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死神──リーパー

 

「な、何故分かった」


 オランウータン野郎、いやリッソ・ゴールドソンか。そいつは息も絶え絶えになりながらも、自分を倒した相手に問うた。まじかタフな野郎だ、あんな一撃を食らったってのにもう意識を取り戻したんだから。でも確かにそれには俺も興味がある。

 あの赤髪が一体どうやって勝ったのかが分からない。姿の見えない、ましてや音が反響する奇妙な森の中、っていう悪条件で何故相手の姿を見切れたのだろうか?


「何で分かったか? そんなの簡単。風と気配、それから姿が消えたからって、そっちの【熱】を見れば姿なんて問題なく分かる」


 は、何言ってんのコイツ。風とか、気配ってのはまぁ、分かる。でも最後の熱ってのは何だ。熱探知装置サーモグラフィでも使ってるのか?


 だが、リッソ・ゴールドソン、やっぱ面倒だ。オランウータン野郎に戻そう。オランウータン野郎は、愕然とした面持ちで、ガタガタ、とその全身を震わせる。おいおい、何がどうしたってんだ? 何か悪いものでも食ったのか?


「お、お前は誰だ────?」


 精一杯の勇気を振り絞ったらしく、その口調にはさっきまでの豪気さは微塵もない。


「オレの名前? ああいいよ、オレは【レン】。聞いた事位はあるだろ【フレイムの担いベアラー】の異名を」


 フレイムベアラー? 何ソレ厨二センス全開じゃないか。まぁ、こんなチビなんだ、俺より年下で未成年なのは間違いない。きっと若気の至り、ってヤツだな。

 だが、オランウータン野郎は俺とは違う反応を見せていた。

 その全身はさっきよりもずっと震えている。顔色は真っ青で、今にも小便をチビりそうな怯えた表情を浮かべている。


「くそったれ、最悪だ。フレイムベアラーだと?

 何でそんな有名人がこんな辺境にいや──が、ふくっっっ」


 オランウータンはそこまでしか口に出来なかった。

 だってその喉元に突き立っているモノがある。

 ビィィィン、としなるそれはいわゆるダガーだろうか。たった一本の投擲用ナイフで目の前の巨漢はその場に倒れ、あっさりと事切れていた。


「ち、今すぐしゃがめネジッッ」

「おわっ、ぐうっっ」


 レンはそう叫ぶと俺を押し倒す。

 抗う術など皆無な俺はゴロゴロ、と豪快に転がる。

 全身が酷く痛む。

 そうだった、色んな事が有り過ぎて今まで失念していたが俺は酷い怪我をしていたのだった。

 ズキズキ、とした鈍痛が鬱陶しい。


 ビィィィン。


 だが、それどころじゃあない。


 俺が今までいたその場所、そこにさっき同様のダガーが二本突き刺さっているのが見え、ゾクリと悪寒が走る。何だよコレ、どうなってるんだよ。


「ち、【死神リーパー】め。もう来たのか」

「え、死神?」


 すす、と木陰から姿を見せるのは漆黒。黒い外套を纏った四人組。

 背丈こそバラバラではあったが、そいつらはいずれもまるで髑髏のような不気味な仮面を着けている。


『焔の担い手、邪魔をするな』


 その口調から手前にいた死神、はどうやらレンの事を知っているらしい。

 だが、何なんだコイツ。その声に感情らしきものが全く感じられない。


「お生憎サマ、ネジはコッチが先に確保した。そっちこそさっさと逃げな」


 レンはあくまでも強気だ。

 だけど状況はどう見てもこちらが不利に思える。


 レンは確かに強い、のだろう。


 だけど相手は得体の知れない四人組。

 普通に考えて、最低でも中ボスクラスなのは間違いない。

 それに何よりもこの場に於いて不利な理由は俺の存在だ。

 怪我のせいでマトモに動けないこんな足手まといを庇いながら四人を一人で相手出来るとは思えない。


「レン、だったよな。いいから逃げろ」

「アンタバカか? オレが逃げたらアンタが連中に殺されるんだぞ、分かってんのかよ?」


 黒い外套を纏った四人組はスス、と距離を詰めて来る。まぁ当然か、こちらを逃がすつもりは毛頭ないらしい。


「正直に言ってくれ、……アイツらは強いのか?」

「ああ強いさ、オレ程じゃあないけどね」


 レンはつまらない事を聞くな、と言わんばかりの舌打ちをする。


「でも勝ち目はないんだろ?」

「何でそう思うワケさ?」

「さぁな、何となくだ。姿が見えなくなる相手を平然とした様子で蹴散らしたお前さんがあの四人組には明らかに警戒している。それはつまり、こっちが分が悪いって事だろう」


 四人組の外套の裾からキラリとした銀色の輝きが見える。間違いなくさっき投げたダガーを構えているのだろう。そうして、


「────シッッッ」


 その声を出したのが四人の誰なのかは分からない。

 ただ俺が目にしたのは、前後左右から黒い外套を翻した連中がほぼ同時に手にしたダガーを投げる姿。


 シュルルルル、と風を切り裂きながらダガーが向かうのは俺じゃなくてレンらしい。


「ち、くっっ」


 レンはその四本のダガーを避けた。

 だが、羽織っていたボロ布みたいなマントは切り裂かれ、アイツが何を着ているのかが明らかになる。


 それは赤を基調にした鎧、いや鎖帷子みたいなモノを纏った姿だった。


 さっきまでのボロ布みたいなマントを着ていたものだから、てっきりその下もボロボロなのかと思っていたのだが見事に予想を覆された。


「喰らえッッ」


 レンは脱ぎ捨てたボロ布マントを手で掴むと、そのままリーパーの一人へ目掛けてバサリ、と投げ付ける。

 勿論、相手もただ者じゃあない。手にしていたダガーで自身の視界を遮らんとしたボロ布をあっさりと切り裂いてみせる。大した反射速度だ。

 だけど、


「破亜ッッ」


 レンのヤツはもっと凄かった。その相手がダガーでマントを切り裂いてみせたその一瞬で、跳躍。クルリと空中で回転しながらの右回し蹴りを放っていた。狙いは無防備な肋骨。


『ぐかっ』という呻き声をあげながら、リーパーの一人が吹っ飛ぶ。

 レンは相手を蹴り上げた反動で反対側にいたリーパーへ今度は左踵落としを放つ。


 二人目のリーパーはその一撃を頭部に叩き込まれ、大きくよろめく。


 そこへ残った二人のリーパーが左右それぞれにダガーを構えてレンへと襲いかかる。

 リーパーの攻撃は一人が左右から切りかかるのならば、もう一人は上下への切り上げに切り下げ。

 流れるようにスムーズな連携攻撃を繰り出す。

 さっきから見ていて思った。レン、の身体から時折、僅かながら焔らしきモノが揺らめいている。


 さっきからとんでもない身体能力だと思ってたけど、あの焔が理由なのかも知れない。


 でも妙だ、レンの攻撃は俺の目から見ても強烈。あんな勢いの蹴りとか肘を喰らったりしたら、まず間違いなく一発KO間違いなしだ。それどころか、半殺しになってもおかしくはないはず。

 だってのに、リーパー達は平然と起きあがって来やがる。

 少なくとも回し蹴りを喰らったリーパーはまず間違いなく肋骨数本は折れたはず。

 踵落としを喰らったリーパーはポタポタ、と血の滴を落としているから、間違いなく頭が割れてるはず。

 白い髑髏の仮面をツツ、と滴る赤い筋、下手したら深刻な怪我を負っているかも知れないのに、平然とした様子で立ち上がり、ダガーを構える。

 得体の知れないその姿に俺は恐怖を覚える。


「──やっぱ、単なる打撃じゃ効果は薄いか」


 レンはそんな状況だってのに、あくまでも冷静だった。分かってんのか、ピンチなんだぞ。


「でもま、……こっちだって計算はしてるつもりだけどね」


 と、何を思ったかレンは不意に後ろへ下がる。

 当然ながらリーパー達がレンを見逃すはずもない。

 追いかけようと動き出した時だった。


 シュン。


 風を切り裂くその音。それはダガーを投げた際の音じゃなく、何か鋭いモノが横切った音だ。


 ぴ、と頬を掠めたモノはそのままリーパーの一人へと飛んでいく。


 パアン、という甲高い音と共にリーパーは後ろへ吹っ飛び、そして木の幹へ叩き付けられる。


「え?」


 俺は思わず目を剥く。リーパー達も一瞬何が起きたかが分からなかったらしく、木の幹へ激突した仲間へ視線を向ける。


 リーパーの身体を一本の矢が貫いていた。


 さらに、また風切り音。


 狙われてる事を察知したリーパーが飛び退く、だが、それすら関係ない。矢は飛び退いた先へ伸びていき──射抜く。


「さっすがノット・リムーブ・セカンド、【二の矢要らず】。さって、これで心おきなく戦える」

「全く…………あれだけ自分本位に動くなって言ったはずだぞレン。お陰で探すのも手間だったぞ」


 ガサガサ、と誰かが姿を見せる。

 それはこの闇の中でも輝くような金髪をした青年だった。レン同様にボロ布みたいなマントを羽織ってはいるが、何というか逆に金髪が目立つ。

 その手には弓と矢。いつでも放てるように、つがえたまま、油断なく身構えている。


「だけどね、そのおかげでアイツを見つけたんだぜ。ちょっとはほめろよな」

「はぁ、まったく……結果オーライという訳だ。

 しかし、リーパーとはな。厄介な連中が来ている」

「ああ、でも四人相手ならオレ達二人で対応出来るだろう?」

「まぁ、そうだな。だが、──」


 と、金髪の弓使いは横目で俺を見る。

 値踏みするような視線、というか訝しむような視線だ。


「君はネジ、だな?」

「え、なんで俺の……」

「君がここにいてはこちらの足手まといになる。早くこれを飲め」


 そう言って何か液体の入った小瓶を投げて寄越す。

 栓をしていたコルクを外す。何とも言えない薬品臭が鼻をつく。だが、ここは信じよう。意を決してそれを飲み干す。


 変化はすぐに生じた。

 身体中の傷が軽くなる。頭痛に吐き気まで収まる。

 驚いた事に完全に健康体にまで回復していた。


「よし、ここから離れろ。ただしあまり遠くには行くな。探すのが厄介だからな」

「あ、ああ分かった」


 トゲのある口調が気になったが、今は素直に従おう。

 確かにこの場じゃ俺は完全に足手まといなのは分かっていたから。


「はぁ、はぁ」


 戻った先はオランウータン野郎のアジト。

 髭面連中がのされたまま、…………あれ? 何かおかしいぞ。


 さっきから何かの臭いが鼻をつく。生臭くて気持ち悪い。それにおかしな事に足元が濡れている。まるで通り雨でも降ったように。さっきまで乾いていたはずなのに。


 ふと、雲の隙間から月明かりが差し込み、周囲を照らし出す。


「…………え、うわああああっっっっっっ」


 思わず情けない声をあげてしまった。

 だけどそれは仕方ない。だって、足元にあったのは水ではなく、どす黒い血だったのだから。

 そう、髭面連中の誰もが死んでいた。

 この場には生者がいない。

 誰もがピクリともせず、息絶えている。


(だけどおかしいぞ? だって……)


 確かにレンが大暴れしたのは事実だ。

 だけどアイツは素手だったはず。

 なのにここにいる髭面達はいずれも何かで刺されている。


『やはりここに来たな』


 と、声が聞こえ、ドン、と誰かにぶつかったような感触を感じる。


「え、」振り向くとそこには髑髏の仮面を付けた何者かがいて、同時に腹部が熱くなる。まるで焼かれたように熱く、力が抜けていく。


 呆然と腹部へ視線を向けると、背中から腹を刃物が突き通しているのが見えた。


(ああ、死ぬのか? で、このゲームリセットするのかコンテニューするのかどっちだろ?)


 ドサッ、ああ倒れたんだな、俺。


 目が閉じられ、力が抜けていき、そうして俺は倒れ伏した。


(よく分からん内に死んじまったが、次はこの失敗をどう活かそうかな)


 そんな事を考えて、不意に思った。



 ◆◆◆



 深い、何処までも深い海の底へ沈んでいくような感覚の中で、俺はふと思った。


(ちょ、待てよ。本当にこれはゲームだったのか?

 だってゲームにしちゃリアル過ぎただろ。触覚に嗅覚、味覚までそんなのゲームでどう表現するんだ?)


 そこまで思考が巡ったその瞬間、俺は恐ろしくなった。

 今、自分はどのような状態なのであろう、と。

 もしもこれがゲームじゃなかったなら、もしかして俺は殺されたのか、と。


(じゃあ、俺はこれで終わり、だっていうのか?

 嫌だ、そんなの嫌だ。まだ死にたくない、生きていたいッッッッ)


 だが光すら射さない深い海の底には俺以外だれもいやしない。

 いや、いる。

 誰かがすぐ近くにいる。

 声はしない、でも息遣いを感じる。

 姿は見えない、だけど視られてる。


 来るな。

 誰かは知らないが、こっちに来るな!!

 お前、誰だ? やめろ、やめろやめろやめろ。


「やああめろおおおおおおおおお」


 そうして、


 何かの見えざる手が俺の身体へと伸びて、引っ張り上げた。


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