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リアルなゲーム

 

 穏やかな、抜けるように鮮やかな青空の下で。

 爽やかな風が吹き、花びらが舞い散る。

 ウサギやらリスやらが足元を駆け抜けていく。

 そんな本当にのどかな風景の中で、


「う、おおおおおおっっっっっ」


 全力で走り抜ける僕がいた。

 こんなに必死なのはいつ以来か、あれ以来…いや、あれとも違う。そもそも他のどんな事とも比較になりゃしない。

 だって僕は今、──現在進行形で命の危機に瀕しているんだから。


「ひ、はっっ」


 息も絶え絶えになり、もう足が重い。

 後ろをチラリと確認してみる。


「がーーーー」


 唸りながら俺を追いかけるのはゴブリンの団体様。

 ですよね。逃げ切れてませんね。

 薄紫の肌に革製の鎧らしきものを纏い、手には棍棒やら手斧を持っている。


「ちょ、いい加減諦めろよ。し、っつこいぜ」


 とは言うものの、連中が追いかけるのにも一応理由がある。

 まぁ、その何だ。言うだろ? 腹が減っては戦は出来ぬ、ってよ。そういう感じ。

 腹が鳴ってどうしようもない時にさ、ふといい匂いがしてそっちに足が向き、そこに程良く焼けた肉が置いてあったらそりゃ食うだろう?


 一心不乱に肉に食い付き、腹を満たしていたら、ガサガサという草を掻き分ける音を立てて姿を見せたのが、まぁ連中だった。まぁ、そんだけだ。


 何にしてもこれ、いつまで逃げればいいんだよ?

 いくら何でもしつこすぎるよ。


「いっそ戦うか」


 足を止め、腰に装着した鞘から鉄剣を取り出す。

 妙にリアルだからついつい逃げていたけども、どうせこれはゲームの世界なんだ。

 死んだって平気、そうに決まってる。


 だってそうだろ? 僕は今、ゲームをしているはずなんだからよ。




 あれ、何だコレ? 妙に痛い。流れる血が熱いよーな気がす、るぞ?

 視界はあやふやで、見えなくなっていき……な、にも、かんがえ──られなく………な、ってい──。



 ◆◆◆



「う、っわーー、すごいなこりゃ」


 目を覚ますと世界の景色は一変していた。

 ついぞさっきまで俺がいた腐海と化した自分の部屋からまるで景勝地のような美しい風景が一面に広がっていたのだから。


「…………」


 黙って空を見上げる。

 うん、雲がゆっくりと流れていくのが分かる。

 視点を上から下へと向けてみる。

 青々とした一面の草原が眼下に見える。


 さらさら、とした風が心地いい。

 おいおいスゴいなこれ。

 とてもゲームだとは思えない程に完成度の高いグラフィックじゃないか。


 何にせよ、とりあえずはここがどういった場所なのかは把握しなくちゃ。

 そう思い、周囲を散策してみる事にした。


 およそ数分くらい周囲を見て回った結果として分かったのは、ここはとりあえず丘の上らしい。

 ここいらには特に大きな山はなく、海らしきものも見えない。

 で、丘を下った下には街道らしい道が開けており、あれに従えば多分街にも行けるだろう、といった所だろうか。



 さて、まずグラフィックは堪能した。

 周辺の地形も頭に入れた。


 なら、そろそろ実際のプレイにでも出ようかな。


「あれ?」


 メニュー画面を開いてみようとして違和感に気付く。


「画面が開かない?」


 どういう事だよ? メニュー画面がポップアップしないじゃないか? バグか何かか?


「開け、開け開け開けッッッッ。はぁ、…………くっそ、ダメか」


 格闘する事数分位。メニュー画面を出すのを諦め、俺はとりあえず足元に転がっている宝箱を開く。


「うん、革製の鎧に、あとは食料、水の入った袋に、武器は…………ナイフが一本? コイツは懐中時計。で、あとはここいら一台の地図かぁ」


 何て言えばいいのか、正直かなりショボい支給品だと思う。

 そこで気付く、そういやキャラメイクの際に難易度設定とかがあったのを。

 何でも難易度設定を高くすればするだけゲーム開始時の装備が少なくなるだの何だの。

 ただし、難易度を高くした方が″特典″のランクが上がりやすい、とも書いてあり、それで迷わず最高難易度にしたんだった。

 仕方ない、とりあえず鎧だけでも着るかな。

 うん、本当に着てるみたいで何だか変な感じだ。


「まぁ、設定通りってコトなんだろうけど」


 我ながら何て浅はかだったのか。

 まぁ、文句を言っても仕方がない。

 何せ文句を言おうにもメニュー画面が開かないのではどうしようもない。

 周囲にプレイヤーもいないし、とりあえずここから動かないとまずそうだ。


 懐中時計を開く。時刻は午後四時になろうとしている。リアルタイムだろうから、このままここに居ちゃ野宿決定だ。

 とりあえず、下に降りよう。

 地図を見る限りじゃ、少し北へ行けば村があるみたいなんだし。とにかく他のプレイヤーかNPCにでも会わなきゃ話も始まらない。

 問題はこの地図が何分の一スケールなのか、だが考えるのはよそう。


 とりあえず下るのは簡単だった。緩やかな坂道をしっかりとした足取りで一歩一歩歩んでいく。


「にしても本当にリアルだよなぁ」


 グラフィックがとにかくもスゴい、こんなに美麗なグラはこれまで一度もお目にかかった事はない。

 でもそれよりも驚いたのが、肌に当たる風に、周囲を覆い尽くすような花や草の匂いまで感じ取れる点だろう。どういう理屈なんだがサッパリだったがとにかく五感があるのは状況把握とかには凄く便利なのは間違いない。


「うわ、コイツはボロボロだなぁ」


 街道に出るとここいらがどういう場所なのか何となく察せられた。

 上から見ている分にはまず分からなかったが、この道はガタガタだった。それは舗装がキチンとしていないから、ではなく明らかに手入れがなされていない、といった感じ。つまりは、かなり寂れた街道だって事だな。


「うーん、これじゃあ村に行っても望み薄かもな」


 そもそもこっちへ向かう事にしたのも地図で見る分には北の村の方が近そうだったからに過ぎない。

 南に行けばそれなりに大きそうな街がありそうだし、今からでもそっちに変更すべきだろうか?


 地図を眺めながら考えている時だった。


 ガサガサ、という音が聞こえ、

 姿を見せたのは……、


「おいおいこんな所をたった一人でうろつこうだなんてよっぽどのバカか、それとも強いのか?」


 如何にも粗野で、下劣そうな髭面の厳つい男が二人

 うん、どう見ても善人じゃないんだろうな。

 しっかし初めて会うキャラがこんなんって。はぁ。


「いやぁ、田舎から出て来たばっかで、道に迷っちゃって。ここらに来たの初めてなんですよねぇ」


 ペコペコと頭を下げてみる。

 とりあえずへりくだって相手の出方を見よう。

 多分、雑魚キャラだろうけども、念には念を入れてだな。


「コイツぁ傑作だぜ。ここいらよりも田舎ってのは何処なんだよ」

「だよなぁ。ここら一帯自体が大陸一のド田舎だってのによぉ」


 ギャハハハ、と何とも下品な笑い声。

 笑いながらこっちを値踏みする様が見える。

 それで確信した。ああ、こりゃ無理だって。戦うしかないんだろうなぁ、って。


 髭面二人の武器は腰に備えた手斧。

 俺よりもいい体格してる。

 ゲームとは言え相手の強さも自分の強さも曖昧だから正面から戦うのは正直勘弁だ。

 だったら、


「あの~、すいません」


 如何にも気弱そうな声音で厳つい男達に更にへりくだる。イメージするなら、会社の上司に媚びを売るよーに。相手の足元を確認する。


「おいおい何だよお前、けっ」


 案の定、呆れた声を出す厳つい男、面倒くさいからAにでもしよう。ソイツが相方の厳つい男Bに顔を向けた瞬間、今だ。


「うわあっっっっ」


 思い切り、足を振り上げる。狙いはAの下腹部、っていうか男の子の大事な所。

 グジャ、という何とも表現しづらい嫌な感触。


「こ、ここっっっ」


 Aの目が今にも飛び出しそうになる。


「テメエ!」

 Bが手斧に手をかける、だが一手遅い。

 俺は前のめりになり悶絶寸前のAの身体へ体当たり。押し出してBに対する盾にする。


「くそっ」

「うあっっっ」


 Aの身体から飛び出した俺は腰からナイフを取り出すとしゃがみ込みながら振り下ろす。


「ぐ、ぎゃあああああ」


 Bの悲鳴があがる。

 狙いは相手の足の甲。俺が着目していたのはコイツらの足元。具体的には履き物だ。

 二人ともサンダルを履いていた。

 そこを狙ったのだ。


 ナイフは足の甲を貫き通す。


 で、後は無我夢中。

 地面にあった石を拾って二人を殴打。





「ハァハァハァ、キッツイな」


 何とか勝つ事が出来た。

 しかしキツい、息がこんなにも上がるし。

 本当にゲームなのだろうか? って思うくらい疲れたし。


 とりあえず情報収集をしなくちゃな。


 AとBはその場で適当にあったツタでぎゅうぎゅうに縛り上げておく。

 口を塞いで声を出せなくした上で、ちょこまか動けないようにナイフで両方の足の甲を刺しとく。


「それで、お前らのアジトは何処なんだよ?」


 俺はコイツらの装備を確認しつつ質問する。

 結果としてこの髭面二人組の持ち物は、水の入った筒だけ。それ以外食い物はおろか、金の類も何も持ってはいない。何て貧乏でしけた奴らだよ。


「「…………」」


 AにせよBにせよ答えを一切返さず、ただ押し黙るだけだ。

 もっとも、何も言わなくてもある程度の推測は出来る。コイツら二人の装備がそれを教えてくれている。アジトはすぐ近く、それで間違いない。

 ここいらの地形は丘の上から確認した。

 周囲の森はかなり深かった。


 こんな草木が伸び放題で足元が怪しいってのに、サンダル履き。それに食料の一つも持っていない。

 そこから考え付く結論は一つ、コイツらのアジトはここからそう遠くないって事。


「まぁ、何人いるのか分からないから、戦うのは勘弁だな」


 とりあえず丁度いい太さの木の棒を拾うと、躊躇なくAとBの頭をど突く。


 二人の髭男は、ほとんど呻き声すら上げる間もなく気絶したらしく、首ががくり、と落ちる。


「さて、長居は無用だよな」


 時間は午後七時。日が沈みかけている。

 野宿は嫌なんだけど、まぁ、仕方ないかな。


 そんな事を考えていると、しゅん、と何かが俺の耳をかすめて過ぎ去っていく。


「え、」


 耳が熱い、それに痛い? 何だコレ?

 そして「ぐえっっ」という気味の悪い声があがる。


 思わず振り返ると、厳つい男二人組の胸部に矢が突き立っている。


「ち、外しちまったか。お前ら逃がすなよ」


 そうだ、何でこんな簡単な事を見落としていたんだよ俺は。

 そう言いながら姿を見せたのは、AとBのお仲間としか思えない凶悪な面構えの男達。


 そして、ガサガサと大きな音を立てながら姿を見せたのは、弓矢を構え、連中の中でも一際大きく、獰猛さも段違いな大男である。


 俺は何て間抜けだ。

 そうさ、アジトが近いってことはアイツらの仲間だって何かあれば来る可能性があるって事じゃないかよ。


 後悔後に立たず。


 まさにそんな言葉が脳裏に浮かんだ。


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