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フリージア王

 

「報告っっ、西の砦からの狼煙を確認、何らかの異常事態が……」

「夜分ですが申し上げます。南の見張り台からの定時連絡か途絶えました。至急確認の兵を送る事を提案します」

 その夜、フリージア城内は騒然とした状況に陥った。

 続々と届けられる各地からの報告。それ自体はいつもの事ではあった。


「慌てるでない。ゆっくりでも構わぬ。順序立てて話を聞かせよ」


 フリージア王であるアラシは常日頃より国内の現状把握を重視している。

 それは大陸にある四国の中でこのフリージアが最も国力が小さく、もしも他の三カ国が何らかの密約を結びでもすれば、立ちどころに滅びてしまう、という事実があるから。


「まずは国境の報告からだ、聞かせよ」


 アラシは努めて威厳を持った声で臣下に声をかける。

 国王となってかれこれ三十年。大戦終結後、周囲に推された上での本意ではなかった就任だった。




 当初こそ自由に大陸を旅したい、と思っていた。それに自分以外の向こう側のギルドメンバーがもしかしたらこの世界に来ているのではないか、とも思った。


 ”そんなら余計王様になってた方がよろしゅうおますわなぁ”


 逡巡するアラシが王になる覚悟を定める決め手となったのは、あの吸血童女リーベの言葉。

 彼女はあくまでも淡々とした口調で言葉を続ける。


 ”何せ、王様になってまえば向こうさんから来てくれるわなぁ。今みたく冒険者とかやってたらよっぽどじゃないと世界中に名前なんか知られまへんどすぇ”


 その頃には既にアラシは”英雄”の一人として世間的には認知されていた。その名声があればこその、王様という立場への誘い、ではあったのだが。


(俺っちは他の皆みたいに強くはない。おいらみたいなのが英雄って言われるのはおかしい)


 英雄、という自分への周囲の評価にアラシは酷く違和感を感じていた。

 彼は自分、というモノを良く理解していた。

 確かに他の英雄はその称号に見合うだけの戦果を、結果を上げた。


 竜殺しと呼ばれた剣士は大戦に於いて異名通りの相手を単騎で討った。

 星落としの異名を持った魔法使いは魔王率いる大軍勢を相手取り、命と引き換えに壮絶な最期を遂げた。

 凶戦士に剣聖、槍王は魔王の側近を討った。

 そして何よりも、誰よりも名を馳せた無名の重騎士。彼が魔王を討ち果たした事で大戦は終結を迎えた。

 彼ら六人は紛れもなく英雄に相応しい。それぞれが一騎当千、いやそれ以上と言っても過言ではない強さを見せたのだから。


 だから、戦争の終結後、剣聖、槍王、竜殺しの三人が南部に東部、西部地方に於ける新たな国の顔となった事には何の異論もない。

 だが、それなら何故自分が北部、フリージア王なのか?


 確かに自分は多くの人々を守ったのは事実だ。だけど、凶戦士や無名の重騎士。名声を考えればあの二人のどちらかが王になっても良かったはずではないか? そうした疑念がアラシの脳裏にずっとつきまとう。

 結局、凶戦士に重騎士の二人はいつの間にか姿をくらまし、以降の消息は未だに不明。

 そしてアラシは玉座に就いた。心の中に負い目、引け目を感じながら。


 フリージアは順調に発展していった。

 元々何もなかった土地だった、と言うのは語弊が過ぎるものの、近隣にあるのは小さな漁村位。殆ど人のいなかった場所、というのも手伝い、街の開発に際してアラシは大胆に行動出来た。

 資金や資源については他の三カ国からの援助が役に立った。

 彼ら、正確には新たな王である英雄達にとって魔族との熾烈な戦いに思う所があったらしい。


 ”あん人らからしたら、北部地域がほぼ無防備なまま、というのがアカンって言わはりますんやわぁ。大戦の初期はじめ、ようやくの事でゲートを塞いだものの、北から魔王軍の大軍勢が進撃してきましたからなぁ。

 そら、北に備えがあれば随分と結果も違ったかも、って思うてもおかしゅうありまへん”


 要するに、有事に於ける魔族の軍事行動を遮る為の城塞としての役回り、それがフリージアという国家の他国にとっての存在意義であり、つまりは捨て駒。

 そんな国を任せるなら…………そういった皮算用が三カ国の大臣達にはあったらしい。

 そう、所謂”英雄”の中に於いて明らかに一段実力、名声共に劣る、落ちるであろう余り物の存在であり、城塞を管理出来る捨て駒としては都合のいい人物。それがアラシ、という来訪者ビジターの評価であった。


 自分のみならず大勢の人々をも捨て駒と考えた事に対し、アラシは冷静に、されど静かな怒りを感じながらも、彼らの思惑に乗る事にした。

 乗った理由はいくつもあったが、一番はフリージアに残った人々の生活の為、だろう。

 正直、アラシはフリージア、という国を作るに当たってそうそう多くの人々が残ってくれるとは思ってはいなかった。

 難民として流れてきた人々はそもそも大陸の中枢にしてかつて都であったセントラルへ帰還するだろうと思っていた。

 だが、結果としてセントラルに戻ったのは一割にも満たず、大半の人々がそのままフリージアへ残ってくれた。


 ”おらぁ見た。セントラルが燃え尽きていく様を”

 ”もうセントラルには何もない”

 ”ここにしか居場所はないんだよ”

 ”一からやり直すってなら、ここの方がいいよ”

 ”セントラルとは違って、ここにゃ細かい身分だの何だのがないってのは最高だよな”


 多くの人々の声。様々な考えをアラシは耳にした。


 王様になったから、と言って居丈高に構えたりはせずに頻繁に街へと足を運び、活発に人々の意見を聞く。その上で直すべき点は直していく。

 まさに試行錯誤の日々。元より何もない場所であり、誰もが一からのスタート。

 王様本人が誰よりもがむしゃらに働き、その姿を目の当たりにした人々が続く。

 そして、建国からわずか数年でフリージア王国は三カ国からの支援を必要としなくなる。


 三カ国からの使者は驚いたに違いない。

 確かに三カ国に比べればまだまだ国力は貧弱だっただろう。

 だが、規模こそ小さいなれど、いや小さいからこそフリージアという街、城は全ての人民が一つとなって纏まり、堅牢な守りを誇る。


 何よりも驚愕したのは、フリージア王であるアラシの放つ威厳。


 数年前までは単なるビジターの、青年に過ぎなかった。政治的な駆け引きなど知る由もなく、良くも悪くも都合のいい御しやすい相手はもういなかった。


「遠方からの来訪、大儀である」


 その声、纏う雰囲気、全てに於いて玉座にいた存在アラシを前に、使者達は平伏。様々な要求をするはずが、何も言えず帰国していった。


 それはアラシにとって、フリージアの人々にとっての勝利であった。

 三カ国から侮られぬ国を作り上げ、対等の存在になった瞬間。以前であれば決して出来なかった、覆せなかった身分による差を気にせずに生きていける街であり、国。


 アラシは国を守り続けた。様々な問題に立ち向かい、時に辛酸を舐めながらも、国を発展させていった。この国は彼にとって故郷であり、居場所であり、子供でもある。


 結局、三十年以上もの間、他のギルドメンバーは来なかった。

 だがそれがどうしたというのか?

 既に家族ならいる。このフリージアという国そのものが、全ての人々こそが彼の仲間であり家族。

 確かにネジとの再会は嬉しかった。待ち望んだ向こう側の友達と会えたのだから。

 だが、優先すべきはこの国の事。私情よりも国益、人々の安否こそが重要。だからこそ処遇に関してはリーベに任せもした。



 眼下では、臣下達が右往左往している。無理もない。これだけの異常事態が一斉に降りかかったのだから。

 今起きつつある事態は間違いなく、何者かによる策謀だろう。

 国中で起きる様々な事件。全てに対処するのは恐らくは不可能。


「皆、落ち着くのだ」


 玉座から雷声が発せられ、場の空気は変わる。

 混乱状態だった臣下の視線は王へと向けられる。


「冷静に、されど急げ。まずはお主ら一人一人が出来る事にのみ注力せよ」


 それは臣下、何よりも自分自身へ向けられた言葉。


(誰よりもデン、って構えないといけない。だって、俺っちは大黒柱おうさまなんだ。皆の前で揺らいじゃ駄目だ)


 何よりアラシは実感していた。これから更に状況は悪くなるであろう事を。


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