一
「これを、刀鍛冶のところへ持っていってくれないか」
主である源久遠が差し出した太刀を、郁は恐る恐る受け取った。
薄汚れた鞘に収められた大振りの太刀は両手で支えても手首が痛くなるくらい重く、柄の部分は黒ずんだ血で汚れている。鉄の錆びたような臭いが刀から漂ってくる、と思いつつ太刀を鞘から抜いてみると、刀身は酷く刃毀れしていた。
「一応、うちの伝家の宝刀で、鬼斬りの太刀と呼ばれているものだが」
「なんか……鬼どころか大根も切れそうにないですね」
あまりの襤褸さに郁は目を瞠った。
かつては立派な刀だったのだろうが、丁重に扱う気も起こらないくらい傷んでいる。
「父が、大江山の鬼退治に出向いた際、この太刀で鬼の首を刎ねたのが最後らしい。武具を大事にする父らしくもないことだが、帰京後はこの太刀を唐櫃に収めてずっと納戸の奥にしまってあったんだ」
勇猛果敢な武士として都中に名を馳せた久遠の父は、半年前に亡くなった。
現在は検非違使として働く久遠が家督を継いでいる。
「随分と厳重にしまい込んでいたんですね」
唐櫃には鉄の錠が設えられた上、護符のようなもので封印がされていた。
「鬼の生き血を大量に啜ったせいか、太刀の周囲で奇怪なことが次々と起き始めたんだ。鬼の祟りだとか周囲が騒ぐものだから、父は陰陽師に依頼してこの唐櫃を作り、太刀を収めておいたらしい。しまう前に多少なりとも手入れをしておけば、ここまで悲惨な状態にはならなかったのだろうが……」
太刀を見遣りながら、久遠は溜息を吐く。
「近頃、都大路を鬼や野盗が夜な夜な闊歩しては人びとを襲っている話はお前も知っているだろう? 貴族の屋敷も何軒か襲われて、帝も憂慮されているとのことで、検非違使では近日中にこの賊を一掃する予定なんだが、我が家の鬼斬りの太刀の存在を知る上司から、是非鬼斬りの太刀を携えて討伐に加わって欲しいと言われたんだ。それで、慌てて唐櫃を開けてみれば、この有様だ」
確かに、これでは到底使い物にならない。
刀鍛冶も匙を投げそうな状態だ。
「研いでどうにかなるようには思えませんが。新調した方が早くありませんか?」
「家宝を新調するのはさすがに外聞をはばかるので、ひとまず刀鍛冶には人に見せられる姿にしてくれれば良いと伝えてくれ。できれば、五日以内で仕上げて欲しい、とも」
「承知いたしました」
錦織りの太刀袋に刀を収めると、少しでも早く刀鍛冶のところへ届けよう、と郁はすぐさま立ち上がる。
「道中気をつけて。最近は昼間でもやたらと物騒だからな。本当は私自身が行ければ良かったんだが……」
久遠はいまから勤め先である検非違使庁へ登庁しなければならない。
「そうだ。雑色を供に連れて行きなさい」
侍女とはいえ乳兄妹の間柄である郁の身を案じ、久遠は提案する。
慌てて郁はそれを断った。
「まだ日は高いですし、これくらいのお遣い、ひとりで大丈夫ですよ」
もう十六になるというのに、いまだに郁は自分が五つか六つの子供として扱われているような気がしてならない。四つ年上の久遠は、昔からやたらと過保護だ。
「では、行って参ります」
太刀袋を両腕で抱えると、郁は屋敷を出た。




