伝統あるディアーウィッチ
■男子寮(プレハブ小屋)
「勇さんとにーに、また女子寮侵入してきたの?」
ボロボロになって男子寮の部屋に辿りついた瞬間に悪態をつかれた。
雑誌を読みながら目を合わせず俺達に悪態をつくルームメイト。名前は岡島将太。
俺達とは学年が1個下なのだが何故か2年の俺達と同じ部屋になってしまった可哀想な奴。
コイツは俺の事をにーにと呼ぶ。
--別に血は繋がってない。
将太の問いかけに勇気がムスッと不貞腐れ気味で応答した。
「……侵入してない」
雑誌から顔を上げてあからさまに『何言ってんだこいつ?』と言いたげな顔をしていたが
ギリギリで1年年上なんだという事を思い出し踏み止まり、別の言葉を将太は紡ぎだした。
「でも女子寮行って凪ねーちゃんにぶっ飛ばされてきたんでしょ?」
勇気はさらにムスッとしていた。
答えたくないらしいから代わりに俺が答えてやる事に。
「侵入する前にぶっ飛ばされたから侵入はしていない、って勇気は言いたいんだろう、
察してやれ」
「そう、楽しそうでいいね」
折角説明してやったのに興味が無さそうに将太はまた雑誌に目を戻した。こいつは1年下
だというのにあまり年上に遠慮がない。まあその方が上の俺達からしたら楽でいいんだけ
どね。
「くっ……次こそは必ずや!」
勇気が燃えていた。なぜそこまで女子寮侵入に彼は拘るのか。
別に下心があってやっているわけではないという事をこの場で説明しておこう。
勇気の名誉を守……同行している俺の名誉を守る為にも。
何故忍び込むかというと、勇気が声を大にして学校に訴えたいことがあるからだそうな。
それは寮の形にある。
今は夏、夏は暑く冬は寒いこの地域で過ごすには冷暖房は必須アイテムである。
勿論、学校施設、女子寮はとても立派なお城のような外観で冷暖房は完備されている。
男子寮はというと……
おんぼろのプレハブ小屋である。扇風機と魔力を燃料とするエコストーブのみ。
女子寮は広い部屋に2人住まいが普通で、3人部屋もあるがそれ相応の広さで快適な空間らし
い。
対する我々男子寮はせまっくるしいプレハブ小屋に3人だ。基本3人なのだ。
広さは女子寮の部屋の半分くらい。おかしい。確かにこれはおかしい。
男女差別だと訴えたい勇気の気持ちも分かる。冬はまあいい。ストーブは暖かいからね。
しかし今の時期は夏、夏、夏!!!扇風機の心細さといったら……
とまあ色々な理由があって我々2人は毎度女子寮に忍び込むに至った訳だが俺は半分巻き込ま
れていつも連れて行かされているようなもの。事実前回までの38回の侵入は散々な目にあってい
る。
今回を入れて39回ではあるが。
警備員に捕まって連行されて反省文を書かされたり(女子寮にだけ警備員がいる事だって男女差
別じゃないのかね!?)、最強の幼馴染に吹き飛ばされたり、後は吹き飛ばされたり……やっぱり
いつも吹き飛ばされることのほうが多かった。
「次こそはって勇さんいつも同じセリフ言ってるよね、飽きない?」
「将太、君俺に対して結構グイグイ来るね?」
将太はグイグイ来る。
--グイグイ来る系男子だからだ。
勇気が将太に諦めに似た感じで問いかけるがきっと将太の方が勇気に対して諦めている事だろ
う。
「ま、俺は絶対そんな危険な橋は渡らないからいいけどね。っていうか去年まで普通に男子寮あ
ったんでしょ?なんで無くなったの?あとこれ、ほい回復魔法カプセル。」
将太は絶対に女子寮侵入の後には回復魔法の入ったカプセルを用意している。何だかんだコイツ
は冷たく見えて優しい所がある。
まあ回復魔法カプセルと言っても気休め程度であるのだが。
怪我をした時に絆創膏を貼る、そんな感じ。
魔力を変換させて傷の治癒が出来る魔法使いはごく稀だ。
滅多にお目に掛かれるものじゃあない。
だから市販の回復魔法カプセルなんかは応急手当やその場凌ぎの物が大半を占める。
本当に傷の治癒まで出来る回復魔法カプセルは非常にお値段が張るので一介の学生がホイホイ
手を出せる代物ではない。
「おっ!サンキュー将太!気が利くじゃねーか。だが男子寮爆破事件に関しては教える事は出
来ん」
将太から回復魔法カプセルを受け取った勇気はそのままカプセルを開けて頭から魔法を被る。
ボッ!!という音がして驚き勇気の方を振り向くと
--勇気は燃えていた。
「あ、ごめん火炎魔法カプセルだそれ」
……やっぱコイツは酷い奴だ。
■伝統あるディアーウィッチ魔術学校 職員室前
翌日俺達は朝一で学校へ登校した。
いつもなら始業ギリギリに教室に入るのだが今日は昨日の女子寮侵入の件で職員室に呼び出され
ている。
将太は勿論寝ていた。
俺と勇気だけが日が昇って間もない時間帯に学校の職員室に赴く。足取りは重い。
俺は寝不足もあるが、勇気の場合は頭が燃えてアフロヘアーになっているからに違いない。
職員室に到着して学年主任で魔術武道(一般教育で言うところの体育みたいな感じだ)の先生で
魔導術師の観音寺先生の元へ向かった。
40半ばで無精ひげを生やした不良中年って感じの先生だ。ちなみに凪ねーちゃんはこの先生が
お気に入りである。
--強いから、だそうだ。
「てめーらなぁ・・・ってなんだお前すげー頭だな。」
勇気の頭を見て不憫に思ったのか、それとも最初からそんなにやる気が無いのか、観音寺はすぐ
に俺達を解放した。
「まあいい、怒る気も失せたわ。・・・って最初から怒る気なんて無かったんだけどな!10代の性衝
動、大いに応援するよ俺は。だがな、俺も仕事があるし、これも俺の仕事の内だ。生徒指導ってなぁ
めんどくせえんだ。だからおめーのアフロヘアーに免じて今回は反省文で勘弁してやる。原稿用紙
5枚程度。提出期限は・・・別にいいや。出したい時に出せ。」
こんな適当でいいのだろうか。
でも本人がいいって言うならいいんだろう。毎度の事だし。
毎度毎度お世話になってる俺達は勿論問題児の烙印を押されている。
殆どが勇気のせいだが便乗している俺にも少なからず責任はある。
--反省文は二人とも書かなかった。
■伝統あるディアーウィッチ魔術学校 2年教室
俺と勇気が教室に辿り着いた頃には始業ギリギリの時間だった。勿論噂は既に広まっており俺達
二人は今日一日ずっとからかわれ続ける事になるのだ。
着席するやいなや隣の席の阿久比美咲が話し掛けてきた。ボロ布を纏い、前髪で常に片目が隠れ
ている気が強い女。こいつとは1年の頃からの腐れ縁である。
「下らんことをする暇があったら魔術の勉強でもしたらどうだバカ二人」
妖刀使いで阿久比の持つ妖刀はもの凄い魔力を秘めている、だが阿久比自身は魔力をまだ持っ
ていない。
自身が魔力を持っていなくてもこういう魔導アイテムを所持していてその使い方を習う、という理由
でも学校へは入学が可能だ。
ちなみに席では俺の後ろの席になる勇気が阿久比に反論している所だった。
「あのな、あれは下らない事じゃあない。俺達2人の野望だ!」
--勝手に2人の野望にされては敵わない。
「勇気、1人の野望な」
「ああそうだ、俺1人の・・・って大介君も中々キツイね」
このクラスで他に喋る奴と言ったら……陰陽師の家系で陰陽術を使う阿倍野たつき。
どことなく平安貴族を思わせるその見た目で少しクラスでは浮き気味な印象を受ける。
普段はあまり喋らず周りともあまりつるまない。俺達も少し喋る程度だ。
寡黙でよく分からない所がある不思議な奴。
後は窓際の一番後ろの席で白衣を着てメガネを掛けたあの女。
樋口雅美。
錬金術に科学研究、魔導ウェポンにも精通しているが何故かこの伝統あるディアーウィッチ魔術学
校に通っている。
スターダストナイツに行けば良かったのでは?と聞いたこともあるが受験会場を間違えたとか言って
いた。本当だとしたら相当間抜けである。
授業にあまり関心が無く、ずっと魔法科学室と呼ばれる実験室に篭っている変人だ。
通称マッド樋口。
彼女は人知れずいつも何かの研究をしている。ちなみに頼めば何かと要望通りの薬や機械を作っ
てくれたりする凄い奴だ。
大抵の発明品は有料であり銭が掛かる。
--そして今日もどこかで彼女の発明品はこの学校内で悪用されているのだろう。
そしてもう一人。
ロン毛で金髪のやる気の無さそうな男。
明石神。
将来の夢はロックンローラーだそうな。魔力を持たず、ぶっちゃけ何しに学校来てるのか不明だ。
本人曰く「ロックンローラーに高等教育なんていらないの。魂だけあればいいの。これ僕の名言ね。」
らしい。
--この学校に来ている理由に全くなっていないのが彼の凄い所だ。
とまあこんな感じかな。
……しばらく阿久比と勇気の言い争いを傍観していたが担任の先生が教室に入り言い争いをやめ
たようだ。
担任の先生……観音寺先生なのだが。
「おうおうおめーら元気かぁ?HRの時間だから適当に進めといてくれ。終わったら1限
目から5限目まで教科書読んで魔法の実習しとけ。以上」
なんて適当なんだろう。
というか教えろよちゃんと。
とは言ったものの実質魔法学校というものは半分以上が自習の時間である。
魔法というものは魔力を変化させたもの。
自らの魔力を何かに変換させる行為こそが『魔法』と呼ばれるものだからだ。
なので呪文を唱えるとこの魔法が発動する、とかそういうものではない。
術者のイメージ通り魔力を変換させる事が出来るかどうか、それが重要だ。
一応教科書みたいなものがあり、火炎魔法、冷気魔法等々やり方が書いてあるのだが結局
の所それらは例でしかない。
魔法を料理という行為に置き換えるなら、魔法の教科書は単なるレシピ本だ。
魔力に関してもまだまだ研究途中の代物であるからして『こうあらなければならない』と
いうのは無い。
--寧ろ悪癖だ。
と、俺は思う。
まあしかしどこの学校もまずは学生に魔法を経験させる、慣れさせるという事を重点的に
行っているらしいのでとにかくやって経験するのが大事なのだろう。
才能さえあればそこから先は自分で勝手にやっていくからね。
勿論俺には今の所そんな才能は無いし、魔力もそんなに強くない。
教科書を真似てチュートリアル通りに魔法を作り出すくらいの事しかできない。
その点凪ねーちゃんなんかは魔力を変換しないでただ放出するだけで攻撃になってしまう
のだから恐ろしい。
というか魔力を変換させていないのでそもそもそれは魔法とは呼べないけど。
肉体強化は魔法と呼べるけどね。
俺が凪ねーちゃんを真似して魔力を変換させないで全力でただ魔力を放出してもほぼ意味
は無い。
試しに勇気にやってみよう。
俺は体内の魔力を一気に右の掌に集めて勇気の顔目掛けて一気に放出する。
そしてそのまま放出し続ける。俺の掌から発せられた魔力の奔流によって勇気の髪がなび
く!
そして振り返る勇気!
「……大介、何してんの?ちょっとやめてくれない?」
俺は無言で放出し続ける。真顔で。
「ねえ、大介、なんか言ってよ。怖いんだけど。この行為の意味を教えてくれよ」
1分ほど放出し続けていたが流石に息切れ。
一気に魔力が底をついてしまったがまた30分くらい経てば全回復するだろう。
ふと隣を見ると阿久比は腕を組んで寝ていた。
居眠りとはふざけてやがる。
鼻を突っついて起こしてやろうと顔の前に指を近づけた瞬間驚異的な速さで刀を喉元に突
き付けられた。そして強烈な睨みを効かせながら俺に一言
「それ以上手を伸ばせば死ぬ事になる」
「いえ、居眠りしてたんで起こしてあげようかなと」
阿久比はなおも刀を離さず反論する。
「居眠りではない、精神統一だ。魔力を持たぬ私には自習は無用の長物」
ああ、そうですか……
阿久比はあのままにしておこう。
勇気は何してるかな?
「頼む!!誰か消してくれ!!」
魔力の火炎変換に失敗したのだろうか、燃えてアフロヘアーになってしまった髪がまた燃
えていた。