どうしても生きなきゃ駄目ですか? 甘え
高校生活も安定し、クラス中が和気藹々としてきた時期。
僕のいるクラスは男子四割、女子六割といった具合だ。
その男子の中でMという奴がいた。お調子者で、他人をからかうのが趣味のような奴。
そしてTという奴。入学早々僕の頭を撫で「かわいい」と言ってきた奴。
僕はこの二人が嫌いで堪らなかった。どうしても生理的に好きになれないのだ。
今でこそ普通に接する事ができるかもしれない。しかし当時は本当にこの二人に会う事が苦痛でしかたなかった。
Mはどうしてもやる事が子供臭い。言動も行動も。他の十六歳とは思えない。どうしも言動が僕とは相容れずにいた。そしてTに至っては完全に避けていた。
もうお分かりかと思うがクラスはMとTを中心に回り始める。
当然、二人を避けていた僕は邪魔者扱い。学生らしい休み時間の触れ合いもない。
僕は小心者だった。世界中で僕しかいないような気分になっていた。
気付いたら他のクラスの友達、サッカー部の同級生達のところばかり行き、僕のクラスの奴とは溝が深まるばかりだった。
そんな生活が苦痛で仕方がなかった毎日に、両親の離婚というきっかけで、学校をやめる「口実」が出来たのだ。
部活は楽しかった。それでも部活の時間が始まるまでの学校の時間が僕には耐えられなかった。目に見えるいじめはない。場の空気が読めない人間ならこの環境でも平気だろうが、僕は小心者だ。
三十人いるクラスでたった一ぼっち。周りは楽しく話してる。
これがあと二年続くのが僕には耐えられない。
両親の離婚を「口実」に学校を自主退学、そして親元を離れて一人で生計を立ててみる。まだまだ親に甘えてもいい年だが、早くに高校から逃げ出したいのと、一人暮らしへの好奇心で頭が一杯だった。
母親の兄貴、僕の叔父さんにも説教をされた。それでも僕の考えは変わらない。もう決めた事だ。
悲劇のヒロインを気取っていた。
そして高校の担任との三者面談。
担任の先生は女の先生で、とても優しく、面倒見がいい。
入学以来、あまり話した事もないだろうからすぐに終わると思っていた。
しかし、話が本題に入ると同時に担任の先生の目が赤くなっているのを見た。
生れて十六年。年が離れ、赤の他人が僕の為に涙を流してるのを僕は見ていられなかった。
必死で退学を止めにくる担任を見て驚きを隠せない僕。入学以来、まともに話した事もないのになんでこんなに必死になってくれるのかと。
沈黙が続いたあと。涙を抑えた担任が言った一言。
「それではお母様の方が落ち着くまで、休学という事にしてみてはいかがでしょうか?」
その瞬間、僕の足りない脳はフル回転をした。
「(休学だと、またあのクラスに戻るって事だよな。意味ないじゃん。俺は学校をやめたいんだよ)」
しかしながらもう、そんな事を言う気力も度胸も僕にはない。僕の為に泣いてくれたことが僕の思考を邪魔する。
そして次に僕が出した言葉。
「わかりました。じゃあ休学で。」
一度決めた事を曲げるのは男らしくない。担任の涙、一人の人間が僕の事を考えて泣いてくれたことが意思を曲げる決定打となったのは明確だった。
そして翌日、担任の口から僕の休学がクラスに告げられた。
予想通り冷ややかな反応。中には当然の如くそのままやめちまえとか思っている奴もいたはず。
それでも心はこの苦痛からの解放、新生活への始まりに胸が高鳴っていた。
唯一の心残りは、部活の事だった。
コーチにも話したが、大した戦力にもなっていない僕を引き止める理由はなく、若いのだからやりたいようにやれという感じだった。
チームメイトは待ってると暖かい言葉を掛けられた。これもあったから、高校に戻る決心が出来たのだと思う。
そして一人暮らしが始まる。幸い、母親の知り合いが所持していたアパートを借りる事が出来たため、すぐに入居は決まった。
とりあえずは職探し。生活費を稼がねばならない。
高時給で若くても雇ってくれる所を探した。
その時はもちろん、一人で生きていくのだと心に誓った。
しかし現実は甘くない。当然のように高時給の所は年齢で引っ掛かるものばかり。
そして訪れた職業安定所でも冷たくあしなわれ、行っても無駄と思ってしまった。
さらに職がない状態。起きる時間も寝る時間も自由な生活が僕を怠惰にしていった。そして僕が一人暮らしを始めたという噂を嗅ぎ付け、中学の同級生や定時制高校に通っていた幼馴染のたまり場となっていた。
家賃も、携帯料金も生活費も母親に依存。
母親は口では働けというだけで本気で怒らない。
それに完全に甘えきっていた僕。
もうどうしていいかわからなかった。
完全に自分を見失っていた頃、世の学生達は冬休みを迎えていた。
当然のように僕の家、いや住んでいるのは僕だが実際は家賃を払っているのは母親だから母親の家。
徹夜で麻雀。眠くなったら寝て、起きて麻雀の繰り返しの日々。
その生活の中で、友人の一人が言った言葉。
「学校だりーな」
その一言が、僕の高校生活への思いを強くした。
一旦はやめてしまった高校への思い。それでも担任の涙や部活の仲間がいる高校へ戻りたい。そう強く思ってしまったのだ。
ネックとなっていたクラス。数ヶ月の中で苦痛への気持ちは大分解消されたかもしれない。
もしこれで駄目なら、もういっそ、全てを話して退学しようと心に決めた瞬間だった。
それからは早かった。
母親に連絡して、冬休みが明けたら登校すると学校に連絡してしてもらい、一人暮らしの終わりを決定した。
たむろしていた友人達は残念がっていたが、当時の僕は学校が始める事で頭が一杯だった。
母親に迷惑をかけただけの数ヶ月。本当に馬鹿な事をしていた。