第3話 大陸大崩壊拳
「遅かったじゃねぇか、てめぇら」
「申し訳ございません・・・」
いつもなら優しい笑みを浮かべながら町長が出迎えてくれる少し大きめの家。しかし、今はもう別の男の根城と化している。
視線の先で足を机の上に乗せ、自分達をギロりと睨む鬼のような見た目の男。
カストルは恐怖で震える自分の腕をきつく掴み、恐怖に染まった瞳でその男を真っ直ぐ見つめる。
「で、ハイオークは殺したのか?」
「は、はい」
「へー。お前ら程度が、俺様の魔力を分け与えた狂化ハイオークを・・・ねぇ」
「っ!?」
予想外の事を言われ、カストルとポルックスの顔が青ざめる。
それを見て自分達の手でハイオークを殺したというのが嘘だと分かった男は、ゆっくりと立ち上がって2人の前に立ち、見下ろす。
「なぁ、人間の女。ただ殺すだけじゃつまらんから、俺様の部下共に食われてみるか?」
「ひっ・・・」
男の言葉を聞いた魔族達が嬉しそうに騒ぎ出す。あまりの恐怖にポルックスは震えながら目に涙を浮かべたが、それを見た魔族達の興奮は最高潮に達した。
「・・・その前に1つ、聞きたいことがあります」
「あ?」
「貴方は、七魔神の1人なのですか?」
自分達に欲に満ちた眼差しを向ける魔族達を無視し、カストルは恐怖を押し殺して鬼の男に質問する。
「何故このような事を私達にさせているのですか?その気になれば、一瞬でこの町を消し飛ばすことも可能なのでしょう?」
「ね、姉さん・・・」
「くくっ。どのみち殺されるのなら、その前に全部知っておきたいってか」
空気が変わった。
吐き気がする程の魔力と殺気が男の全身から放たれ、その全てが目の前にいるカストルに向けられる。
「決まってんだろ。圧倒的な力を持つ者が、力を持たない弱小種族で暇潰しをしてやってるんだ。これまで、お前は俺が指定した雑魚モンスターを殺して満足していたらしいが、俺からすればお前らもそのモンスターと同じただの雑魚。普通に蹂躙するだけじゃつまらんだろう?」
「っ・・・!」
「お前らがモンスターを殺せなければ町に住む者全員が死ぬ。お前がモンスターを殺せれば誰も死なない。ただそれだけの、魔神様の暇潰しゲームだ」
瞬間、男の前からカストルは消えた。
かと思えば、凄まじい速度で男の背後に彼女は姿を現し、そして全力で男を斬りつける。
しかし────
「だーかーらー、雑魚がどれだけ足掻こうが強者には勝てないっつってんだろうがァ!!」
その身体は鋼鉄よりも硬く。
剣が弾き返され逆に体勢を崩してしまったカストル目掛け、男は持っていた棍棒を勢いよく振るった。
ハイオークと戦闘を行っていた時に陥った状況とほぼ同じ。しかし、あの時のように迎撃体勢に移行するのは不可能。
それでもカストルは笑ってみせる。
「それはどうだろう。窮鼠猫を噛むって言葉を知ってるか?」
何故なら、自分では絶対に敵わない化物よりも遥かに強く頼りになる勇者の参上を信じていたからだ。
「コウメイ様は鼠ではなくドラゴンレベルだと思いますが」
「それだとドラゴンが猫を噛み潰す、になっちまう」
「ええ、それが貴方にとって正しい言葉でしょう」
誰よりも驚いているのは鬼の男。
一撃で家を粉々にする破壊力を誇る自分の一撃が、突如どこからともなく現れた黒髪の青年に指1本で受け止められたからである。
「・・・なにもんだてめぇは」
「なに揉んだ?悪いが、まだカストルとポルックスのは揉んでいない。シャルのは・・・なかなか良い感触だったな」
「そういえば寝ぼけて私の胸を触ってきたこともありましたね。思い出したら顔から火が出そうな程恥ずかしくなってきたので、今すぐ地面に埋まって化石になってください」
「土の中からあれを覗き見できるな」
「恐ろしい勇者ですね」
「なにもんだっつってんだよゴラァ!!」
急に変態トークを始めた青年目掛けて鬼の男が棍棒を振り下ろす。しかし、その棍棒は再び指1本で受け止められた。
「このお方は半年前に魔王を打ち破った英雄であり、貴方達七魔神に裁きを下す為に旅をしている勇者コウメイ様です。先に言っておきますが、貴方に勝ち目など1%もありませんよ、七魔神ウォーグラン」
「ほぉぉう、てめぇが例の勇者か」
鬼の男、七魔神の1人であるウォーグランが凶暴な笑みを浮かべる。
ずっと一戦交えたいと思っていた相手が今目の前に。その状況は戦闘狂であるウォーグランの闘争本能を掻き立てた。
「勝ち目が無い・・・ねぇ。くくっ、悪いが挽肉になんのはてめぇの方だよ勇者ァ!!」
「相手が七魔神であることは一応分かってたんだけどさ、俺が声を掛けてもお前は何も話してくれない可能性があった。だからその前に2人にお前と話をしてもらったんだけど────」
世界最速の一撃がウォーグランを襲う。
カストルの数十倍は速い手加減された宏明の飛び膝蹴りは、もう一度攻撃を仕掛けようとしていたウォーグランの顎にめり込み、そして脳をグラグラと揺らす。
「意味の分からん脅しで2人を泣かせてんじゃねぇよ」
「がっ・・・!?」
更に、傾いたウォーグランの巨体を宏明は蹴り飛ばした。突然起こった有り得ない光景の前に、魔族達は声を発することもできずにただ呆然と立ち尽くす。
「悪いな2人共。これなら様子見なんてせずに突入すればよかった」
「い、いえ。貴方がこうして私達の前に駆け付けてくれたことが、私にとって何よりも嬉しいことです」
「こ、コウメイさ〜ん!」
着地した宏明にポルックスが抱き着いた。
それを見てシャルとカストルは動揺したが、崩壊した壁の向こう側から放たれた凄まじい殺気を感じ取って振り返る。
「ゆ、勇者ぁ・・・!てめぇ今、この俺様相手に手加減しやがったなァァ・・・!」
「してやったんだよ」
「上等だァッ!!」
壁を砕いて飛び出してきたウォーグランが棍棒を振り回すが、その全てを宏明は上手い具合に魔族達の方に受け流す。
おかげでカストル達には傷一つつかず、呆然と戦闘を見ていた魔族達は次々と肉塊と化していく。
「ぬがああああああッ!!!」
そして宏明のスキル『物理反射』が発動し、棍棒が砕け散る。しかし、自慢の武器を破壊されてもウォーグランは動揺したりなどしなかった。
何故なら、ウォーグランの真の武器は棍棒などではなく、その中にある魔力を封じ込めていた大剣だからだ。
「むっ、それがお前の武器だったか」
「馬鹿な男め!わざわざ封具の中に入れていたこの〝覇将剣〟は、一振りでこの町を粉々にする古代の魔剣だ!!」
「シャル〜、2人を頼むぞ」
「さすがに無理ですよ!?」
振り下ろされた大剣が床に触れた瞬間、凄まじい轟音と共に屋敷が崩壊し、更に町が真っ二つに割れた。
「ぐははは!これこそが七魔神たる俺様の力!あらゆる武術も、魔法も奇蹟も!俺様の前では皆無力!じっくりと味わうがいい、これが全ての頂点に君臨する覇王の力────」
「話が長い」
「ごはぁっ!?」
自分の強さについて説明していた最中に後頭部を殴られ、ウォーグランは顔面から地面にめり込む。
それで完全にブチ切れたウォーグランは、ゆらりと起き上がって呑気に欠伸をしている宏明に大剣を振り下ろす。
その1回だけではなく、何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
カストルとポルックスの生まれ故郷であるこの町が跡形も無く消滅するまで、ウォーグランは大剣を宏明に叩きつけ続けた。
「ふぅー、ふぅー。てめぇのせいで、てめぇが助けようとした奴らも町も、何もかもが消えたんだ」
巨大なクレーターの中心で、ウォーグランが息を切らしながらそう言う。
もう町はない。勇者も死んだ。
しかし、
「周りをよく見ろ。誰も死んでないし、町だってほらこのとおり」
「ッ!!?」
目の前に勇者は立っていた。
そして、少し離れた場所にはカストルとポルックスを守るように立っているシャル。
更に跡形も無く消滅したはずの町が、最初に崩壊した屋敷も含めて全て元通りになっているではないか。
「て、てめぇ、何をしやがった・・・」
「俺の持つスキルの1つ、〝時間支配〟。これを使って壊れていく建物全ての時間を巻き戻し、元の形に戻したんだ。あ、ちなみに人とか動物とかの時間は戻せないけどな」
「有り得ねぇ!そんな事・・・そんな事できるはずねぇだろうが!!」
「詳しく説明するのは面倒だから、とりあえず町全体の時間を一分前ぐらいに戻したって思ってくれたらいいよ」
「ふざけんなァァッ!!」
あまりにも衝撃的過ぎたのか、ウォーグランが喚きながら再び大剣を振り上げる。
「時間を戻しただと!?だったら、もう一度この町を消し飛ばして─────あ?」
そこで気付いた。
あれだけ大剣を叩きつけたというのに、何故この勇者は何事も無かったかのようにスキルの説明をしているのだろうか。
時間支配は生きているもの、つまり人間には使用できない。自分自身の時間を巻き戻すことも不可能。
なら、あの嵐のような攻撃を全て防ぎきったとしか考えられない。
「パワーしか無い馬鹿のようですね、ウォーグラン。最初に貴方の一撃を指1本で受け止めた時点でコウメイ様の方が貴方よりも強いと分かるでしょう?」
「だ、黙れぇぇぇ!!!」
「お前が黙れ。どんな理由で町を支配してるのかと思ったらただの暇潰しだと?その暇潰しのせいで、カストルとポルックスがどれだけ傷ついてたと思ってんだ」
いつの間にか、ウォーグランの眼前には握り締められた宏明の拳が。
「これは2人の、この町に住む人達全員分の怒りだ」
「ちょ、待っ─────」
咄嗟にウォーグランは腕を交差してこれから放たれる一撃をガードしようとしたが、何もかもが遅く無駄である。
「大陸大崩壊拳」
次の瞬間、異世界が割れた。
『シャルロッテ先生のスキル講座』
ー時間支配ー
命あるもの以外の時間を巻き戻したり加速させたりするコウメイ様のスキルです。
ウォーグラン戦の時のように壊れた町を一瞬で元通りにしたり、時を止めたりすることができます。