野営地にて
野営地、ってのに着いて馬車を降りた俺は驚いた。
そこにいたのは十数台の馬車に数十人もの人。
まるでちょっとした村みたいな人数が、こうして動いていたんだ、と思うと何だか凄いな、と思ってしまう。
「おお、あんたがレンの奴が連れて来たとかいう客人だな」
「ん、ああどうもです」
声をかけてきたのは一際身なりの整ったおっさん。
多分、責任者だろう。恰幅がいいし、何より堂々とした態度だからだ。
おっさんは両手を広げながら、朗らかに笑いながらこっちへ歩み寄って来ると、すっと手を差し出してくる。
ああ、握手か。こっちも手を差し出して手を握る。
おっさんはしげしげ、と俺を眺めながら、「しっかし、本当に強いのかねぇ?」とか言う。
「へ? 強い?」
おいおいこのおっさんは何を言ってるんだ? 俺は自分が強いなんて誰にも言ってないし、そもそも強いはずもないってのに。誰がそんな大嘘を…………、
そこにふぁさ、とした音が耳元で聞こえ、赤い髪が横目に入り込む。
「ああ勿論だ。ネジはそう見えてかなり腕が立つ。それともオレを信じられないの?」
いけしゃあしゃあと言い放つ赤髪の美少年。
おい……いたよ犯人が。サラッと言いやがったよ本人の目の前で。ったくレンの奴どういうつもりだよ。こんな嘘つくなんて。
「そうかそうかレンが言うなら間違いないな。いやネジ君だったな、まぁ宜しく頼むよ。ハハハハ」
納得したのか、おっさんは豪快に笑いながら離れていく。何か知らんが良かったのか、な?
にしてもだ。
「ふぃー、ヤバかったなネジ」
レンの奴はしれっとした顔で話しかけてくる。
いや待て。そもそもヤバいも何もない、原因は俺じゃなくてレンの奴だぞ。
「あ、なんだネジ?」
気が付いたら、レンの手を掴むと、歩き出す。
すると少し離れた所に腰掛けられそうな岩がある。周囲には人もいないらしくここなら好都合だ。
俺は岩に腰掛け、レンにも座るように促す。
「おいレン、何嘘ついてるんだ? どういうつもりだよ?」
早速食ってかかる。冗談でも質が悪い。
「ん、何がだよ?」
赤髪の美少年はキョトンとした様子で聞き返す。
その瞳もまた髪の毛と同じ赤い、まるでルビーみたいに綺麗だ…………。
うっ、何か知らんが一瞬ドキッとした。
おい待て、何をドギマギしてるんだ俺。相手はレンだぞ。何を考えてるんだよ。
いかんいかん冷静になれ俺。そっちの気はないだろ。
目を閉じて、とりあえず深呼吸しよう。気分を落ち着けて、それから話を戻すとしよう。
「何が、じゃない。どうしてあんな嘘をつくんだよ?
……俺が強いだなんて」
そうさ、嘘はやめて欲しい。自分でつく分には構わない。けどな他人に俺の知らない所で勝手な嘘をつくのはよして欲しい。
「ネジは強いじゃないか。リーパーとの戦い見てたんだからオレには分かるよ」
レンの表情は相変わらずキョトンとしたまま。
さも当然みたいですらある。
待て、リーパーってあの化け物みたいな奴の事か?
あれは違う、何が違うのかはサッパリ分からないけど、とにかくあれは違う。
「いや待て。ちょっと待て。あれは何かの偶然だ。
だって俺は一回────」
言いかけて、そこで俺はハッとなる。
そうだ、俺は死んだはずだ。
確かに刺されたはず。刺されて、倒れて、何かが消えていくのを感じたんだ。ついさっきまでゲームだから、だから何らかのリセットとか何かみたいなモノ、或いはバグの一種なのだ、と漠然とそう思ってた。
そうこのゲームはまだ正式バージョンじゃないから何らかのバグなんだ、そうに違いないって。
だってそうだろう?
俺はゲームをしていたはずなんだからさ。
そうだ、俺は何処かで気付いていた。
これはゲームなんかじゃないんだって。
考えないようにしていたんだ。
いくらリアルに作られようとも、ゲームキャラが走った後に実際に息切れするはずがないんだ。心臓の動悸が激しくなったりしないし、草木の匂いなんて嗅ぎ取れるはずがない。
本当はもうとっくに気付いていたんだ。
いくらVRゲームが著しく進歩しているからって痛覚なんて感じちゃマズいって。
ましてや、あんな…………″死の感覚″なんてモノが何かの演出だなんてそんなはずがあるわけがない。
ぞぶり、とした刃先が自分の体内に入り込むあの不快な感触。臓物を抉られ、刺し切られる痛み。どくどくと溢れ出す多量の血潮。
あんなのはもう勘弁、二度とゴメンだ。
「ん、どうしたん?」
「う、わっっと」
気が付くとレンの奴が訝しそうな表情で俺を覗き込んでいた。
「ちょ、何だよレン」
「何だよ、じゃないよ。ネジがオレをほったらかしにして何か考え込んでいたんだぜ? ったくもうさぁ」
あーあ、と大仰な声を出しながらあくびとのびをする赤髪の美少年。
分かったよ、俺が悪かったよ。だからそんな俺を咎めるような目で見るなっての。
ええ、と何を話してたんだっけか、……そか。俺が強いだの弱いだのって話しだったな。
「ああ悪かった。で、さっきの話の続きなんだが、」
「さっきの? 何だったっけ?」
おいレン。お前から話を振ってきた癖に忘れるなよな。
「ったく、俺がどうして強いんだって事だよ。
見てたんだろ? その、俺が刺されたのをさ……」
そう言いつつ、革の鎧をさする。その場所には確かに何か鋭利なモノが開けたらしき傷がついている。
そう、間違いなく俺は刺されたんだ。
そして意識を失い、死んだはずだ。
じゃあ何故今俺は生きているんだろう? 駄目だ考えれば考える程にワケが分からなくなっていく。
そんな思考の迷路にはまってしまった俺に赤髪の美少年は言う。
「見てたよ。いやぁ凄かったよなぁ、ネジの【特典】はさ」
「え?」
その言葉には本当に、心からの感嘆がこもっているのが分かった。今あいつは何って言った? 確か……、
「今さ、ギフト……って言ったか?」
「ああ言ったよ」
「……何だよそれ?」
「ギフトはギフトだよ。アンタが持ってる、持つべき力のコト」
「…………」
どうも妙な感覚だ。
特典という言葉に、どうにも引っ掛かりを感じる。俺がやろうとしていたゲーム。
その試作プレイの前に、その文言があった。
[ゲームの難易度を上げればその分、貰える″特典″も良くなるかも知れません]
そんな事が書いてあったはずだ。
でもそれはおかしな話だ。だってここが現実だというのなら、あの文言は何の意味も持たないはず。
そうだよそうさ。多分、気のせいに違いない。
特典なんてよく考えればありきたりなサービスじゃないか。うん、そうだよ。
「おーいネジ君、」
そうさ、気にし過ぎに決まってる。
「起きてるのかなぁ? おーい」
全く、紛らわしい言葉だよ本当に。
「ちょ、…………はぁ」
ん、今……何かため息みたいなモノが聞こえたよーな────、
突如ガツンとした衝撃が俺の世界を揺らす。
「うおおっっっっ、いってぇぇぇぇ」
気が付くと叫び声をあげながら、俺は頭を抱えてうずくまる。何が起きたのかを知るべく頭を上げる。
「あ、ようやく気が付いた。全く困ったちゃんだな~ネはさぁ」
レンの奴がドヤ顔で俺を見下ろしていた。
ああ、大体分かった。どうも俺はど突かれたらしい。
「悪かったよぼーっとしてたのはさ。だけどな、いちいち殴るなよお前」
口を尖らせ、言うべき文句は言っておく。
そう、まぁ何というか年下に拳骨もらうのは恥ずかしいからなんだが。もっともレンはそんな言葉に反省するような奴じゃないだろうからまぁ、無駄だろうけどな。
コホン、と咳払いをして気を取り直す。
幸いにもレンはすぐ手を出すが話しはちゃんとする奴らしい。
だから、今の内に色々聞ける事は聞いておくのが吉だろうさ。
「レン、そのギフトって何の事なのか教えてくれないか?」
「んん、アンタまさか知らずに今までいたのか」
「ああ、さっぱり分からん」
レンの表情から察するに、俺に対して完全に呆れてるのが読み取れる。
だけどな、実際よく知らないんだから仕方がないじゃないか。大事なのは知らないなら知らないってハッキリ言って、教えてもらう事だ。
レンの奴は少し考え込むような仕草でブツブツ何か言っている。
それで待つ事十秒位。
「分かった、逆に聞くよ。ネジ、アンタ何を何処まで知ってるワケ?」
赤髪の美少年はこちらを覗き込みながら、そう訊ねる。
やれやれ、どうやら長い話になりそうだな。