爽やかな朝(嘘)
コーーン、コーーンという鐘の音がする。
何だか妙に聞き慣れた音。
「ん、」
目を覚ませばそこはまだ見慣れない茶色の天井。
窓の外に見えるのは青空、……じゃなくて青く塗られた洞窟の壁。
それからいくつかの少し高い建物。
「…………ダルい」
もぞもぞと足を動かしながら思うのだけど、ベッドから起き出す時の気だるさってのはどうにかならないだろうか。っていうか出来ればずうっとこうして寝たままうずもれていたい。
俺はほぼ眠ってたからよくは知らないが、うろ覚えの記憶の中じゃフリージアに戻ってきたのはつい昨夜の事で入るのに一悶着あった。
まぁ、夜中になるとこの街の出入りは厳しく制限されるってのは前に聞いたからそういう事情だとは思う。
で、ともかくも俺達は街に入ってこうして宿屋に。
それで…………。
そこである事に気付く。ここ誰の部屋だ?
「くぅ、くぅ」
ん、何だこの音は?
まるで子犬か何かでも寝てるような寝息みたいだけど……………………。
「────」
いや、イヤな予感はあった。あったよ。
だって目を覚ましたこの部屋、この前寝た俺の部屋じゃないんだしさ。
だけど、さ。もうね。
だからってさ、何で横に寝てるんだよコイツは。
俺、一応男の子だぞおい。レンさんよ。
「う、うぅん」
寝返りをうつと被っていた毛布がめくれる。
「げっ」
冗談じゃないぞ。何なんですか何なんですかその寝姿。
しかもタンクトップみたいなシャツにぱ、──その下着だけって格好は何事ですか全くはしたない。
「────うん」
いや、前に見ちまったけどやっぱり意外とスタイルいいよな。
普段は色々ヒャッハーな感じだし乱暴だし。
だけどこうして寝ている姿だけ目にするとやっぱりこいつも女の子なんだな、って思う。
「あ、………うう」
「はへっ」
ちょ、やめろ何だよ妙な声出しやがって。それに何ですか、その────。
いかん。いかんぞ。見てはいけない。視線を上から下へずらせ。そうだ、めくれたシャツからはみ出てるそのおへ……駄肉、そう駄肉だ。だから見てもいいよな問題ない。俺が見てるのはその程良く締まったお腹、なんだから。
「よし、落ち着け俺」
そおっ、と顔を振り向かせ息を吸って気持ちを落ち着かせた上で、改めて無駄なお肉を見ようとしたら向き直ると。
「────」
じぃー、と相手に見られておりました。はい、万事休す。
「ん、……ネジおはよ」
「いやぁはっは。ゴメンゴメン」
これは、イケるか、誤魔化せるか。レンの目には特段怒ってる様子もないし、それどころか少し笑ってるようですらある。
「そか、ネジとねちゃったか」
「う、ああ。そうそう。でも間違いはない、ないよな?」
「うーん、ねてただけだもんな」
イケる。これはイケるぞ。多分そういった諸々のヤバい事は多分、そのなかったはず。いやなかったに違いない。なら大丈夫だ。ノープログレム。無問題。
このまま色々をなかった事にしちまえば────。
だがそんな思惑は無残に崩れ落ちた。
そう、ガチャ、というドアを開ける音と共に。
(数分後)
「つ、」
頬がジィン、とひりつくように痛む。ほっとけば多分真っ赤に腫れ上がるんだろうな。
結論から言えばあの直後に俺は一発拳を貰っちまった。
「…………ふん」
あの野郎まだ睨んでいやがる。
ただし拳をくれやがったのはレンではなく、起こしに来た金髪エルフの野郎だがな。
あの直後、
ドアを開いたロビンは開口一番、「き、っさまあああああああああ」と凄まじい勢いで向かってきて。そのまま強烈なパンチを喰らった。
いや、ひょろっとしてるけども身長が高いからなのかどうなのか正直痛かった。
「アッハッハ、いやぁハデに転がったなぁネジ!」
お前本当に楽しそうに笑ってるな。お前の不注意が原因じゃないのかよ。
レンの奴がとりなしてとりあえず俺の身が潔白であるのは証明された。
だがまぁ、ロビンの奴からすれば俺がレンの寝室にいた、って事自体が許せないらしい。
俺のせいじゃないけどな!
ジト、と横目で赤髪の少女を睨むがあっちはヘラッと笑う。
くそ、何だよカワイイじゃないかよ。
流石に金髪エルフも今回はレンにも言いたい事があるのだろう、椅子に座ってるレンの前にテーブルを挟んで仁王立ち。そしてさっきから説教モードに入っている。
もっとも、説教がどれだけ効果を上げてるのかというとそれは微妙だ。
何せ…………。
「レン、ともかく君にはあまりにも貞操観念が足りていない。分かるか?」
「テーソーカンネン?」
「そうだ。もっと自分を大事にしなければならないって事だ」
「ああ、なら大丈夫だ。オレはキチンとやってるから」
「…………」
ってな具合だ。
ロビンの奴が言ってる事自体は至極真っ当、正論だと思う。
確かあいつは十九歳だったか、こっちではどうなのかは分からないが向こう側の世界じゃまだ大学生位。年頃の女の子、って扱いでいいのだと思う。
言っとくが俺はゲームばっかやってたからって女性の好みまで二次元じゃない。いや、心は揺れるけども、多少はさ。
俺にも以前は、恋人、とまで言っていいのかは分からないが親しくしてた相手がいた。
その、あれだ、人前じゃ口に出来ないようなそのあれやこれやだって一応は、してる。
まぁ、その頃はゲームよりも断然彼女だったな。
いやまぁ、ともかくもだ。
俺にも人並みに煩悩ってのはある訳でして、狼なんだよ。こう見えてもさ。
そんな俺の真横で平然と寝て、おまけに無防備な姿ってあーた、それはちょいと冗談キツいんじゃありませんの? ってこった。
だからだ。俺としてもこの件については金髪エルフと同意見だ。
嫁入り前の娘さんがですね、いけないと思うのですよ。
いや、そりゃ色々な形はあるとは思うけれども。
ともかく、立場が逆なら俺も説教してたんだと思うよ。
だが、残念だ。相手が悪すぎた。
「だってさ、ネジはオレの仲間だからな」
「──な、」
何ていうあっけらかんとした物言いか。
ロビンの奴は絶句したのか、口をパクパクさせている。
っていうかオレも唖然とせざるを得ない。
ツッコミどこが多すぎて困る。とりあえずは仲間、だったらいいんかい。
アカン、こいつほんまもんの天然ですわ。話が通じまへんですわ。
「キャンプとかで野営したら一緒にねるだろ?」
「ああ、そうだな」
「それと一緒だ。仲間と同じ部屋で寝たって問題ない。それとも何か問題があるのか?」
レン、お前は本気でそんな事を言うのか?
見て分からんか? ロビンの奴の表情が何とも味のある、……いやいや渋ーーいモノになってるって。
「問題があるのか?」
「いや、ない」
「オイ待て!」
ヘタレるなよ金髪エルフ。ここは一歩も引かずに真っ向から向かってく場面じゃないのかよ。っていうか、今ので赤髪の少女の矛先はヘタレた金髪エルフから俺に向いた。
いいだろう、返り討ちにしてくれるわ。
「ん、じゃネジに聞くぜ。何か問題があるのか?」
「ああ、問題はおおありだ……」
レンに応じて、ギシ、と軋むベッドから立ち上がる。
どうやら俺も本気を出さざるを得ないようだな。
言っておくが手加減はせん。
舐めるなよ何も知らないウブな男装少女。向こう側世界で培った保体の知識でコテンパンにしてやんよ────。
意気揚々と俺は立ち上がる。倒すべき相手は目の前だ。
(さらに数分後)
「で、何か問題があるのか?」
「…………」
俺は為す術なく手をつき、膝を屈する。
甘かった。全ッッ然甘かった。
保健体育の知識とかすっ飛ばされた。
っつうか、あっちの方が詳しいし。
何でそんなに詳しいんだよお前!
っつう事はアレか、お前は天然とかそんなん関係なく単に…………俺の事を。
じゃ、もしかしてもしかするとだ。その可能性──。
「ハッハ、オレを抱けるのはオレより強いヤツだけだぜ」
「!!」
一刀両断だった。
うん、そうだね。俺弱いもんね。
何だろ、朝から凄い疲れる。
あ~寝ていたい。自分の部屋で。
そんな事を思う朝一番だった。