合流
「じゃあ行くぞ、キリセ」
「おうぜよ」
すう、と一度息を吐き、そして間を置いて吸う。
そうして俺は覚悟を決める。
反撃も何もまずはレンの窮地を何とかしなければならない。
だから俺が優先すべきはレンとの合流。
「きぃえええええええい」
しかしながらキリセのこのかけ声だが凄いよな。
喉を潰すんじゃないかと心配になる程の声量だし、何よりも勢いがある。
基本的にレンの方へ意識が向いているらしいゴブリンの群れも、背後からこんな奇声とも思える大声があがれば流石に無視も出来ないらしく、近くにいる奴から続々とこちらへ振り返っていく。
で、だ。
キリセはあの太刀をブルンブルンと振り回してゴブリン達を蹴散らしていく。
「きぃえええッッッッッ」
横凪ぎに、袈裟懸けに、逆袈裟、そして振り下ろしに振り上げ、切るのではなくぶん殴る鈍器そのものみたいな乱暴極まる使い方だ。
だけどこれでいい。一見ハチャメチャな戦い方だけど今この時はこれでいいんだ。
キリセが道を作ってくれる。レンへと続く一本道を最短距離で。
「うおおおおお」
キリセが討ち洩らしたゴブリンの首筋をナイフで切り裂き、反対の肘をフルスイング、顔面を殴打する。止まるな、進め。いいから進め。
俺がやることはただ真っ直ぐに進む事。
距離にしてもう二十メートルもない。充分だ。
「キリセッッッ」
「おうぜよ!」
あとはレンの所へ突っ込むだけだ。
「レンッッッッッ」
俺は叫びながらあいつの元へと突っ走る。
◆
「く、そ」
レンは苦々しい表情で前を睨み付けた。
はぁ、はぁ、と呼吸はずっと乱れきっている。
「ガアッッッ」
ゴブリン達が声をあげながら何かを投げつけてくる。
「フ、ウッッッ!」
それをレンは左右の腕、手刀や肘で続々と打ち払っていく。
バキャン、という音で砕け散るそれの正体は石。そう、ゴブリン達は投石による攻撃を仕掛けているのだった。
「クソ、かかってこいってば」
だがゴブリン達は動かない。あくまでも距離を外しての投擲に徹するのみ。
さっきからずっと同じ事の繰り返し。
明らかにゴブリンの群れはレンの疲弊を誘っている。
実際それこそがこの場に於けるレンが一番危惧した状況。
後ろで怯えている子供達を守りながら、という制限があるこの状況。ゴブリン達からすれば無理くりに力攻めする必要などない。形勢は完全に自分達の手の中にあり、相手を半包囲しているこの状況であればその疲弊を待つのが一番手堅いに決まっている。
「破亞ッッッ」
赤髪の男装少女は不意に一歩、前へ飛び出す。
つぶさに状況を見ていた、それしか出来なかったのもあったが、それがこの場合役に立った。
ゴブリン達の包囲に微かな乱れが生じたのをレンは見逃さない。
「う、らああっっっ」
一歩、といっても優に十メートル以上もの距離を一気に詰め寄るとそこにいたゴブリン達へと拳を叩き付ける。
そうした上でその一撃だけで、レンは即座に間合いを外す。
レンにも見えていた、いや、感じていたのだ。
ネジが自分へと向かってくるのが。
今の動きは相手がネジ達に気を取られた事で隙が生じたのを見逃さなかったから出来た事。
能力的には力押しの印象の強いレンではあったが、彼女の本質は少しばかり違う。
実の所、自身の体内を燃やしての身体能力の急上昇には、かなり精密な能力操作が必要である。
確かに圧倒的な戦闘能力を発揮してはいるが、それも同様のギフト持ちがいたとしてもどれだけの人間がここまでのレベルに達する事が出来るであろう。
文字通り自分自身を燃料としてレンは戦う。それはつまる所いつガス欠してもおかしくないとも云える。
つまりは体力、精神力双方共にタフでなければとても戦えはしない。
だが今、レンは著しく消耗しつつある。
何故なら、子供達を守るのと投石に加えて、第三者からの攻撃にも備えなければならなかったから。
さっきの矢の傷は既に塞がっている。
レンの細胞自体が活性化していて、その回復力はなまじっかな回復魔法よりも強い。勿論、だからといって問題がない訳ではない。
回復するとはいっても体力が回復するのではないのだから。
これはあくまでも肉体的な損傷を治癒しただけであり、精神面では確実に消耗しているのだから。
(マズい。あれからどこかの卑怯者は何も仕掛けないけど、ジワジワ追い込まれてる)
レンとしてはさっきの何者かが行動を起こしてくれた方が有り難かった。気配は分からなくとも、いるのは分かったのだ。意識の外にいたさっきと違って今なら何かしらアクションをしてきてもある程度は対応出来るはずだから。
だけど相手は何もして来ない。来るのはゴブリン達のみ。
(けどソレが一番キツい)
だがそれが一番レンを疲弊させる方法だった。
そしてレンはそこに著しい疑念を抱く。ゴブリン、は確かに群れで動く魔物ではある。つまりは一定の知性がそこには存在する事にもなる。実際、ゴブリンにも等級がある事も知っている。
ゴブリンのランクは最下層のゴブリンからボブゴブリン、ゴブリンロード、そしてゴブリンキングの順で上がっていき、その個体数は減っていく。中でもゴブリンキングは現在一体だけしかおらず、それは魔族の住まう大陸で文字通り国を支配するとも云われる。
(以前聞いた事がある。ゴブリンの中で注意すべきはロードクラスからだって)
ロードとは領主を指す言葉であり、つまりは一定の領土、縄張りを支配する個体を指し示す。
ゴブリン、或いはその強化とも進化形態とも呼べるボブゴブリンは群れを作りこそすれど、それは個の集合でしかない。だからこそ数はあっても団結さえすれば人間の敵ではない。
だがゴブリンロードは違う。
ロードクラスが率いるそれは最早群れ、ではなく軍団だという。
ロードクラスに率いられたゴブリンは個々がスキカッテする烏合の衆から規律を守る兵隊へ変わる。
単なるゴブリンであれば目の前の餌があれば遮二無二でかぶりつくのが、ロードに率いられた兵士ともなれば罠の可能性を疑い、容易には飛びつかないとも云う。
とは言え、レンはそれを見た訳ではない。
何故ならロードクラスはキングの次のクラス。世界に十人いるとされる彼らはこの大陸には存在せず魔族の大陸に大半がいるのだから。
見たのは三十三年前の大戦。当時戦争に参加したロビンがその猛威を目の当たりにしたのだ。
(何だよ、弱気になってんなよアタシ!)
柄にもない、と口にしながら赤髪の少女は意識を集中させる。
荒い呼吸を少しでも整え、流れが変わるのを待つ。
そう、そのキッカケはすぐ目の前まで来ているのだから。
◆
「うおおおおおッッッッッ」
俺は突進する。レンの元へとナイフを振るって敵をはねつけて。
レンが相当にヤバい状況であるのは近付く都度実感していく。
あいつがあんなにボロボロなのなんか見た事もない。
原因は明らかだ。この状況、そしてあの群れの中に方法は分からないが入り込んでいる矢を放った何者かがいるからだ。云うなれば狙撃手に常に狙われているのを知っているにもかかわらず隠れる事も叶わず無防備なまま、という状態じゃ疲弊して当然だ。
「レンッッッッッ」
「ネジ!」
邪魔をするゴブリンの顔面に拳を叩き込んで、勢い余って転びながらも遂に俺はレンの元へと辿り着く。
「「無事か」よ」
同時に問いかけて、そしてレンの奴は何を思ったか「アッハハハ」と笑いやがった。
「おい、」
「だってさ、顔とか泥だらけじゃんかよ。どんだけ必死なんだって、アッハッハ」
ったく、だからって笑うかよフツー。今まさしくピンチなんだぞ俺たちはさ。
「はぁ、なんか心配して損したかな」
「悪かったって、オレが悪かったよ」
緊迫した空気が緩んじまう。困ったぜ。
「とにかく、だ。何としても乗り切らなきゃだな」
「ああ、オレがまとめてぶっ飛ばしてやるさ」
強がりもそこまで言えれば立派なもんだ。
あとは粘るだけ、だ。
その瞬間だ。背筋が凍り付く。何かイヤなモノがこっちを見ている、と何故か思った。そして何かが向かって来るとも。その狙いは俺じゃなく────。
ドス。
「え、何?」
レンの奴が拍子抜けしたような声を出した。そか、無事か。ならまぁいいや。
俺の心臓に矢が突き刺さってるのが見える。ああ、これは駄目だな。折角反撃の手立てを考えたってのに、何てこった。
どうやら俺はここまでみたいだ。
悪いな、レン。