冒険者ツンフト
フリージア王ことアラシとの対面の後。
俺はまたフリージアの街にいた。
「ネジぃ、早くコッチコッチ」
「あ、ああ。悪い」
レンの奴といつの間にか随分離れていたらしい。
どうやら考え事をしてたのが原因だろうか。慌てて小走りで向こうへ合流する。
今から向かうのはフリージアにある冒険者ツンフト。つまりは組合だ。そういや先日も俺を連れて行く、ってレンの奴は言ってたな。
何にせよ俺にはフリージア、についての知識が圧倒的に不足してる。組合っていうんだからそういった様々な情報を得るには丁度いい場所だろう。それは分かってる、分かってるんだが──。
──どうかレンを守って欲しい。
フリージア王ことアラシのその言葉がどうにも引っかかる。俺がレンの奴を守るって、それはどういう事なんだ。
そもそも俺なんかよりレンはずっと強い訳で、今まで何回か戦った際も守るどころか、どう考えても守られているのはこっちなんだが。
だけど、あの目には何か決意めいたものがあった……ように思えた。まぁもっとも、俺の気のせいなのかも知れないけども。
「に、しても」
フリージアの街、正確には上を見上げる。
昨晩も見たし、今朝だって寝ぼけ眼で見たとは思うけどやはりこの光景には圧倒させられる。
この街には青空がない。何故ならここはとてつもなく大きな洞窟内に作られていたのだから。
例えるならば、そう、トルコにあるっていうカッパドキア遺跡みたいな感じなのかも知れないな。もっともあれは地下都市で、フリージアとはまた別物なのだけども。
そんな特殊、いや特異な街には見渡す限りでさえ、多くの住人がいてそう広くはない道幅の両側には露店が並び活気に満ちている。
(変わった街って認識で合ってるよな? それともこれは──)
そんな事を考えてる内にいつの間にか俺はもうレンのそばにまで追いついていた。
だからって訳じゃないけど丁度いいと思った俺は訊ねてみる事にした。
「なぁレン。一つ聞いてもいいか?」
「ん~、なに?」
ニッコリとした笑みを浮かべる赤髪の美少年(偽)。
にしてもレンの奴、本当は女の子だって知ってるからだろうか、こうして横顔を見ると男装こそしてるけどもやっぱり何ていうか色気みたいなモノを感じ取ってしまう。
着ている服装は街の住人達と大差ない、素朴そうな服だしそれも男物だってのにそれでも何か違うモノを漂わせている。
ああ、いかんいかん。聞きたい事があったんだよ。
「このフリージアってどういった経緯で作られたんだ?
そもそもフライハイトじゃこんな変わった街が普通なのか?」
これはほんとうに素朴な疑問だ。
フリージアは二重のでっかい城壁に囲まれ、さらに周囲には無数の見張り台、つまりは櫓が点在されてるかなり堅固そうな守りの街だ。
その上で大キープ、つまりは本城とは別にあるこの街はと言えば、こうして巨大な洞窟内に出来ている。正直こんだけ色々と守りが堅い、というか分厚いのは珍しいんじゃないだろうか。
「うーん、どうだろ。オレはずっと基本的にはずっとフリージアにいるからあんまりヨソのコトは分からないかなぁ」
「そうか」
「でもロビンなら知ってると思うぜ。ロビン、教えてくれよ~」
という訳で金髪エルフはレンに呼びかけられ、如何にも嫌そうな顔を見せながら溜め息を一つ入れ、説明を始めた。
「前にも言ったがここには以前は寂れた漁村しかなかった。
それは聞いていたはずだな?」
「ああ、そうだった」
「フリージアの成立は三十三年前、つまり【大戦】の時だ。
別の大陸から魔族が攻め立ててきて、その侵攻によりこの大陸を当時治めていた王国は滅亡。そして残された人々は東西南北にそれぞれ拠点を作り抵抗を試みた。東西に南は何とかそういった設備を整える事に成功したが、ここ北だけはそれが遅々として進まなかった。それは何故だと思う?」
そう言ってロビンは俺に理由を訊ねる。まぁ、思い浮かぶ理由は幾つかあるな。とりあえず口にしてみよう。
「拠点を作れない理由か、資金や労働力不足、或いは敵の攻撃が激しいからとかか?」
どうだ、この中に答えはあるか?
俺は相手の、金髪エルフの返答を待つ。
「答えはその全部だ。北は他の地域よりもずっと条件が悪かった。まずは他の地域よりもそもそも住人の数が少なかった。ここいらに大きな街はなかったからな。だから兵力も少なく、そして何よりも厄介だったのがこの北に魔族が頻繁に襲撃をかけてきたからだ。
だから拠点を作ろうにも何もかもが足りなかった」
「何だよそりゃ、じゃあどうやってこのフリージアは──」
「盛り上がってるみたいだけど、もう着いたぜお二人さん」
「え?」
レンの言葉を受け、俺は視線を前に向ける。
すると視線の先にあったのは、この街でも相当に立派な四階建ての建物。例えるなら学校の校舎位の大きさだろうか。
「ここが冒険者ツンフト。さ、入ろうぜ」
レンはニカッ、と笑うと建物の入り口へ駆け足で向かう。
詰め所らしき筒状の小さな建物から警備らしき人間が姿を見せる。
「レンか。符丁を確認する」
「はいよ、オレとロビンにもう一人、ネジだ」
「ネジ? 妙だな。そんな名前は初めて聞くが」
警備の男がこちらを訝しげに眺める。
取り立てて強そうではないが、腰からぶらさげた鞘に収めた剣の柄に片手を伸ばしている事から察するに少なくとも俺よりは戦い慣れしていて強そうだ。
「それは当然だろう。この男はつい数日前にこの世界にやって来た。文字通りの意味で初心者であり、【訪問者】なのだからな。お前たちのボスとは既に昨晩話を通した。問題はないはずだ」
ロビンは凄んでみせ、その言葉を受けて警備の男がゴクリと息を飲むのが分かった。
「わ、わかった、三人共入っていい」
明らかに動揺した様子で男が門を開く。
「ネジ、さっきの話だがここのボスと話すといい。ここの主は僕よりもずっとフリージアの設立に詳しい人だからな」
ロビンはそれだけ言うと、一人さっさと歩き出す。
「ネジ、オレとお前はこっちな」
レンの案内でオレは建物内を歩く。
ツンフト内には思ってたよりもずっと大勢の人がいた。
まず目を引くのは様々な人種がいる事だ。
人間、エルフ、そしてあの背の低いのはドワーフだろうか。そうした多種多様な人が何人かずつ集まり、ガヤガヤと話をしている。
「にしし、驚いたか?」
「ああ、エルフがいるんだからドワーフだっているかも、とか思っちゃいたけどな。でもまぁ実際にこうしてお目にかかるとな」
感動からだろうか、軽く身震いしてしまう。ゲームとかでしか見た事のない幻想世界の存在ってのがここには存在してる。それが何だか嬉しかった。
白のシャツに黒い袖無しベストを着用しているのは、多分ツンフトの職員だろうか、受付やら建物内を忙しそうに走る様はまるで公務員、いやサラリーマンみたいな感じだな。
そんな光景を見回しながら俺とレンは階段を登っていく。
二十段はある階段を角を曲がったりしながら三回程登る。真っ直ぐに最上階らしき四階に来れないのは防衛の為だろうな、多分。
ん、どうやらこの部屋がそうかな。誰か前で待ってる。
「レンさんお待たせしました。部屋で代表がお待ちです」
職員はそう言うとドアをノック。
ドアを開く。
そしてそこで待っていたのは────。