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初の戦闘

 

 その日も、この大陸に於いて北方に位置するフリージアでは珍しく天気は快晴だった。

 季節はもうすぐ秋から冬になろうとするこの時期は作物を刈り取り、これから訪れるであろう長い冬に備えるのが昔からのこの地域での習慣である。

 もっともそれはこの集落に住んでかれこれ二十年。正確には生まれてから二十年ここから外には出た事のない青年にとってはいつも通りの日常であったのだが。


「う~、いい陽気だなぁ」


 青年はいつも通りに集落の周りを馬で回る。

 ここは何もない場所だ、と言って青年の妹は二年前に出て行った。父や母を始めとした家族は猛反対の中、青年だけは妹の心情を汲んでいて夜中にコッソリと馬に乗せて知り合いの隊商に妹を預けた。

 無論、家族にはすぐにバレてこっぴどく怒られた。

 だが、青年は妹の気持ちが誰よりも良く分かっていた。


「おれっちだって外は見て回りたいよ。本当は、さ」


 だがそれは叶わない願いなのは誰よりも青年自身が理解していた。

 何故なら青年には、務めがあるからだ。


「さぁて、……戻るかなぁ」


 刈り取りが終わった今の時期、青年にはする事が少ない。

 作物の保存などは祖父母がやってしまう。

 庭の手入れや細々とした事は母が、そして畑の手入れは父が全部してしまう。

 手伝おうか、と声をかけるも父は″お前にはお前にしか出来ない務めがある。だからここは俺だけで充分だ″とにべもなく断られた。


「あーあ、おりゃこのまま何もせずに終わっちまうのかなぁ」


 不謹慎だとは思いながらもついそんな愚痴を漏らす。


 平和は大事で尊いものだ。それは理解している。だが同時にその平和の中で自分、という存在がどれだけ必要だと言うのか?

 働かない方が皆は幸せだ。だけどこのまま何も成す事なく終わるのは嫌だ、という相反する気持ちにこの所悩んでいる。


「さて、帰るか……」


 考えても結論は出ない。分かり切っていた事にやれやれと呟きながら青年が馬首を返そうとした時だった。


 カンカン、という鐘を鳴らす音がした。それもいつもの時報代わりのそれとは明らかにリズムが違う。

「これは…………襲撃?」

 子供の頃に何度か教えて貰った鐘の音。鳴らない方が幸せ、鳴ったらそれは戦い始まる、という事を示す音。

「は、はっっ」

 青年は馬の腹を蹴って走らせる。急がなければ。だってそうじゃなきゃ自分のがない。

「守らなきゃ、皆を守らなきゃ」

 そう繰り返し繰り返し呟きながら、嫌な予感を感じる。

 集落には一応の防備は備わっている。

 ぐるっと周囲を覆うように巡らされた空堀に木の柵。

 そして橋を上げてしまえばそう易々と侵入させる事はない、はず。


(大丈夫だ、絶対大丈夫だ)


 なのにどうしてだろうか、嫌な予感は一向に収まらない。それどころか集落が近付くにつれて膨れ上がっていく一方。


「はあっっ」


 そして青年は目撃した。

 空堀に倒れる集落の住人だったもの。それから柵の一部は破壊、そして集落から聞こえる怒号に悲鳴を。


「くそっっ、くそくそっ」


 青年はこみ上げるモノをこらえて馬で空堀を越え、そのまま壊れた柵から集落へ突入。背中に背負った刀の鞘を抜き放ち、

「うおおおおおおっっっ」

 声を張り上げながら襲撃をかけてきた敵、ゴブリンへと突進をかけるのだった。



 ◆◆◆



「くっそ、うわっっ」


 馬を降りた俺が集落へと入るとそこはもう血みどろだった。

 しかも相当に、一方的に住人達が圧倒されている。攻めてきたのはツンフトで指摘された通りにゴブリンの群れ、いやこの数はもうちょっとした軍隊なのではないだろうか。優に数百を超える集団が家屋を打ち壊し、手にした棍棒やら剣やらで襲いかかっている。


「う、げっ」


 ブニュ、とした何かを踏んだ感触を感じて視線を移すとそこにあったのはゴブリンの千切れた腕。うえ、気持ち悪いぜ。

 にしてもレン、の奴は一体何処にいるんだよ?


「う、うう」


 呻き声が聞こえ、俺はそっちへ視線を向ける。

 すると打ち壊された家屋の壁に寄りかかる男の子がその声の主だった。

「おい大丈夫か?」

 俺はそっと近寄ると、出来るだけ小さい声でその子に話しかける。

 だけどすぐに分かった。この子はもう長くないのだと。


「いたい、いたいよ」


 それは当然だ。その子の身体には幾つもの切り傷が走っていた。身体中から血を流し、素人目からもこれは致命傷だと分かる。


「見えないよ、なにもみえないよぉ」


 どうしたらいい? この子に俺は何が出来るんだ。手を握ってやるべきか、それとも頭を撫でてやるべきか? いいや違う。俺には何も出来やしない。楽にしてやる度胸なんてない。かと言ってかけるべき言葉なんて何もない。


「ねぇ、みんなどうしたの? な、んでこんなにしずか……な」


 寂しそうなか細い声。この子は今、一人なんだ。そう、死ぬ時は誰だって一人なんだ。だから俺は気が付けばその子の手を握り、頭を撫でて、「大丈夫だよ。君は一人じゃないんだから」と耳元で声をかける。こんなのは気休めでしかない。単なる俺の自己満足だ。この子はもう死ぬ。その残された僅かな時間を少しでも安らいでくれるといい。


「……………………」


 男の子は死んだ。無残な傷を負わされて痛みをこらえながら。男の子の目を手で閉じる。すると俺の中で何かが燃え上がるのが分かる。


「グアガアアアア」


 と、怒鳴り声みたいな声をあげながらゴブリンがこちらに振り向く。どうやら俺に気付いちまったらしく、のしのしとした足取りで向かって来る。手には棍棒を持ち、俺が着ているのより粗末な革の鎧を着ている。


「いいぜ。やってやる」


 正直言ってマトモな戦闘ってこれが初めてだ。俺は腰の鞘からスーッとナイフを引き抜くと逆手で構え、左手は軽く交差させておく。

 ここに来る前にレンやロビンからもしもの為に、って事で俺はゴブリンとの戦い方を習った。


 レンは言った。


 ″いいかネジ、ゴブリンは基本的にオレ達よりもチビだ。だから攻撃を避けるなら一歩下がればそれでほぼ大丈夫″


 ロビンはこう言った。


 ″お前はまだ戦闘経験が絶対的に不足している。無理に先制攻撃をしようなどとは思うな。幸いバカではなさそうだ。冷静に相手の動きを見極めろ。そして反撃しろ。ゴブリンは数こそ厄介だが強さそのものは人間よりも劣る。焦らなければ負けはしまい″


 あいつらはそう言いながら毎日俺を鍛えた。

 正直言って酷い目にもあっちまったが、おかげで前より頭は冴えてる。冷静だと思う。


 気持ちを落ち着かせようとすう、と息を吐く。


 目を細め、意識を目の前へ迫るゴブリンへと向ける。


「グアァ」


 ゴブリンが手にした棍棒で殴りかかろうとする。俺は一歩後ろへ下がる。棍棒は空を切る。今だ。行けっっ。俺は逆に前に踏み出すと交差しながらナイフを相手の首筋へ切りつける。狙うは頸動脈。即死攻撃だ。

「グバヴァ」

 確かな手応え。ゴブリンは首から血を吹きながら倒れ込む。よし、上手くいった。


「ふう、」


 ホッと一息つこうと思ったがそれは甘かった。

 今ので他のゴブリン達がこちらへと振り返る。どうやら仲間が殺られた事に気付き俺を明確に敵だと認識したらしい。

 数は五体。武器は棍棒が一体、剣が三体、で斧が一体。まともにやり合ってたら俺じゃ大怪我を負いかねない。


 だからまずは一斉に攻撃されないように心掛ける。

 俺は相手に背中を向けると一気に走り出す。当然ながら全力じゃない。ゴブリン達は背が小さいから走る速度もこっちより遅い。それに、やっぱり走る速度には個体差があるらしい。二十メートル位走った所で足を止めると迎え撃つ態勢を整える。

 俺がいるのは誰もいない家屋の入り口を背にする。ここなら五対一にはなりようもない。


「グアガッ」


 まず迫るのは剣を手にしたゴブリン。走りながら勢いよく剣を振るってきた。俺は横へ飛び退いて躱す。剣は家屋の壁に刺さって止まる。ここだ、俺はナイフでゴブリンの頸動脈を掻き切る。次いで棍棒を持つゴブリンが相手。棍棒を振ろうと身構えた瞬間、俺は体当たりを喰らわせる。相手は俺よりも体格で劣る。だから思い切りぶつかれば倒すのはそう難しくはない。

「うおおお」

 そのまま押し倒してナイフを相手の喉元へ刺し込む。えげつない攻撃だが、ナイフでの基本的な先述は刺突。それを徹底的にこの数日でレン達に叩き込まれた。身体が咄嗟に動く、じゃなきゃこちらが死ぬかも知れない。だから躊躇なんかしていられない。


「グアアアア」


 三体目は剣を持ったゴブリン。いや、四体目もすぐに来る。

 二対一か、だけど贅沢は言えない。これは実戦なんだ。

 剣が振り下ろされる前に俺は後転。家屋の壁へと移動。勢い余った剣持ちの一体は今し方倒したゴブリンの身体へと剣を切りつける格好となる。よし足止めにはなった。だがもう一体はそのまま向かって来る。ナイフを逆手から順手に持ち変え、突き出す。

 バシュ、という感触はゴブリンの手首を切ったモノ。相手ゴブリンは「ギニャア」と悲鳴をあげ、剣を落とす。そして俺はそのままナイフで首へ切りつけるとそのまま足止めしたもう一体へ突っ込む。三体目の剣持ちゴブリンはまだ得物を抜いておらず対応が遅い。俺は相手の腹を切りつけ、さらに左右の手首を切り、最後に喉へ突き立てる。


「はぁ、はっ」


 流石に息が上がる。だけどまだ五体目のゴブリン、斧を持った個体がいる。どうやらそいつはさっきまでの四体よりも幾分か賢いらしく、数歩前で足を止めている。そう、走りながらの攻撃はどうしても単調になりがち。だから戦闘経験が少ない俺でも攻撃予測がし易かったのだ。だが、こいつは違う。足を止め、こちらの出方を待っている。

 だけどそれなら俺も呼吸を整える事が出来る。落ち着け、冷静に。

 俺は相手から目は逸らさずに、周囲を確認する。

 常に状況を確認しながら戦う。それを心がけろ。


「グウアアアア」


 斧持ちが動き出す。下から切り上げようと振り上げる。うお、危ねえっ。ブウン、という風を切る音。錆びてボロボロの斧だったが、それでもまともに食らえば骨は砕け、大怪我は免れない。

 後ろへ飛び退くと俺は家屋の壁に寄りかかっていたゴブリンの死体で斧を受け止める。グジュ、という何とも不愉快な音は斧が肉へ食い込んだ証左。

「う、おおっっ」

 肉の盾となったゴブリンを引き倒し、斧を奪う。余った左で肘打ちを鼻先へ叩き込む。

「ギャアッッ」

 斧持ちゴブリンは痛打を受けて呻き、怯む。俺は次いで右肘を頬へ叩き込み、よろめかせるとナイフで喉を抉るように切る。

「ガ、ガ────」

 ゴボリ、と血を吹き出しながら斧持ちゴブリンは絶命。

 何とかなったか、初めてにしちゃまずまずかな。


「くそ、でもこの百倍はいそうだよな」


 考えるだけでゾッとする。

 そしてどうやら今のでさらに多くのゴブリン達がこっちを標的にしたらしい。そうだよな、住人がまばらな今、連中はどうしたってこっちへ向かうよな。

 さてどうする? 今度は十数体だ、流石にキツいぜ。


 向こう側からは景気のいい破壊音、レンはどうやらあっちで暴れてるらしい。あれだけ派手に暴れたらゴブリン達も大挙している事だろうさ。そういう意味じゃ俺に向かってくる敵は大分少ないはずだ。

 でもよ、連戦は正直まだ自信がない。


「グルアアアア」


 だけど連中からすりゃそんなのはお構いなしだ。

 何せ殺しに来てるんだからそれも当然だ。それにこっちだって連中の仲間を殺した。もしかしたら敵討ち、って思いなのかも知れない。


「くそ、やるだけやるしかないよな」


 唾を飲み込み、覚悟を決める。

 ゴブリン達が一斉に向かって来ようとした時だった。


「キエエエエエエエエイ」


 気合いに満ちたかけ声と共に横合いから誰かが突っ込んで来るや否や、手にした得物を一閃。

 ゴブリン達はそれを受けてバタバタと血を吹き出しつつ、続々と倒れていく。


「大丈夫か?」

「あ、ああ」


 俺は驚きのあまり口が開いたままだ。

 だってびっくりした。その誰かが手にしているのは紛れもなく日本刀。それも時代劇でよく出るような打刀じゃなくて太刀だったのだから。そんなどう見ても純和風な武器を手にするのが、くすんだ青色の髪に白い肌、筋骨隆々とした青い目をした男だったものだから思わず訊ねちまった。


「あんた誰だ?」

「ん?」


 相手は一瞬、キョトンとした表情を浮かべたものの、不意に表情を引き締めるや太刀を振るい、起きあがらんとしたゴブリンを肩口からバッサリと斬り伏せる。


「ふう、おれは【キリセ】。【防人さきもり】ぜよ」

「あ、そうか。俺はネジだ」

「あんた助太刀に来てくれたんだな。本当感謝するぜよ。

 でも敵はまだまだいるから油断は禁物だぜよ」

「あ、ああ。そうだよな」


 どうにも気になる語尾だけど、確かにキリセ、だったかの言う通り。今はまだ戦闘中だ。気を引き締めていかなきゃな。


 それに今のでゴブリン達の注意をこっちは完全に引いちまったらしく、さっきとは比べ物ならない数が向かってくる。


「くそ、数が多い。ネジ、おれが切り開くからついてくるぜよ」

「あ、ああ。分かった」

「んじゃ──行くぜよッッッッ」


 俺は呼吸を整えると、先に飛び出したキリセ、に次いでゴブリン達へと向かっていく。

 これはそう、俺が初めて自分の意思で臨む戦い。

 だけど俺はまだ分かってはいなかった。戦いってのがどんなに残酷なモノなのかを。



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