始まり
「おいこっち。支援射撃よろ」
「おk」
「回復魔法頼む」
「任せなよ」
四人一組でのいつも通りの連携行動。
まず突撃役のアタッカーが敵の攻撃範囲へ侵入。相手に攻撃をわざとさせる。
狙いは二つ。
敵にわざと手番を与える事でそのパターンを見い出す事。それからアタッカーに相手の攻撃リズムを把握させる事だ。無論、隙があるのであれば攻撃を喰らわせる。
次に支援行動。
まず敵の攻撃でダメージを受けたアタッカーを僧侶が回復魔法でカバー。
その隙を狙わせないように弓兵が狙撃をかける。
狙いは相手の腕や足、深手はいらない。確実にダメージを与え、部位破壊を狙う。
そうした行動を間断無く繰り返す。
少しずつ、だが確実に敵を弱体化
「よし、一気に仕留めるぞ」
で、最後に俺の出番。
俺は特殊ジョブである奏者。
戦闘能力は低めなのだが、その代わり味方全体に様々な効果を持った″曲″を奏でる事で支援をする。
俺が使うハープから音が発せられる。
力の歌、文字通り攻撃力を上げ、さらにはHPまでアップさせる曲でボス戦には必須の曲だ。
そんで時間に換算しておよそ三〇分後。
俺たちはレアモンスターであるレッドベアーを打倒する事に成功した。
おお、流石はレアモンスターだ。ドロップアイテムもかなりのモノだぜ。
どれどれー。
これは、うん俺にはジョブ的に装備不可。鎧は筋力で無理。
盾は、うん。そもそも楽器を持ってる俺には使えない、ってオイ一個も俺に合う装備品がねぇぇぇぇ。
ギルドの仲間は、ああ、良かったな。お前らは使える装備品があるみたいでさぁ。
うん、全然羨ましくなんかないよ、奏者ってホラ、装備品出来る品自体少ないしさ。
全然羨ましくなんかないんだからね。
「でさネジは明日から例のゲームするんだろ?」
「ああそうそう。いいなぁネジ。なぁ……僕と代わらない?」
「ちょっとそれはダメでしょ。アタシらが抽選落ちたからってそれじゃあさ。ネジは気にしなくていいから明日から楽しみなよ」
「ああ、先にあっちの世界で色々調べておくよ。
そんで正式版になったらお前ら仲間に、一気に攻略開始だぜ」
ワイワイとした会話のやり取りはしばらく続き、結局その日は眠気もなくして徹夜しちまった。
まぁ、いいか。
しばらくはコイツらとも遊べないんだしさ。
◆◆◆
「────」
俺はただ無言で集中する──のも限界だ。何せ、
グギュウウウ。
ほらな、生理現象が来ちまった。腹が減っちまったらしい。本当に規則正しいな俺の胃袋はさ。
手元に置いたデジタル時計の時刻は午前十一時もうすぐ三〇分、て所か。そろそろだな。
室内はカーテンを締め切り、一切の光が入らないようにしている。
確か今日は一日快晴だったか、な。
まぁ一昨日の、たまたま目にしたウェザーニューズの週間予報だったから実際のとこどうなんだろうな。
何せ日がな一日俺はカーテンを締め切ったままなもので時間の感覚も、外に出る予定なんかないんだから天気などは気にもなりゃしない。
ピンポーン、というチャイムが鳴る。
お、どうやら頼んどいたピザが来たらしい。
ドタドタ、と小走りで玄関へ向かい、ドアの鍵とチェーンを外す。
「毎度ピザバッドです。ご注文のマルガリータとベーコンチーズ、あとは……」
「ええそれで合ってます、これお金です」
「ああ、有り難うございます。丁度ですね」
「はい有り難うございます」
俺はそう言うとそそくさとドアを閉める。
他人に俺の部屋をあまり見せたくはないからな。
ガチャガチャ、と鍵をしてチェーンを付け、Lサイズピザを二枚手にして部屋へと戻る。
宅配ピザは時間厳守だからいい。
俺みたいな引きこもりに近いゲーム廃人にとって本当に有り難い存在だ。こんなサービスを始めた最初の誰かさん、サンキューな。
薄暗い部屋はここ数日分の脱ぎ捨てた服やら連日のピザ祭りで大量に出た空箱やらが散乱して、例えるならば腐海の様相。
だがこの部屋はそれだけではない。
先日あったコミケで散々買い散らかしたままの二次創作の同人誌がまるで腐海の周囲を取り囲んで石垣みたいに積み重ねられおり、まるで要塞のようですらある。
正直臭う、何かイヤな臭いがする。あとで消臭剤でもまこう。
そんなこんなでも腹ごしらえはしなきゃ、だ。
ここ数日でかれこれ両手の指を超え、一三回目のピザを堪能するとしようか。
あ、そうだ。冷蔵庫だ冷蔵庫。そこには良く冷えた黄金色の缶に入った至高の飲料ことインカコーラがズラリと鎮座しておわす。
プシュ、とプルを引っ張る時に生じる音。
そしてほのかに甘ーいこの匂い。うむうむこれこれ。
「さってとぉ、食うか」
クリスピー生地のピザを一切れ口に入れながら、黄金色の炭酸飲料をぐび、と流し込む。
「ああ、生きてて良かったなぁ」
至福の時だ。
他の連中が俺の事をどう思ったって関係無い。
この瞬間は単調な俺の一日の中で最も幸せな時だ。異論は一切認めん。
結局、昼食と夕飯にしようかと思っていたピザを俺はあっさりと平らげちまった。
うん、我ながらよく喰らう事よ。
さってとぉ、腹もふくれて満足した所で、
ボチボチお仕事にいそしむかな。
俺の名前は、桐碕螺旋。
今あんたら俺の名前が厨二病っぽいとか思っただろ? 実際、よくガキの頃からこの名前のせいで随分とからかわれたよ。
まぁそんなのはどうだっていいか。
年齢は二三歳。
身長は一七二センチ、体重六一キロ。
そこそこの見た目とそこそこの大学出で、そこそこの会社勤めの極々平々凡々な男さ。
そんな俺にとって数少ない息抜きこそがアニメ鑑賞でありゲームの時間だ。
特にゲームは大好きさ。
この数年間でゲームってのも随分とまた様変わりしちまった。
一昔前なら据え置き型のゲーム機にゲームソフトをセットしてってのが王道だったけども、今じゃVRこそがゲームの主流。
VR、バーチャルリアリティ。
バーチャルギア、VRギアを装着して仮想現実世界へ旅立つ。
一〇年前にはこんな装置を付けて仮想現実世界へ送られ、そこでデスゲームに巻き込まれちまうとかいうラノベアニメとかが流行ったよなぁ。
当初は色んな噂だとか、悪評も立ったっけ。
やれ子供にとって悪影響だとか、精神的に未熟なまま過激な刺激を仮想空間で求めるのは危険だとか。
それも今じゃ世界中でおよそ二〇億、全人口のおよそ三分の一近くがコイツで遊んでる。
年間何十兆円もの巨大市場が出来ちまったら、いつしかそういう風評も消えていたっけ。
要するに、世の中の基本は全く変わっちゃいないんだろうな。
多くの金が集まればそれが正義、ってやつ。
これじゃあ、近未来に国家が破綻して企業が支配する世界ってのもあながち空想じゃないのかもな。
時計に目をやると、時間はもうすぐ一三時だ。
そろそろ準備に入ろうかな。
今日はある新作ゲームの先行発表会。
何でもこれまでにない凄いシステムを搭載したゲームらしい。
で、その先行発表会では事前にゲームを予約したユーザーからランダムに抽選で選ばれた奴らが実際にゲームを体験出来るってわけ。
そして何を隠そう俺もそうしたラッキーなユーザーの一人なのだ。
先行体験そのものは二時間後の一五時からなんだが、一三時にゲームでのキャラメイクが開始される。
このようなゴールデンウイーク最大の楽しみがもうすぐ。そう思うと居ても立ってもいられずに、ついさっきまでそのゲームを発表するメーカーの過去作品をゲーム仲間と一緒に徹夜でやってたってわけ。
感想は最高だったぜ。
二年前であのクオリティなら、今回のも期待大だ。
さーてどんなキャラメイクにするかなぁ。
そんな事に期待していた時だ。
ピロリン。
「メールか、……何だろ?」
SNSに書き込みがあったらしい。
俺のよく利用するゲームサイトからだ。
このサイトの情報は信用出来る。
それに無駄な飛ばし記事もない。
キャラメイクまであと二分、チェックするには充分な時間だ。
「さってと、何々……」
その見出しはこうだ。
″本日発表されるゲーム、通称●●についての警告″
おいおい穏やかじゃない見出しだな。
それまさしく俺がやるゲームじゃないかよ。
画面をスクロールしつつ、内容を引き続き確認していく。
「う、ーーーーん」
その記事を読み進めていくにつれ、ガッカリした気分に陥っていく。
これまで信憑性の高い記事を出していたから愛読してたってのにさ。……何だよこの記事内容は。
これじゃつまんねぇ煽り記事じゃないかよ。
何がこのゲームには開発段階で色々と問題があった、だよ。
もしもあったなら発売延期だろそんなのさ。
「はぁ、もういいや」
はぁ、と深いため息をつく。
丁度一三時になった。
何か嫌な気分になっちまったけど、キャラメイクするかな。
そうして俺は若干の戸惑いを覚えつつ、キャラを作成。
そして後は実際にプレイするだけ。
一分前、VRギアを装着し、その時を待っていた俺に一件のメールが届く。
「なんだ、えっと、ゲームプレイ前の最終チェック? ったく、何なんだよぉ」
メールはメーカーからだった。
体験前にゲームにおける様々な制約の確認をしたいらしい。全くさ、今更だな。
「ったくめんどうだ」
俺は即座に画面をスクロール。迷わず同意する、を選ぶと選択する。
すると目の前の画面に変化が起きた。
眩い光が輝き、景色は一変。
「おお、どうやら始まるみたいだ」
一面の青空が広がる。何だ何だ始まったみたいだけど何だこれ? すっげぇキレイなグラフィックだ。まるで本物みたいだし、眼下にはこう何だかまるで引き込まれるような風景が広がり、そして。
「ァ、あれ? 落ちてるのか?」
急速に地面が近付いていく。なんだよ妙にリアルだよなコレ。まるで墜落してるみたいに………おいおい。リアルにも程があるぞコレ。
「ちょっと待てってば」
あ、ダメだ。止まらない、落ちる。
いきなり死ぬ、のか。冗談キツいぜ。
そしてそこで意識が途切れた。
まぁ、……これが俺が″フライハイト″に来たキッカケだったんだと思う。
この時の俺は知るはずもない、ここから先、本当に命懸けの日々が始まるなんてさ。