リーベ
「オッスオッス来たよ~」
「やぁやぁようこそおいでやす~」
「──はい?」
ドアが開かれた瞬間、いきなりそう声をかけられて驚いた。
だってそりゃそうだろう。
代表、って言われたし、三十三年前の話をよく知ってる人物。そう前置きされた上で対面だったんだから。こっちの想像じゃさぞや油断ならない人物とか、強面の威厳のある人物とかを思い描いていた。
だってのに、そこにいたのはどう見ても年齢は十歳にも満たないような着物を着たおかっぱ頭のちびっこい童女。しかもその言葉遣いは、何て言えばいいのやら何だか関西圏の雅な地域のそれ。何だかもう訳が分からない。
それにもっと驚きなのはこの室内。無数の本やらが収納された本棚はともかく、まさかの畳が敷かれた小部屋が奥にある。和洋折衷、というか異様に和の部分が強調されてるような感じだ。
そんな事を思ってたら、
「あんれ、どうしましたかぇ。そんな鳩が豆鉄砲でも喰らいなはったような顔して?」
「そーだぞ。変なの」
キョトンとした顔でこっちを見る童女と赤髪の(偽)美少年。
そりゃ驚くわ。何で中世ヨーロッパ風のファンタジーな世界でいきなり和装の童女にお出迎えされてるんだっての。これじゃまるっきりラノベ世界そのものだろうが。と、心からのツッコミはさておき。
いや待て。ロビンの奴なら。そうだ、あいつはあれでもまだマトモなはず。そうだよ、あいつなら──。そう一抹の期待を込めて振り向くと。
「どうもです代表」
しれっとした顔で挨拶してやがりました。
お前もか、お前もこの童女を見て何とも思わないのか。
って事はこの童女は日頃から着物姿だって事どすか、はい。
「ああ、この服装に驚かはれたんですかぇ。ははぁ、あんさんニホンから来たんどすな」
「うえ?」
驚いた。思ってる事を言い当てられたからじゃない。この童女の口から″ニホン″という単語が出た事に驚いたのだ。
「はいはいそういう事どすか。あんさんはニホン人。ふむふむ~」
童女は一人得心したのか幾度もかぶりを振って頷く。何て言えばいいのか座敷わらし、みたいだ。
「まぁええどす。ウチの名は【リーベ】。フリージアツンフトの代表をやっておりやす」
リーベ、ええと確か。ドイツ語で″愛″だったか。
確かに愛らしい外見、っていうか童女だけどな。
まぁいいさ。とにかく相手に悪意だとかそんな意図が一切ないのは確かだ。だから気を取り直して話しかける。
「あ、ああ。俺はネジ。宜しくな」
そうして互いに手を差し出し、握手を交わす。
「さて今回はフリージア王からの依頼を受けてもらいますえ。
これを見てくれやす」
促されるままに畳に座るとリーベは早速用件に入る。
テキパキとした所作で紙をこちらへ手渡す。紙、とは言っても真っ白な紙ではなく少しばかり茶色のわら半紙みたいな感じか。
その紙には地図が描かれており、それを見る限りどうやら先日通ったあのゴブリンの群れに遭遇した峠を中心にした一帯のモノらしい。
「うん、ゴブリン峠の地図だな。リーベ、これがどうかしたん?」
「ええ、そこら一帯の村々が最近次々に壊滅してるんですえ」
「壊滅? 略奪とか襲撃ではなく?」
ロビンが驚いた顔でリーベへ訊ねる。何だ? 何かおかしな事があるってのか?
対して童女は口元を真一文字にし、真顔で答える。
「ええ、文字通りに壊滅どす。家屋は軒並み打ち壊され、住人は一人とて生きていない皆殺し。それはもう酷い有り様だったそうどす」
「それは分かってます。ですがおかしい。辺りにはもう盗賊はいないはずだ」
「そうどすなぁ、あこら辺にいた怖い人らはみんなやっつけてしまいましたなぁ」
どういった訳なのかロビンの口調は刺々しさを増していく。
それに対するおかっぱ頭の童女はのらりくらりと諭すように、いや、躱すように相槌を打っている。
どうにも事態を飲み込めない俺の様子に気付いたのか、レンの奴がヒソヒソと耳元で話しかけてくる。
「ああ、ロビンはさ。あこら辺の盗賊討伐に参加してたんだよ。
何でも長年の友人が盗賊に殺されたそうでさ。その敵討ちでね」
「成る程、ちなみにそれはいつの話だ?」
「えー、っと確か──」
「九年前だ」
ロビンの奴がつっ込んできた。ああ、そういやこいつ耳がいいんだっったな。ヒソヒソ話って言ってもこんなに近い距離じゃ意味がないらしい。
「そうそう九年前だった。で、間違いなく盗賊はブッ潰れたんだよねリーベ?」
「そうどすなぁ。頭目や副頭目を皮切りにして主だった構成員は軍の攻撃で壊滅。捕らえられたお方々は流刑のはず。まずもう二度とは戻れまへんはずどすなぁ」
「なら一体誰が襲っている、って言うんだよリーベ? オレにゃあサッパリだよ」
「かんらかんら、犯人ならもう話に出てますえ」
妙ちくりんな笑い声をあげつつ、リーベは俺の目を真っ直ぐに見据える。俺たちは今の話の中で犯人の事を話題にしてたっけ?
そうしてしばらく後、「あ、分かった」と言うと赤髪の(偽)美少年が手を挙げる。リーベが「はい、ほなレンさん」と回答を促し、レンは「犯人はゴブリンだろ」と答える。
「そんなバカな」
間髪入れずそう言ったのはロビンだ。信じられない、といった面持ちでリーベとレンの二人を交互に見る。言い出しっぺのレンははて、と今の放言を改めるつもりはなさそうだし、リーベはと言えばいつの間にか用意していたらしきポッドからコーヒーかと思いきやまさかの麦茶らしき液体をコップに注いでいる。
「本当にゴブリンがそれをやったとでもいうのですか?」
「はて、それは分かりまへんなぁ。だからこそ、この依頼がウチに来たんとちゃいますかねぇ」
何だかいつもより感情的なロビンだが、一体どうしたんだろうか?
あの金髪エルフは基本的に冷静沈着。嫌みったらしい奴だが、それでも何もこっちの事を知らない俺の立場からずれば物知りでそれなりには頼りになる奴。そんな印象が吹き飛ぶ位に今の金髪エルフは動揺してるっていうか、感情的だ。
「さて、ゴブリンがやったんかどうかを調べるのが今回フリージア王からの依頼どす。それで、……どないされますかえ?」
おかっぱ頭の童女がまるで値踏みするような視線でこちらを見ている。何とも言えない空気が漂い出し、このまま沈黙が続くかとも思えたが──、
「いいぜやるよ」
その沈黙はほんの数秒足らずで赤髪の(偽)美少年の返答で破られた。
「お、おい。危ないんじゃないのかよ。皆殺しにするような凶悪な奴が相手なんだぞ?」
思わず俺はレンの肩を掴んでいた。
「うーん、そうかもな~」
レンはヘラッと笑う。信じられないぜ、さっきまでの話を聞いてたのかよ。一帯、つまりは地図上にある色んな集落が軒並み壊滅してるっていうのに。こいつには恐怖心ってのが無いのかよ。そんな事を思いながら、俺がレンの奴を凝視してると、
「でもさぁ、誰かがやらなきゃならないコトだろ?」
赤髪の(偽)美少年はあっけらかんとした顔で訊ねてきやがった。
「ああ、まぁ」
あまりにも、そう当然だと言わんばかりの表情を前にして。俺は上手く返事が返せない。
思わずレンからロビンの奴へ視線を移す。ロビンは相変わらず動揺しているのか目の焦点が合っていない。
「じゃあレン。これが依頼内容を記した書類どす」
「あいよ」
「え、あ?」
そんな事をしてる内に(偽)美少年とおかっぱ頭の童女は話を進めている。レンは一通り書類に目を通して、──るのか? 何だか目の動くスピードが半端ないんだが。
無数のカメラでもあるみたいにひっきりなしに、止まる事なく目が動き、そして先へ先へ。速読、っていえばいいのか。何にせよとんでもない集中力を前に俺は何も聞けない。
「よっし、確認完了。じゃ、リーベ」
「はいな」
レンの言葉にリーベは袖からペンを取り出す。ただそれだけの所作だってのに、妙に息が合ってるし、これだけで分かった。二人の間には確固たる信頼関係が構築されてるって。
そうして何が何やらサッパリなままツンフトからの依頼は受けられてしまった。
「じゃ、リーベ。またね~」
「あい、また」
結局、聞きたかった事は何も聞けなかったままに、俺は部屋を出ようとしてる。ドアから足が半歩出た時だった。
「そうや。ネジ君、ちょいとお待ちなはれや」
「え?」
背後から不意にかけられた声に足を止めて振り返る。
振り返ると童女は俺の眼前にいて、思わず後ろへ転倒しそうになる。
そこへ彼女は「聞きたい事があるんですやろ? なら依頼が終わったらいつでも聞きなはれ」と囁く。
へたへた、と尻餅を付いた俺を横目に童女は「ほなまたお越しやす」とだけ言うとドアを閉める。
「おーいネジ。行くぜ~」
「…………あ、」
何だかレンの声が遠くに聞こえ、ふと我に返る。
こうして俺はツンフトの顔役との対面を終えた。色々と突っ込みどこは多々あれど、それよりもこれから向かう依頼の事で不安で仕方がなかった。