マッド樋口の研究室
■男子寮 大介達の部屋
翌朝俺は日曜だというのに早起きする。
勇気と将太は寝ているが昨夜昨日の出来事を話したら「とりあえず暇だからにーにが起きる時起こして」と将太に言われたので起こす事に。
「おい、将太、起きろ」
顔をむんずと踏みつける。
「あー……おはよう」
ふあぁと欠伸をしているが俺の足は全く意に介していない。コイツばかりは計り知れん。
本当に不思議な奴だ。
「おら勇気も起きろ。一緒に行くんだろ?」
勇気の顔にも足を乗っける。
「お姉さんの生足綺麗ですねぇ……むふふふ」
気味が悪いので水魔法を顔に掛けてやることにした。
「ぶるるぁぁぁぁぁぁ!!!つめてー!!」
朝から騒々しいことこの上ない。
起きてそうそう勇気がなにやら部屋をキョロキョロ見回している。
何か探しているようだ。
「なあ将太、俺のピンク色のパンツ見なかった?」
「見たよ、勇さんにしてはファンシーで結構似合ってるんじゃない?」
「将太君、そういう意味で言ったんじゃなくてだね、どこにあるか知っているかを聞いているのであってね、そういうね、ボケはね、求めてなくてね」
--漫才に付き合っている暇は無いので職員室に向かうことにした。
■職員室前
その後職員室に行ったが観音寺からは特にお咎めは無く開放された。(反省文5枚と言われたがまた提出期限は無しだそうだ)
まあ予想していた事ではあったが、予定が一気になくなってしまった。
勇気と将太もまさに俺と同じ心境であろう。
「んで、これからどうすんべ大介」
と勇気。
聞かれたって俺だって何も決めていない。
「日曜だしねぇ、やる事無いねにーに」
と続けて将太。
こいつら……
「何だお前ら、俺に決めろってゆーこと?」
「そんな決定権がお前にあるのか!」
勇気が変な突込みを入れるがお前らがそう仕向けてるんじゃねえか。
「あっ!そーだ!!」
勇気が突然に叫ぶ。
「耳元で急に叫ばないでよ勇さん、今のが原因で難聴になったら許さんぜよ」
「将太はいつも物騒だねえ。君は俺に何か恨みでもあるのかい?」
「いいからなんなのさ。何か思い出したんでしょ。可及的速やかに話してよ。」
将太は勇気に対してはグイグイくる。
--何故なら勇気に対してグイグイくる系男子だからだ。
「ああ、そういえばマッド樋口に薬を作ってくれって頼んであったんだよ。その進捗でも聞きに行こうかと思ってね。」
マッド樋口・・・どんな薬を作らせているのか心配だ。
危ない物じゃない事を切に願う。
とりあえず勇気に探りを入れてみるか。
「なあ、どんな薬を作ってもらってるんだ……?」
俺は恐る恐る勇気に聞いてみる。
「うん?夏になるから虫退治の道具を頼んでおいたんだ。ここからわざわざ虫対策の為だけに買い物に行くのってめんどいじゃん?」
真っ当な物で良かった反面、しょぼくて内心少しがっかりした。
まあそのグッズによって同じ部屋の俺と将太も助かるので大歓迎である。
去年なんか深夜に一匹の蚊に安眠を妨害されて勇気が火炎魔法をぶっ放して部屋を丸焦げにする所だった。
やる事も無いのでとにかく勇気のお供をする事にした。
■実験棟 魔道実験室
実験棟2階の隅にある魔導実験室。
あまり人が立ち寄らない場所だ。教師でさえも。
その室内は日曜だというのに薄暗く光っていて、誰かが中にいるのは間違いない。
--勿論中にいるのはマッド樋口であるが。
将太がポツリと呟く。
「なんか不気味だよね、ここ」
俺も全く同意見だ。
俺と将太が物怖じしている横で勇気が部屋の中に対して叫んだ。
「よぉー!マッド樋口いるかー?」
ガラッと思い切りドアを開ける勇気。
俺もあまり立ち入ったことがないので珍しい魔導実験室内。
入学前の学校見学以来な気がする。
中を見渡すと黒いローブを着た魔女が大きな大きな鍋をかき混ぜていた。
「いーっひっひっひっひ」
まるで映画に出てくる悪い魔女が毒を作っている場面そのもの!!
マッド樋口、普段教室にもあまり顔を見せず授業もサボってばかりなので未知数の相手だ。
ぶっちゃけこの光景を前にして足がすくむほどの不気味さを感じている・・・
「いひひひ、お客さんかえ?」
振り向いたマッド樋口はにんまりと笑っている。
マッド樋口に対して勇気が問う。
「おー、殺虫剤セット頼んでおいた勇気だよ。依頼の方はどうだい?」
「あー、ちょいと待ちな。依頼は沢山あって全て同時進行中……殺虫セット殺虫セット……ああこれだね!……残念だけど、材料が足りなくて今は作業中断中だよ」
との事である。
では今作ってるのは何なんだろうか。
気になったので聞いてみる事に。
「じゃあ今作ってるそれは?」
「ああ、こりゃカレーだよ。今日の昼飯」
--カレーかよ!!
「な!?材料が足らない!?言ってくれ、取ってくるから!!」
と勇気が耳元で叫ぶ。
いちいち耳元で叫ばれると耳が痛い。
というかなんでこいつはこんなに必死なんだ?
蚊を親の仇のように嫌悪していた。
まあ俺も蚊は嫌いだしいないに越したことはないけど。
「うーん、じゃあお願いしようかね。足りない材料は……悪魔の呼び声、聖騎士の純潔、大魔王の心臓だね。じゃ、お願いね」
勇気は混乱した!
「ごめん、それなんのゲーム?それともそれデパートに売ってる?」
「まあその素材を手に入れるには君らはまだレベルが足りないね。まあいい、その素材は私が自分で取りに行こう。ただし、別料金は発生するけどねぇ?」
レベルってなんだ……それに別料金取られるのか。
--まあ勇気の金だからいいけども。
「しょうがねえなぁ・・・別料金合わせて全部でいくらだ?」
勇気が財布を取り出しマッド樋口に問う。
しかしここで予想外の答えが。
「しめて18万3千円也」
「18万だと!?アホか!!高すぎる!!そんなんなら駅前のデパートに買いに行くわ!!」
勇気の言うことももっともだ。
法外な値段にしても程がある。
「払えないってのかい?なら注文はキャンセルでいいかね?」
「キャンセルに決まってらぁ!!」
勇気は拳を突き上げ、後ろでは将太がキャンセルコールとカオスな場。
しかしマッド樋口はひるまない。
「ならキャンセル料を払ってもらおうか。キャンセル料は6万円だよぉ。本当はもう少しするけどサービスでまけとくよ」
「お前はなんで俺の残高ほぼピッタリで金額を指定しやがる!!」
「さあねぇ、知らないねぇ」
にっひっひとマッド樋口は笑う。
勇気は口座の残高まで調べ上げられていた。
すると将太がキャンセルコールを止めて一気に冷静になる。
「これって冗談なんだよね?じゃなきゃ悪質な詐欺」
つまらなそうに将太がマッド樋口に詰め寄った。
急に真面目モードになるんじゃないよ。
「まー、そうさね。ちょいとからかっただけさ。本当はお願いを聞いてほしかった」
「おねがい?また無理難題吹っかけて金取ろうってんじゃないでしょうね?」
おー、将太が強い。
少しマッド樋口が押され気味だ。
「まさか、本来なら金に執着する私がタダで良いって言ってんだ、信用しなさい」
「で、お願いってのは?」
将太がマッド樋口に問う。
まあお願いを聞かないことには話が進まない。
そしてマッド樋口は語り始めた。
「ブラックキューブって知ってるかい?」
ブラックキューブ……聞いたことないな。
将太も勇気もなにそれ?ってな顔をしている。
「はぁ・・・あんたら本当にこの学校の生徒かい?」
とマッド樋口。
将太はそれに反論する。
「にーに達はどうだか知らないけど、俺はまだ入学して3ヶ月しか経ってないし」
「ああ、あんたは1年坊だったっけね、くっひっひ」
「坊っていうな、坊って」
将太は子供扱いされて不貞腐れていた。
そして勇気がブラックキューブについての説明を求めた。
「んで、俺達が無知な事は証明できたな、ブラックキューブってのについてさっさと説明してくれ」
マッド樋口は今までで一番悪そうな笑みを浮かべ再度語り始める。
「ブラックキューブってのはね、この世で一番魔力を秘めているとされている魔導アイテムさ。掌サイズの漆黒のキューブ。使い方は未だ解明されていない。ただ、そのキューブが無限の様な魔力を常に放ち続けていることから何らかの古代の兵器なのではと噂されている代物さ」
--究極の魔導アイテム「ブラックキューブ」。
そんなものが存在しているとは。
今度は俺がマッド樋口に質問する。
「で、その物凄いアイテムがあるってのは分かった。で、そいつはどこにあって、そいつをどうしたいんだお前は」
「手に入れたいんだよ、ブラックキューブを。手に入れて、研究したい、解き明かしたい、その秘密を……!まあ、もし存在するならの話だがね」
まさにマッドサイエンティスト……
--というよりは魔女だな。
俺はマッド樋口に話の先を促す。
「で、そいつはどこにある?」
「世界中のあらゆる場所を探したけど、どこにも痕跡すらない。何者かが意図的に隠しているからさ。ならその隠し場所を探せばいい。私ならどうするか、木の葉を隠すなら森の中。なら魔力を隠すなら・・・?そう、強大な魔力の中だ。この学校にはとてつもない魔力を持っている人が何人いる?」
凪ねーちゃん……!それに大魔導である学園長!
だからこの学園に隠されている可能性が高い!
マッド樋口は話を続ける。
「この学校の学園長は確かスターダストナイツのランキングで1位だったはず。それに加え天馬凪。これだけの強大な魔力が存在するこの学校こそが隠すのに持って来いの場所だとは思わないかい?」
くひひと笑うマッド樋口。
今度は暫く黙って話を聞いていた将太が質問する。
「まあ、確かに。それに俺たちにこんな説明をわざわざするくらいだ、もう裏は取れてんだろう?」
「一年坊にしちゃ中々鋭いね、そうさ、もうこの学校に何か強大な魔力を持ったものが隠されているのは調査済み。ただし、それがブラックキューブかどうかはまだ分からない」
今度は勇気が身を乗り出してマッド樋口に詰め寄る。
「それを確かめるのを手伝って欲しいと?」
勇気がなんかワクワクしてやる気になっていた。
まあ実を言うと俺もなのだが。
これは冒険の予感!
「そう、私も同行する。ブラックキューブであろうがそうでなかろうが確認しないことには夜も眠れないのだよ。」
ただの殺虫剤から話は飛躍して嘘かまことか、究極の魔導アイテム探しをする事になってしまったのであった。
「俺はなんだか嫌な予感がして行きたくねぇ……」
--将太一人が行きたくなさそうでぶーたれていた。