底にあるモノ
気が付けば世界は薄汚れた赤錆色だった。
そこは何処だろうか? 見たこともない場所だ。
見回せど見回せど、視界に入るのは剥き出しになった岩肌ばかり。
光らしきモノは一切なく、松明だけが頼り。
足元の道、と言えるかどうかも分からない道はゴツゴツとしており、どうやら岩を削り取って作ったみたいに思える。
──○♪▷¥◆§☆♪
ん、誰かの声がした。振り返るとそこには見知らぬ四人の姿があった。
──¥☆▷○&※「@=
ちょっと待て。何を喋ってる? さっぱり分からないんだが。
それに四人の顔が分からない。何て言えばいいのか。そう、背格好は分かる。だけど顔だけモザイクでもかかったかのような感じ、っていうのがしっくりと来る。
──&@☆※ー_◆」!§
四人は俺に色々話しかけてくる。顔や言葉が分からないから、これはあくまでも推測にしかならないのだが、どうやら俺は彼らとは親しいみたいだ。
多分、その僧衣から察するに神官らしき男は良く笑う。カッカ、という笑いだけは分かる。
笑いながら時折、俺の背中をばんばん叩く。豪快そうな性格だ。
次に俺の横にいるのは、どうやら剣士らしい。背中に二本のロングソードを背負っており、その鞘に描かれた紋様はかなり立派だ。ひょっとするとかなりレアで強力な武器なのかも知れない。油断なく周囲を見回す様子からは、慎重な性格が伺える。
三人目、こいつは女性だ。だって、その、左右にたゆんとした双丘があるし。他の連中とは違い、鎧じゃなくてローブを纏っていて、手には杖。頭にはとんがり帽子。まず間違いなく魔法使いとかだろう。
──§§◆※&♪○@¥¥▷=
うん。何を言ってるかサッパリだけど、どうやらこいつは俺と親しいらしい。その、あれだ。やたらと俺に密着してくるし。うん、いい感触だ。
──¥¥※※♪¥♪◆
で、四人目がハァ、とため息をつく。これは完全に呆れてるな。やれやれ、とばかりに肩をすくめてるものな。こいつは多分、弓兵、射手だろう。銀色に輝く鎧に目がいくけど、それよりも手にした弓矢だ。弓の弦までもが金色に輝いていて、この武器がそんじょそこらのモノとは明確に違う事を雄弁に物語ってる。
さて、少しばかり歩いていて気付いた。
ここはどうやらダンジョンらしく、一定周期で魔物が襲ってくる。
それで出て来る魔物だけど、かなり強い、んだと思う。
恐らくは一番弱そうなスケルトン剣士とかでさえ、かなり強固そうな鎧を纏っていて、剣も鋼のようだ。おまけに盾まで備えていて油断すればやられかねない。
ゴブリンやらコボルトやらが束になっても勝てないかも知れないような、石で出来たゴーレムやら巨大な棍棒を両手に一本ずつ持つオーガ。はたまた火竜、つまりはドラゴンまで出て来る始末。バケモノばかりが普通にポップしてくる鬼難易度のダンジョンだった。正直、俺には到底勝ちの目が見えないそんな魔物を、四人の仲間は続々と屠っていく。
この四人……恐ろしく強い。
一体、どういう繋がりなのだろうか。
そうして激しい戦いを繰り返し、最深部に辿り着く。
しかし、ここは何だろう?
妙にリアルだ。でも、見覚えのないダンジョンだし。どっかのVRゲームとかのごちゃ混ぜだろうか? まぁいいや。夢だろうし。
ギイイイ、扉が開く。
この奥にいるのはボスだろう。一体どんなヤツだろうか?
四人に油断している様子はない。頼りになる連中だよ。
そうして、部屋の奥にいたのは────何だコイツは?
バケモノばかりのダンジョンの最深部に、何でこんなヤツがいる?
誰もが拍子抜けしていた。だって、そうだろう。
そこにいたのはまだ幼い、本当に幼い子供だったのだから。
《くだらぬな》
え、?
声だ。はっきりと、意味の分かる声だった。
一体誰が? そう思い、周囲を見回すも誰もいない。そう、いるのはあの子供だけ。
《愚者どもよ。貴様等には相応の死をくれてやろう》
子供、じゃない。そこにいたのは背中に幾つもの白い翼を生やした、…………天使?
姿はいつの間にか青年に変化。左右の手に剣と盾を持っており、そして。
視界が赤く染まった。そして感じるのは腹から何かがなくなっていく、ずり落ちていく感覚。
《ふむ。貴様のギフト、少々鬱陶しいな》
な、んだと。ギフト?
目を開くと、天使が俺を見下ろしている。手にした剣にはベッタリとした血が付着している。
四人が天使へと向かっていく。よせ、コイツはヤバイ。逃げろッッッ。
《くだらぬな。この程度で我を◆○出来ると思うたか? ──死ね》
剣の一振り。ただそれだけ。それだけで事は済んでいた。四人の猛者を一撃で。
仲間はそれだけで動かなくなっていた。
《所詮はたかが下等な種族どもよ。少しばかり我の眷族を屠った程度で調子づいたのを後悔するのだな》
天使が振り向く前だ。今しかない。俺のギフトで、この状況を────。
そうだ。これしかない。意識を集中させ、そして発動させろ。世界が白く輝き、俺はその中に包まれる。これで大丈夫だ。これで、逃げ切れ────。
《さて、戻れるとは思うな。貴様には格別なる褒美をくれてやろう》
バリン、とまるでガラスが割れたような音がし、世界は灰色に変わる。
馬鹿な、天使が世界に干渉したとでもいうのか?
《驚く事はあるまい。ギフトとはそもそも────なのだからな。
さて、貴様に褒美をくれてやらねばな。我に刃向かう事の愚かさを魂に刻んでくれるわ。
だが、心配するでない。ギフト自体は残してやる。少しばかり手を加えてやろう。二度と愚かな真似を出来ぬように、丹念に》
やめろ、やめてくれ。そんな、やめろぉっっっっっ。
そこで俺は死んだ。間違いなく俺は死んだんだ。
消えていく、何もかもが失われ、損なわれていくのが分かる。
俺は無力だ。何て、無力なん…………。
◆◆◆
「ん、うっっっっあ」
目を覚ますとそこは見知った天井。ほのかに香るのは緑茶の匂い。ああ、間違いない。
ここはツンフトフリージア支部、リーベの私室だ。
それにしても、ひどい汗だ。ポタポタ、と滴り落ちるソレは、まるで全身全ての汗を出したかのようにすら思える。
「随分うなされはりましたなぁ」
「うっ」
リーベの声。聞き馴染みのある声だってのに、思わず身構えてしまう。
全く、情けない。自分が嫌になるぜ。
「まぁまぁそないに落ち込んでも仕方ありまへん。まずは気持ちを静めなはれ」
そう言いながら童女はいつもの緑茶を差し出す。
ああ、分かってる。落ち着かなきゃならないよな。深呼吸をして、それからゆっくりとお茶をすする。リーベ曰わく、精神を落ち着かせるハーブも入っているらしく、確かに気分が落ち着くように感じる。
「そんで、……どないでしたん?」
おかっぱ頭の吸血童女は少し時間を置いた上で、本題について切り出す。
そう、さっきの夢はリーベの協力の上での事だ。
フリージアに来て以来、少しずつ俺の中で違和感が強くなった。
それは唐突に起きる。ある時は眠る前に。またある時は街を歩いている時に。挙げ句には戦闘中まで起きる始末だ。
俺はまるで白昼夢でも見てるように呆然と立ち尽くし、結果、何度も危険な目に遭った。
「悪いコトは言わない。リーベに相談しなよ」
だからレンの勧めに従った結果が、これだ。
「しかし、あんさん。その夢どない思うてはります」
「さぁ、でもあまりにもリアルだった。夢だってのに、何て言うか実際に体験したみたいな……」
「そもそもあんさんのギフトは死ぬと発動、そんで気付くと傷が治ってる、そうでしたなぁ」
「ああ。そうだ」
「それが妙ですなぁ」
「どうして?」
リーベは俺の問いかけには答えず、ただ室内を歩く。考え事をする際の癖だとは最近知ったのだが、童女が歩き回る様は何だか微笑ましい。
「そもそも、死んで発動っちゅうのがあまりにも理不尽ちがはりますか?」
「そりゃ、そうだけども……」
童女が前へずい、と詰め寄った。
返す言葉もない。だってその通りだ。死をきっかけに発動なんておかしい。いちいち死の感覚を追体験しなきゃならないなんて……。
「死んでも生き返る。そんなん理不尽ですぇ」
「へ?」
ああ、リーベが言ってたのはそういう意味だったか。でも、確かにそうだ。死んでも生き返るなんてチートもいいとこだろう。死んだら生き返らない、それが世界の常識なのだから。
フライハイトでは蘇生魔法は存在しない。そういった意味で考えれば、俺のギフトは反則級だとも言えるだろう。
「しかしどうにも妙ですなぁ」
「……何が?」
「あんさんの心に何か問題がありはる、そう思って調べた訳やけど、やればやるほど何かおかしいわなぁ」
「夢の話か?」
「そ。あんさんの見てはる夢。それは単にあんさんの心の問題って言うにはあまりにも凄惨で、生々しい。まるで実際に観てきた、って思える程」
「…………」
そう。この問題解決の為に実施してる睡眠治療。寝てる俺の精神に干渉して、俺の中にある問題を顕在化する、っていう手法なのだが、俺は一向に良くならない。リーベ曰わく、普通なら三日もあれば解決するらしい所、俺の場合はかれこれもう一週間。こう毎日毎日あの夢を見せられると、治りそうな気がしない。
「うん、でもまぁ。あんさんの問題は多分その夢なんは間違いないどす。もう少し調べたら何とかなるかも、知れまへんなぁ」
「…………わかった。また明日も来るよ」
「すんまへんなぁ」
リーベは申し訳なさそうに頭を下げる。いいや、こっちこそだ。支部長って責任ある立場だってのに、こうして俺の為に時間を割いてくれてる。本当に感謝してるよ。口に出すのは何だか恥ずかしいから、言わないけども。
「で、どうだった?」
「いや。駄目だった」
「そっかぁ。難しいな」
「ああ」
気分転換って事で、レンの奴が俺を外に連れ出した。
確かにフリージアはいい街なんだけど、あそこは洞窟だからなぁ。
こうして真っ青な空を見るだけでも、何だか気分が晴れるように思える。
「なぁレン」
「ン、どした?」
「何で俺にそんなに良くしてくれるんだ?」
そう、思えばそれが気になる。レンは素行こそあれだけど、実際の所面倒見が良くて、心根は優しい。男勝りなんだけど、こうやって気配りしてくれる。
誰にでも好かれる奴で、おまけに滅法強い。正直俺みたいなのとは全く違う世界の住人みたいだ。だから俺は気になる。そんなお前が俺にどうして、こんなに気をかけてくれるんだって?
レンの奴は笑う。照れ隠しなのはもう知ってる、結構うぶなんだって。
「うーん。何でかなぁ。正直オレにも分からないや」
あっけらかんとした物言い。
ああ、そっか。
唐突に理解した。俺はこいつをどう思ってるのかを。まるで太陽みたいな明るく、そして苛烈な強さを持った少女。俺はこいつが好きなんだって。今までも性的な興味が無かった、とは言わない。俺だって男だから。
でもそうじゃなくて。俺はレン、っていう少女の在り方に惚れちまったんだって。
その瞬間、思ってしまった。
誰よりも強い、でも何処か弱い少女。そいつを微力ながら守れるようになりたい、って。
俺の中にある、この違和感。未だ拭えない何か。どうにか出来るかどうか分からない何か。
不安じゃないって言えば嘘になる。
だけど、俺は言葉を紡ぐ。言わなきゃならない。表情を引き締め、そして──。
「なぁ、レン」
「ン? なぁに」
「俺さ、お前の事好きだわ」
「ああ、オレもだぜ」
その軽い返事が俺の思う通りなのか、それとも単なる友情なのか。
でもまぁ、悪くはないよな。最初の一歩にしちゃ上出来だよな。
(あー。俺にすりゃ、……一世一代の告白だったんだけどな)
そんな事を思いつつ、俺は空を見上げる。風は涼しくとも、陽射しは暖かい。それは本当に心地のいい時間だった。