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狼煙はあがらず

 

 夜の闇も深くなる時刻。ただでさえ暗いのに月は分厚い雲に覆われ、光らしきモノは周囲に殆どない。


 フリージアから離れる事およそ五十キロ程のとある山頂にはポツリとした光が上がっているのが見える。

 その光を追いかけて山を登る事およそ一時間、それで光の正体は無数に焚かれたかがり火である事が分かる。

 周囲に張り巡らされた柵と土堀、そして門があるそこには幾十人かの武装した兵士がいて、ここが何らかの軍事的な施設であるのはだれの目にも明らかであろう。


 この場所は古来より周辺への睨み、となる場所として様々な勢力がその時々の技術を用いて拠点を築いてきた。

 それは今現在におけるこの地域の統治者たるフリージア王国とて同じ。とは言え、人間同士での大乱などとんとご無沙汰となった今、今この地には小規模な砦が存在しているのみなのではあるのだが。


「あーあ。退屈だよなぁ」


 見張り台から周囲を見回ながら、兵士がボヤく。

 この砦には現在三十人の兵士が駐屯している。昼夜問わずに周辺への警戒に当たる、それが砦の兵士の役割。

 ここは比較的安全な場所であった。

 モンスター、より具体的に言えばゴブリンがそのねぐらとしているとされる曰わくつきの峠からも距離があり、もっと言えばこの村がある山の周囲は平地。

 それに何かしら怪しい動きがあれば、山の周囲に点在する農村やら見張り台から狼煙が上がるようになっている。

 そして狼煙を確認した別の農村や見張り台、砦もまた同様に狼煙を上げて知らせていく。


 フリージア王ことアラシはこうした狼煙を用いる事で何かしらの脅威に際して、国中で素早く状況把握出来る仕組みを整えた。


 他にも魔法、によって伝令を飛ばすという手段もあり、単純な情報伝達速度なら断然こちらの方が早いのだが、アラシは魔法による伝令のリスクを重視し、狼煙に重点を置く事となった。

 魔法による伝令のリスクとは情報伝達をする経路のか細さである。

 その魔法を使う者が殺害、またはそれを妨害されればそこで伝達不可となる上、そもそもそういった伝令役が裏切った場合、間違った情報を受け取る事となり、その情報の真偽を調べるのが厄介なのだ。


 その点、狼煙であれば、何があったかを周辺に配置した者が確認する事で状況把握が可能である。


 実際、この狼煙を活用するようになってから、フリージア領内での野盗やモンスターによる略奪による被害は劇的に減少、ここ数年に至っては一件も発生していない。


「ふあーあ、……ねむい」


 だからこそこの砦の兵士達の気が緩むのもある意味当然でもある。

 何せここの兵士の半数以上は一度も実戦経験がないのだ。

 それでも彼らは必要最低限のやるべき事は理解していた。

 それはこの山頂の砦から周辺を見回す、という任務。

 暗闇に包まれたとは言えど、狼煙さえ上がれば即座に異変には気付けるのだから。

 そうして、彼らは近辺での異常は何もない、と認識していた。


 そう、狼煙による状況伝達にも欠点は存在する。

 それはそれが上がらなければ、異変に気付けないという点。

 日中であればまた気付ける事にも一寸先も見通せない闇夜の中では気付けない。


 近辺に点在する見張り台に詰めていた兵士が既に事切れ、農村も襲撃を受けて狼煙を上げる間もなく壊滅してしまえば山頂の砦に詰める彼らには状況を把握する手段が断ち切られる、という点であった。


 そうして砦の兵士達にも何かが迫る。


「あれ、何か今動いたか?」

「気にすんなよ。どうせちっこい動物だろうよ」


 ガサガサ、という音に見張り役の兵士が振り向く。

 山頂とは言え、然程標高が高くないここにはちょっとした森が広がり、そこにはリスやらウサギもいて砦の兵士達には貴重な食料源でもあった。


 だが彼らは気付かなかった。いや、気付けなかったというべきか。

 その夜、自分達へと忍び寄るモノたちに。


 ガサガサッッ。


 草を踏む音は益々大きくなる。

 ほんのすぐ近くにまで何かが来ている。


「くそ、何だよもう」


 兵士の一人が松明を手にして、音のする場所を照らしてみる。

 するとそこにいたのは、ぴくり、ぴくり、と脈動する誰かの姿。顔は草陰に隠れているが、その身なりから間違いなくフリージア王国の兵士である。


「おい、誰か倒れてるぞ」


 見つけた兵士は周囲にそう声をかけると、自身は素早く門から出る。

 門、とは言っても城ほどしっかりとした重厚な代物ではなく、木材を組み立てて作った簡素なモノだ。


「おい、大丈夫か──あっっ」


 兵士は思わず声をあげる。

 倒れていた兵士は全身から血を噴き上げている。その顔はドス黒く染まり誰なのかすら分からない。その様子から無数に殴打されているのは明白だった。


「しっかりしろ──何があったんだ?」

「あ、すま……ない」


 こひゅー、とした息遣いとかすれるような声。目は虚ろで、焦点は定まらない。


「おい、今運ぶからな──え?」


 倒れてた兵士を抱えて違和感を感じた。

 だらりと、手足が垂れ下がっている。いや、手足だけではない。その全身が不自然な程にだらりと脱力している。


「これは骨が、くだけて」

「に、げろ……います」


 ヒュン、ゴキ。


 何かが飛んで来て、トドメとばかりに倒れていた兵士の首を折る。

「ひ、ひいいっっ」

 ドサッと仲間を落とし、逃げ出そうと試みるが既に手遅れ。


 ヒュヒュン。


「あ、ぎゃっっ」


 その何かが無数に飛んできて直撃。彼の命はそこで尽き果てる。


 ガサガサ、無数の足音が草陰から飛び出し、開かれたままの門へと殺到する。


「ん、いかん。敵襲だ、門を閉めろっっ」


 それに気付いた一人がそう叫び、注意を促すが間に合わない。

 まるで弾丸みたいな勢いで来襲者は門から突入すると、兵士達へと続々と襲いかかる。

 完全に不意を突いたのに加え、兵士達の半数が休んでいたからだろうか、小さな砦の制圧は僅か数分で完了。一方的なそれは戦闘とはいえなかった。


 そして来襲者達の中を何者かがゆっくりと歩いていく。

 何者かは足元に転がっていた兵士の遺体を無造作に踏みつけ、グシャリと不快な音と共に潰すと、飛び散った血を顔に塗りたくる。

 そうして、

「マダダ、ニンゲンモットコロス」

 くぐもった声でその何者かは言い、来襲者達は「ヴオオオオ」と雄叫びをあげる。


 雲に隠れていた月が辺りを照らし出す事で来襲者達の姿が露わになる。それは無数の、優に数百はあろうかというゴブリンの一団。

 そしてこの日を境にフリージア領内に於いてこの一団による被害が頻発していくのであった。



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