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報告→宴会でした

 

「はぁ、眠い」


 自分でも何とも気の抜けた声を出しているのは分かってる。

 だけどどうにも仕方がない。睡魔からの執拗なまでの攻撃を前にして俺の意識は寸断されそうなんだから。

 それにだぜ。このフリージアの街にだって原因はあるんだと思うのだよ俺は。

 だってだ、ここには太陽の光ってものが差さないんだぜ?

 何でも人間のバイオリズムっていうか体内時計は一日二十五時間なのだそう。つまり本来の時間である二十四時間よりも一時間ばかし長く設定されてるんだそうだ。

 たかが一時間、されど一時間の誤差を放置したままだとやがて体調に影響すら及ぼすのだそう。

 つまる所はいわゆる時差ボケって状態になるそうだ。


 日光ってのはそういった時間の誤差をリセットするらしい。


 だからこそ、朝目を覚ましたら日の光を浴びるってのは大事な事な訳だ。


 え、? まだ分からないかな?


 つまりはこのフリージアには肝心要たる太陽ってのがないのが俺のこの睡魔の襲来の原因なんじゃないのか、って事だよ。


 何せここはでっかい洞窟の中に造られた街。

 確かに今も光は差してはいるけどそれは”光魔法”による人工的なモノ。


 そう、この世界じゃ魔法ってのは一般的なモノ。


 一般人であろうとも何かしらの魔法の心得があるらしく、そういった技術も含めてそれぞれ成蹊を立てるのだそう。

 それはこのフリージアでも同様で、大多数の住民は魔法を使えるらしい。

 ただし使える魔法の系統については個人差があるらしく、同じ家族でもある程度の傾向は似通うらしいけど全く同じにはならないのだそう。


 まぁ、そんな事を言われても、俺は魔法を使えないんだけどな。

 どうやら来訪者はそうそう簡単には魔法を使えないんだそう。まぁ、理屈は分かる。だって生まれ育った世界じゃないからな。いきなりよその国に来て言葉を覚えろ、ってのと同じような物だろうさ。


「オイ、ネジ。着いたぞ」

「ああ、そうだなぁ」


 我ながら実に気の抜けた返事だと思います。

 レンはいつも通りの元気一杯って様子で本当に羨ましいな。


 それにあの集落じゃお前が一番の重傷だったんだけどそれがどうしてこんなにも元気なんだよ?

 俺なんかずっと不調気味だってのにさ。


「さ、行くぞ。オレとお前を待ってるんだからな」

「……だな」


 そう、俺は今日、仕事でここに来たんだ。

 フリージアにあるツンフトの支部。その主である和装おかっぱ頭の童女のリーベに会いに。

 ロビンが教えてくれたけどあのゴブリンの群れとの戦いの際、リーベはロビンを助けてくれたのだそう。俺は目にしたのではないけど、どうやら丘の上で敵と激しくやり合ったのだそう。


 ちなみにロビンの奴は先にここに来てる。何でもキリセの奴を案内する為らしい。


「う゛っ」


 ツンフトの中に入ると視線が一斉にこちらへと向くのが分かる。

 この視線がどうにも苦手なんだよなぁ。

 そもそも俺はそういう面倒くさいのが嫌で仕事も在宅で出来るプログラマーをしてたんだ。

 それがどうして、今は冒険者に睨まれてるんだろうか。


 ゲームとは違ってこっちに向けられる視線からは様々な感情ってのが感じられる。

 羨望みたいなモノならまだいい。

 でも中には、っていうより大多数からは嫉妬、とかそういった類の感情が向けられてるみたいだ。理由は多分レンの奴だろうな。


 コイツは目立つ。

 良くも悪くも物凄く。

 そりゃそうだとは思う。自己主張激しい上に元気だし、髪の色だって鮮やかな赤。

 それに美少女だからな、本当は。

 そんな訳でレンの奴と一緒に仕事をしたいって奴はごまんといるらしい。


「…………」


 ロビンの奴はともかくも、その仕事に付いていったってのが来訪者だとは言え、こっちに来たばかりの新参者だっていうのだからそりゃ気に食わないだろう。


 ああ、嫌だ嫌だ。さっさと用事を済ませてここから出て行こう。

 そう思ったら現金なモノでさっきまでの睡魔は何処へやら。


「行くぞレン」

「ん、ああ。そだな」


 先導してリーベのいる部屋へ。




「よう来なはりましたなぁ」


 部屋に入った途端、和装童女に声をかけられる。

 そして、同時に鼻をついたのは何とも香ばしい香り。

 何ていうか、懐かしい、うん、馴染み深い匂いは部屋の奥。畳敷きの場所の真ん中に置かれている何だろお正月にでも似合いそうな七輪らしきものから発せられている。


「餅?」


 パチパチ、という独特な音。網らしきものが引かれその上でプックリと膨らむ白いモノは紛う事なく冬の風物詩。焼き餅だ。


「そうどす。あんさんなら分かると思うとりましたえ」


 リーベは嬉しそう表情を浮かべると箸で焼けた餅を皿に載せるとトテトテとした足取りで俺の所へと。


「ほれ、熱い内にお食べなさいまし」


 とこっちに差し出す。


「…………」

「あー、ネジずるいぞ。リーベ、オレにもモチくれよぅ」

「レンは自分で焼いてくださいまし」

「えー、ひいきだぁ」


 何だろうな、この部屋の空気。

 俺、一応仕事で来たんだよな?

 何ていうかアットホームとでも言えばいいのか、或いはユルい職場だよな。


「………………」


 実際、焼きたてホヤホヤの餅は美味そうだ。朝飯は宿屋で食べたけど何ていうかこれは別腹、みたいな気になってくる。

 チラリと視線を移せば七輪の周りにはリーベとレン以外にもロビンにキリセまで座っている。

 おまけにキリセの顔は真っ赤っか。そしてほのかに漂うこの匂いは──酒?


「うぉーいネジ。あんさんもこっちに来るがええぜよ。いやぁまっこと美味い酒じゃぁ」


 うん、酒だ。アイツ今断言したし。


「ネジぃ。早く来ないと全部食っちゃうぞぉ?」


 何とも気の抜ける声。仕事って何? 美味しいのソレ?

 あー何だか馬鹿馬鹿しくなった。真面目な気分がぶち壊しだよ。


「分かったよ、ったく」


 まずは目の前にある餅を平らげないとな。


「────うまっ」


 どうやら醤油だろうか、それで下味をつけてたらしい。これなら香ばしさも焦げ具合も納得だ。熱いけど美味い。何個でもいけそうだ。


「レン、俺のも焼いてくれよ」

「えー、やだ」

「ケチ」

「貴様、レンに何て言葉を!」

「まぁまぁ。それよりエルフの兄さん酒を飲め飲め」


 あ、何だろな。何だか楽しい。こんなにも楽しいのはいつ以来だろうか?

 まぁいいや。細かい事はまた考えればいい。今はこの時を楽しめばいいじゃないか。



 ◆



「う、ん。眠っちまったのか?」


 気付けば宴会となった室内には寝息の音だけが響いている。

 すっかり出来上がったのか、キリセは豪快に大の字になって寝転がり、ロビンの奴まで隅っこで壁に背中を預ける格好で寝入っている。


「あれ、?」


 レンの姿がない。

 アイツならここで堂々寝ていそうなものだと思うんだけどな。


 部屋を出ると隣の部屋から明かりが洩れている。

「…………」

 中からは何やら声も聞こえる。聞き耳を立てるって訳じゃないけど気になるのでドアの前に近寄ると、

「誰どすか?」

「おわ、っ」

 即座にドアが開かれ、俺は前のめりに部屋へと転がっていく。

「いつつ、」

「あんれまぁ、ネジはんどすか。思ってたよりも随分と早い目覚めどすなぁ」

 リーベは本当に予想外だったのか、その声は微かにうわずっている。

 いや、妙な事を言ったよな?

「思ってたより?」

 そう、予定外。まるでまだ目覚めるはずじゃない、とでも言うかのような物言いだ。

「ああ、そうだぜ」

 部屋の奥からそう言ったのはレンの奴だ。

「どういう意味だ?」

 不信感、とまではいわないけど何故だ? という疑念は浮かぶ。ひょっとしたら眠らせた上で寝込みでも襲うつもりなのじゃないか、っていうのはまぁ違うだろうけど。

「まぁまぁ、目覚めてしもうたんならそれは致し方ない事。丁度いいんかも知れまへんなぁ」

 そんな疑念を汲み取ったのか、和装おかっぱ頭の童女は諭すような口調で言葉を紡ぎながら、レンの方に視線を向ける。

「……そう、……だね」

 どうしたんだろうか? レンの奴は妙に歯切れが悪い。


「ネジはん。まずは座ってもらえまへんかえ?」


 心なしかリーベの言葉からは有無を言わさない迫力が混じっている。

 ああ、どうやらこれは厄介事らしい。

 果たしてどんな話を聞かされるのか、どうなる事やらだな。


「分かった」


 だけど、俺は知る必要を感じた。

 これから聞く話は多分大事な事なのだと漠然と理解したから。

 勧められるままに椅子に腰掛けると、

「じゃあ、話を聞かせてくれ」

 真っ直ぐにレンとリーベを見据えるのだった。



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