城塞都市フリージアその3
「あ、…………」
それ以上の言葉が出て来ない。傍目から見れば俺はきっと、口を開けたまま放心状態だったに違いない。
それは見た事もないような光景だったから。
洞窟の空は天井。ただその高さが尋常じゃない。
さっきまで、ここの上を馬で下っていたから、それなりの高さがある事は分かってた。
でも俺の知る限りじゃ、大きな洞窟の天井ってせいぜいが数十メートルってとこ。
だけど、ここはそんなもんじゃない。
その高さは明らかに百メートル以上はある。
ちょっとした高層ビルくらいなら入ってしまいそうな高さだった。
「ニシシ、どうだよネジぃ? ここってスッゲー天井が高いんだってな」
「あ、ああ……」
レンの言葉にも納得するしかない。ビックリする、とは聞いていたがこれは確かに想像を絶している。
「まぁ、とりあえず街に入ろうぜ。いい加減ハラが減っちゃったからさ」
「そ、そうだな」
「なら僕は先に向こうに行っているぞ。なるべく早く来るように」
ロビンの奴はそれだけ言うとさっさと街へ入っていく。今更ながらな話だが、あいつ結構走るのが速いよな。やっぱりエルフだからだろうか?
「ネジ、早く来いって。置いてくぞぉ」
その声に気付けば、いつの間にかレンはもう前にいた。ったく、どいつもこいつもせっかちな奴ばっかだよな。でもま、
「ああ、分かったよ今行く」
俺も何だか楽しくなってきたんだけどな。
「悪いな、レン。一応規則だからさ」
「いいっていいって、ソレがアンタらの仕事なんだからさ。でもオレ腹減っちゃってさぁ、……なるべく早く頼むよ」
「ああ、分かってる。ちょっと待ってなよ」
レンの奴が何やら親し気に話してるのが見えた。
街に入る前にもう一つ門があった。で、そこに入る前にチェックを受けてる訳だ。
「……」
何の気なしに目の前にある門を眺めてみる。
もっとも流石にあのとんでもない感じの重厚そうな門構えではないが、それでも高さは二十メートルはありそうで結構立派なものだ。
おまけに見張りの数もざっと見で十人はいる。緊張感こそ感じないが、ここまで来るまでに目にした幾重にも渡る防御施設を見れば、ここがどういった歴史の変遷を辿ってきたのか、大まかに分かる。
「待たせたな、入っていいぞレン」
「あいよ、お勤めゴクローさん」
ギギギ、という重々しい、木の軋む音と共に門が開かれ、そして俺は街へ足を踏み入れたんだが。
それを越えたらまず目に付いたのは、
「う、ん。すげえな、本当に」
またも口があんぐりと開いてしまう。
そこにはとんでもない数の樽やら木箱やらが所狭しと置かれている。
で、そのあちこちに多くの人が足を運んでいて、何やら話している。
「なぁ、ここは一体何なんだ?」
「ン、ああ。ここは荷物の集積場だぜ」
「集積場?」
「そ、街の住人がさ、商人とかに欲しいモノを頼んで仕入れてもらうんだ。保存の利く食い物とか工芸品とかをさ、それをここで受け取るんだよ。
まぁ、買い付けはともかく運ぶ事自体は、基本的には運送人が大体ここまで運ぶから、商人が直接、ってのは今じゃあんましないけどな。
お互いに儲かるから、商人と運送人は遠くとの交易じゃ大体の場合、一緒に行動するのさ」
「じゃあ、俺達と一緒だったアレも」
「そ。そういうコト」
そこで浮かんだのはフリージアへ来る際に一緒だった隊商だ。
確かに馬車も荷物も多かった。成る程な、つまり商人からすれば自分の勘や経験のような一緒の博打を打たずに、確実にその品物が欲しい客がいるから、在庫が出たりする可能性が減るって訳だ。
で、運ぶのは運送人、ってのが担当する。
どうして、何だか中世世界ってのも侮れないじゃないか。
「でも凄い人だなぁ」
「だろう?」
そう、驚くのは荷物の量もそうだが、それを受け取りに来る街の住人達の数だ。ひっきりなしに続々と色んな荷物を書類とかを見ながら探して、受け取る。
代金は払ってる様子がない事から察するに、先払いなのだろう。
「だけどさ、いくら何でもこんだけ全部なくなるのかよ?」
ごく素朴な疑問だ。
確かに大勢の人がここに足を運んでいるのだが、だからって一向に荷物は減らない。
何せ、膨大な量の荷物がある訳だし。受け取るたって、一人当たり一個かせいぜい二個。これじゃいつになっても終わりそうに見えない。
「そこはヘーキだぜ。だって大半は近くの農村とかの荷物だからな」
レンの奴はさも当然のようにそう言った。
「城壁の内側にあった集落のか?」
俺の問いかけにレンは、そだよ。と相づちを打つ。
「農村に運ぶ荷物は、明日になったら、運送人がそれぞれ持ち回りのトコに運ぶんだよ」
「それでここがその為の集積場って訳か。こんなのがフライハイトじゃ当然なのか?」
「さぁ、どうかな。そうなのかも」
レンは本当に知らないらしいが、多分他の街でも同じような事をしていると思う。こういうサービスは手広くやってなんぼに違いないからだ。
いや、俺は正直言って感心した。中世風の世界に宅配業が浸透している事に。
何かの資料本で見た事があったけど、中世世界にも一応郵便サービスの一種はあった。それは確か旅芸人だとか、巡礼者に肉屋がやってたんだったか。
中でも肉屋の場合、遠くの街とかに肉の仕入れに行った際に、ついでにそういったメッセージとかを引き受ける。最初期は文字通り口での伝言だったそうだが、製紙産業が発達し始めると、紙にメッセージを書いてそれを送るようになったそうだ。
だから、メッセージじゃなくて荷物を運送する人間がいるのであれば、それを普及させた奴は大儲けだったに違いない。
「ネジ、こっちこっち」
「おお、」
レンが手招きするのでそれに従うと、集積場を出てすぐに店が並んでいた。
「らっしゃい、牛肉の串焼きどうだい? 焼き鳥だってあるぞー」
「うちの店で打ったナイフ、切れ味いいよぉ」
「そこのお兄さん、店に入ってくれたらうんとサービスするわよ」
耳に入るのは、ワイワイとした喧騒。
そんなに広くない通りの左右両側に所狭しと多くの露店があった。
そしてそれをこれまた多くの住民達が見て回ってる。
「どうだよ、活気があるだろ?」
「ああ、本当にな。にしても、ここ洞窟の中だってのにやたらと明るいんだな」
奇妙な事に洞窟の中にあるはずのこのフリージアは、光に満ち溢れて明るかった。俺の中のイメージじゃ、洞窟の中ってのは薄暗くて、僅かな光を頼りに、足元もおぼつかない。そういったものだと思ってた。それがどうだ? ここはまるで日中みたいに明るい。外には夜のとばりが訪れてるってのに。
「確かに明るいよな、理由はさ【苔】だよ」
「苔? あの地面にへばりついてるアレか?」
「そ、ここらの苔は光るんだよ。で、それがこのフリージアってさ、その苔が洞窟内の壁にびっしりとくっついてるから昼夜関係なくこんなに明るいってワケ」
成る程なぁ、苔か。それが一面にへばりついた結果、こんなにもまばゆいって事なのか。いや、待てよ。それじゃ不便じゃないか。そう思った俺は訊ねてみた。
「なぁ、一日中明るいってのは分かった。でもさ、それじゃ寝る時とか困らないのか?」
「あー、それは問題ないぜ。ここじゃあどの家だって窓にゃ分厚いカーテンがあってさ、光が入らないようにするのが普通なんだ」
「へー、そうか」
知らない事だらけだな、本当に。
そんな事を考えてると、いつの間にかレンの姿がない。
「おーおい、ネジこっちこっち」
声に反応して、視線を向けてみると、
「おおレン、相変わらずいい食いっぷりだねぇ」
「だろぉ、だからさ、おかわりヨロシクぅ」
露店の一つで両手にありったけの焼き鳥を持っていた。
左右手にした焼き鳥をリズムカル、に頬張る。
で、本当に美味そうに食べるんだよアイツ。
全くさ、俺まで食いたくなっちまうぜ。
「ネジ、早くこっち来いよ~」
「ああ、俺にも食わせろよな」
で、この後、俺とレンは焼き鳥やら何やらをとにかくたらふく食った。
猛烈な睡魔に襲われて、気が付くとベッドの上だった。
そしてもうあっという間に眠りについた。
かくしてフリージアでの最初の一日は終わるのだった。