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変わるべき時

 

 見渡す限りの平地をパッカパッカと馬が走る。


「…………」


 抜けるような真っ青な雲一つない空を見上げながら俺は移動している。いやぁ本当にいい天気だ。こんないい天気は二十一世紀世界じゃお目にかかった事はないぞ本当に。


「オーイ」

「…………」


 今何か声がしたような気がする。

 でもそんなのはどうだっていい。だってこんなにもキレイな青空なんだ。楽しまなきゃ嘘だろう───。


「オイコラ」

「ぶごっっ」


 視界が急に反転。そして落ちる。あ、馬から落ちたこれ。


「全く、何でオレをこうも無視するかな~」


 意識を失う直前、俺をど突いた張本人である赤髪の(偽)美少年がそんな事を言っていた。




 気付くといつの間にか夜になっている。

 あーあ、何だかもったいない。もっと空を眺めたかったなぁ。


「だから言っただろ。僕はそいつをこの依頼に同行させるのは反対だと」


 ロビンの奴、また怒ってやがる。

 本当に気苦労の絶えない奴だ。こう毎日毎日疲れないのかな、あいつは。


 だけど言いたい事はよく分かってる。ああ、今の俺は誰の目にも明らかにやる気がない。

 いや、やる気がないんじゃなくて……気力が出ないってのが正解だ。それだけのものを俺はこの目で見ちまったんだから、な。




(昨日)



「ひ、ひでぇ」


 よく漫画だとかラノベとかじゃよくある表現だけども、絶句、ってのはまさしくこういった状況での俺の現状を指し示す言葉なんだろうか。

 俺達三人はツンフトの依頼を受けて連絡が途絶した一帯の現地調査に向かう。


 途中で、既に壊滅したっていう集落を通過したりもしたけど、そこは家屋が打ち壊されたりこそすれども、誰もいなくて、だから何て言えばいいのか少しばかり現実味ってのに欠けていたからだろうか、俺は何処か他人事みたいに思っちまってた。


 だけども、ここは違った。


 目の前にあるのはまさしく血の海。

 手足が明らかにへし折れ、千切れ、無造作に転がされている。

 そうして飛び散った血は家屋の壁にビッシャリとまるでペンキみたいにブチ撒けられてドス黒く染まっている。

 そういったナニカ、になってしまったモノがここを覆い尽くしている。


「う、げええええええ」


 耐えきれずにその場で膝を付き、吐瀉物を吐き出す。

 辺りに漂う死臭に耐えられなかった。その何処を見てたのか分からない虚ろな目に耐えられなかった。そして何よりもつい何日か前まではここで生きていた住人達が何だってこうして無惨に殺されなくちゃならないのか、って事に耐えられなかった。


「う、ああああ。っっっっっ」


 そうして腹の中のモノ全部を一通りブチ撒けた俺にロビンが冷たく吐き捨てるように言う。


「これが現実だ。気楽な気分はもう捨てるんだな」


 ああ、分かったさ。

 そうだ。これが今の俺にとっての現実なんだな。生死の境目が曖昧な世界。ここが俺の暮らす世界なんだ。

 それからその日はそこにあった無数の遺体を穴を掘って埋めて終わった。




(現在)



 明くる日。

 再度俺たちは馬を走らせる。


「なぁ、あんまり落ち込むなっての」


 いつの間にか横に並んでいたレンの奴が俺の肩をポンポンと叩く。これがあいつなりの気遣いなのは分かる。

 何せさっきからあいつの目は心配そうに俺を見ているから。

 それにあの金髪エルフもさっきからいつもみたいな嫌味の一つも飛ばしては来ない。


「……何であの人達は死ななくちゃならなかったんだ」


 俺の口から出るのはやりきれなさからの言葉だけ。

 あの壮絶な光景は自分の無力さを実感するには十二分だった。


 今日は昨日訪れた集落から西へ二十キロは離れている別の集落へと向かう事になっている。地図で見た限りじゃこの一帯には大きな村はなく、小さな集落が数十キロ周囲に九つ点在してる。

 この依頼を受ける時点で既に六つの集落が壊滅。昨日で七つ目。今日今から向かうのが八つ目だ。


 八つ目の集落は地図の記載によると人数は約四十人。

 小高い丘の上にあってちょっとした砦のような立地にあるらしい。


「さぁね。死ぬ、ってのはさ、それ自体が理不尽なモンなんだからね。だからこそだよ……」

「え?」


 さっきの俺のボヤきに対してなのか、少し前を走るレンの奴の言葉はどこか空虚って言えばいいのか、達観しているように思えた。



 この四日で馬での移動にも随分と慣れた気がする。

 そりゃ、レンやロビンに比べればつたないもんだろうがな。少なくても普通に軽めに走らせる分には落馬する心配はもうない。

 最初の頃のおっかなびっくりな状態から見りゃ随分マシになったに違いないだろうさ。


 正直まだ昨日の光景が目に焼き付いちまってるけども、少しだけ気が晴れて来たのは多分、見渡す限りの平原に俺の心が少しずつ癒やされたからだろうか。


「なぁ、あとどれ位で着きそうなんだ?」

 俺は金髪エルフに訊ねる。ロビンの耳は相当にいいらしく、集中させしていれば体調にも影響されるけど数キロ先の物音まで聞こえるのだそうだ。だから集落に人がいれば確実に何らかの生活音とかを出すからそれで生存が確認出来るのだそう。

 今回の依頼をレンが即答で受けたのも、この金髪エルフの聴力があれば万が一の際にも不意打ちを受ける危険性は少なくて済むし、逆に待ち伏せだとかも状況次第じゃ可能だからだそうだ。


「ふん、今確認する。少し黙ってろ」


 ピシャリとしたその言い方には正直イラっとしたが今はこいつの耳が頼りだ。まぁ仕方がない我慢しよう。


 ピクピク、と金髪エルフの耳が動く。こうして耳だけ見てるとまぁ何て言うか妙にかわいく思えちまう。


 目を閉じ、音を聞く事に意識を傾ける金髪エルフの表情は最初は涼しげなモノだったが、しばらくすると突然険しいモノへと激変する。


「行くぞ」

 小さく、だけど確かな意思を込めた一言だけ述べるとロビンの奴は馬の腹を蹴り、一気に駆けだす。

「ネジ、オレたちもだぞ」

「あ、ああ」

 次いでレンも馬を走らせ、俺もそれに追従せんと馬の歩を早める。

 何が起きているのかは、口にせずとも一瞬だったがロビンの表情を見れば明白だった。



「はあっ、はあっ」

 俺は何とか二人に付いていく事が出来た。

 ただし背中にはびっしょりと冷や汗をかいてる訳だが。

 呼吸も荒い。こんなに命懸けの移動は初めてだ。


 俺が先行した二人に馬首を並べると、その表情は険しい。

 まだ集落までは大まかに見ても五百メートルはあるだろうか。


 だが今、向こうで異常事態が起きているのはここからでも分かる。


 だって集落の方向からはキイン、キインという金属がぶつかり合う音が聞こえてくるからだ。


「ロビン、オレが突っ込むから援護を」

「ああ、任せろ」

「ネジはオレの後ろに」

「わ、わかった」


 今更ながらに思うけども、レンの奴は本当に冷静だ。思えばこいつは戦闘中こそテンションが高いけども、その一方で何処か冷めた目をしているようにも思える。

 レンは馬から降りると手足を回して首や肩を回す。

 そうして、すう、と呼吸を整えるや否や、ゆっくりとした所作で前へと踏み出す。最初は本当にただ歩くよりもゆったりとした一歩。これじゃ目的地なんかに辿り着くのは日が暮れちまう、って思えるようなその一歩。

「────破亞ッッッッッ」

 その雷声で全てが変わる。振り下ろした足が地面へ到達した瞬間、地面にはアイツの足の数倍のクレーターが生じる。

 そして全身から仄かな炎を瞬間発するや否や赤髪の戦士は急加速。一気に目的地まで駆け抜けていく。


「な、」

 まるでドラッグカーみたいな様子を目の当たりにし、呆気に取られる俺へ声がかけられる。

「いいから追え」

「あ、ああ。でも」

 俺は正直言ってこの場に於ける自分のいる意味を感じなかった。

 だってそうだろ。近接戦闘でレンは圧倒的に強い。それに遠距離ではこのロビンの弓が敵を射抜く。対して俺はどうだ?

 別段強くなんかない、そもそも俺にあるはずの″特典ギフト″が具体的に何なのかすら知らない。

 数日前の、リーパーっていう暗殺者との対決でギフトが出たのは間違いなくてもそれが何をキッカケにしたモノか、そしてどういった能力なのか何も分からない。こんな状態で戦闘に乱入して大丈夫だとは思えない。

 そしてそんな俺の思いなんかお見通しとばかりにロビンは言葉を続ける。

「何度も言わせるな。早く行け」

「だけど俺なんか──」

「お前は見ておくべきだ色々とな。レンは強い。だがそれはあいつのギフトだけの結果ではない」

 それは事実だ。この数日で知ってる。あいつは夜中には俺やロビンと手合わせを、または早朝に一人で何かしているみたいだって。

「……」

「ギフトの優劣は確かに大きな要素だ。だがそれを担う自身の器こそが一番大事だと僕は思う。お前がもしもフライハイトで、レンの近くにいたいのなら肝に命じろ。そして常に共に戦え。でないならここで去れ」

 ロビンは馬を走らせ、レンとは違い回り込むような形で動き出す。きっと少し離れた岩場辺りから援護をするつもりなのだろう。


 レンの姿はもう豆粒みたいになってる。すぐにでもあの戦いへと割り込む事だろう。

 俺はレンと一緒にいたいか、って?

 そうだな。アイツは面白い奴だ。メチャクチャな奴だ。誰にでも王様にでも平気でタメ口叩くし、そもそも性別をごまかしていやがる。

 でも俺はアラシに頼まれた。アイツを頼む、って。そう仲間から頼まれたしそれにアイツには助けられた恩義がある。

 いや、違うよな。俺はそんな理由でどうしたいって訳じゃない。

 答えは出ている。アイツの傍にいるのは面白い。今はそれで充分じゃないかよ。


「行くしかないよな」


 行った所で役に立てるなんて思っちゃいない。むしろ足手まといだろうさ。だけど俺は決めたんだ。もうしばらくあの赤髪の少女の近くにいようかな、って。

 覚悟を決めろ。ほら行くぞ。


 そして俺は馬を走らせる。



 今にして思えばこれが本当の意味で俺がこの世界に関わろう、って思った瞬間だったと思う。受動的に流されっ放しだった日々からほんの少しだけ自分から前へ進む事を始めた最初の一歩。


 もっとも同時にこれは俺がこの世界に渦巻く様々な策謀に巻き込まれる最初の出来事でもあるのだが、この時の俺にはそんな事など予測出来る訳もなく、……それはまた別の機会にでも話そうか。



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