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漆黒の闇で

 

 そう、俺は分かっていなかった。

 フライハイトに来て数ヶ月。

 色々なモノを目にし、何度となく死に瀕し、何とか生き抜いた。

 仲間だって出来たし、愛着のある場所だってある。

 そんなこんなでいつしか薄れつつあったんだ。


 俺は向こう側、現実世界から何故ここに来てしまったのか。

 俺以外にもいるであろう他の訪問者ビジターはどんな事を思いながら、日々を過ごしているのだろう?

 どうすれば元の世界に帰れるんだろう?


 多分、俺は順応し過ぎたんだと思う。

 だから、甘く見ていたんだと思う。他のビジターがどんな思いで生きているかを。

 それを知る時が来た。取り返しの利かない、悲劇と共に。



 ◆◆◆



 しんしん、と雪が舞い落ちる。

 辺り一帯、一面の雪化粧。銀世界が構築されていく。


 フリージアには厳しい冬が訪れていた。

 そも、フライハイトには三つの大陸がある。

 一つは中央大陸、人族が住まうこの大陸。

 二つ目は南大陸。エルフやドワーフなどを始めとする所謂妖精族の住処。

 三つ目は北大陸。様々な魔物、そしてそれらを統治する魔族の本拠にして魔王が支配する暗黒の土地。

 中央大陸は北大陸より寒暖の差が激しくないのだが、フリージアのある北部と北大陸の端っこは距離にして僅か数十キロ。その為だろう、この一帯は北大陸とそう変わらない気候条件であり、フリージア一帯に人が住まわなかった理由でもある。


 三十三年前に”大戦”が勃発し、中央大陸の文字通りの中枢であった”セントラル”が陥落。帰る場所を喪失した多くの難民が来なければ、間違ってもこのような発展など望めるはずもなかった。


「あー、眠いな」

 兵士の一人は目を擦りながら、双眼鏡で見張り台から周囲を見回す。

 見張り台の高さはおよそ二十メートル。周囲に見えるのは、点在する農村からの薪の煙位しかなく、退屈の極地に彼はいた。

「おい、一応仕事なんだ。寝るなよ」

 梯子を登って声をかけたのは年配の兵士。見張りをしている青年と並ぶとまるで親子にも見える。

「分かってますよ。でもこうも退屈じゃ眠くなっても仕方ないじゃないですか」

「気持ちは分かるぞ。だがな、そうやって気が弛んでいちゃあ有事の際に出遅れるんだ。とにかく俺は仮眠する。しばらくしたら交代なんだから、見張っていろよな」

「はいはい」

 青年兵士は仮眠室に入っていく年配兵士の事が、どうにも苦手だった。

(全くさ。いちいち注意しなくたっていいんじゃないか)

 口にこそしないが、この見張り台に詰めている他の五人はそう思っている。

(ま、三十三年前にあれを見ちまった。そういう事なんだろうけど)

 年配兵士は大戦の生き残りである。とは言っても当時はまだ十代になったばかり。実際に戦場で戦ったりはしていない。

 だが彼は目の当たりにしたのだ。国が滅ぶ様を、人々が殺されていく様を。魔王の率いる軍団がどれ程に無慈悲なのかを。


「やれやれ、どうにも緊張感がない奴らだ」

 年配兵士は簡素なベッドに腰を落とすと、はぁ、と息をつく。

(だが無理もない。あいつらからすれば、大戦なんぞ言われても実感がないんだろうよ。それに……)

 小さな窓から外を眺める。雪がゆらゆらと降り始めているのか、積もり始めた雪で地面は微かに白くなっている。

(ここらも変わってきた。俺がほうほうの体で逃げてきた時なんざ、本当に小さな漁村やら山村とかしかなかったんだ)

 フリージアは大きく変わり始めた。無論、まだまだ多くの問題はある。他の三都市に比べればまだまだ発展途上もいいところらしい。

(だけどな。ここにも多くの人が暮らせるようになってきた。歓迎すべき事なんだろうさ。ああいった平和ぼけってのもな)

 そんな事を考えながら、かくりかくり、と頭を揺らし、いつしか寝入っていた。


(ん、何だ?)

 何かの物音がしたように思えた。

 年配兵士は首や肩を回しつつ、ベッドから身を起こす。

「おい、何かあったのか?」

 声をかけるが、返事は返ってこない。静まり返っている。

(ったく、また寝てるのか?)

 仕方ないな、と呟きながら年配兵士は仮眠室を出て、見張り台へ続く梯子へ。

 ぎしぎし、とした梯子の軋む音。

(何だ、……おかしいぞ?)

 違和感を覚える。静かすぎる。何よりも”見張りここ”が真っ暗なのはおかしい。

 この見張り台には周囲の監視、以外にもう一つの役割がある。

 それは”目印”。辺り一帯真っ暗闇の中、光があればそこには人がいる、という証左。

 フリージア一帯はまだまだ未開拓の土地が多く、人口も他の三国に比べれば少ない。その上、フリージア周辺に人口の半数が住んでおり、それ以外の地域に住民は少ない。

 必然的にフリージアから離れれれば離れるだけ、周囲に人気はなくなり、夜は深くなる。

 だからこそこの見張り台は必要なのだ。迷い人、急ぎの取引で夜通し走る商人などにとって、薄暗い闇夜の中の小さな灯火が。ここに人がいるのだという証が。

 それは暗闇に対する根源的な恐怖、不安を払拭する為に必要な事。

「おい、一体どうしたのだ?」

 不安を掻き立てられつつ、年配兵士は梯子を登り切って…………目の当たりにした。

「あ、ああああ」

 沈黙が支配していた。誰も音を立てない。立てられるはずもない。だって、そこにあったのは物言わぬ肉塊だけなのだから。

「ば、なぜだ?」

 ポタ、ポタ、という音だけがやけに耳に届く。

 そう、ここは沈黙に支配されていなかった。とめどなく流れていく血の滴る音が、いつまでも耳に反響していた。



 ◆



 暗闇の中を蠢く者達がいた。

 その姿は漆黒そのもの。この闇よりも更に深い闇。夜行性の獣や、魔物すら漆黒には近付かない。本能的に察知しているからだ。近寄ってはならないのだ、と。

 当然だろう、彼らは死を運ぶ死神リーパーなのだから。


『宜しかったのですか?』

『ああ、皆殺しでは意味がない』

『ですが何故老いぼれを残したので?』

『あの年代であれば【大戦】を目にしたはずだ。その恐怖を染み込ませているはずだ』

『成る程、であれば確かに適任でしょう』

『ああ、その証左に……』


 カンカンカンカンカン。


 甲高い鐘の音が鳴り響く。まるで極限状態の心拍のように破裂するのではないか、と思ってしまう程に忙しなく鳴り響く。これは警鐘、敵襲、異常事態を周辺へと知らせる為の鐘の音。


『これ以上なく騒がしいだろう? 恐怖に呑まれた者は都合がいい。これで異常事態は伝わるだろうさ』


 くく、と死神、いや、セメットは小さく笑う。

 この夜フリージアは混沌の渦に呑み込まれた。

 鐘が鳴り響く。

 その音はこれから訪れるであろう狂乱と殺戮、破壊、破滅の足音を思わせた。



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