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柳原土手狐狸奇譚  作者: 五十鈴 りく


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1/2

狸編

 それは日の本の、時は江戸時代――。

 元号は享保きょうほうと申しました。天皇は第百十五代目桜町天皇、将軍は八代目徳川吉宗様の御世。

 

 将軍様のお膝元、お江戸を流れる神田川。その川原のことを皆様ご存知でございましょうか。

 その南側の土手をね、柳原やなぎわら土手と申すんでございますよ。

 柳原土手は古着の売り買いが盛んな場所でございましてね、土手を背に、多い時では五百もの古着の床店が軒を連ねていたのでございます。


 ええ、このご時勢、着たきり雀なんてのがザラでございましたね。おべべはそりゃあ高価で、皆、擦り切れるまで着るのは当たり前。そうそう買い換えることなんてなかったのでございますよ。


 買えたとしても古着がやっと。まっさらな着物に袖を通すなんて、よっぽど裕福でなけりゃ無理なこと。だから、古着屋が繁盛するんでございますよ。

 着たきり雀ばかりなら、売る着物があるのかって?

 それは言わぬが華というやつでございまして。ホホホ。


 さてと、そんな柳原土手を西に行くと、その土手際にはね、小さな神社がありましたのさ。

 そのお社にはね、夜な夜なこの柳原土手にまう者たちが集っていたんでございますよ。

 ほうら、今宵も――。



     卍



 小さな足でてくてくと、真由狸まゆりは歩いていた。まゆりは狸である。まだ小さな雌の仔狸だ。

 親はすでにないけれど、土手に棲まう狸たちのすべてが親であった。狸は情が深い生き物である。まゆりはもらい乳をし、ここまで育つことができたのだ。


 まゆりは今日も神社の境内で遊んでいた。神社といえば神聖な土地。狐狸妖怪の類が易々と入れるはずもないというところだが、ここのお社は狐狸のよく親しんだ場であった。はじき出されることもなく、ゆっくりとくつろげる狐狸にとっての居場所である。


狸一郎りいちろうさん、こんばんは」


 まゆりは目上の狸に丁寧に挨拶した。なかなかに鼻筋が通った美形の狸は優しげに目を細めた。


「ああ、まゆり。今日も元気そうだね」

「はい、狸一郎さんもお元気そうで何よりです」

「お前はまだ小さい。悪意のある人間も多いからね。十分に気をつけるのだよ」

「あたし、早く大人狸になってニンゲンを化かせるようになりたいです」


 そう、それは狸にとっての楽しみのひとつで、化かしたヒトから奪った食料などは収入源でもある。立派にヒトを化かせてこその狸である。


「そうだなぁ。まあ、いずれはな。精進しろよ」


 狸一郎は化け上手の立派な狸だ。まゆりの憧れでもある。

 まゆりは上機嫌で、境内を去った狸一郎の尻尾を見送っていた。すると、その背後でププ、と笑う声がした。


「アンタじゃ化かすどころか、尻尾を隠し忘れてニンゲンに斬られちまいそうだよ」


 その声に、まゆりは垂れた目を怒らせて振り返った。そこにいたのは、大人になりかけの狐。稲穂のような黄金色の毛並みが月夜に映える。狐雨こさめという名の狐だ。


 こさめはまゆりと同じように親のない仔狐であった。けれど、こさめは一匹で逞しく成長した。小さなうちから狩りを覚え、ヒトの食い物などをかっぱらうすばしっこさを身につけていた。そんなこさめから見えれば、まゆりは大層な甘ったれである。

 こうして境内で会えば角つき合わせてばかりいる。


「むむむ。そんなことないもん。あたしは変化へんげの練習も欠かしてないんだから」


 ぷりぷりと怒ったところで愛嬌のある顔に迫力はないらしく、こさめは小莫迦こばかにして笑うばかりだった。


「そうかい。ま、せいぜい頑張りな」


 するり、と滑らかな足取りでこさめは去った。何か、いつも上から見下ろされている。そんな気分だった。




 ――そうして、数年の歳月が流れた。そんな晩夏の頃。

 まゆりもこさめも、もう子供とは言えないほどに成長した。

 それでも、境内で顔を合わせるたびに張り合うのは、今も昔も少しも変わりない。


「フフフ、昨晩はなかなかに愉しめたよ。アタシの通力が随分上がったのがわかるだろう?」


 成長したこさめは、ほっそりとした美しい肢体をしている。その艶やかな黄金色の毛皮は、狩人ならば夢にまで見るほどの上物だ。焦げ茶色の毛をしたまゆりは、愛嬌のある顔でつぶやいた。


「なにさ、夜な夜なヒトを化かして遊んでいるの?」


 こさめの化け術が上達したのは、それだけ実戦を積んだからだとまゆりは思った。こさめはそんなまゆりを鼻で笑った。


「どう遊んでいるのか教えてやってもいいけど、ネンネのアンタにはまだ早いかねぇ」


 かっちーん、とまゆりは自分の頭の中で音が鳴った気がした。


「そんなに年も変わらないじゃない。偉そうに」


 けれど、こさめはフフンと笑う。


「年じゃないんだよ、問題は。アタシはヒトの男から精気を奪って自分の力とすることができる。アンタがアタシに追いつける日は未来永劫来ないだろうねぇ」


 ぷち、とまゆりの堪忍袋の緒が切れた。もともと切れやすい。


「あんたにできることがあたしにできないわけがないでしょッ」


 と、丸い足で地団太を踏んだ。尻尾がふさふさと踊っているさまは、そう怒っているふうに見えなくとも、まゆりは真剣である。こさめはゆとりのある顔つきでまゆりに目を向けると、言った。


「じゃあ、ちょいと試しにヒトの娘に化けてごらんよ」


 まゆりにもそれくらいは朝飯前だ。ぽん、と音と煙を立ててまゆりは化けた。

 桃割れに結った髪、薄紅色の頬をした、花も恥らう娘姿である。大きくつぶらな目と小作りな鼻、ふっくらとした唇。梅の小袖がよく似合う。町を歩けば小町娘と評判になりそうな愛らしさだった。

 もちろん、耳と尻尾も上手く隠している。


「どうよ。あたしだってこれくらいはできるんだから」


 と、まゆりは胸を張る。こさめはふぅ、とひとつ嘆息するとドロンと音を立てて変化した。

 それはそれは妖しい美女がそこにいた。

 背中に流した洗い髪。それは絹のように滑らかで結わうことなどできないのではないだろうか。通った鼻筋と、見る者を虜にする切れ長の目。そのまなじりと、婀娜あだに抜いたうなじから色香が匂い立つようだ。前帯のゆるさも裾の乱れも不思議とだらしなさを感じさせない。


 まゆりはぐ、と言葉に詰まった。

 まゆりの変化へんげは愛くるしいけれど、どう見てもおぼこ娘である。こさめの変化は――蝶を寄せつける大輪の花のようで、まゆりは密やかに敗北感に打ちひしがれた。口には出さずとも、それはこさめにも伝わったようだ。


「うん、何か言ったかい」


 嫌味を吐かれただけである。

 こさめはほぅ、とひとつ息をついた。それは美しい横顔だった。


「この先の土手はね、夜にはまた違った顔を持つんだよ」

「なぁに、それ」


 すっかり拗ねたまゆりが口を尖らせていると、こさめはフフ、と白い面で妖艶に笑った。


莫迦ばかなヒトの男どもがね、一夜の夢を買いに来るのさ」

「一夜の、夢ねぇ」


 まゆりは知ったかぶりで答えた。そんなこともこさめにはお見通しだった。


「そのヒトの男たちから精気をもらって、アタシは通力を高めたのさ」


 そういえばさっきもそんなことを言っていた。

 ほほう、とまゆりは納得した。確かに、こさめはこのところ輝いている。


「さてと、そろそろ行こうか」


 しゃなり、とこさめは歩み出した。まゆりはこのままではずっとこさめに勝てないままなのではないかと焦る気持ちから、その後に続いた。こさめは拒みはしなかった。




 川音がサラサラと夜の闇の中で聞こえる。思えば、あまり神社から一匹で離れることはなかった。まゆりは行動範囲が狭いのだ。


 土手を二匹で歩く。こさめが顔を隠すように手ぬぐいを軽く被ったのをまゆりも真似た。どういう意味があるのかは知らない。そうして、何故か手には巻いたむしろを持っている。

 妖艶な美女とあどけない娘。その正体は狐狸妖怪である。

 けれど、土手へやって来た男たちが二人の女の正体に気づくことはない。


 ここは柳原土手。

 江戸時代に最も安く遊女が買えた土地とされる。何故そんなにも安かったのか――それを男たちはもっと疑ってみるべきであった。


 土手をすれ違った町人の男。逞しい体をしていて、月代さかやきに火傷の痕が一筋あった。火消しか何かだろうか。

 手にした提灯の明かりにぽうっと照らし出される女たち。男はひゅぅ、と口笛を吹いた。


「お前さんのそのナリ、夜鷹か。しっかし、こんな瑞々しい別嬪の夜鷹がいるなんてな。その器量なら吉原の花魁にだってなれるだろうよ」


 筵一枚と体が商売道具の安価な遊女である夜鷹は、年かさの女たちが多い。男の言葉ももっともである。だというのに、男は自分にとって都合のいい状況を疑わぬのだった。

 こさめは手ぬぐいの端で口元を隠し、コロコロと笑って見せた。その様子は扇情的である。男はごくりと唾を飲んだ。


「あれ旦那、嬉しいことをお言いでござんすねぇ。けれど、所詮アタシは学も芸もないただの女子。花魁どころか風の吹きすさぶ土手で日銭を稼ぐことしかできゃしませんのさ」

「ひと切いくらだ」

「二十四文。いかがでござんしょ」


 その額に男は目の色を変えた。


「少し安すぎゃしねぇか? お前さんのような上玉が本当にそれでいいのか――」


 こさめはすぅっと目を細め、そうして微笑した。


「それがアタシに見合ったところでござんすよ」

「病持ちか」

「おや、とんでもない。そう見えますか?」


 しばしの沈黙があった。

 男が魅入られたようにふらりとこさめに吸い寄せられる。こさめは男に肩を抱かれ、そうして二人は土手を歩いていく。こさめが最後に、まゆりに勝ち誇ったような目を向けた。風がひゅうぅと吹いた。


「――ちょっと、あたしの立場はどうなるの」


 納得行かないのはまゆりである。男はこさめしか目に入らず、まゆりがいたことなど覚えてもいないのだろう。

 屈辱である。こさめのことはあんなにも褒めそやしたのに。


「ところで、夜鷹って何さ。吉原ってどこよ?」


 まゆりはうぅんと悩んだ。まゆりの世間は狭いのである。

 こさめは男の精気を奪うと言っていた。そうしたら通力が増すのだと。

 しかし、まゆりにはその手管がよくわからないのである。相手がこさめだけに、意地が邪魔して素直には訊けない。


 よし、ちょっと覗いてこよう、と、まゆりはとんでもないことを思いついた。堂々と土手を行く。


 そんな時、後から伸びた手がまゆりの肩をつかんだ。ビクリと体を震わせて振り返ったまゆりに、そこにいた三十路を過ぎたくらいの鮫小紋の着物を来た男がニヤニヤと笑いかけてきた。曲がった髷が、さっきの男よりも少しだらしない。


「お、随分若いじゃねえか。こりゃあいい」


 まゆりはぽかんと口を開けていた。そんな彼女に男は言う。


「いくらだ」


 ここで狸と見破られたくないまゆりは、理解せぬままにこさめの真似をするのである。


「二十四文でございます」


 ちなみに二十四文では、かけ蕎麦を一杯食べられてもおかわりはできないのである。まともな夜鷹であれば例え四十路をすぎていようと百文は取る。それでも女郎の花代としては十分に安いのだ。

 まゆりが夜鷹の相場など知るはずもなく――。


 男はほう、とつぶやいてからまゆりの手を引いた。べったりと汗ばんだ不快な手だった。

 男はそれ以上何も言わなかった。無言で、それも早足でまゆりを引きずるように歩いた。男は薄暗い草陰に入った。とは言っても、まゆりは狸ゆえに夜目が利くのだが。


 まゆりにはこの男がどうしてこの場所に自分を引き込んだのか、それもわからぬままである。ぼんやりとしていたまゆりに男は突然抱きついた。男の体臭がまゆりには耐え難い。

 目を白黒させたまゆりだったけれど、その汗ばんだ手が着物の合わせ目から中に差し込まれた瞬間に大声を上げて男を突き飛ばして逃げた。


「てめぇ――ッ」


 ギラギラと血走った男の目から逃れ、草むらで変化を解いて狸の姿に戻ると、まゆりは一目散に神社の境内まで駆け戻ったのである。




「い、一体あれはなんだったの?」


 ヒトの肌というのは、狸のように毛で覆われていない。だから、触れられる時のあのねっとりとした感覚は身の毛のよだつものだった。ぶるぶるぶる、と社の軒下で震えていると、いつからそこにいたのか、こさめがいた。未だに美しい女の姿である。白い首筋にいくつかの赤い痕を残し、ふくよかな胸もとが見えるほどに着物が乱れている。ただ――。

 こさめの通力は強まっていた。それがはっきりとわかった。闇の中でその黄金色の瞳がキラリと光る。


「おや、こんなところにいたのかい」


 わざとらしい口調で言った。まゆりはそれでも軒下から出なかった。


「だから言ったじゃないさ。アンタにはまだ早いって」


 まゆりは軒下からキッとこさめを睨んだ。けれど、こさめはコロコロと笑う。


「ヒトの男と通じてその精気を奪うんだよ。アンタみたいなおぼこ娘じゃ、ヒトの男を誘惑することなんてできゃしないだろ」


 心がズシンと重たくなった。あの不快な手に耐えることで通力を増すのだとするなら、まゆりはそこまでしなければならないのだろうかと思う。そんなまゆりの甘さをこさめはわらうのだ。


「所詮アンタは狸。狐のアタシに敵うはずもないのさ」


 かちん。

 狸が狐に敵わない。そんなこと、黙って聞き過ごすわけには行かなかった。


「そんなことない。あたしはいつかあんたをぎゃふんと言わせてあげるんだから」


 そんなまゆりの遠吠えに、こさめは腹を抱えて笑った。


「そうかい。そんなに言うのなら今度勝負をしようか。――そうだねえ、次の満月の夜に最初に出会った男がどちらを選ぶかで勝敗を決めよう」


 果たして勝ち目はあるのか。けれど、眷属すべての面子に関わる。負けられない戦いである。


「受けて立つわ」


 などと答えてしまうまゆりだった。

 空の月は半月を少し過ぎた。これから毎晩特訓だとまゆりは心に決めた。




 ヒトの娘の姿になると、こさめがするような仕草を真似てみた。流し目――目が大切だと思う。ただ、境内の赤い前掛けをした狛狐相手に流し目の練習をしている娘というのも滑稽なのだが。それでも当人は必死である。

 むむむ、とうなっていると、いつからそこにいたのか、狸一郎が社の屋根からまゆりに声をかけた。


「まゆり、精が出るね」

「ふあっ」


 心構えがなかったことと恥ずかしさから、まゆりは大慌てである。そんなまゆりを狸一郎はクスクスと笑った。


「あまり無理はせぬようにな」

「ありがとうございます」


 憧れの狸一郎に励まされ、まゆりは俄然張りきるのだった。




 そうこうしているうちに、満月の夜などすぐにやってきた。


「おや、逃げずにやって来たんだね。偉い偉い」


 こさめは上から物を言いながら、髪をさらりと掻き上げた。その仕草のひとつひとつが色めいている。まゆりはチッと心の中で舌打ちした。


「吠え面かかせてあげるからね。覚悟しなさい」


 どこをどうしたらそんな大言が吐けるのかと言われそうだが、まゆりは真剣である。

 大きく丸い月が柳原土手を妖しく照らし出す。二人――二匹は手ぬぐいを被り、土手を並んで歩いた。


 まゆりはドキドキと胸が張り裂けそうであった。いつまで経っても自分はこさめには敵わないままなのかもしれないと、どこかでは感じている。それでも、何もせぬうちから諦めてしまっては、こさめはまゆりを軽蔑することだろう。そうだ、他の誰でもないこさめに、まゆりは認めてほしいのかもしれない。競い合うに値する相手だと。


 土手を歩いてくる姿は、姿勢のよい若者であった。皺ひとつない袴を捌き、提灯ひとつを手に歩いている。その腰には大小の刀があった。まずそれを見た瞬間にまゆりはぞっと身を震わせた。以前のような町人ではない。あれは侍だ。あの鞘の中に切れ味鋭い刃が眠る。

 正体を覚られたならば斬られてしまうだろう。それでも、こさめは怯えた様子を見せなかった。まゆりの手を引いて木の陰に隠れるとぽつりとつぶやく。


「これはまた、最高の獲物だね。ごらんよあの美しい顔としなやかな体を。力に満ち溢れている。あの若侍の精気は格別だろうね」


 うっとりとこさめは若侍に見入っていた。確かに、ヒトの中では美しい方だ。色の白い小作りな顔に銀杏髷がよく似合う。どこぞの良家の嫡男が息抜きと好奇心でやってきたのか。たまたま通りかかっただけなのか。そんなことはどちらでもよい。

 こさめは木の陰から手招きし、甘く伸びやかな声で若侍に声をかけた。


「若様、今宵の敵娼(あいかた)をお探しでござんすか」


 若侍は驚くほどに澄んだ目を二匹に向けた。


「おぬしたちはここで春をひさいでおるのか。女子には生きにくい世だ。苦労するな」

「そうお優しいお言葉をかけてくださいますなら、どうぞアタシたちにお情けをくださいませ。さあ、どちらをお求めでござんすか」


 にこやかにこさめは言った。その微笑はやはり美しく、男を虜にするには十分すぎる艶があった。

 若侍は爽やかに微笑み返し、歩み寄る。


「では――」


 そうして手を引かれたのは、まゆりの方であった。まゆりは緊張から顔は強張っていた上、ひと言も口を利けていない。それなのに、若侍はまゆりを選んだ。納得が行かないのはこさめである。


「何故、その娘の方を?」


 怒りに震える声でこさめは訊ねるけれど、若侍はその妖気をものともせずに言うのだった。


「おぬしのように美しい女子ならば引く手数多だろう。ではな」


 あっさりとまゆりの肩を抱き、二人は身を寄せ合って土手を歩くのだった。こんなにも密着しているというのに、前の男のような不快感は少しも湧かなかった。それどころか、この腕の中を心地よく思う自分にまゆりは驚いていた。

 すると、若侍は歩きながらぽつりとつぶやく。


「ヒトが『狐七化け狸は八化け』と謳うようにな、本来狸の化け術が狐に劣ることはないのだ。ただ、狐は知恵者だからな。力以上の機転を利かせるのでしてやられることも多いのだが」


 ぽかん、と口を開いたまゆりに、若侍は優しく微笑む。


「なんだ、まだ気づかぬのか?」


 美しい顔に聡明なまなこ。この眼をまゆりは知っていた。


「り、狸一郎様でございますか?」


 狸一郎はこくりとうなずいた。


「お前は危なっかしくていかんな」


 狸一郎は強い通力を持つ化け狸である。それは、こさめをも上回る。


「も、申し訳ございません」


 思わず謝った。何故謝ってしまったのかもよくわからない。

 けれど、狸一郎は優しく言った。


「幼少より見守って来たお前を、もう少しそばで見守ることにした」

「それは――」


 カサリ、と草葉の陰に二人は身を沈めた。狸一郎はまゆりの体に腕を絡め、唇をぺろりと舐める。

 その求愛にまゆりは照れつつ、そっとうなずいた。



     卍



 ――おや、柳原土手で買った着物がひと晩で襤褸に?

 そりゃあきっと、狐か狸に化かされたんでございましょう。

 いえいえ、笑ってなんぞ居りませんよ。

 どうぞお気をつけあそばせ。

言わぬが華とかいって書いてしまいますが、湯灌場で脱がせた仏さんの着物を売るとか、よくあるお話(*ノωノ)

ちなみに、夜鷹の花代が二十四文って、客寄せ宣伝文句でほんとは百文取ってたらしいですよ(笑)

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