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ある池にて

 

 レンと、そしてあのクソムカつく金髪エルフのロビンに言われた言葉は思ってた以上に俺の中の何かに響いたらしい。


 あの後、俺は何も言い返す事も出来ずに、そのままその場から立ち去った。逃げ出す気力も湧かずに、トロトロとした足並みで。


(くっそ、くっそ、くそッッッッッ)


 情けない、心から思った。あれだけ言われたってのに。言い返せなかった自分に腹が立つ。


 用意されていたテントに引きこもると、何も考えたくなくて目を閉じて寝ようとする。嫌な事があったら昔からこうしてふて寝する事でやり過ごしていたものだ。

 今はとにかくも寝よう。こんなグチャグチャした気分を変える為にも、そしてが覚めたらあの金髪エルフ野郎に何か言い返す言葉を考えよう。





「ん、んん」


 ふと、目を覚ます。


 懐中時計を取り出して時間を見てみると、時刻は夜の十一時。この時刻がどの程度正確なのかは判断に苦しむ所だが、外に出てみると、空は真っ暗。大まかには合っているように思える。


「そういや、喉が渇いたな」


 今更ながら何も食っていない事に気付いた瞬間、グギュルル、と盛大に自己主張してきやがる。ったく、我慢しろよ。


「うう、寒いな……」


 思わず身体が震える。

 この前は必死で自覚していなかったのだが、地図で見た限り、そしてレンの話を聞く限りはこの辺りは大陸でも北の方に当たるらしい。

 今は緑豊かではあるのだが、間もなく冬が来るらしい。だから日中が割と温かくても、夜間はかなり冷え込むんだそうだ。


 とは言えど、まずは喉の渇きが優先だ。腹が減ってもすぐには倒れたりはしなくとも、喉の渇き、というのは自覚した時には何パーセントだか水分が失われた状態らしい。放っておけば深刻な状況にもなるらしいし。


 とりあえず空っぽの水袋を片手に外を歩いてみる。


 日中見ていたがここいらの木々はかなりデカい。水が足りなきゃこんなに育ちはしないはず。だからそこいらを探せば必ず川か何があるはずだ。


「うわ、しっかし、本当に危ないよなぁ」


 ついほんの数日前までなら夜がこんなにも暗いだなんて思いもしなかった。

 確かに日が落ちれば空から光が消えて、暗くなるのは当然の事だと思う。


 だけど俺の知っている夜の暗さなんてのは実の所は全然大した事なんかなかったんだ。

 向こう側じゃ、暗いっていっても余程の山奥にでも行かなきゃ街灯とかが立っていて、周囲を照らし出してる。それが如何にか細い光であろうとも、少なくとも今みたいにほんの三歩先すら不確かなんて事には陥らないだろう。


「うおっっ」

 何かに足を取られ、前のめりに倒れる。

「く、っ何だよもう」

 手で周囲を探ってみると何かの出っ張りみたいな、恐らくは木の根っこのような物に突っかかったらしい。

「はぁ、くそ」

 ゆっくりと起き上がり、服に付着したであろう土を払い落とす。

 何も見えない、っていうのがこんなに不便だとは今まで思いもしなかった。


「つ、ったく」

 気を取り直して周囲を探りながら歩くのを再開する。

 出来るだけ目を凝らし、慎重に周囲の木々を手で探りつつ、一歩、また一歩と歩を進める。


 しばらくすると、この暗闇にも目が慣れてきたらしい。少しずつだけど周りも見え始める。

 そして見える事で多少の余裕も出来たのか、微かながら水の流れる音が耳に入った。


「あっちか?」


 そうして、パキパキと足元に落ちてる小枝や葉っぱを踏みしめながらしばらく歩いていくと、目の前には小さな小川があった。


「よっし水だ」


 小川の水はひんやりしていて、顔を洗うと気が引き締まるような心地だった。

 手で水をすくい、口へと運ぶ。水道水とは違う何ていうか喉の通りが良くてなめらかな口触りだ。


 水袋に水を入れているとチャプ、という音が聞こえる。何かいるのか? 気になった俺は音が聞こえた方へ歩き出す。

 すると小川の先にあったのは池。いや、池というにはサイズがちょっと大きい。まるで湖のようにも見える。


「う、ん……誰かそこにいるのか?」


 探るような声を出しつつ、俺は音の方へと歩いていく。そしてしばらくすると小さな岩場みたいな場所が見えてくる。へぇ、こんな場所もあるんだな。


「よいしょ、っと。……うん?」

 岩場はまるでプールか露天風呂みたいな趣きだ。

 結構大きい場所でこれなら百人位入れそうに思える。


 そしてピチャ、とまた水の音がした。

 すぐそこだ。


 丁度月明かりが周囲を照らし出す。

 そうして俺は目にした。


「あ、」


 言葉が出ない。

 それをどう例えればいいんだろうか。


 何処か現実離れした、そう、幻想的な美しさだ。


 そこにいたのは水浴びしている少女の姿。


 長く伸びた、まるで炎のような赤い髪をした、一人の少女の姿であった。


 足が止まっている。

 逃げなきゃいけない、そんなの分かり切っているってのに。

 パラ、と岩の欠片が池へ落ち、ポチャと音を立てる。


「ん、?」


 少女がこちらを振り向く。

 そして、「何だネジじゃないか、オレに何か用なの?」とあっけらかんとした口調で話しかける。


「れ、レンなのか?」

「そうだけど。何を驚くワケさ?」

「え、────うわっっっ」


 俺は足を滑らせ、池へとダイブ。

 ドッバン、と水飛沫を盛大に上げながら落ちた。


 ブクブク、と意外と深い池の中に沈み込みながら、


(いやいや、待て待て。意味が分からない、レンのそっくりさんか。そうに決まってる、だってあれは女の子だぞ。じゃ何故俺をネジ、って知ってた? そうか双子だ、そうに違いない。レンには自分とそっくりの容姿をした妹か姉がいるに違いないそうに決まってる)


 俺はそんな結論を出すに至り、沈んでいった。

 あれ、沈んじゃ駄目なんじゃないのか?

 この池、思った以上に水深が深いなぁ。



「ぶがはっっ」

「なにやってんだよアンタ──!!」

「ハァハァ、はぁはぁ。ありが、とうっっっ」

「ん、どしたの?」


 俺はレンの奴に引き上げられていたらしい。

 本当なら心からの感謝を込めた言葉を返すべきなのも分かる。でも今は無理だ。だって、面と向かって話しかけられない。

 その、助かったけれども、頼むから今すぐ服を着て欲しい。堂々と一糸まとわぬ姿をさらけ出すのは色々とキツいから勘弁して欲しい。

 でも、それを俺が言わなきゃならないのか?

 何だろう、目の前に異性が、男がいる状況下だというのに何でアイツはこうも堂々と真っ裸なんだろう。


「と、て言うかだが、レンお前……」

「何だよ?」

「お前本当にレンなのか────ぶぐぁっっ」


 言い終わるや否や、俺は再度池に沈む事になるのだった。




「ったく、言うに事欠いてオレの事を疑うなんて最低だよネジ──」


 ジトリ、とした目で俺を睨む赤髪の美少年もとい、美少女ことレン。

 目が覚めると流石にレンの奴も服を着ていた。


「──どっからどう見たってオレは女の子だし。そうだろ?」

「…………」


 レンの奴はまだお怒りらしい。

 にしても怒るポイントは真っ裸を見られた事じゃなくて自分の性別を疑われた事なのかよ。

 だけども、妙な気分だ。

 今、目の前の岩に腰掛けているレンの服装は黒のキャミソールみたいなモノにホットパンツ、だろうか……とにかくそういう薄着。この寒気がする夜に、外でする格好じゃない。


「ちょっと黙るなよなぁ」

「…………」


 それに、だ。

 そのレン、のヤツ。妙に色気を感じる。いや、じっくり見たワケじゃないぞ。ただ思ったよりもその、ついぞさっきまで男だと思い込んでた相手が本当は女の子だって事に俺はどうやら動揺しているらしく、心臓の鼓動が激しくなるのが分かる。


「全く、しっかりしろよな」


 いやいや、動揺させた本人が言うな。

 何で見られた事については全くご立腹じゃないんだよ、お前は。そこはそう、変態だの、見ないでよ、とか言って恥じらったりする所じゃあないのかよ、おい。

 だけどまぁ、何か言わなきゃ駄目みたいだ。

 スッゴい目でこっちを凝視してるものな、あいつ。


「悪かったよ、……その間違えちまって」

「何を?」

「その、お前の事を男だとばかり思ってから」

「別にいいよ、これでも一応隠してるんだしさ」

「隠してる? 何でだよ────」

「きっさまぁああああああああ」


 ザパアアアアアアアン。


 物凄い怒声と共に俺は勢い良く吹っ飛んで池に沈んだ。沈みながら水面からは金髪エルフがこっちを睨み付けるのが分かる。

 で、気付いたよ。何でコイツが俺を嫌ってるのかをさ。そういう事かよ、だけどな、お前は後ろに気付くべきだぞ。濡れた赤髪の美少女が飛び上がって今にもドロップキックをかますつもりだぞ。


 あーあ、お前もこれでびしょ濡れ確定だな。


 で、レン。お前は何ちゅう顔をしてやがる。その嬉しそうな顔を見てたら、何かもう……細かい事は気にならないじゃないかよ。


「アッハハハハハ、バーカ♪」


 破顔一笑、心の底から笑ってらっしゃるぜあいつ。

 色々と考えるのが何だかもう馬鹿らしいよ、全く。

 だから、さ。

「く、ははは」

 池から顔を出した俺も笑う事にしよう。

 せっかくこんな気分なんだ、なら笑える時に笑っちまおう。


 その夜。俺はこの世界、フライハイトに来て初めて笑った。

 もう何年か振りに。

 そうだ、受け入れよう。いくら現実離れしていようが、これが今の現実なんだから。


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