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赤い髪の巫女──その3

 

 私がそれを目にした時に思ったのは一つ。


 ああ、何て綺麗なんだろう。


 何故そんな事を思ったのかは正直分かりません。

 だって私はそんな事に思いを馳せるような心の余裕など皆無なはず、なのですから。


 私以外の人達は、もう声すらあげない。

 ある人はその場に倒れ伏し、もう微動だにしない。

 ある人は何とか逃げ出そうとして矢を射られ、絶命しました。


「さぁお前達に相応しい仕事を与えよう。名誉に思いながら逝くがいいぞ」


 若君はそう言うと私達をそこに差し出す。

 それはまさしく捧げ物。巫女、と言えばそれなりの格好はついたでしょう。

 ですが結局の所、私達はそこな神様、とやらの生け贄でしかなかった。





 そこにあったのは、燃え盛るモノ、ではありませんでした。

 小さな、小さな種火のようなモノがありました。


 そしてその傍に座っていたのは少年とも青年ともつかない誰か。

 顔は見えません。揺らいでいてまるで幻のよう。ですが、その全身から尋常ではない気配を雰囲気を漂わせます。


『ふん人間共。何の用だ?』


 第一声のそれは思いの外静かな声でした。

 ただ静かながらも全てを威圧するような響き。

 生け贄として差し出された女達、そして若君を始めとした男達もまた平伏してしまいます。

 ですが私はそこにただ一人立ち尽くす。


「これはまさしく神の威容よ」


 若君は平伏しながらも興奮しているのがありありと伝わって来ます。

 大仰に、芝居がかった立ち振る舞い。恐らくはここに至るまでにさんざ練習をしたのでしょう。


『如何にも。我は貴様等の云う所の神の類よ。して答えよ。何用で参ったか?』


「此度はあなた様へ捧げ物をしに参ったのです」


『ほう、それは何をであるか?』


「は。まだうら若き女達でございます。これを如何様にされても構いませぬ」


『我は荒神の類のものぞ。分かった上で申すか?』


「それは当然。おい、やれ──」


 若君の顔は歪みます。


「さぁ供物をお受け取り下され──」


 そう歓喜の声をあげるや否や、腰に下げていた剣を鞘から抜き放つとすぐ傍にいた少女を背後から一刀。肩口から切り下げられた彼女は何が起きたのか気付かないままに絶命。

 そしてドクドク、と夥しい血が地面を染めていくにつれ、他の少女達が悲鳴をあげました。


「きゃあああああ」「いや、いやああああ」「やめてお願いだからやめてっっ」


 悲痛極まる懇願、嘆きも虚しく、男達は槍を突き出し、矢を射かけます。

 武器を手にした男達を前にして、女はあまりにも無力。


「くっく、いいぞもっとだもっと血を捧げろっ」


 若君は高揚しているのか、目には異様な光をぎらつかせ、その剣を血で染め上げていきます。


「────」


 そしてそんな阿鼻叫喚とした状況のただ中で、私はただ無言でを見ています。神様、と呼ばれた彼もまた無言でこの惨状をしばらく眺めます。

 そして辺りには大勢の少女達の血が捧げられた後、


『…………おい』


 狂気に満ちた空気を前に、彼は重い口を開きました。

 静かですが圧倒的な威圧感を発し、場にいる全員が動きを止めます。


「神よ、喜んでくださいませぬのか?」


 若君には分からないのでしょうか?

 分からないのでしょうね。そこにいる神とされる彼がこの惨劇を歓迎していないのだと。


『もうよい。貴様の如きモノの求めで我はここに顕現・・したのではなさそうだ』


 それだけ言うと彼は指をパチリと鳴らしました。

 ただそれだけ。それだけの事で事は全て終わりました。


「っっぎゃああああああああああ」


 あまりにも醜い、醜悪な絶叫と共に若君の顔が焔に包まれます。

 そして護衛の男達もまた地面から噴き出した焔に巻かれ、その場にのたうち始める。


『ふむ、そこな娘。顔を見せるがいい』

「え、────!」


 気付けば不意に彼は私の目の前にいます。

 赤い緋色の目はまるで空に浮かぶお日様のようで驚く程に綺麗でした。

 見てはいけないモノ、そう思いながらも私は目を離せません。離せばそれで終わり、そう思えたから。


『ふぅむ。コレはなかなかだ』


 興味津々なのでしょうか、彼は私の周りをクルクルと回っています。私は動けません。

 周囲では男達の断末魔の叫びが響き渡り、肉の燃え尽きる臭いが鼻を付きます。


「なぜだなぜだっっっああああああ」


 驚いたのは若君が生きていた事です。

 真っ先に焔に覆われたにも関わらず、彼は他の者達とは異なり生きています。

 見ればその顔は焼けただれてはいますが、おかしな事に火傷は徐々に治っていくかのよう。


『ふむ、やはりお主【混ざっているな】。いいや先祖返りか、何にせよそれが此度の非礼の理由で間違いないな』

「わ、たしは選ばれたものだ。そこらに転がってお、るような愚昧共と一緒になどするでないわっっっっっ」


 若君はあろう事か彼に向かい剣を振るいました。

 彼はそれを躱す事すらせずにその身に受け、肩口から血ならぬ火の粉を撒き散らしました。

 冗談のようにバサリと切れる焔。


「く、はっはひゃひゃひゃ。これで私の名声は揺るがぬもの──」

『何か言ったか?』


 若君の口からごほ、という咳と共に多量の血が吐き出され、瞬時に消え失せました。


『図に乗るなよ。我は荒神ぞ。うぬのような混じったモノに討たれる程容易くはない──』

「ぐ、ぎゅ、いいくそっ」

『だが混じったモノにしては随分としぶとい。ふむ、貴様。我以外の心霊の類を喰ろうたか?

 それはまた大きく出たモノよ。だが──』


 若君の目、口、耳、鼻、その全身から焔が噴き出ます。さっきまでとは違い、若君はもう微動だにせず、顔はうなだれています。


『所詮はこの程度よ。だがここで殺しはせぬ。山をこれ以上穢すのは避けたいのでな。

 案ずるな。主を殺してやりたい、と心底から思うモノの目の前に飛ばしてやるでな』


 信じ難い事に倒れた若君は確かに未だ生きていました。荒神はその首根っこを掴み上げると、

『ふんぬあっっっ』

 声を上げながらその身体を投げ捨てました。まるで小石でもそうしたかのようにかの人物は吹き飛んでいき、見えなくなります。


『さて、これ以上この場を穢すのはいかん。では、清めるか』


 そう呟くと荒神は全身から焔を発して周囲を包み込みます。

 その勢いは圧倒的で、そこらに倒れていた多くの女達や若君の護衛達をであったなきがらを見る間に焼き尽くし、灰へと変えていきます。


「…………」


 私は思わずその光景に見入ってしまいました。不思議な事に怖さは感じませんでした。それどころか温かい、とまで思ってしまいました。


『してそこな娘。何故逃げぬ?』


 荒神もまた私の様子が気になったのか、訝しげな言葉をかけてきました。


「私には行くべき場所などありません」

『ふむ、ではここで燃えてもよいと申すか?』

「はい──!」


 途端、私の身体は焔に包まれました。手足が崩れていくのが分かります。不思議と痛みも苦しみもないのは、目の前にいる彼のおかげなのでしょうか。


『ふむ、実に面白いな女。何故苦しまぬ? 何故悶えぬ? 何故狼狽えぬ?』

「死ぬ時は死ぬ。そう知ったから、です」

『お主、我が恐ろしくはないのか?』

「はい」


 実際、そう思いました。

 確かに恐ろしい力を持っているのは事実でしょう。ですが怖くはありません。


『何故我を恐れぬ?』

「理不尽ではないからです」


 そう。私が恐怖を抱くのは理不尽な事。

 私一人の為に容赦なく皆を手にかけ、たまさか寄った集落の住人達を撫で切りとし、自分の為だけに攫った女性を生け贄として血祭りにあげるモノが怖い。

 しかして、目の前の荒神はあくまで何らかの摂理に従っていると思いました。

 だから怖くはありません。


『ふむ。どうやら此度我を呼び寄せたはお前のようだ』

「え?」

『善い。お前の奥底にあるモノは実に興味深い。いいだろう』


 すると荒神の姿が崩れていきます。

 人の形から純粋な焔そのものへ。

 そして私を覆っていた焔は嘘のように消え去り、損なわれたかに思えた手足は無傷。何事もなかったかのようにすら見えます。


『お主を巫女・・と認めよう。だがこの地は遠からず戦火に飲み込まれる。我もまたその中で果てるであろう。それは自然の理ゆえに構わぬが…………』


 荒神は頭を抱え、何やら考え事をしています。そうしてどの位の時間が経った事でしょうか。彼は嬉々とした声をあげると、

『うむうむ。そなたの中にある子種を活用させてもらおうか』

「え、? 子種?」

 その言葉に今度は私が戸惑ってしまいました。子種、私に? では、あの人との間に。

 脳裏に浮かぶのはあの小さな集落での幸せな日々。もう二度と帰れない場所、記憶。

「う、ううっ」

 そう思った瞬間には目に涙が浮かびました。私はここに至り自分が失ったモノの大きさを実感したのです。

『まぁ子種とは言ってもまだ形になりかけだがな。お主とその子種に我の力の一端を与えよう』

「そんな事、いいんです。私は子供がお腹にいるって分かっただけで……」

『そう言うな、我の為でもあるのだ』

「え?」

 荒神はそう言うと焔の一部を手に変化。私の額へそっと手を添えます。

 途端に荒神の記憶が見えました。

 何故この方がここにいたのか。どうして私を巫女、と見込むのか。

 そうして、この後何が荒神に起きるのかも。

『観えたな。そう、我は程なく消える。既に力の大半を失ってしまったからな。この小さな種火こそが我自身。本来の姿に比べ如何にも貧相なモノよ。

 巫女よ。改めて頼む。我の力を受け取ってくれ。このまま消えればこの力は奪われる。そういう呪術・・を受けているのだ。それだけはならぬのだ。無論、我の力を狙ったモノは諦めんだろう。

 何せ神を殺してでも望みを得ようとしているのだからな。お主にも危険は及ぶであろう。

 それでも──』

 ああ、どうしてでしょう。どう考えても厄介事にしか思えません。思えませんのに。

「分かりました。申し出受けましょう」

 私はその話を受け入れました。荒神は私に自身の一部を、焔を譲り渡すとゆっくりと消えていきます。

『すまぬ。我はここに残る。奴らは我を追っている。ここにいると遠からず発覚する。逃げてしまえば下手を打てばお主達に危険が及ぶであろう』

「……」

『我の力でを開こう。そして遠く、遠い地へ飛ばそう。少しでもお主達の安寧を願おう』


 そこまでで記憶はなくなりました。私は焔の渦に巻き込まれ、気付けば見知らぬ地へと送られたのです。




「う、うう」


 目を覚ませば、そこは見た事のない空。

 そして────。


「ぎゃぁ、ぎゃぁ」


 そこにいたのは初めて目にする赤子。でも分かります。この子はお腹の中にいた子だと。こんなにも早く生まれたのは荒神の力の影響なのか、それともこの子自身の力なのか。焔を揺らめかせ、無邪気に笑う我が子。ああ、そうだ。最初にすべきはあなたに名前を与える事ですね。


レン、それがあなたの名前です。愛しき我が子よ」


 この子との出会いは私にとって人生でもっとも嬉しい時でした。

 私には観えました。私がこの後、どのような末路を辿るのかも全て。

 でも構いません。この子を、煉さえ生きていてくれるのなら。


「では行きましょう。まずはふるー、ふりーじあなる場所へ向かえばいいのでしたね」


 私は歩き出しました。

 愛しき娘を抱き、まだ見ぬ場所へと。



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