弾丸の如し。


 これが焔の担い手、フレイムベアラー、と呼ばれるレンに備わった能力。

 自身の体内を瞬時に熱し、基礎代謝を急上昇させる事により、身体能力を飛躍的に向上させる。

 また、自身の手足などを焔に包ませる事も可能。


「あああああああああ」


 雄叫びにも似た声を発しながら、爆発的な加速で──見る見る内にネジとリーパーの元へと近付いていくその最中。


 その目に見えたのはまたしても信じ難い光景。


 ネジへと繰り出されたリーパーのダガーを、ネジはいとも容易く、それも恐るべき速度で手刀で弾いた。

 そしてそのまま間合いを詰め、足を払う。手刀同様に恐るべき速度の足払いが炸裂し、


『な、にっっ?』


 リーパーは今度こそ間違いなく驚愕の声をあげながら、ガクンと膝を屈する。痛覚を″遮断″しているが間違いない。右足を蹴り砕かれた。


(な、にが起きているの、だ?)


 その思考は完全に麻痺しつつあった。


 ◆


 ──次の″来訪者″の中で殺してもらいたい者がいる。


 リーパー達にその指示が届いたのは三日前の事。

 その指示は不定期に来る。

 手紙が来るのではなく、直接脳内に″声″が届く。

 思えば今回の指示は最初から妙ではあった。


 自分達は暗殺や諜報を請け負う存在である以上、殺しの指示そのものは別段驚く事ではない。

 だが、その標的がまだこの世界に来ていない、来訪者の抹殺、というのは妙ではあった。


 来訪者、は貴重な存在である。時に脅威になり、時に有益な存在であり、その価値を見定めるのもまた、自分達の役割である。


 それをどんな能力を持っているのかを知らないままに、殺せ、というのは異例の指示であった。


 とは言え、来訪者の顔も何も分からない以上、標的が誰なのかは彼らにも分かりはしない。


 ここまでに四人。

 それが来たばかりの来訪者を彼らが排除した数である。


 来訪者は時間を於けば危険な相手になるが、来訪したばかりであればそう恐れる相手でもない。

 何せ、このフライハイトの事を彼らは何も知らないのだ。だから付きいる隙はいくらでもあった。


 親切な近隣住民を装い、近くの集落に来た所を強盗に見せかけたり、毒を持ったり、とそのやりようは如何様にもある。


 だから、五人目であった目の前の来訪者も何の障害にもならないはずであった。


 邪魔こそ入ったが、それも想定の範疇。


 だからこそこうして待ち伏せをした上で、確実に仕留めたはずだった。

 実際、ダガーの刃先は相手の血で染まっていた。

 手応えも充分、ダガーの先端はギザギザになっていて臓腑をズタズタに引き裂いたはず。間違いなく致命的な深手であった。


(な、のに、なぜこいつは無傷な、のだ?)


 その鎧には抉った跡が残っているし、傷口周辺には飛び散った血の飛散した形跡もあった、にも関わらず。


 目の前にいる来訪者は自分が死にかけた、という事すら気付いていない。


(わからん、この男は一体何なのだ?)


 困惑と驚愕の中で、リーパーが抱いたのはそれだけであった。



 ◆



 ドクン、鼓動が聞こえた瞬間だった。


「う、わっっ」


 世界は急に加速して、目の前にいたはずの髑髏の仮面をしたリーパーだかなんだかが突然俺の足元に転がった。

 何が何だかさっぱり分からない。

 相手の足が不自然に曲がっているのが分かる。

 え、折れてる。俺がやった、のか?


『おのれ、小僧──』


 リーパーがそう声をあげるとダガーを投げた。

 嘘だろ、さっきとまるで違うじゃないか。

 早い、こんなの躱せない。死んじまう。

 あっという間に眼前に迫ったその刃先が妖しく煌めきながら迫る。


「亜ッッッッッ」


 そこに何かが目の前に来た。

 熱い、全身が燃えるように熱い、って実際燃えてないか俺。

 レンだった、赤い髪をした小柄な美少年が目の前に迫っていた凶器を叩き落とすのが見えた。その左右の腕は燃えていた。


「シュッッッッッ」


 そうしてリーパーへ強烈な突きを顔面へと叩き込む。それと同時に死神は焔に包み込まれていく。

 まるで全身にガソリンでもかけていたかのように一気に、一斉に。


「──灰になれ」

『ぐ、ぬううううう』


 猛火、とでも言うべきなのか、まさしく猛烈な勢いで黒い外套をまとった死神の全身が燃えていく。


『お、のれ。貴様だった、のか』


 仮面が割れたのは、打撃によるものか、或いは焔の影響か。顔はもう分からない。

 ただ、そのぎらつく目が見据えていたのは俺だった。


「なに、見てるんだよお前?」

『わたしは失敗した、だが、おま、えの存在は知れた。我が目をとお、……てな。お前は必ずし、──ぬ』


 クハハハハ、と不気味な笑い声をあげながら、死神は倒れた。

 パチパチ、と音を立てて焔に包まれながら。


「…………く」


 死神は俺を真っ直ぐ、睨んでいる。

 くそ、何なんだコイツ。負けたくせに何だってんだ。

 その目、その言葉が何度も何度も脳内に反響していた。

 ただただ怖かった。得体の知れないモノに巻き込まれた、そういう実感があった。

 そうして、俺は相手がそのまま全身が炭化するまで目が離せなかった。



 ◆◆◆



 何処とも知れない、深い深い闇に包まれた空間にて。

 巨大な水晶玉に浮かび上がるネジの姿を眺めている者達がいる。


「確かに素晴らしい【特典ギフト】だ」

「ええ、死神の長が危惧するのも納得だ」

「だがやりようは如何様にもあろうさ、違いますか?

 我らが主よ」


 声の主達が視線を向けた先には誰かの姿。

 その姿は闇が深過ぎて伺えない。

 ただし、


「…………ようこそフライハイトに。新たな来訪者ビジターにして少数派マイノリティよ」


 その声音は何処か相手を歓迎するかのようであった。


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