宴と対面
窓から見える空を見上げると、空模様は相変わらずの晴天。
ただ、大陸の北に位置するからだろうか、風は少しばかり涼しくて心地いい。
ワイワイガヤガヤ、と多くの人でごった返す部屋には沢山の円卓が置かれ、それぞれに三人から四人ずつ城の兵士からお手伝いさんやら、はたまた多分身分の高そうな貴族らしき人に、それから王様までもが席についていた。
時刻は懐中時計を見ると丁度十二時になる所だ。
同時にカーンーカーンカーンという鐘の音が聞こえる。これは多分教会か何かからの時報だろうか。
王様が席を立ち、チリンチリンとグラスをフォークで鳴らして室内の人々からの注目を集める。
「皆、今日はよく集まってくれた。この昼食会はある御仁を歓迎する為の宴だ。さぁ、立ち上がって皆に挨拶を頼むぞ」
その声を受けて、俺は席を立つ。
う、そんなにジロジロと見るなよ。
何だか凄い緊張するじゃないか。
「あの、ネジっていいます。よろしくお願いします」
我ながら小学生みたいな挨拶だと思う。
そしてパチパチ、とした周囲からの拍手が何だか恥ずかしい。
「このネジは【来訪者】。やはり【お告げ】は当たるものだな、はっはっは。」
そして場を盛り上げてくれるのはいいのだが、アラシ、いやフリージア王よ、そのさっきから凄い気になるんだが、いちいち言葉を発するその都度、一旦椅子から降りて、傍に用意された踏み台に登ってから話をするのをやめて欲しい。何か妙に可愛く見えちまう。
「まぁ、何はともあれフリージア王国はお前を歓迎するぞ。新たなビジターのネジよ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「ではそろそ……」
「──なぁ王様、オレ腹が減って減って仕方ないよ。早く目の前のご馳走に食いつきたいなぁ」
仮にも王様の話割って入る愚か者はどこのどいつだと思い、声が聞こえた方向を見ると、そこにいたのは赤髪の美少年(偽)ことレンだった。うん、やっぱりお前だろうな、とは思ったさ。
「うむ、レン。腹減ったか?」
「めっちゃ減ったぜ」
「なら食えい」
「よっしゃ。じゃ遠慮なく~~」
レンの奴は両手を合わせて合掌すると、フォークとナイフを手にして目の前に盛られた料理へと攻撃を開始し出す。
これ、大丈夫なのか? 普通なら何しらの刑罰とか食らうんじゃないのか?
「はっはっは、どうぞ食べてくれ食べてくれ。さもないとレンに全部食い尽くされるぞ」
「むぅー」
どっ、と場に笑いが起こり、王の勧めに従い、場にいた全員も食事を一斉に始めた。
ワッ、とした歓声が起こり、俺はそちらを向く。
すると、そこにあったのは皿にこれ見よがしに置かれた、何かの冗談のような、とんでもなくデカいブロックみたいな肉だった。
「さて今日はビッグボアのジビエ肉のようだ。これは食いごたえがありそうだなぁ」
そしてカチャカチャ、と器用にフォークを使い、ナイフで肉を切り分けるのを何と王様自らがやっている。
「ほら切れたぞ、持って行け」
笑顔で傍にいた兵士へ肉を与えるフリージア王と、それを受け取る兵士。
普通なら給仕やら料理人にでもやらせそうなもんだが、王様が手ずから切り分けているにも関わらず恐縮こそすれども、誰も驚かない様子を見ると、どうやらフリージアではこれはいつもの事なのかも知れない。
「おいネジ、早く取りに行こう。ビッグボアの肉は美味いんだからさ」
「あ、ああ」
レンの奴の喜色満面な様子を見ると、少なくとも味については相当に期待出来そうな感じだ。この数日あいつと一緒に行動して分かった事だけど、レンは底なしの大食いだが舌は確かだ。それは野営で穫ってくる食材もそうだし、昨日の街での食べ歩きもそう。あいつが美味いといったモノは確かに本当に美味い。それは隊商の人達も認めていたし、今この場にはいないけど金髪エルフの奴もレンの選んだモノだけは食っていた。ま、それは金髪エルフの個人的な感情からの行動かも知れないけども。
「おおレン、お前にはとっておきを食わせてやるからなぁ」
「さっすが王様だぜ、分かってるぅ」
和気あいあいとした二人の会話。
しかしレンの奴は相当にアラシ、いやフリージア王と仲がいい。
王様、ってのを生で見るのは初めてだから比較対象っていえばゲームでの王様とかになっちまうけども、もう少し威厳っていうか重々しい感じだったと思う。
それに比べると、ここの王様は何て言うか本当に親しみ易い。まぁ、元は俺と同様の二十一世紀世界の住人だからな。
「ほらネジも食えよな」
「あ、ああ」
気が付くとレンの奴が俺の目の前にフォークに刺さった肉を差し出している。これ、食っていいのか? だってこれあいつのフォークだよな? 間接キ○じゃないのか?
「いいから早く早く」
「う、うん」
ええい、ままよ。俺は目の前に差し出された肉をほおばる。
「どう?」
モキュモキュとした食感、程良い肉の柔らかさ、脂が乗っているのか溶けるような味わい。これは──。
「美味いッッッ」
「だろぉ、ビッグボアは牛肉にも負けやしないまさに狩りの王様なんだよな。穫ってきた甲斐があるぜ」
「え、穫ってきた?」
今、何て言った?
穫ってきたってのは、その一狩りしようぜ、的な世界のアレか?
「おおネジ。ビッグボアはな、そこいらの狩人でも狩るのが難しい相手でな、しかも今朝のは体長十メートルもあってな。いやぁ、あんなの一人で狩れる奴はレンくらいのもんだな、はっはっは」
ずい、と前に出て来たフリージア王が豪快に笑い、そしてこの大物を一狩りしてきた赤髪の美少年(偽)に人々は喝采を浴びせるのであった。
◆◆◆
熊みたいなあの大男は護衛役らしく、アラシの「下がっていいんだな」という一言ですす、と出て行った。
「おま、本当にあの……」
「ああ、正真正銘俺っちはクレスト&フラッグのメンバーの一人。アラシなんだな。長い間待ってたんだな、ネジ」
言葉も出ない。
だってそうだろ? 段上にある玉座に腰掛ける小男。ぱっと見何て事のない風采の上がらない中年。それがこのフリージアの王様で、しかも俺がゲーム攻略の為に作ったギルドの一員だっていうんだから。
「でも何でここに、フライハイトにアラシがいるんだよ?
それにお前は確か……」
「うん、そうだな。ギルドにいた俺っちは十八歳だった。うん、それは嘘じゃないんだな」
「じゃあ、」
思わずゴクリと息を飲む。
じゃあ、……やっぱりそういう事なのか。
「ああ、俺っちはこの世界で三十三年間暮らしてるんだな」
アラシ、つまりフリージア王は俺の抱いていた疑問に対して驚く程にあっさりと答えてくれるのだった。
「でもどうしてお前が俺よりも前に来ている?」
「うん、そこいらはどうも俺っちやネジみたいなビジターの送られる時代ってのがかなり曖昧みたいなんだな。俺っち達以外にもビジターってのは意外に多くいて、その内の何百人位には会ったんだけどな──」
何だって、何百人に会っただと? いや、そうか。三十三年間っていう時間を過ごせば、ましてや一国の王様ともなれば俺みたいな奴を捜して顔を合わせるのも可能だろう。
「──来た時代がバラバラだったんだな。古い奴だと数百年前とか二千年前までいたし、数百年後から来た奴だっていた」
「そんなにバラつくってのか?」
驚いた。そんなにもバラバラな時間に飛ばされるのかよ。じゃあ、俺とアラシみたいなパターンは誤差はあるけど凄く珍しいパターンなのかも知れないな。
「しかしだぜ、何で俺を一目見てギルドのネジだって気付けた?」
これが一番の疑問だった。
確かに俺はギルド、″クレスト&フラッグ″を設立したけども、それはあくまでゲーム内、オンライン上での交流だ。リアルでの交流を企画した事もないし、顔だって公開しちゃいない。だってのに、何でアラシは俺を──?
「ま、色々と分からない事は一杯あると思うんだな。だけど今はまずおもてなしをするのが優先、だからまずは昼食に行くんだなネジ。
難しい話はまたそれからでいいと思うしな」
そう言うとアラシは十数段もの階段をいきなり飛び降りる。
おい無茶するなって。怪我する、と思いきや階段はスロープへ変化。そんな変化をしたってのにアラシは全く平然としている。
「さ、行こう。俺っちも腹が減ったんだな」
そう言うとアラシが先導する形で俺はその後についていく。
まだ分からない事だらけだ。だけどとりあえず味方が増えた、それも知り合いだってのには神様、ってのがいるのかいないのか分からないけども、感謝したい気分だった。