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一気

 

「ばか、な」


 それが男の漏らした偽らざる本音。

 狩人としてこの場にいる男にとって目の前で起きた光景は有り得ざるモノだった。


(これまで様々な獲物を狩ってきた。それこそ獰猛な獣から更なる達成感の為に戦場にまで)


 男の名は”クレイ”。かつていた世界では名の知れた暗殺者。

 元は代々猟師を生業とする一家の出であったが、腕試しに続々と近隣の山々にいる大物を仕留めていく仲でいつしか満足出来なくなっていた。だから彼は山から降りた。

 より強いモノを仕留める為に。そうして辿り着いたのが戦場。

 そこはまさしく彼が追い求めた刺激に満ち溢れた最高に興奮出来る狩り場だった。





 そこでは大勢の人間が殺し合う。


 数百、数千もの人間同士が様々な大義名分という綺麗事で様々な目論見を覆い隠して堂々と殺し合いをする場所。

 最初はかつて家族を殺された兵士の家族からの依頼。

 幾度かそういった依頼を成功させる内にクレイの名は様々な王侯貴族にまで知られるようにまり、標的は徐々に仕留めるのが困難な相手へ変わっていく。


 そしてある狩りの日。

 依頼者に裏切られたクレイは拷問の末に市中を引き回しの後、広場で処刑される事になった。



 ”最期に言い残したい言葉はあるか?”


 だからクレイは言った。


「もしもここから生き残れたなら、お前ら俺の全員狩りの獲物だ。楽しみだぜ。そのふぬけた面の悉くが怯えに変わるのを見るのがよぉ──」


 それが狩人の最期になった、…………はずだった。


 目を覚ますとそこは見覚えのない場所。

 そしてそこにいたのは異形・・

 姿形ではなく、その生き様が異形の存在だった。


(ああ、これが神なのだ)


 その日初めてクレイに信仰心が生じた。


 そして彼は異世界にてかつてと同じ道を歩む事となる。

 だがこれまでとは決定的に異なる点が一つ。それはクレイはたった一人の異形の為にのみ働くという事。最初こそ若干の違和感を覚えはしたものの、それもすぐに慣れた。



 異世界、フライハイトはクレイにとって至上の狩り場だった。

 ここには人ならざる様々な種族が存在する。

 エルフにドワーフ、ゴブリンにオーガにスケルトン。さらには見た事こそないものの、吸血鬼やドラゴンの類までいるらしく、狩人にとってここはまさしく最高の世界。


 さらには度々自分同様の存在である”来訪者ビジター”なる人間も呼び出され、彼らには程度の差こそあれ大多数が”特典ギフト”なる異能力を持つ。そう、クレイもまたギフトを持っている。


 ”森林フォレスト”。それがクレイのギフトの名称。

 それは特定の存在に擬装する能力。姿は勿論の事、匂いまで擬装するこの能力は狩人たる彼にとって最高のまさしくギフトだった。


 実際これまでにこのゴブリン以外にも様々な魔物や獣の群れに入り込み、そこから様々な獲物を狩った。

 今回の件での手始めとなった砦にいた王国の兵士は拍子抜けもいい所だった。

 それから幾つかの集落に関しても同様。ろくすっぽ武器すら使えない農民ばかりで楽しめなかった。


 だがこの集落は違う。


 遡る事数十分前。


 最初の襲撃で遭遇した農民の中に凄腕の戦士がいた。

 それはこれまで見たことのない剣術を使い、ゴブリンを斬り伏せていく。そしてクレイの存在にも気付いた。久方ぶりに互いを認識した上での命のやり取りは最高だった。

 結果的にその戦士は死んだ。クレイが戦士の家族を使って脅迫したからだ。だがそれを卑怯だとは思わない。クレイは戦士ではなく、あくまでも狩人。自分よりも強い獲物であれば弱味を見つけて付け込むのは至極当然の事。せめてもの情けで一発で殺し、そして赤い髪の少年に狙いを定め、殺すつもりだった。


(なのに、何が起きた?)


 身代わりになり、矢を身に受けたはずだ。心臓を射抜いたはずだった。この目で見たのだそれは間違いない。ほぼ即死だったはずなのに、その男は何事もなかったように立っている。


 だがクレイが戦慄を感じたのはそこではない。

 その男はハッキリとこちらを見たのだ。偶然ではなくハッキリと明確にクレイ、という存在を。


(認識された、このゴブリンの群れから一切の躊躇なく俺個人を)


 それはさっき屠った戦士の場合とは事情が違う。

 あの際はせいぜい二十程の小さな群れに混じった。だからフォレストによる擬装もそれ程の効力を発揮しなかった。フォレストは森林という言葉の通り、より大きい、数の多い集団でこそ最大限に効力を発揮する能力。数千もの木々のある森の中で小さな一本の木を特定するのはほぼ不可能なのと同じ。


 だがあの視線は違う。その数千もの木々の中に紛れていた一本の木を認識した。


 そして次の瞬間、男はこちらへと一直線に向かって来る。

 もはや疑いの余地などない。狙いは自分だった。


 クレイはその場から離れる。フォレストによる擬装にも弱点はある。それは担い手たるクレイが平常心を保つ事によって効力を発揮する。

 今、こうして逃げ出す姿はもうただの人間であろう。ゴブリンにすれば獲物だ。

 だがこのゴブリンには小細工が施されている。

 ここには自分以外に別の来訪者がいる。そしてそいつこそがこの群れを統率して張本人。


(そいつも多分あの男に戸惑ってるらしいな)


 でなければゴブリン達がこの状況下で何の反応もしないのも頷ける。

 だからこその躊躇のない遁走である。


(距離だ。距離さえ取れればこちらは矢で射殺せる)


 だがそこで思ってしまう。


 ”本当に殺せるのか?”


 不安からだろうか、振り向いてしまう。

 本能は告げていた。振り返るな、と。


 そしてクレイが見たのは目の前にまで迫る黒髪の青年と煌めくナイフの鈍い輝き。

 そうして血がほとばしる。視線は何故か上を、空を見上げている。

 晴天のはずなのに目の前が暗くなっていく。吹き上げた血が落ちるのが分かる。

 手足から力が抜けていく、もう立っていられそうもない。


(ああ、これこそが狩られる、という事か)


 それは狩人が初めて知った気持ち。そしてその最期に思った事であった。




 ◆◆◆




 ドザ、と崩れ落ちる誰か。


「ハァハァ──ハアアッッッッ」


 何でかは分からない。けど理解出来たんだ、あの糸を辿ればそこに敵がいるんだって。

 俺が射手を倒した次の瞬間、肉体にさっきまで全く感じなかった感覚が襲いかかる。

 ドクン、ドクンとした今にも破裂しそうな鼓動。隆起した足や手の筋肉。そして無数の視線。


 これはゴブリン達の視線。

 コイツらはまだ動かない。だがそれも時間の問題だと分かる。コイツらは血の匂いを嗅ぎ取った。どういう手段でコイツらを統率してるのかは分からないけど、ヤバい状況になりつつあるのは分かる。


「だけどな、ヤバいのはお前らもだぜ──」


 そう、ここに俺しかいないのであれば万事休す、ここでゲームオーバーだ。

 だけどなそうじゃない。だってな。


「キエェエエエエイ」


 キリセの叫び声が轟く。アイツがあの大太刀を振り回している。


 俺がキリセに依頼したのは家々にある油を周囲に撒き散らしての放火。

 これには二つの意味がある。

 まず一つはゴブリン達が如何に統制が取れていようとも火に呑まれたらそれでアウトだという事。

 実際、ゴブリン達の様子は変化している。炎が恐怖をかき立てているらしい。

 それから恐らくはこの中にいるであろうはずの、コイツらを操っている奴を炙り出す事だ。


 そして炎はあっという間に燃え広がり、ゴブリン達を囲い込んでいく。

 連中の中に狼狽えるヤツらがポツポツと出始める。よし、効果はあったな。


 チリンチリーーン。


 突然鈴の音色が響く。

 そしてそれを契機とするかのようにゴブリン達が一斉に動き出す。

 どうやら狙い通りの展開だ。


 さて、どうしたものか。今の俺ならちょっとやそっとのゴブリン位なら軽くあしらえそうだが──。


「ウグアアアアア」「グガアアアアア」


 周囲を囲むように襲いかかるゴブリン数体。

 俺はナイフを片手に迎え撃つ。左へ切りつけながら右足で別のゴブリンの腹を蹴り飛ばす。返す刀でナイフを逆に切りつけて更にソイツへ肩からぶつかって押し出す。あっちから振り下ろされる棍棒の一撃に対しては地面を蹴りつけて砂で目潰しをかけて妨害、その隙に後ろへ回り込みながらナイフで首筋を切る。やっぱり、だ。さっきから俺の動きのキレがいい。そう言えば前にもこんな経験があった。リーパーを倒した時と同じ。もしかしてこれは俺のギフト、なのだろうか。何にせよこれならやれる。


 チリーーン。


 鈴の音が聞こえる、近い。

 間違いなくこの群れのただなかに真の敵がいる。

 だけど、そこでゴブリンの動きが変わる。

 さっきまでとは違う武器を構えたゴブリンが前に進み出る。


「──長槍かよ、くそ」


 それは弓矢以外の飛び道具がまだ発展していない時代に於いて集団戦闘で歩兵が持ち得るおよそ最強の武器。騎馬ですらその突き出された槍衾を前にすれば突撃を躊躇う。

 ザ、ザ、と規則正しい歩みをしながら長槍を構えたゴブリンは隊列を組んでこっちへ向かう。

 まずい、これはナイフ一本じゃまずい、ぞ。


 ジリジリ、と後ろへ後ずさりさせられてはレン、いやその後ろにいる子供にも迷惑がかかる。

 だけど正面切って太刀打ちは難しい。


 そこへ、だ。

 見覚えのある大男が群れの中をかき分けるように向かってくるのが見えた。


「よぉネジ」


 キリセ、ナイスタイミングだよお前。


「キリセ、横合いからなぎ払っちまえ!」

「おうぜよ──」


 キリセが側面から長槍を構えたゴブリンを文字通りに横一文字になぎ払う。構えが崩れ、前進も止まる。よし、これで突破口が見えた。俺は駆け出す。狙うはゴブリンの向こう側。


 チリーーン。


 鈴の音、目の前だ。


「グガアアアアア」

「邪魔するな!」


 飛び出すゴブリンの喉へ肘を叩きつけ、遮二無二前へ。


「く、来るなっっ」


 そこにはゴブリンの中に混じり普通の人間の姿。その手には紫色に光るハンドベル。

 どうして今まで気付けなかったのか、理由は分からないがその姿は普通の町人のようだ。


 ゴブリンが躍りかかり俺を押し潰そうと殺到。流石に数が数だけに俺にはどうしようもないかもな。でもこれでいい。今、この瞬間ゴブリンの群れの統率者の注意は俺にしか向けられてない。

「レン────行けッッッッ」

 そう、これでレンは完全にフリー。距離に換算しておよそ六十メートル、あいつなら楽勝だ。


「オッケー、行くぜッッッッ」


 向こうで炎が巻き上がる。それは付け火ではなく、一人の少女が己を一本の松明のように炎に身を包んだ姿。陸上でいう所のスタート、のように身を低く構え────赤い柱が突っ込む。

 それはとてつもない速度と威力で前にいるゴブリン達をなぎ倒し、そして──。


「破亜嗚呼ッッッッッ」


 咆哮を上げつつ赤い弾丸は寸分違わずに鈴を持つ男の元へ到達。そのまま拳を叩き込んで吹っ飛ばす。


「ぐぎゃああああああああ」


 男は叫び声をあげながら数十メートル吹き飛び、そして全身を炎に包み込まれ絶命。

 その場に残されたハンドベルはキリセが踏み潰して壊す。


「ア、ギャアアアアア」


 それに呼応するかの如く統制を喪失したゴブリン達は恐慌状態に突入。俺に覆い被さったゴブリン達もあたふたと慌て出し、逃げ出していく。

 そこを「逃がさんぜよ」と炎の抜け道で待ち構えるキリセが襲いかかる。

 全部を倒すのは無理だろうが、これで数は更に減るはず。

 そして何よりも、子供達を守る必要のなくなったレンが好きなだけ暴れられる状況が成立した。


「よし、これで……いい」


 気が抜けたのか、俺はそのまま気を失う。




「う、ううん」

「お、目が覚めたか?」

「ここは、?」

「ああ、集落の外だよ。流石にあのままじゃ皆煙にまかれちまうから」

「そっか、」


 どうやら何とか生き抜けた、らしい。視線を巡らすと向こうに煙が見える。どうやら集落は完全に炎に包まれたらしい。


「ネジ、オレ達勝ったんだな?」


 レンがこっちに来ると手を差し出して、「ああ、──勝ったぜ」と、俺はその手を握ってそう答えるのだった。

 とにもかくにも、俺は生き延びた。色々あったがまずはその事を感謝だな。


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