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潜む者

 


「ち、全く面倒な奴だな」


 レンが先発、突進するように集落へと突入してから少し。ネジからの協力要請を了承した格好となったロビンは目指す丘へと辿り着き、改めて集落の様子を再確認する事にする。


「しかしかなり大きい集落だな」


 家屋は二十程なのだが、その家屋同士の間隔はかなり大きく、集落はかなりの面積の空き地の合間に家屋が建っている感じに思える。


(いずれはもっと移住者を募るつもりだったのだろうな、もっとも)


 それも最早望めないだろう、と呟く。これだけの出来事が起きてしまった以上、もうこの集落は終わりに違いない。いや、そもそもこの一帯に点在していた集落が軒並み壊滅、しかもここらの治安維持の為に砦に駐留していた軍隊すら同様の憂き目に合っているのだから。


(フリージア王もまた軍を駐留はさせるだろう。そして移住者をも募るだろうが、思う様にはいくまい)


 理由はどうあれ、壊滅した、というその事実は残るのだ。

 それに純粋な自然災害ならばまだしも、本来有り得ないような数の群れで攻めて来たゴブリンによってもたらされたこの事態をフリージアで暮らす国民はどう思うだろうか?


(この一帯の発展は当面、いや下手をすればもう望めないだろうな。だが──)


 しかし今重要なのはこの先数年から数十年先の未来に思いを馳せる事ではない。重視すべきは現在いまここで起きているこの惨状から如何にして潜り抜けるべきか、である。


「さて、と」


 呼吸を整え意識を集中させる。

 襲撃をかけているゴブリン以外に生存者は聴こえる限りおよそ数人程度。無論、レンやネジを除外した上での人数である。


「……マズいな。数に開きがありすぎる。その上……」


 思わず表情を曇らせる。ロビンはレンの強さは信頼している。仮に彼女ならば如何に多勢に無勢であろうがゴブリンなどに遅れは取らない。あの圧倒的な機動性と破壊力。それを前にして抗せるだけの力を持ち得る者などそうはいない。


(だが誰かを庇いながらとなれば話は全く別の話だ)


 見えなくとも聴こえる。あの赤髪の男装をした少女が自分以外の誰かを守るようにして戦っているのが手に取るように分かる。

 レンの長所はその爆発的な身体能力を活かしての強襲にある。一気に敵陣に突進して掻き乱してから脱する、それが本来の戦い方だ。


(それが背後を守る為の戦いではその【特典ギフト】をろくに使う事すら覚束ないだろうに)


 この場合、相手がそう強い魔物でもないゴブリンであったのがせめてもの救いだろうか。レンであれば多少の時間持ちこたえるのは難しくない。


(何にせよ急がねば)


 刻一刻と悪くなっていく状況を打破すべく馬へ飛び乗ろうとする。

 その時であった。

 シュン、という風を切る音が聴こえ、ロビンは咄嗟に馬に跨がるのを躊躇する。

 直後、馬が急に暴れ出し、ロビンの手を振りほどくと走り去ろうとして、すぐに崩れ落ちる。


「…………これは」


 すぐに馬の元へ近付き、何が起こったのかを確認すると既に馬は息絶えていた。そしてその原因は馬の首に突き刺さっていたダガーであり、それはロビンには見覚えのある得物だった。


「そういう事か」


 得心したロビンは即座に背中に背負った弓と矢をつがえるといつでも放てるように構える。


「出てこい! 気配を殺そうとも無駄だぞ!」


 そう告げると何を思ったか、弦を引き絞り迷わず矢を放つ。

 だがその先には何もない。あるのはただの岩だけである。

 しかしすぐに異変が起きた。


 何もなかったはずの岩から突如として何かの手が覗く。バサリ、と大きな布が翻って姿を見せたのは髑髏の仮面を被った黒装束の何者か。布が裏返るとそれはそのまま外套となる。


「やはり死神(リーパー)か。次は外さない」


 次の矢をつがえながら目を細める。あくまでもさっきの一射は牽制目的であり仕留めるつもりはなかった。


『邪魔をするか、だが何故分かった?』


 黒い外套をまとったリーパーはダガーを構えながら訊ねる。

 問いかけの内容は自身の場所を見抜いた事ではなく、最初の一投について。本来であればあの一投で馬に乗ったばかりのロビンの脇腹へ突き刺さっていたはずであったから。


「簡単な事だ。その投擲音が聴こえた。ただそれだけだ」

『エルフめが』

「それよりも答えてもらおうか。一体何のつもりだ?」

『我の役目はの願いを叶える事。それ以外に何があろう』

「どうやら先日出会ったお仲間よりも随分と正気のようだ」

『であればどうする?』

「捕らえてやる。手足の二本位は使い物にならなくさせてもらうが」

『そうか、ではやってみるがいい』


 ロビンには仮面の奥の目が光ったように感じる。

 そして背後へ向け矢を射る。


「はがっっ」


 そこには草木に模した擬装を施した男がナイフを片手に迫っており、矢はその胸部を射抜く。

 同時に周囲には同様の擬装を施した男達が姿を見せる。


「…………」

『さて狩人が狩られる側になる気分を味わうがいい』


 リーパーがダガーを投げるも、まともに当てるつもりはないのかロビンはあっさりと躱す。だがそれは合図だったらしく男達は一斉に襲いかかってきた。



 ◆



「く、」

 矢をつがえ即座に上へ放つ。

「クえ」という声と共に木の上から男が落ちてくる。矢は狙い違わず喉を射抜いており、落ちた時には息絶えている。

「ふう、」

 一息つこうと思うも、敵の気配。そしてその身を後ろへ傾けるのと同時に矢がよぎっていく。

 だがロビンもまた倒れ込みながらも相手を捕捉。木の陰から覗く相手へ確認すると、空へ向けて矢を放つ。

 大きく放物線を描いた矢を目にした敵の射手はバカにするような笑みを浮かべるも、矢はその頭上手前で急に鋭角に向かってくる。

「ば、っっ」

 相手は何が起きたのか分からないままに絶命する。

 そうロビンには”風の加護”が付いている。その効果は文字通りに風の流れを操れる、というもの。

 例えば本来なら大きく飛び越えるような軌道を描く矢をその手前で落としたり、逆に射程を外れた相手に向けて矢の勢いを増進させて届かせる、など。

 勿論、風の流れを操れるとは言っても無制限ではないのだが。

 何にせよ”二の矢いらず”という異名は彼の弓の腕前とそういった加護による物であった。


「ふうう、」


 この場所からでは如何に目が良くても集落にいる敵へ矢を命中させるのは不可能。

 ロビンが今いるのは集落を一望出来る丘から少し奥にある森。

 そもそも援護するどころではなかった。敵の攻撃を前に苦戦を強いられていた。

 襲撃してきた男達は彼に及びこそしなかったが全員かなりの腕前を持っており、油断などしようものなら間違いなく殺されていた。

 それにロビンが何よりも警戒すべきはリーパーの存在である。


「!」


 背後から黒い外套をまとった死神がダガーを突き立てんとしていた。狙いは後頭部。

 ロビンは前に飛び出しその攻撃を避けるも、そこを男達に狙われる。

 剣や斧で足元を狙われ、辛うじて直撃こそしないが手足をかすめていく。

「う、ぬ」

 呻きながら前転し、止まると同時に矢を放って男の一人を射抜く。

 だがそこへ別の男から矢を射かけられ、今度は後ろへ倒れ込んで躱す。


(気配が読めない。いや、そもそも音が聴こえない)


 ロビンの長所である音による相手の早期捕捉が通じず、後手に回らざるを得ない。

 そして息つく暇もなく攻撃をされ、確実に消耗を強いられていた。


「……そこだ」


 木の陰にいた男達へ向け矢を二本同時に放つ。ほぼ一瞬の狙いで放たれた矢は軌道を変えて左右へ別れて男達を射抜く。

 そしてリーパーが狙っていたのはまさしく矢を放つ瞬間であった。

 如何にロビンが凄腕であろうとも矢を放つには動きを止めるしかない。勿論それは一瞬の事ではあるが狙いを定めて放つには止まるしかない。


 距離にしておよそ八メートル程。ここから左右両の手から四本のダガーを放つ。狙うのはその首筋に矢をつがえるその腕。最低でも腕さえ損なえばもはや勝ちは揺るがない。

 ロビンも、相手が狙っているのを察知するも一手遅れた。

『────終わりだ』

 そうしてダガーは襲いかかる。振り向いたロビンの目の前へと死の洗礼が迫っていた。


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