凪ねー作戦第一号
■ディアーウィッチ 体育館 終業式
今日は終業式だ。
つまり、夏休み突入というわけ。
夏休みといえど俺には解決していない問題が山積みだ。
まずブラックキューブ。
こいつは俺の体内に勝手に入ってきたくせに今の所何も起きていない。
いったい何なのだろうかこいつは。謎すぎて特に異常もないから問題を見て見ぬふりして先延ばしにしているのが現状だ。
そして寮の虫対策と熱中症対策。
虫対策はいつの間にやらブラックキューブ問題とすり替わって無かったことになったので対策グッズをわざわざ駅前まで買いに行かねばならない。
熱中症対策については扇風機なんてクソの役にもたたないので人柱が魔力で冷気を作り出して部屋の温度を下げる事になりそうだ。
……となるとブラックキューブを取り込んで魔力の底が無くなった俺が選ばれるだろう。
--人間クーラーになるのは御免だ。
かと言ってエアコンを買う金も無い。
そして俺の阿久比への恋心、それを面白がる凪ねーちゃん。
問題は山積みだ。
まあ二つ目はどうでもいいとしても一つ目と三つ目は俺の生活を一変しかねない時限爆弾の様な物だ。
そんなものを胸中に埋め込まれていつ爆発するのかわからないような状況。
--夏休みを謳歌できる気が全くしない。
「なあ大介」
「あぁ?」
列になって長ったらしい教頭の話を聞いている中、後ろからこっそり勇気が話し掛けてくる。(ちなみに学園長とやらはいつも通りいない)
「お前さぁ」
「何だよ」
「阿久比の事が好きだろ」
「ぶぅーーーーっ!!!!」
シーンとなっている場内、大きな音を立てて噴き出し、注目が集まる。
そんな漫画の様な状況がまさか自分の身に起こるとは予想もしていなかった。
注目されて恥ずかしいのでとりあえず勇気を問いただすのはやめておこう。
今は何事も無かったように知らんふりをするのだ。
授業中に大きな放屁をして注目を浴びた時の感じの奴でやり過ごす!
クラスの人気者やお調子者ならへらへら笑いながら「ごめんごめん、でもラベンダーの香りだから!」
とかベタなギャグで笑いを取るだろうが俺は違う。
俺はそんなキャラじゃない。
そういうキャラは勇気の方が似合っている。
式が終わってからこいつを問い詰めよう。
普段の態度から悟られたか、誰かに教えられたか。
どちらにせよヤバい。
前者なら阿久比本人にもバレかねん。
問い詰めなければ……どんな手を使ってでも……
■ディアーウィッチ 空き教室
式が終わり勇気を問いただそうとしていたが凪ねーちゃんに空き教室に集合を掛けられた。
異を唱えようとしたが顔がマジで有無を言わさぬ感じだったので黙ってついていく事に。
何やら秘密の会合らしく誰も近寄らない凪ねーちゃんら3年の空き教室を使うらしい。
俺が空き教室に行くと何故か長机が配置されており、凪ねーちゃん、勇気、将太、マッド樋口、明石が
席についていた。
「おう来たな、座れ」
促されるままに席に着く俺。
他のメンバーたちを見るが誰もこの会合の主旨が分かっていないらしくキョロキョロしている。
「凪ねーちゃん、そろそろなんで俺ら集めたのか説明してよ」
勇気がぶつくさ文句を言っていた。
俺以外のメンバーも主旨を聞かされていないわけか。
「僕はブレイブ君の隣にいられるだけで感じてしまうよ」
「あと席替えを所望します」
明石は相変わらずである。
「一体何が始まるんです?」
と将太が問えば
「第三次大戦だ(キリッ」
とマッド樋口が答える。
勇気が常識人に見えるこの空間が怖い。
そして凪ねーちゃんは重い口を開いた。
「みんな知っての通り、大介が恋をした」
「「!?」」
皆が一斉に俺を見る。
勇気以外のメンバーは驚愕の表情、勇気だけがへらへら冷やかすように笑っている。
「ばっ!凪ねーちゃんマジか!?いきなりみんなにカミングアウトしちゃう!?」
「え、だって秘密だ、とか誰にも言わないで的な事は一言も言われてないぞ?」
「そうだけども!!」
ああ、やっぱり一番知られてはいけない人間だったこの人は。
まあでも最初から言ってたしね、全力でくっ付けようとするし全力で楽しむと。
--タチが悪すぎる。
「というわけでだ、今回皆に集まってもらったのは他でもない。大介と意中の相手をくっ付けるための作戦会議だ!!」
「知っての通りと言われても初耳だったんだけど、で、にーには誰が好きなの?」
将太の問いに凪ねーちゃんが答える。
「将太よ正解を教えてしまっては面白みがない。まずは当てっこだ」
人の恋愛で遊びやがってこいつ・・・
「俺は何となく普段の態度から分かる」
勇気はもう既に感づいているからね、仕方ないね。
「まだるっこしい。こいつですぐに分かる」
マッド樋口が懐から注射針を取り出す。
一体いつもこいつは何を携行しているんだか。
そうして俺がマッド樋口に呆れているとプスっと首筋に痛みが走った。
マッド樋口が取り出した注射針が俺の首筋を襲ったのだ。
まさか本当に注射するとは思っても無かった。
「大介よ、今注射したのは素直になる薬だ。で、誰なんだ大介の好きな相手は?そうだ言ってしまえ!!」
く、薬の効果で意思とは無関係に口が……
だが俺は口を割らん……!!
精神力で抗って見せる……!!!
「パクパクパク……」
「ん~?」
「ま、マッド樋口の……ク・ソ・バ・カ・ヤ・ロ・ウ……」
「ヌゥ!!おのれ大介ぇー!!死ねえぇぇぇい!!!」
「はっはー!俺は大介!!俺は俺の意思で動く!!ざまあみたかマッド樋口!!」
だ、誰が言うかーー!知れば疾風となって奴の下へ走る!
秘密を握った貴様らが面白おかしくふざけた後に結局傷つくのはあいつ!!
「アグッち、阿久比だよ大介がホの字なのは。この気持ち、まさしく愛だッッ!!」
愛ぃぃ!?
そしてあっさり凪ねーちゃんにばらされたし!!
「というわけで私は若者のこのピュアな恋心を助けてやりたい!恋のキューピッドになりたいのだ!!」
「キューピッドってキャラじゃねえだろ……」
つい頭に浮かんだワードが口から無意識に出てしまっていた。
凪ねーちゃんにキューピッド?はは、おっかしいや。
なんて心の中で思ったのが間違いだった。
頼む・・・聞き逃していてくれ・・・!
「ん?^^」
ばれてた!!
小声でつぶやいたのになんていう地獄耳……!
やっべ殺される……!
「や、ちょっと待って凪ねーちゃん今のは……」
「ふんッッ!」
死を悟ったのか周りの時間の流れがゆっくりだ。
凪ねーちゃんを制止しようと左腕を前に突き出していた。
凪ねーちゃんが俺の突き出した左腕に飛びかかる。
右足で延髄を固められ、さらに左足膝で顎を挟みこむように一撃。
ダウンする勢いのまま全体重を乗せ地面に顔面を叩きつけられ最初に突き出していた腕は関節を極められていた。
流れるような一連の動き。
両の足を虎の顎に見立てたその秘技の名は虎王ッッ!!!!
虎 王 完 了 ッ ッ !!
……数分後。
「えーでは大介君の恋を成就させるいい案がある人は挙手してくれ」
「はい!」
「はい勇気」
「デートをする!!」
「どんな?」
「え、あ、……普通に?」
「消え失せぇいッッ!!」
ビッターン!!と強烈なビンタを食らって回転しながら窓を突き破って勇気は飛んで行った。
……退場という事でいいだろう。(ここ3階なんですがそれは……)
僕も顎と肩関節がヤバいので帰りたいんですが、というか病院に行きたいです。
「ああ、飛んでいくブレイブ君も素敵だぁ~!!僕もい、逝くよ~~~!!」
明石も勇気を追って窓を飛び出して逝ってしまった。
「普通のデートだと?腑抜けが!!上等な料理にはちみつをブチ撒けるが如き思想ッッ!!愛もある、悲しみもある。しかし……凌辱がないでしょッッ!!私は常人の20倍幸せなプランでなければ採用せんッッ!!」
「じゃあ次は俺が」
将太が手を挙げるが・・・
「邪ッッ!!」
「ひぃっ!」
「やはりマッド樋口!貴様しかいないようだな!!」
将太の意見は聞いても貰えていなかった。
マッド樋口は静かに懐から薬品を取り出す。
紫色の液体、見るからに怪しい。
「こいつはまあ所謂惚れ薬的なアレだ。こんなこともあろうかと開発しておいた品だ。正し、実験はしていないので効果があるかも分からんし副作用もあるかもしれん。さらに言えば私の計算通りならこの試験管一本分では到底効き目がない。結構な数を飲んでもらう必要がある為に死の危険すらあるがどうする?」
「早速試そう!」
「おい!!俺はまだ死にたくない!!」
勝手に話を進めるな!
なんで好きな女が出来ただけで変な薬を飲まされて殺されなきゃならんのだ!!
勇気と明石は消え、将太は肩をがっくり落とし返事がない。
--凪ねーちゃんとマッド樋口の悪ふざけの独壇場と化していた。
「で、正確に言うなら試験管何本分飲めば効く計算になってるんだ?」
「ふむ、そうだな。バギング・バギング・ドググド・バギング・ドググ」
「マッド樋口、ここではリントの言葉で話せ。……ふむ、180本か」
凪ねーちゃんとマッド樋口が謎の言語で会話している。
何なんだこいつらは、俺がおかしいのか?
本当は異常だと思っているこいつらがまともで、まともだと思ってる俺が一人おかしいとかいうパターンのアレか!?
いやいかん、冷静になれ冷静に・・・
「いや待って、何言ってるか全然分かんないし、飲む本数多くね!?」
きっと死ぬ。
こいつらの言う通りにしてたらきっと死ぬ……
に、逃げるんだ、俺はただ普通に生きて恋をして死にたいんだ……!!
「っていうかおかしくないか?なんで惚れ薬なのに俺が飲むの!?」
「いいところに気が付いたな大介。これは惚れ薬だが今までの惚れ薬の常識を覆す画期的な惚れ薬なのだ!」
「なんだなんだおもしろそうだなおい」
凪ねーちゃんはもうマッド樋口の薬に興味津々である。
マッド樋口は机の上に乗り頭上から試験管に入った液体の説明を高らかに、そして誇らしげに叫ぶ。
「誰かを好きになる、そしてこの薬を飲む、すると相手を思う気持ちが倍増される!つまり、なにか
行動を起こさねば我慢が出来なくなるのだ!!飲んだ瞬間からリビドーMAX!!猪突猛進、玉砕必須!!」
「いや、玉砕したらまずいだろ!!相手も好きにならなきゃ意味ないじゃん!!犯罪だろうが!!最早ただの精力剤じゃん!!」
「グアバ」
「凪ねーちゃんはいきなり何言ってんの」
「というわけでだ、今回はまともな話にならなかったが次回までにちゃんとセッティングしておくから安心しろ」
凪ねーちゃんがいきなり話を終わらせようとしているが、セッティング?何の話だ……
「どういう……」
「みなまで言うな、野暮ってもんだぜい。大介は覚悟だけしておきゃいいのよ」
そう言って凪ねーちゃんはにんまりと笑うのであった。
いきなり呼び出されて好きな人を暴露されただけで終わったこの会議。
何の意味があったのだろうか……
俺はうつむきながら空き教室から出て扉を閉める。
変わった事と言えば勇気と明石が生死不明になっただけだ、後……
「俺が阿久比の事好きってみんなにバレちまったなぁ……」
ぼそりと一人呟いた。
しかし、下を見ていた俺は目の前に女生徒の足が映っていたことに気づかなかった。
生足、ごくり。
この艶やかでエロティックで僕の欲情を掻き立てるゴイスーでばりマブい太ももちゃんは……!!
そうですとも、阿久比美咲その人である。
「大介……?」
「があああああああああ!!!!があああああああああ!!!!」
「どうしたんだ大介!?おいしっかりしろ!!」
聞かれたー!?バレタ―!?!?
気が動転した俺は泡を吹いて倒れた。
■ディアーウィッチ医務室
目が覚める。
ベッドに寝かされているようだ。
「知らない天井だ……」
言ってみたくなったので呟くが知ってる天井だ。
医務室の天井だ。
サボる時によく見るし。
ベッドのカーテンの外から気配がする、医務室の先生だろうか。
白衣を着た女性の様なシルエットが見える。
「お、目が覚めたかい」
「ええ、なんとか」
カーテンが開けられる。
だが目の前にいたのは医務室の先生などではなく……
「マッド樋口!!」
「Yes I am !!」
バ~~~ン!!!
って、んな事やってる場合じゃない!!
「なんでお前がここにいる!!」
「何故って、医務室の管理を任されているからな。ど……薬とか」
「今毒って言おうとしたろ」
「……」
「なんか喋れや」
マッド樋口に薬剤の管理させてる学園側もどうかと思うが、マッド樋口……こいつは一体何者なんだ?
じーっとマッド樋口を観察していたが見てたって分かりっこない。
「なんだ、何をじーっと見てる」
俺は率直に疑問をぶつける。
「ダリナンダアンタイッタイ (0w0;)」
「コンドゾンドコトイッテミロ……オレァクサムヲムッコロス!」
ウェーイ!!
じゃなくて阿久比!!
阿久比はどこだ!!
「阿久比ぃぃ!!どこだァ、阿久比ぃぃぃ!!阿久比いぃ~!!」
俺はもしかしたら阿久比に好意を持っていることをバレたかもしれないのだ、情けない顔をしながらあたりを見回し阿久比を探す。
すると廊下の外から声がした。
「大介!私はここにいるぞ!!」
阿久比が走ってくる。
俺を心配しているのか不安そうな顔をして。
「阿久比ぃぃぃ!!」
阿久比を抱きしめた。
「何をするっ!」
喉元へ刀の柄での一撃。
さらに人差し指と親指を開いた阿久比の手が目元にベシンと叩き付けられる
勇気「目潰しぃ!?」
明石「虎口拳だ。人差し指と親指の付け根で眉間を打つ。数瞬だが相手は思考と視力を失う」
マッド樋口「どっから湧いて出たお前ら」
俺は視界を奪われ訳も分からなくなり手をばたばた突き出す。
瞬間、顎部に激痛が走った。
勇気「クロスカウンターでビンタ?」
明石「風魔殺、顎が外されたな」
マッド樋口「なんなんだこいつらは」
ブラーンと顎が揺らめく。
顎が戻らない、本当に顎を外された。
俺は何とか両手を使って下顎を戻せないかとパニックになる。
相手は目の前にいるというのに。
阿久比が俺の頭頂部に中指で指突、そして拳を開き5本の指で再度俺の頭蓋を強打。
激痛の後に血涙を噴き出して俺は倒れた。
勇気「な……!」
明石「……六波返し。頭蓋の縫合を外された。終わりだな」
マッド樋口「私はもう何も言うまい」
再度俺の意識は闇の中へと落ちて行った。
--数刻後
目を覚ますとまたあの天井だ。
隣には心配そうに俺をのぞき込む阿久比が座っていた。
「よぅ……」
「大介……!」
嬉し泣きしそうになっているのが俺にも分かった。
そんなに心配してくれていたのか。
阿久比(殺してしまったかと思った……!)
ぷいっと急に横を向いて悪態をつき始めた。
「き、貴様が悪いのだ。いきなり抱擁などしてくるからびっくりしてつい防衛行動を取ってしまったのだ!」
つい、ってレベルの攻撃ではなかったと思うが……
あれは人間を必殺する為の技術だ。
受けた俺が一番わかる!!
「あー……あのな、話はちょっと戻るんだけどさ、空き教室を出たとこで俺が呟いた独り言……聞いてた?」
これを聞かれていたら俺は一発アウトだ。
もう今まで通りの関係には戻れない、ギクシャクするに決まってる。
というか席が隣で気まず過ぎるだろ。
う~ん、と阿久比は少し考えた後に口を開いた。
「う~む、何だったか。ゴブニュ(ギガ)が好きなのがバレたとか言ってたか?」
「は?」
「私はロボット怪獣ならクレージーゴンが一番だな。車をデカいハサミでバシバシ掴んで腹の中シャッターに入れて行く所がたまらん。ロボネズンもいいがあれはちと不細工だ」
「それマジ?上半身に比べて下半身が貧弱すぎるだろ」
阿久比が刀を取り出しかけたので慌てて止める。
とりあえず俺の呟きを聞かれていなかったので一安心という所である。
「あれ、そういえば顎関節もそうだけどあれだけ攻撃食らったのに今は何ともないぞ?マッド樋口薬?」
「あ~それなんだがな大介……」
阿久比から俺が気を失った後の説明を受ける。
俺は意識を失った後阿久比は我に戻り俺の元に駆け寄ったらしい。
阿久比は本気で技を掛けたので俺が死んだのではと思った。
事実マッド樋口が俺の容体を見た時には絶命していてもなんもおかしくはないという様な状態だった。
すると俺の身体から黒い煙のようなものが出てきたと思ったら傷が癒えていたのだという。
よく分からないがとりあえず安静にということで俺を再度ベッドに寝かせたのだとか。
「ブラックキューブかな」
「恐らくそうだろうな。宿主が死なぬようにと言ったところではないか?やはり興味深いぃぃぃぃ!!!!解剖して」
マッド樋口がまた暴走しかけていたが阿久比が刀の鞘で殴りつけて大人しくさせていたい。
こいつ脳天好きだな。
「宿主……ねぇ。」
「大介……」
阿久比がまた心配そうに俺を見る。
勇気「大介……」
明石「ブレイブ君……」
--お前らは何なんだ。
不安が付きまとう。
理解を超えた何かが体の中にあるというのは決していい気分ではない。
理解できないからこそいい事なのか悪い事なのかさえも分からない。
有害なのか有益なのかの判断すらできないのである。
急に体が爆発四散する可能性だってないとは言い切れない。
だがポジティブに考えれば俺は死なない体を手に入れたのでは!?
もの凄い魔導アイテムを吸収したのに凄い魔法とか使える様にならなくてがっかりした事もあったが死なないってのは凄い事だぞ!?
だって回復魔法とかそういうレベルじゃないもの!
ガ○バーの自動修復機能みたいなものだ。
これは……威張れる!
「阿久比……」
俺は阿久比の肩に手を置く。
「これからは不死身の男と呼んでくれ」
「……えぇ、あー、はい、分かりました」
「調子に乗った俺が悪いけどいきなり敬語やめてほんと傷つく」
ブラックキューブと阿久比との関係、まだまだ未知数であった。