戦闘──狩り
「しゃあああああッッッッッ」
気合いに満ちた声を発しつつ、突進するレンは拳を突き出す。
冗談みたいに前にいたゴブリン達が吹っ飛ぶ様は、まるでボーリングのピンのようだ。
「ったく、マジで数多いんだなお前ら」
レンは毒づきながら、右足を踏み出してブレーキをかけると素早く後退する。
そうして周囲を見回しながら、はっ、と呆れた声を出す。
自分をわらわらと取り囲まんとゴブリン達が集まり出す。
「ったく何匹いやがるんだよ」
集落へと突入してからかれこれ数分が経過しただろうか。
レンは事態の重さをここに来て実感しつつあった。
いつもならば今頃は暴れ回ってこんな群れは一網打尽にしてやろうという展開だろう。
だが、今はそれが難しい。
何故なら彼女には守るべき人が傍にいたのだから。
「赤い髪のお兄ちゃん怖いよ」
まだ四歳か五歳位の女の子がレンの後ろで怯えている。
さらにその幼女の後ろには弟らしき男の子もいる。二人とも今にも泣き出しそうなのを我慢しているらしく、その目には涙が浮かんでいる。
「大丈夫だ、オレが守ってやる。だから泣くなって」
レンは二人へ振り向くとニカッと笑って声をかける。
レンの戦闘スタイルは焔によって新陳代謝を促進。全身の身体能力を飛躍的に向上させた上での近接戦闘。
その圧倒的な機動力と攻撃力は対集団相手の乱戦で効力を発揮する。だから本来であればこの状況は彼女にはうってつけの場面のはずだった。
しかし今、そのスタイルは存分には行使出来ない。
何せレンのその特典は相当の破壊力を持つ。
だが同時にそのギフトは使用時に周囲に気を使えるだけの抑制が利かない。
こんな状況で思う存分に暴れれば間違いなく二人の子ども達を巻き添えにしてしまう可能性が高い。かといって距離を取ればゴブリン達によって二人は無残に殺されてしまうのは明白である。
「グルウウウジュウ」「ハアアアアグググ」「アガガハハ」
目の前で自分達を囲まんと試みるゴブリン達を見ながらレンはやれやれとばかりにかぶりを振りながら、前へ一歩飛び出すと瞬間的に焔を顕現、拳を加速させながら打ち出す。
「破亞ッッッッッ」
そのまま地面を叩き付けた拳は地面を割り、衝撃波で前方の数匹を吹き飛ばす。同時に土煙によって視界を曖昧にする事でゴブリン達を困惑させる事に成功する。
「亞ッッ」
だがそんな劣悪な視界の中でレンは的確に敵を打ち倒していく。
肘を振るい、膝を叩き付け、拳で打ち抜き、蹴りを見舞う。その一手一足の全てが確実に混乱しているゴブリンを仕留めていく様はまるで彼女にはこの状況が分かっているかの様であり、実際その通り。
レンの目は相手の″熱″を観る事が出来る。
この目を用いれば暗闇すらも昼間同様になる。簡単に言えば熱探知装置、または暗視装置と同等のスペックを持つこの彼女の目の前では土煙など全く意味を為さない。
「ふう、これで少しは頭数も減ったかな?」
レンはバタバタ、と崩れ落ち倒れていくゴブリン達を確認、一旦間合いを外し、土煙が晴れた事で裸眼で状況を周囲を確認。
「くそっ、まだまだ全然かよ。倒しても倒しても減ってる気がしないぜ」
舌打ちしたい気分になる。
打ち倒されたゴブリンの骸を乗り越えるようにまた新たなゴブリン達が向かってくるのが見える。数百という数が本当に厄介だと理解する他ない。
だけどあの魔物を子ども達に近付けるのは避けなくてはならない。
(ならやるべきコトは決まってる──)
意を決したレンは身体から焔を発し前方の敵へと向かわんと動こうとした瞬間だった。
ドス、という音がし、直後に何かアツいモノが流れ出す。
「────え?」
唖然としながら、レンは自分の脇腹へ目を向けると、そこには一本の矢が突き刺さっている。
「く、ぐううっっっっ」
「お兄ちゃん!」
「だいじょうぶ、……こんなのへっちゃらだぞ」
レンは努めて平然とした面持ちで子ども達へ振り向く。
「く、────ふうっ」
そして突き刺さった矢を手で掴むとそのまま瞬時に焔で燃やす。
傷口の方は焔で焼いて防いだ。これで血の流出はない。
内臓に深刻な傷がなかったのがせめてもの幸いだろうか。とは言え、外側ではなく自分の内側を焼けば流石に痛みも感じるのか、珍しく脂汗を背中に滲ませる。
さらに今のでゴブリン達の雰囲気が変わった。血の匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか、それとも或いは相手が弱った事を読み取ったか、その雰囲気はさっきよりも明らかに獰猛。積極的に向かってくるのが分かる。
だがレンの意識は向かってくる敵ではなく、矢を放ってきた何者かへと向いている。
(一体誰が、いや、そもそも気配すら感じなかった。どういう仕掛けだ?)
相手はただ者ではない。間違いなくゴブリンなどとは違う。これは理性的な敵の仕業だと確信している。
矢が風を切る音もなかったのは簡単だ。その音を誤魔化せる手段があるという事。それはつまりはこのゴブリン達の群れが出す様々な音に紛れ込ませている何よりの証左であり、相手は何らかの手段でここにいる。そしてなおかつゴブリン達の注意を引く事もなく矢を射る事が可能だという事。
(相手はそう遠くにはいない。そしてオレの意識が緩んだ瞬間に射かけてきたコトからこっちの様子を窺える程の距離を保っている)
結論は出た。敵が何者にせよ射手は間違いなく近くにいる。そして機会を待っている。
間違いなく窮地に陥ろうとしている事に苦笑しつつも、だがその目には焦りは全くない。
いや、内心では焦りもあるのだが、そんな事を言い出したらキリがない、というのが本音。それに不安げな様子を見せれば子ども達は勘がいい。それを感づかれる可能性だってある。
(後ろにだけは絶対行かせない、子ども達には一歩だって近づかせない。それに射手が誰かは気になるけど、こっちにはもっと凄腕の射手がいる。ロビンなら間違いなくオレを狙った相手を仕留めるはず)
決意を決め、レンは息を整えると「破亞ッッッッッ」と叫びながら目前の敵へと突進をかけるのだった。
◆
「くっくっく」
男はほくそ笑む。
″狩り″の時間は本当に楽しい。
人は往々にして勘違いする。それは自分が狩る立場なのだと思い込んでいる事である。
「いいねいいね」
だがそれは違う。狩るモノと狩られるモノ。その立場には然程の違いもない。それは単に自分が相手を把握し、相手は自分を把握出来ない事に起因する。
「ここまでは大して面白くもなかったが、どうやら今回は楽しめそうだな」
男が狙うのは赤い髪をした背丈の小さな少年。
それもどうやら自分と恐らくは同類らしい。
「身体能力の飛躍な増大か、単純ながら極めて強力な特典だな」
男はくっく、と含み笑いをしながら目を細めて狩りの獲物を値踏みする。
彼にとって今、狙っている獲物はまさに極上の相手だ。
あの速度、破壊力はかつて自分がいた世界でも比較出来る相手がいるかどうか。
「どんな獣よりも素早く、そして理性を持った獲物。まさに最高だ。狩人の血がたぎるね」
男はペロリと舌なめずりをすると弓をつがえ機会を待つ事にした。
相手は強い、無理に仕掛けるのではなく、ゴブリン達と戦わせて、弱らせてから確実に仕留める。そうこれは決闘ではなく、あくまでも狩りなのだから。
「さぁ、楽しませてもらおう。最高の狩りの時間だ」
男は口元を歪ませながら、気配を消す。
この場に於いてまだ彼の存在を知る者はいない。




