どうしても生きなきゃ駄目ですか? 人格
夏休みの残り数日を休養として休んでいた日の事だった。
幼馴染のJからの連絡。
「暇だろ?遊ぼうぜ」
断る理由もない。もちろん即答。
夏休みということもあって浮かれていた僕は自転車を漕いでJの元へ向かった。
夏の夜の涼しい時間帯。田舎ということもあり深夜ともなれば車もそう走っていない。気持ちの良い気分で集合場所へ向かった。
集合場所にはJの他に同じ高校のKもいた。Kとはクラスは違うが、僕の一人暮らしの時にJが連れてきたJの中学の同級生だ。
J、K、そして僕の三人で行動を開始した。
と言っても特にすることはなく、市内を自転車で走って面白いことを探していただけだが。
しばらく走っているとJが自販機の前で止まった。
「ジュースでも盗るか」
Jの一言に賛同した。立派な窃盗罪。しかしこの時僕らは十七歳。怖い物無しだ。
正直、自販機からジュースを盗むのは始めてではなかった。
一人が下の取り出し口の板を力で持ち上げ、もう一人が手を突っ込みジュースを落とすというシンプルなもの。
僕は腕が太いためもっぱら板を上げる専門だ。
腕を突っ込むのはJ。見張りをKがするといった具合で市内の盗める自販機を荒らしまくっていた。
そして四、五十本程盗り、最寄のKの家に向かう矢先だった。
角からパトカーが飛び出してきたのである。
一目散に逃げる三人。
急ブレーキの音が真夜中の街中に鳴り響く。
「待てこらぁ!」がしゃあん
警官の太い声が聞こえた。
必死で自転車を漕いだ。焦りと緊張で手汗がすごい。三人はバラバラになった。
十分足らずだろうか、自転車を走らせていると携帯が鳴った。Jからだ。
「どうした?」
どうしても声が上ずってしまう。
「おー、逃げ切れたか。」
Jは何とか逃げ切れていたようだ。
「あれ?Kは?」
ここで嫌な予感がした。
「電話出ねぇんだよ」
やはりか。あの音はKの自転車が転ばされた音。
「とりあえず俺の家来て」
ここでJの家に集合する事に決定した。Jの家はうるさい父親が夜勤の為、門限というものがない。
正確に言えば門限が無いのはJだけであり、Jの妹は中学生なので門限はきちんと設定されている。
そもそも守っていないだけかもしれないが。
「まっじーな。K捕まったっしょ。」
「J、おまえ後ろから見てないの?」
「おまえがパトカーの左をすり抜けて、俺もそれに着いて行ったんだよなー。」
おそらく、というか確実にKは捕まった。もちろん僕らもその現場にいて警察の目の前で逃げた訳だからK一人の犯行で終わる訳がない。
時計は朝方の四時を過ぎていた。
その瞬間、僕の携帯が鳴った。Kからだ。
「もしもし?K大丈夫か?」
「あーわりぃ。捕まったわ。」
「やっぱりか。おまえ突き飛ばされてなかったか?」
「いや顔面にエルボー喰らっただけ。結構痛い。」
「そうか。んでどうなったの?」
「明日ってか今日の九時にJとおまえの家に警察行くわ。わりぃ。」
どう転んでも捕まるか。仕方ない。
「わかったー。とりあえず了解。」
電話を切ってJに事情を説明し、その日は解散になった。
帰り道、心臓の鼓動が早くなっていた。いつもこの朝方の時間帯は警察に見つかれば即補導ものだが、今日はそんなものより今日の九時に来るであろう警察の事でそんな事を考えている余裕なんてないに等しい。いやむしろ今更補導ごときと開き直っていた。
自宅に着いたのは明け方の六時、帰宅すると母親はちょうど起きていたらしく、台所でタバコを吸っていた。
「おかえり」
我が家にも門限はなく、基本放任主義だ。
「母ちゃん悪い。Kが警察に捕まって、今日の九時に警察が俺の家に来るわ」
「は?なにしたの?」
「自販機からジュースかっぱらってた」
「ばかだな(笑)」
先にも言ったがうちの母親は放任主義だ。怒ることなく、笑っていた。
「とりあえず寝るから、警察来たら起こして。」
そういって自室に行き、ベッドに横になった。まだ心臓の鼓動が早いまま。
当たり前か、警察くるもんな。
心臓の脈打つ音は高かったが、家に帰ってきたことで疲労と緊張が一気に解けて、すぐに寝てしまったようだ。
そして
「…ろ、…きろ、警察来たよ!」
母親に起こされ、時間を確認。
九時か、時間ピッタシ。
「なんの用できたかわかるよね?」
「はい」
「じゃ車乗って」
寝巻き、ジャージとTシャツのまま覆面パトカーに乗り込んで警察署に向かった。
警察署に行き、取調べが始まった。
何てことはなかった。警察の質問はもう知っていることを確認しているだけだった。
「~なのか?」では「~なんだよな?」と。
それに対して僕はハイハイと返事をするだけ。まる一日かかるということで取調室で昼食。
カツ丼を食った。自腹で。美味しくない。いやもう気持ちは落ち着いていた。単純にカツ丼が不味かっただけである。
そして学校に連絡。
結局取り調べは夜の八時までかかった。
家まで歩く道のりが遠く感じた。警察署から徒歩十五分くらいなのだが。
家に着き、母親に取り調べの内容と、これからの動きを伝えた。家庭裁判所は免れない事も。
母親は
「はぁ~」
と溜息をついた。
そして家に置いてきた携帯を確認した。
担任の先生からの着信が多数入っていた。
前の女の担任は転任してしまい、二年からは男の先生が担任になっていた。この男の先生。怒ると相当怖い。
その着信履歴を見てまた心臓の鼓動が早くなったのを確認した。
恐る恐る掛け直した。
「おう。何やってんだおめぇ?」
「すんません」
「すんませんじゃねぇよ。○○科のKも一緒なんだって?」
「はい」
「とりあえず夏休み中だから処分はまだ出ねぇけど、始業式は絶対に学校来い。休むんじゃねぇぞ。」
「はい」
「それとおまえもう家から出るなよ。」
「はい」
怖い行きたくない。でも行かないと。
その日から始業式までの数日。本当に家から出なかった。というより出なくても問題ないくらい友人が遊びに来て、捕まった話を馬鹿にされ続けていたのだ。十分な暇つぶしだった。