フリージアへ
恐るべし赤髪の戦闘狂ってかレンの一人無双をこれ以上なく見せ付けられ、哀れなゴブリン達の末路を見届けた後。
北へと向かう隊商は何の被害も被る事なく無事に出発した。
「フンフーン♪」
馬車内の俺の横には上機嫌で何やら鼻唄らしきモノを歌う戦闘狂がいる。
その横顔はまさしく美少女、のものにしか見えないのだけど。同時にフラッシュバックするあの光景。
(およそ数十分前、峠の上)
「……………………」
「よ、ようやく来た来た。もう終わったぜ~」
その光景を前にして、俺やロビン、それから警護の連中全員が黙り込む。
ゴブリン達の強襲から始まったそれは、戦闘、とは到底いえないような一方的な展開のまま終結しつつあった。
哀れなゴブリン達はその大部分が赤髪の戦闘狂に容赦なく蹴散らされていた。
これでも俺達は一人突出してゴブリン達の群れに突っ込んだままそのまま姿を消したレンにもしもの事があったら、という思いで坂道を走り抜けて来たのだが…………。
山頂、は凄い有り様だった。
死屍累々とは文字通りこういう光景だろうか。
そこには数え切れない程のゴブリン達がぶっ倒れていた。大多数は既に事切れているのだが、一部はまだ息があるのはどういう事だろうか?
で、肝心の赤髪の美少年(女)はと言えば、積み重なるように倒れてるゴブリン達の上に腰掛けてやがる。
「ふふん。どうだぁ」
いや、お前はどこのバーバリアンだ。
それに何だそのドヤ顔は。
ここに至る状況を知らずに、ここだけ切り取って見たら悪役はどう見てもお前だぞ。
「全く相変わらずだなレン。少しは力加減を考えろ」
はぁ、ため息混じりに言葉をかけるのは金髪エルフだ。
そういやコイツだけはわりかし冷静な様子だった。
付き合いが長そうな感じだから、この惨状にも驚かないってトコか。気に食わないヤツだけど今は別だ。いいぞ、もっと言え。
「ええ、いいじゃんか。オレが動いた方が早く終わるんだしさぁ。その方がおっさん達が被るかも知れない被害だって軽減出来るんだしさぁ」
「まぁ、それはそうなんだが……」
オイコラ、金髪エルフ!
へたれるのが早過ぎだ。もう少しは何でもいいから粘れよ、オイ。
「あー久々にスッキリしたなぁ、もっと出てくればいいのになゴブリンちゃん♪」
俺はその顔を生涯忘れないだろう。
ゴブリン達の緑色の返り血にまみれた、恍惚に満ち満ちた赤髪の美少年(女)の表情を。その凄惨な光景を俺は決して脳内メモリから削除する事は出来ないであろう。
そんな事を思い返す内に、徐々に馬車の速度が落ちる。そしてしばらくして止まった。
「ん、何だ?」
「あ、フリージアに着いたんだな」
レンはバサッと幌をまくる。
そして俺の目に飛び込んで来たのは、関所のようなモノ。そして、列を為すたくさんの馬車やら荷車。
後ろへと振り向くと無数の櫓らしきモノが見える。
「ネジ、オレ達は邪魔になるからさ。ほらほら馬車から降りろよな」
「あっ、つッッ」
ばっしん、と背中を叩かれ、思わず立ち上がった俺は馬車から降りた。というより飛び降りた。
「アッハハ、今のそんなに痛かったのかよ。だらしなさすぎだぞネジ」
レンは心底から楽しそうな笑みを浮かべつつ、よっ、と言いつつ馬車から降りた。
「お前なぁ、もう少しは加減ってモノをしろよな」
ジンジンとした痛みがまだ残ってる。
あいつからしたら挨拶みたいなものかも知れないが、半端なく痛い。ったく、あの小柄で華奢そうな身体の何処にそんな馬鹿力があるんだよ。
ん、何だが嫌な視線を感じる。
思わず振り返ると、金髪エルフことロビンの奴がこちらを凝視している。
うう、何だよお前も。何でそんなに恨めしげにこっちを睨む?
お前、レンに背中を叩いてほしいのかよ。
ああもう、面倒臭いヤツばっかだな本当に。
「それにしても、スゴい列だなぁ」
これは率直な感想だ。それに何だが妙な気分でもある。
あのおっさんの率いる隊商の馬車以外にも多くの馬車や荷車が並ぶその様は、フリージアって地図にもハッキリ書かれないような場所にはハッキリ言って似つかわしくないように思える。
「ネジ、こっちこっち」
レンの奴が手招きしているので素直に従う。
近付くとよく分かる。少し小高い丘の中腹にあるこの関所はかなりしっかりとした作りだ。石造りの柱と巨大な門。馬車とかの荷物は大きな門から、通行人は小さな扉から行き来するらしい。
で、櫓らしきモノ、というか櫓は点々と周囲にあって、一帯を睨んでいる。
どうもセキュリティがしっかりしている感じだ。
関所以外から入れないのか、と言えばそれは難しそうだ。何せ左右は壁に覆われてる。高さは多分二十メートルはあるだろう。
壁にも人の姿が見えるので警備の兵士か何かだろう。
「本当に小さな町なのかここは?」
それが率直な感想だった。
「ふん、今からそんなに驚くのなら、この先もっと驚く事だろうさ」
金髪エルフが横から言ってくる。
「ロビン、少しは仲良くしなよ」
レンが呆れたように、たしなめるように言う。
「ま、いいけどさ。ネジ、コレを持っとけよ」
「ん、何だこれは?」
レンに手渡されたのはペンダント。どうやら硬貨に穴を開けたモノみたいだ。
「街の住人が皆持ってるモノ。これがないと門から先には入れないんだぜ」
「通行証みたいなもんか、分かった」
うん、やっぱりだ。
フリージアってのは寂れた小さな町とは思えない。
それともこれ位がフライハイトじゃ底辺だってのか?
だとしたら凄すぎるぞ本当に。
「硬貨を見せて、それから名前を」
関所にいた兵士が俺に声をかけてきた。
いつの間にか俺の番だったらしい。
「あ、ああこれだろ? 名前はネジ、だ」
さっき渡されたペンダントを見せる。
兵士は硬貨を眺めて、何やら紙に書いている。
「いいよ、ようこそフリージアへ」
そう言うとニコリと笑う。
開かれたままの通行人用の門から入ると、そこにあったのは…………石で造られた砦らしきモノに階段。しかもその段数は結構なモノだ。
「おーいコッチコッチ」
レンの奴の声が上から聞こえる。
おいおい何だよここは? 色々入る前からビックリしっぱなしだぞ本当に。
「ん、この匂いは……」
それに、風と共に鼻に届くのは磯の香りか?
ほのかだけど間違いない。
そう言えば地図だと海が近くにあったはずだな。
「はぁ、はぁ」
「お、来た来た」
階段の中間まで歩くと息が切れる。そしてレンの奴がそこで待っていた。
すると中間から下の風景が見えた。
それは無数の集落らしきもの。
田畑が見える事から農村だろうか。
ただ、それは俺の知識にあるようなのんびりとしたのどかな農村とは違う。
何故なら、その集落を覆うように堀らしきモノがあり、さらには入り口にはそれぞれ門。
それに今分かったが、無数の櫓らしきモノはそうした集落の中間に点在していた。かなり厳重な警備体制だといえる。
「ここは何なんだ?」
あの地図は当てにならない事が分かった。
どういうつもりかは知らないが、てんでデタラメだ。
レンは悪戯っぽく笑いながら、
「へっへ~、ちなみにネジの地図にある小さな村はここから見えるいくつかの集落の一つだよ、確か」
サラッととんでもない事を言いやがった。
「は?」
我ながら間抜けな返事だと思うけど、これが本音なのだから仕方がない。どういう事だ? 地図にあった村は、フリージアじゃないのか?
「まだ分からないのか、確かにその地図は正確だよ。ただし、それは今から数十年前の、という意味でだがな」
「は?」
ロビンの奴の言葉に二度驚く。
数十年前? 意味が分からない。
じゃあ、この地図は一体何だと言うんだ?
「まぁ、とりあえずは街に入ってからにしようよ。
細かい話は、街に入ってからでもしてもらえばいい」
「してもらう? お前にじゃなくて?」
「そうだよ。何せネジが来るコトを予測したヤツがフリージアにいるんだからね。さぁ、行こうぜ」
ニッコリと笑いながらレンは、困惑を隠せない俺に対して手を差し出す。
「…………」
そして気付くと、俺はその手を取っているのであった。