依頼
「さて、顔見せとかはあの昼食で大体は済ませたから、ここからは話の続きをするんだな。俺っちからネジ達に言っときたい話があるんだな」
腹一杯になった昼食会の後、俺とレン、そしていつの間にかいたロビンの三人はアラシの私室へと案内された。
部屋の内装だけど流石に綺麗というかきらびやか。床には城内同様に赤い絨毯が引かれ、壁には絵画が飾られて、奥のベッドはふかふかそう。マントやら王冠が置かれ、如何にも重厚そうな専門書とかも机に置かれている。
だけど割合に簡素な部屋だと思えた。
無駄なモノは置かず最低限のモノだけを置いている、そんな印象を受ける。
「で、オレ達に一体何の用事なんだい王様?」
話を切り出すのはレンからだった。
それにしたってレン、お前本当に物怖じしないんだな。普通王様を目の前にしたら、もう少し言葉遣いだって改めそうなものだろうに。
相手がアラシだとしても、あいつだってここじゃ王様って立場なんだし。ほら、あいつお前を睨んでる。めっちゃ睨んでるぞ。
今にも怒り出すぞ、もう知らないぞ。
「レン────」
「うん、」
ああ、ヤバい。
「もう。そんな他人行儀な言い方はよせって言ってるんだな」
え、──?
「ゴメンゴメン。いや、ネジのヤツをからかってやろうと思ってさ~。で、どうだネジ。感想は? ビックリしたか?」
「えーと。何が何だか」
いやもう訳が分からない。
助け船を、と思いロビンを横目で見るのだが、奴は即座に目を反らす。て、てめぇ。
「いやいやすまなかったんだなネジ。レンはね、俺っちの【娘】なんだな」
「────────は。はあああああ?」
それは今日、いやこのフライハイトに来てから一番ビックリした話だった。
いやいやいやいやいや。何言ってるんだよお前?
レンがアラシ、お前の子供ってマジかよ。
「あ、言っとくけど血は繋がっちゃいないぜ」
「そうなんだな、レンは俺っちの養女なんだな」
「ああ、なるほど」
何故かホッとした。
いや、別に問題はないんだけどな。何というか、自分の知り合いがいつの間にか年上になってて、おまけに王様にまで成り上がってるってだけでビックリだってのに、その上こんな美少女(?)の父親だなんて事になっちまったら、何だかもう決定的な差がついちまって二度と立ち上がれない気がしてしまった訳で。
「ともかく、レンが妙にここの部屋割りとかに詳しい理由は……」
「そ、ここはオレにとって慣れ親しんだ実家みたいなモノなのさ」
とまぁ、レンはあっさりと言ったわけなのだが、そう思った瞬間全身に震えが走った。
そうなるとレンって王女様なのか?
あんなにがさつ、っていうかヒャッハーで凶暴だってのに、そのやんごとなきご身分って事なのか?
ヤバいんじゃないだろうか。だって俺、不可抗力とは言え、その見ちまった訳だし。もしもバレたりでもしたら。
「それでレン、ネジとはどうだったんだな?」
「ああ、王様の言う通りオレにメロメロさ。それにもうお互いに隅々まで知った仲だしな」
「────うおい!!!」
お前、何つー事を言ってくださりますのか。
仮にも王様の目の前で、普段の格好こそアレだが乙女がそんな事を恥じらいもなく言うんじゃありません。
「ほう、ネジ。君はレンのあられもない姿を見たんだな?」
「え、う?」
ヤバい、アラシの奴が睨んでやがる。絶対怒ってる、怒り心頭に決まってる。今にも怒鳴り散らすぞ、怒りの矛先がこっちに向く──。
「なん、っっっっって羨ましいんだな!!!!」
「はい?」
「だって俺っちなんかもう何年も一緒にお風呂なんか入ってないんだな。最後は何才だったかな、うーんと」
「十年前だから九才じゃなかったかな」
「そう、そんなに前なんだな。その上この頃じゃめったにこっちにも寄り付かないし、もう淋しい限りなんだな」
「あのー、その……怒っちゃいないのかなぁ?」
恐る恐る訊ねてみる。
すると、アラシは破顔一笑。
「あっはっはっは。いやいやそんな事気にしてたんだな」
って一笑に伏しやがりました。
いや、そんな事じゃないだろ? 仮にも娘だろ? それなら怒れよ。ここは怒るとこだろ!
「いやいや、レンについてはこういう娘だから俺っちも今更気にしないんだな」
「そういうもんか」
「で、レンを見た感想はどう──ぎゃっっ」
「いだっっ」
アラシは頭を抱えて悶絶してる。で、王様の頭に拳骨を落としたのは、当然だけど赤髪の暴れん坊だ。しかし何で俺まで巻き添えに。
「全く、仮にもうら若い乙女がいる前でそんな話をするなよな」
いや待て。お前、そんな事気にしなさそうだったじゃないか。
「はっは、こいつぁ参ったな。久し振りにど突かれたんだな」
アラシ、何故少し嬉しそうな顔をしてる。お前、そういう趣味なのか、それとも懐が大きいのか?
「フリージア王、そろそろ用向きをお伝え願いませんか?」
そんな何とも場の空気を変えたのは、ここまで一人黙していたロビン。そうだ、そうだよ。何か依頼したい事はどうした?
いつもは嫌みでいけ好かない奴だが、この何とも緩い空気を一変させるのには最適だ。お前、やるじゃないか。思わず喝采したくなったぜ。
「ったくロビンったらさ、……自分もオレの裸覗いたくせして」
「は、ひゃい?」
ぁ、駄目だ。今の一言でコイツは終わった。
「へぇ、ロビン君。君は人間よりも長命で誇り高き種族であるエルフだったよ、な?」
「は、あのあれはそのそこにいるバカが怪しげな動きを見せたので、それで…………」
「そういうのはいいんだ。素直に答えないとな。覗いたのかな?」
「うっ」
金髪エルフが黙り込む。おい、アラシの奴の眼光がマジでヤバい。こいつは見た目こそチビっこいけど一国の王様なんだ。そりゃ威厳とかあってもおかしくないけど。にしても、これは俺まで震えが来てるんだけど。これは一体?
ギョロ、とフリージア王は加害者から被害者であるレンへ視線を向けると訊ねた。
「さて、この覗きの一件、レンは気にしないのかな?」
「ああ、全然気にならない」
「本当に?」
「ああホントホント」
「本当に本当の本当?」
「うんうんホントホントのホントだよ」
うむむ、何だろうか。この小学生みたいな終わりのないやり取り。これこのままほっとくといつまでもエンドレスに終わらないパターンのような気がする。
これはもしかして俺が何とかしなきゃ駄目な空気なのか。うう、関わりたくない。いやもう既に十二分に関わっちまってるけどこれ以上はちょっと────。
「アラシ、レンがいいって言ってるんだからその位にしていてやれ。それからレン。お前はその場の勢いで色々口を滑らせ過ぎ。気にしてないんならそもそも言わなくていいんだよ」
は、やっちまった。言っちまった。つい我慢出来なくて思ってた事をぶちまけちまった。
「「「……………………」」」
う、三人の視線が痛い。確かに俺がこの場の空気を変えちまったのは認めるけどそんなじっと見るな。俺はこういうのが苦手で人付き合いとか嫌なんだからな。
「ネジ」
「う、はいっっ」
アラシが何か言いたげな表情で俺を注視してる。うん、やっぱりさっきのはマズったよな。仮にも一国の王様に対する言葉遣いじゃなかったよな。ゴメン、いくらでも謝るから。頼むから無礼討ちだとか不敬罪的な何かで罰するのだけは───────。
「うん、やっぱりそうだな。ネジの言う通りだな」
「…………へ?」
「俺っちとした事が恥ずかしい」
「ホントホント。オレのコトになるとすぐ怒るのやめなよ王様♪ そーいうのみっともないぞ」
「はっは、すまんすまん」
「────」
おい、何だこの茶番は。
ってか、アラシ。お前王様だろ? 養女だからかも知れんけどももう少し厳しく接しろよ。甘々じゃねぇか。
それからレン。お前は仮にも王様である以前に養父である男にもうちょっと気を使え。
これじゃ俺もロビンも無駄にビビっただけじゃないか。
「あの、特に用事がないなら俺はもう帰っていいか?」
「あ、ゴメンゴメン。用事は君達に近々依頼したい件がある事なんだな」
「ん? 出来る事ならするけど一体何をすればいい?」
「詳しくは【組合】に依頼したから後でそっちで聞くといい。報酬はキッチリ払うから宜しくなんだな」
「あ、ああ」
何だかアッサリと終わったな。わざわざ呼ばなくてもツンフト、で教えてくれればいいだけのような。
ってかツンフトって、確か″ギルド″と同じ意味のドイツ語だっけか。フライハイト、って名前にしろこの世界はドイツ語読みが随分と多いんだな。
「んじゃオレはお姫さんに会ってくるよ」
「おおそれはあいつも喜ぶんだな。行ってきなさい」
レンは「んじゃ、」と言うと部屋から出て行く。全く弾丸みたいな奴だな本当に。さて、どうやら話が終わったみたいだし俺も出て行こうかと思った時だった。
「──ネジ、少し待って欲しい」
「──え」
その声はさっきまでとは明らかに口調にトーンも違った。
それにさっきまでとは何だか空気も違う。
「ロビン君には既に頼んでいる事なんだが、君にも依頼をしたい」
その目は真剣そのもの。
そこにいたのは俺が知ってるギルドの仲間ではなく、ついぞさっきまでの朗らかな父親でもない。
「レンを守って欲しい。これが今日ここで君に依頼したい話なんだ」
「え」
一瞬、何を言ってるのかが分からなかった。俺がレンを守る? 冗談なのかとも思った。
だがすぐに違うのだと理解した。
だってその目は、至って真面目。
「戸惑うのも無理はないと思う。今のレンは君よりもずっと強いのだからね。だが彼女には常に危険がつきまとう。それから彼女を守って欲しい」
その言葉の一つ一つに重さがある。
俺は逃げ出したかった。何かとんでもない事に巻き込まれる。そう本能的に感じた。以前の俺なら絶対に逃げ出しただろう。
「────」
言葉も出ない。でも、足は動かない。逃げ出したかったけど、逃げちゃいけない。
何故なら、
「詳しくはまだ話せない。そして返事はまたいずれ聞かせてくれればいい。だが頼む。あの子を守ってやってくれ」
そうして頭を下げる男は、そこにいたのは紛れもなくフリージアという一国を背負った男だったのだから。