城塞都市フリージアその1
「うっわ────」
俺は目の当たりにした光景に思わず息を呑んだ。
小さな、寂れた村? 馬鹿を抜かすな、とんでもない。
「ニシシ、ビックリしただろぉ?」
レンの奴が楽しそうな表情でこちらを見ているが、悔しいけどその通りだ。俺は心からビックリしている。
何せそこは途方もなく巨大な一つの城、の敷地だったのだから。
レンの奴が俺をこんな丘の上にまで招いたのは、フリージア、っていう場所がどういったモノなのかを一望させる為だろう。
とりあえず分かる範囲で言うのなら、俺達が入った門からは上下に道が分かれていて、下へ向かう道がどうやら街に繋がるらしい。
で、上に向かうこの道だが丘の上からさらに大きな丘がそびえており、立派な城がそこに建っている。
「えーっとねあの城が【フリージアの大キープ】。まぁ要するにこのフリージアの要。それからここからじゃ見えないけど、その後ろには教会と灯台があってそこがフリージアで一番高い場所になるんだ」
レンの声が弾んでいる。
まぁ、でも気持ちは分かるかな。何せ凄い光景なんだから。
こんなデッカい城がでーんと存在してるだけでも驚きだってのに、これまた巨大な城壁がぐるりと恐らくはフリージア全体を囲んでいる。
でその城壁だが、大キープ、要するに日本の城でいう所の本丸、または天守閣の周りにもある。
城壁にも規則的に矢倉みたいなものが建っていて、そこには幾人かの兵士の姿が見える。
「……とんでもない城だな」
「でしょ?」
レンの後に付いて行く。
そしてここの立地だが、ほのかに潮の匂いがしたのも当然で、フリージアの周囲は海だった。ここはいうなれば突き出した半島、みたいな地形らしい。
つまりはここを攻めるには海からか、もしくはさっき通った門の二種類ある訳だが、海はかなり波が荒い。その上、海からこっちに来ようにも遠目からだから確信は持てないけども、かなり険しそうな崖だ。ここを登るのは相当に危険に違いない。
これじゃちょっとやそっとじゃ海からの侵攻は困難だろう。つまり選択肢は絞られる。
ならば、城門からの場合だが、これもまたかなり困難だろう。
相当に分厚く頑丈そうな門はちょっとやそっとじゃ突破は困難だろうし、門を囲むように城壁がある。どう見ても門の突破を試みる敵を迎え撃つ狙いの設備で防備を固めている以上、敵はハリネズミになっちまう事だろう。
相当に守りの堅い城だ。これを陥落させるのは相当に難しいに違いない。
「なぁレン? 聞いてもいいか?」
「んん? 何でも聞きたまえよ」
「これは一体どういう訳なんだ?」
「……どーゆー意味?」
「いや、俺の地図が古いのはよく分かった。でも、その古い地図になかったこんな城塞都市が今は存在する。
…………何かそうなった理由があるんだろ?」
俺は訊ねながら、だけどその理由については見当が付いている。だってそうだろ、考えるまでもない事じゃないか。
「理由は簡単だよ、前にこの一帯で大きな戦争があったからだよ」
レンの奴は平然とした顔でそう言った。
地図と今の現状を見比べれば一目瞭然だよな、昔は寂れた村しかなかった場所。
それがどうだ、今やかくも荘厳にして巨大で堅牢そうな城塞都市になっている。
もしも平和な時代であるのならば、理由もなくこんな堅固な城を作るはずもない。
つまりここで大規模な戦争が行われた、もしくは緊張状態に陥り、この地が要衝となったからこそ造られた、と考えるべきだ。
「前に、ってのはどの位前の事なんだ?」
この質問は今、フリージア周辺がどういった状態であるのかを知りたいからこそだ。
戦争があったのがどの位前なのか、それによって今ここがどういった立場にあるのかも推し量れる。
「う、んとね。確か三十年位前じゃなかったっけ?」
レンの奴は確か十九歳らしい。生まれる前の事だからか、少し自信なさげに誰かに訊ねた。って誰だよ? 誰に聞いたんだ今?
『正確には三十三年前の事だ、この地でおよそ数百年振りに大規模な会戦が行われたのはな』
そうだった、金髪エルフことロビンの奴は確か″風の加護″だか″恩寵″とかを受けているらしく、他者よりも耳が利く上に、遠くにまでこうして″声″を届けられるんだっけ。
『双方合計およそ五万もの軍勢が激突。多大な死傷者を出した凄惨な戦いだったな』
五万、かぁ。確かにそいつは凄い。
ん? あれ──待てよ。今金髪エルフの奴、何か変な事を言わなかったか?
多大な死傷者を″出した″って言ったのか?
「おい金髪エルフ、出したって妙な言い草だな」
『何がだ?』
「だってそれじゃまるで、その現場で一部始終を見てきたみたいな言い方じゃないか」
『何を言っている。僕はその会戦に参加したのだから当然知っているに決まっている。底抜けの馬鹿なのか貴様は?』
は? 見たのかよ。だって三十三年前だぞ?
どうして?
「ネジぃ。ロビンの奴はエルフなんだぞ。オレ達よりかずっと長生きなんだぞ」
常識だぞ、とでも言わんばかりの物言いだが、そういや確かにエルフと言えば俺の知識じゃファンタジーの設定だけど、人間よりも長寿なのが定番だよな。そうか、なる程な。ゲームとかの設定も案外正しかったりするもんなんだな。
じゃ待て、ロビンの奴は一体何歳なんだよ?
「おい金髪エルフ……」
『貴様、ふざけたその呼び名をただちに改めろ。それで一体何の用向きだ?』
「いやさ、お前一体何歳なわけ?」
『くだらん質問だな。三百二十五歳だが何か問題でもあるか?』
「さ、三百以上かよ…………ジジイだな」
『貴様、僕を愚弄するか。いいだろうそこにいろ。その口をすぐに矢で射抜いてやろう』
うん。脅しには聞こえない。ってかあの金髪エルフなら本気でやりかねない。今にもどっかから矢が飛んできそうだ。
「アッハッハ」
そんな中で、レンの奴と言えば俺の横で脳天気に笑ってらっしゃる。おい他人事かよ、まぁ確かに俺達は他人だけどさ。
「ロビンはまだまだ子供だなぁ」
しかもそんな事言ってやがる。三百歳オーバーの相手に対してその言葉はどうなんだ。
『う、レン、それは……』
「おい金髪エルフ──」
『──黙れ有象無象!』
しかしあの金髪エルフめ。レンが相手だと露骨に態度が違うな。俺が同じ事を言ったら間違いなく激怒して罵倒してくるだろうに。
レンの奴は、と言えばそんな事お構いなしに気楽に笑いながら、「だって前に言ってた。オレ達みたいに人間に換算したらロビンはまだ十六歳位なんだってさ」
とまぁ、軽い感じで爆弾を投入しやがった。
ってか、十六歳だと?
ってことは二十五歳の俺は当然だとして、レンよりも年下って事か。
ああ、なる程。何となく分かったぞ。レンの奴が金髪エルフをどう思ってるかが。
「でさロビン、こっちにさ」
『分かってる。今そっちに向かってる』
「あいよ。さっすがロビン」
ああ、これは間違いない。レンはロビンを弟分みたいに思ってやがるんだ。つまりはロビンが自分に対して寄せる感情を恋慕だと思っちゃいない訳だな。
まぁ、確かにレンの奴は鈍そうだよな。
「でさ、大キープ、まぁ王宮には明日行く事になってるんだけど」
「え、そうなのか?」
「そ、だから今日はフリージアの街を案内してやるからな」
アッハッハ、と笑いながら背中をバンバン叩く。
うん、こいつは良くも悪くも姐御気質っていうか男前な奴だもんな。まぁ、頼ってもいいか。
「ああじゃあ頼む」
自然にそう言った事に自分でも驚いた。向こう側じゃ、自分よりも年下の女の子にこんな言い方はしなかった。
何て言うか、恥ずかしいって思って言えなかった。
こっちに来てまだ数日。最初はゲームだと思い込んでた訳だが今は違う。もうここもまた現実なのだと受け入れている。
「お、随分素直じゃないかねネジぃ」
「うっせ」
互いに笑い合う。
ああ、何だろうな。人と話すのって案外楽しいもんなんだな。
『貴様ぁレンと馴れ馴れしくするな』
金髪エルフの声が聞こえ、目を凝らすと何やら馬を引き連れた金髪の姿が見える。
さて、どうしよか。俺は少し考えて、意を決するとレンの奴へ向き直る。
「あのさ、レン」
「ん? 何、改まって」
「その、俺に乗馬を教えてくれないか?」
どの道つまらない意地を張っても無駄だ。恥はさっさとかけばいい。
知らないなら教えてもらえばいいんだ。
そして赤髪の少女はと言えば、「オッケー任せなよ♪」そう言うと、ニカッと笑うのだった。