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苦戦

 

 太刀使いのキリセと共闘し始めた事で少しずつだが俺にも余裕が生じるようになった。

 何せさっきまで一人で戦っていたのが、気付けば二人になったんだ。ただそれだけの事がとてつもなく大きかった。

 それも、だ。


「キリセっっっ、後ろだ!」

「おうさ、どっせええいいいい」


 そいつが生半可じゃない強さを持った奴なら尚更だろう。

 ブウン、という風を切る音と共に振るわれる太刀は背後から襲いかからんとしていたゴブリン達を続々と打ち倒していく。


「感謝するぜよ」

「おう」


 俺も俺で向かってきたゴブリン二体を相手にナイフを構える。こっちの頭をかち割らんと襲いかかる棍棒を避けつつナイフで首筋を切りつけて肘で追い打ちの一打を喰らわせる。そうしながらもう一体のゴブリンの接近を察知すると今し方切りつけたゴブリンの身体を巻き込むような形で回転し押し出すと、向かってくるゴブリンの斧を肉の盾で受け止める。グチャ、という斧が肉へと食い込む嫌な音が聞こえる。

「う、くうううっっっ」

 俺は盾代わりにしたゴブリンの身体ごと斧を持ったゴブリンを押し出して間合いを外す。そうしておいて素早く間合いを詰めると相手も飛び出すが一歩こちらが早い。それに肉迫してしまえば斧は振るえないが、ナイフはこの間合いこそが真骨頂。素早く脇腹、脇の下、首筋、そうしてこめかみへとナイフを素早く突き立てて仕留める。


「おお、やるなあんた」

「ああ、どうも」


 にしてもキリセの奴はとんでもない。

 さっきからチラチラとその戦闘を見てはいたが、あの太刀を振るってゴブリン達を蹴散らしていく。それに太刀、とはいっては見たがいわゆる打刀よりも大きそうだったからそう表現しただけで、キリセの戦い方を見ているとあれはどちらかというと刀、というよりは西洋風ファンタジーで出てくるようなグレートソードみたいな感じにも見える。


「一人でコイツらを倒すのは流石に無理だったが、二人なら何とかなるかもだぜよ」

「無茶言うな、それに二人じゃないぞ」


 俺はゴブリンを一体倒すキリセを引っ張り、少し敵と距離を外す。その上で事情を説明する事にした。最近この一帯で起きている集落の壊滅。その調査として俺はレンやロビンと一緒に来たのだと。

「…………」

 キリセは黙って俺の話を聞いていた。

「それにゴブリン達が何でこっちへがんがん来ないか分かるか? 向こう側にもっと派手に暴れ回っている奴がいるからだ」

 そう、レンの姿は俺からは見えない。だけど分かる。ゴブリン達の群れがこっちへ向かうよりも優先して向こうへ殺到しているのがその証左だ。


「だから俺達がここで生き延びるつもりならば、だ。向こう側に行って一緒に協力するんだ。

 それに心配するな。向こう側にいるレンって奴はキリセよりもずっとデタラメだ」


 何だか言ってて妙な気分だ。俺に言わせればレンもキリセもどっちもデタラメだ。重さ数十キロはあろうかという太刀を棒切れのように軽々と振り回すキリセも化け物だが、レンの奴は素手・・で敵をぶん殴って戦う。アイツの場合はとかくそのスピードが凄い。あんなスピードについていける奴はそうはいない。まずゴブリン達じゃ手も足も出ないに違いない。


「この場を切り抜ける為にはレンの速度で敵をかき乱して、そこをキリセが切り開く。こっちの裏側を取ろうとする奴はロビンの奴が射抜いてくれる、──そうだろ?」


『ふん、仕方がない承ろう』


「うおっ、誰だぜよ」


 キリセは顔を四方へ向けて声が何処から聞こえてきたかを確認しようと試みる。まぁそりゃそうだよな。まさか相手がこっちのだけを聴いた上で自分のだけを飛ばしているのだ。これもまたデタラメだろうさ。


「心配するな、これがロビンだよ。アイツは人一倍、いや数十倍は耳がいいんだ」

「そうかぁ、うーむ。世の中は本当に広いぜよ」


 キリセはうんうん、と幾度も頷く。どうもキリセはかなり単純な性格らしい。まぁ、細かい説明をする必要がないのはこの非常時じゃ助かる訳だが。


「ともかく、いくぞ」

「おっしゃ、じゃあ突っ込むぜよ!!」


 気合いに満ちた表情を浮かべると、キリセが太刀を構えて突っ込んでいく。俺もそのすぐ背後からついていく。待ってろレン。今から合流するからな。



 ◆



「え、──」


 レンの姿を見た俺は思わず息を呑む。

 そこにいたレンは今まで見た事もない表情を浮かべていた。

 レンは圧倒的に強い、そんなのは分かってる。正直ゴブリン達がどれだけの数で襲いかかろうがあっさりと蹴散らしちまうってそう思ってた。

 でもそんなのは俺の勝手な思い込みだったんだ。


「はぁ、はぁは──っっっっ」


 レンの肩は激しく上下し、明らかに疲弊している。


「レンッッッ」


 思わず叫ぶとレンもまたこちらに気付いたのか、顔を向けると拳を突き上げて不敵に笑う。

 傍目から見ればその周囲には数え切れない程に多くのゴブリン達が転がっていて、あいつがどれだけとんでもないのかは奴らにも分かるのか、積極的に攻めていこうとはしない。遠巻きに囲んでジリジリ、と迫っている。


「く、」


 背後からゴブリンが襲いかかってきた。とっさに身体を捻ってナイフを背後へ。相手の攻撃よりも俺の反撃が先に決まりゴブリンは倒れる。危なかった、下手をすれば今のは大怪我だ。そう思うと肝が冷える。そうか、これが実戦なんだ。一瞬でも気を緩めればそれで次の瞬間には致命的な怪我を負うかも知れないんだ。


「ネジ、お前結構やるなぁ。オレは平気だからしっかりな」


 レンは自分から前に飛び出してゴブリンを殴打。さらに回し蹴りで別の相手の脇腹を蹴る。蹴りを受けたゴブリンはその蹴りを受けて身体が浮き上がり、別の仲間へと激突。まさしくドミノ倒し、といった感じだ。


「すっげぇぜよ」


 キリセが唖然とした表情でレンを見ていた。そうだろうな、アイツは強い。キリセの奴も相当にデタラメに強いけど、レンはまた別格だ。


「キリセ、何とかならないか!」

「ネジ。そいつぁ無茶ぜよ」


 キリセは太刀を振るってゴブリン達を吹き飛ばす。

 だけど倒した先からゴブリン達は続々と新手が前に出て来る。

 俺も出来る限りゴブリンを倒していくが、連中は数を頼みに迫ってくる。


「一体どうなってるんだ? 敵の数が全然減らないぞ」


 妙だ。あまりにもおかしい。さっきからゴブリン達の数がおかしい。無論数えた訳じゃないから総数がどれだけなのかは分からない。だけど、レンが軽く百体以上は倒して、キリセも数十、俺にしたって十数体は倒したはず。二百弱位は倒したはずだ。

 だってのに敵の数が減っている気がしない。いや、むしろこれは。


「ネジ、敵さん増えてるように思うんだがお前さんはどう思うがぜよ?」


 キリセ、の顔に汗が滲む。無理もない。いくらか軽々と使っていようが、あの太刀を振るっていたんだ。疲れを感じないはずがないんだ。


「くっ、ロビン。援護を」


 だけどロビンからはうんともすんとも返事はない。矢の一本だって飛んでこない。

 あいつは口が悪いし性格もお世辞にもいいとは言えない。だけどこれはおかしい。


『──がせ、』


「え?」


 不明瞭だったが、今の声は間違いなくロビン。


「おい、今なんて言ったんだよ?」


 何故だろうか、とてつもなく嫌な予感がした。

 このままじゃ悪い事が起きる、そんな気がしてならない。だってのに、

「くっそ邪魔するな!」

 ゴブリン達はお構いなしにこちらへ向かってくる。

 どうやらあいつらはレンよりもこっちを狙い始めたみたいだ。


「くっそ、潮目が変わったか。こりゃあまずいぜよ」

「──」


 キリセが太刀を振るってゴブリンをなぎ払うが焼け石に水だった。

 五体や六体倒したところで連中は続々と新手が出て来る。

「うっ」

 気付けば目の前にキリセの太刀から逃れたであろうゴブリンが接近していた。

「ウギャオオオオオ」

 聞くに堪えない声を発しながら口から涎を垂らし、そのゴブリンは武器すら持つ事もなくぶつかってくる。反応が遅れた俺は躱す事を諦め後ろへ飛ぶ。

「う、げっ」

 ドスンとした衝撃が腹部を中心に重く響いた。ゴブリンはそのまま倒れ込み、俺は背中を打ち付ける。

「グガアアアアア」

「く、ぬっ」

 調子に乗るなよ、俺はナイフで敵の喉を裂く。ボタボタと顔に相手の血が吹きかかる。色は赤。さっきから散々見てたってのに気持ちが悪い。

「く、うげっっ」

 急いでゴブリンをはねのけるとその場で嘔吐。このまま何もかもなくなりそうだ。


「く、はぁはぁ」


 だが休んでいられない。腰につけた水袋の水を口に入れるとゆすぐ。

 見回せば状況は最悪だ。キリセはすっかり囲まれてる。今の所は何とか対応しているが、徐々に相手の攻撃を捌き切れなくなっている。


 レンは、何てこった。あいつの後ろに子供がいるのに今更気付いちまった。だからか、あいつの動きにどうもキレがなかったのは。守りながら戦ってるから思い切った攻撃に出れないんだ。

 そして次の瞬間だ。


「え、なにが──」


 それ以上言葉は出ない。一体、何処から飛んできたのか分からない。まるで吸い寄せられるようにレンの身体に矢が刺さっていた。

 周りを見回すが、ゴブリンの中に弓を持った奴はいない。じゃあ誰が今の矢を放った?


 さらに状況は悪くなる。

 ビュン、シュンという音が聞こえ、ゴツンと鈍器で殴られたような鈍痛が走る。コロ、とした音で足下を見るとそこには血の付着した拳程の石が転がっている。その途端にこめかみが熱く感じる。手で触れるとドロ、と生温かいモノが流れている。


「くあっ」


 その声で振り向くとキリセもまた頭を抱えてる。足下には俺と同じく石が転がっていた。間違いない、これは投石。だがゴブリン達の中でそういった攻撃をしかけてくる個体は見当たらない。


「マズいぜよ」


 キリセがこちらへ下がってくる。顔やそれから腕が真っ赤に腫れている。間違いなく狙っている奴がいる。


「ああ、ゴブリンに投石なんて攻撃する奴がいるのか?」

「さぁ、聞いた事もないぜよ」


『聞こえるか』


「ロビン、何してるんだよこっちはヤバいぞ」


『そんな事は承知してる。だが、こちらも狙われていてな』


「え、どういう事だよ」


『いちいち説明しているゆとりはない。一度しか言わない。

 お前はその中に【潜んでいる人間】を探せ。そいつがこの異常な事態に関係しているはずだ』


「なんだと、潜んでいる? おい」


 とんでもない事だけ告げた後、あっちから声は聞こえなくなる。


 だけど今の話で腑に落ちた。

 大して知能がたかくないはずのゴブリン達が何でこうも優勢を維持出来うるのか、考えて見れば簡単だ。方法は分からないがそれを支援する人間がいるからだ。


(ならどうすればいい?)


 考えてる間にもゴブリンが襲いかかってくる。ったく落ち着かないぜ。

 ん、待てよ。あくまで相手は人間だと考えろ。ゴブリンの群れはあくまでも壁みたいなモノだと割り切れ。俺が相手の立場で嫌なのは何だ?

 俯瞰して考えろ、この場を俯瞰して、どういう行動を取れば優位に立つ相手が嫌がるのかを考えろ。

 ナイフで相手の攻撃を捌き、受け流して反撃。

 息は荒くなり、確実にこちらは追い詰められる。

 そんな中で一つの考えが浮かぶ。

 そうか、そうだ。


「なぁ、キリセ」

「なんぜよ?」

「……一つ聞きたいことがあるんだが」

「何ぞ思い付いたみたいな顔じゃのう。いいぜよ。何をすればいい?」


 問いかけるキリセに対して俺は、


「反撃するぞ。協力してくれ」


 そう言うと笑みを浮かべてみせるのだった。



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