第03話 「だって勇者だよ?」
王様の前で僕はオロオロしていた。
林さんに連れられてやってきたはいいが、どうすればいいのか分からない。
そもそも、この国における勇者という立場がどんなものかもわからなかった。
一先ず跪いておけばいいのだろうか?
しかし、林さんは王の前で一礼しただけで、なにも教えてくれない。
聞いておけばよかったと今になって後悔した。
壇上の大臣と思わしき人物や、王の後ろに控えている近衛騎士らしき人達の表情を伺っていると、訝しげな表情を浮かべているのが分かる。
ヤバイ! 召喚早々失態だこれは!!
緊張が極限まで登り、全身から脂汗が滲み出てくる。
緊張して倒れそうな僕をよそに、王はゆっくりと王座から立ち上がり、カッと目を見開いた。
「跪けぃ!!!!!!!」
短く、しかし威厳の乗った怒声が僕に降り注いだ。
ビクっと身を震わせて、僕は慌てて土下座する。それはもう何年もやり続けてきた貫禄があるような見事な土下座だった。
これを見れば、僕が長年虐められていたのだろうと思う人もいるかもしれない。
だが、生まれいでてから15年間、一度もイジメなんて受けた事はない。当然、本気の土下座も今回が初めてだ。
しかしなぜ僕がこんな見事な土下座を決められたかというと、それは単衣に王から受けるプレッシャーの一言に尽きる。
王座に座っている時は、王の威厳は滲み出ていたがプレッシャーを受けるほどではなかった。
しかし、先程の言葉を皮切りに卒倒しそうなほどの圧力をその身に受けていた。
その結果がこの土下座といえる。
土下座の体勢を取りつつも、ガクガクと全身を震わせている。
ああ、終わった。
僕の勇者人生は30分で終了だ。
この異世界に召喚されてからの出来事が走馬灯のように思い出される。
石造りで密閉された地下室。人一人通れれば良いような狭い階段。ビックリするほど綺麗に整えられている庭園。大きな門の横にあった守衛待機室のような建物。その中のエレベーターよりも狭い魔法陣の描かれた部屋。転移した先の柱の広間。そして王がおわすこの場所。
30分程度の異世界体験で得られる思い出なんて大したもんじゃないな。
頭髪の寂しくなった司教の人は、一番大事な事を教えてくれなかった。
僕は、王に対する礼儀を前もって教えてくれなかった林さんを心の中で非難する。
さて、僕はどうやって処刑されるのだろう。
この場で斬首か丸焼きか。
「……どの。勇者殿」
諦観の念で自分の最後を思い描いている時に、林さんから声をかけられている事に気付いた。
「勇者殿。そのように平伏さなくても結構です。顔を上げてお立ちください」
「え? え?」
そう言って林さんは僕の手を取り立ち上がらせる。
もしかして、林さんって王様よりも権威が上なのか?
しかし、その疑問もすぐに解消した。というか呆れた。
「いや~、ごめんね?ごめんね? 一度言ってみたくてさ~。『跪け!』って言うの。ほら、わしって王様じゃん? だけど、国民からこの城に仕える役人に至るまで、全員すぐにわしの前で跪いちゃうからさ。だから、なにもわからないでオロオロしていた勇者に言っちゃったんだ♪ ビックリした?ビックリした?」
「言っちゃったんだ♪」じゃねぇよ! 「ビックリした?」じゃねぇよ!!
まじビビったっての! つか、なんだよこの王様の喋り方。ふざけてんのか!?
「それでさ!それでさ! わしからのお願い。聞いてくれる?聞いてくれる?」
「…王。王!! 勇者殿が唖然としております。もっと威厳を持って喋ってください」
はっちゃけた口調の王様を、隣に控えている大臣が小声で注意する。
「え?あ、うn…うむ。それで勇者よ。我が願いを聞き届けて欲しい」
「もうおせーよ!」
さっきまでの威厳とプレッシャーはどこへやら。僕は思わず王様に突っ込んでいた。
それからというもの、尊大な口調とはっちゃけた口調が入り混じった王の言葉が紡がれる。
内容はこうだ。
なんでも、世界の破滅が訪れるっていう神託が下ったので、慣例に従い異世界より勇者を召喚した。世界中にある国々の中で、もっとも力を持つ五大国がそれぞれ1名ずつ勇者を召喚してるから、時には協力しつつ世界の破滅の原因を解明してほしいとのこと。
今までの歴史からすると、十中八九、魔王なる存在が関与するであろう事。それに伴い天変地異が多発するのでその原因の排除が主な任務となるだろうということ。
そして、それら頼みを聞いてくれた場合は援助金が支払われる事。
要請を断っても別に強制はしないが、元の世界に帰還する為には破滅の原因を取り除かなくてはならない事、などなど……。
召喚・送還の儀式には膨大な魔力と、希少な魔力媒介が必要になってくるらしい。
神託で破滅の原因が訪れる前に、魔力の貯蓄と媒介の入手は間に合ったが、次に召喚・送還の儀式を行うのに必要な魔力と媒介を入手したとしても、その破滅の原因のせいで儀式を行う事は出来ないらしい。
元々、異世界転生とか召喚ってのに憧れを抱いていた僕は、そもそもすぐに送還されるつもりはないので、二返事で了承する。
「ほんとに?ほんとうに? 大臣!勇者やってくれるって!!」
「王。口調、口調」
「ハッ!? して、勇者よ。これから旅立ってもらうわけだが、その前にいくつか説明を司教からさせていただく。司教よ頼んだぞ」
「お任せを。さ、勇者殿こちらで」
相変わらず口調が定まらない王に会釈して、僕は再び司教に連れられて別室へと向かった。
別室で、この世界の常識やなにやらの講義が開始される。
その講義を聞いていて、改めて異世界に来たって事が実感できた。
過去に何度も勇者召喚と称して異世界人を招いていた為、色々な部分で異世界の文明の一部が残されている。
それは主に魔法分野において残っており、元々魔法こそ存在していたが、魔導師や聖職者が扱うような高位の魔法体系は数代前の勇者によってもたらされたらしい。それまでは精々生活を便利にするような小規模の魔法しか存在していなかった。だが、勇者により魔力操作と術式構築の理論がもたらされ、それを研究する事によって強大な魔力を行使した魔法を扱う事が出来るように至ったわけだ。
その他にも、生活する上で便利になるものもいくつか伝えられた。
その最も代表的なのが、冷却魔法による冷凍庫、光魔法と簡単な術式によって自動でオンオフがされる街灯、比較的魔力消費の少ない浄化魔法を使っての大規模浄水設備などがあげられる。
僕の世界のように、魔物の脅威がまるでないという世界からの召喚者は珍しいのか、僕が元の世界の事を教えていた時に凄い驚いていた。それと同時に、僕がいた世界のような高度な科学文明を基本とした世界からの召喚者からは、これといって有効なものは得られなかった為、落胆している感じも見受けられた。
まぁ、専門家であっても、科学技術をその基盤も出来ていない世界に伝えるっていうのは難しいだろう。殆どの人間が、その機器らの詳しい構造や原理を知らずに使用している事が多いから、そんな人間が召喚されれば「こんなのがあった」という知識は得られるが生み出す事は出来ない。
ゆえに、もともと根付いていた魔法を使って、機能は同じだが別の原理で動く機器が生まれて行ったのだろう。
「勇者殿は魔法を知らないのですな?」
「空想の知識としては知っているけど、この世界がどういう魔法を使ってるのかは分からない」
僕が知っている知識は全てゲームや小説・漫画の産物だ。それらで扱われる魔法に類するものも膨大にあるが、その殆どが魔力というものを使用して扱う。
その例に漏れず、この世界の魔法も魔力を使用して行使するものらしい。
「本来、魔法と言う技術はそれなりの才能と修練が必要になってきますが、召喚された勇者は特に才能が高いと言われております。高位の魔法は通常の魔導師が数人掛かりで発動させるものですが、勇者はその高位魔法を一人で行使可能だともいわれています」
なにそれすっげー。
やべぇ、テンションあがってきた。
「それってすぐ覚えれるんですか?」
「さすがに高位の魔法を行使するには、今の勇者殿では魔力もレベルも足りないでしょうな」
「あ、やっぱり?」
まぁ、当然だよな。
これがRPGとかならば、現在の僕のレベルは1となっているだろう。それに伴って魔力も相当低いはず。そんな状態で魔法を使っても「MPが足りない!」って言われるだけだ。
ていうか、レベル制になってるのか、この世界は。
「まずは初級の魔法を習得してもらいます。初級の魔法の中には、色々と便利な魔法が揃っているので、これからの旅に於いて役に立ってくれるでしょう」
ほー。
やはり最初から強力な魔法が使えるよりも、メ○とかファ○アみたいなのから順番に覚えて、次第に強い魔法を覚えていった方が冒険してるって気分になれる。
「林さん、もとい司教さん。それって今すぐに覚える事って出来るの?」
思わず林さんと言ってしまったが、言われた本人は少し怪訝な表情を浮かべただけでスルーした。
「ええ。我らで簡単な儀式を行う事で、初級魔法ならば覚えて頂く事が可能です」
「じゃあ、すぐにでもお願い!」
「わかりました」
林さんに部屋で待機しているように言われた僕は、ワクワクする気持ちを抑えながら部屋から出て行った林さんを待つ。
数分で林さんは戻り、その手にはコップに入ったなにかの薬品らしきものと、お札のようなものを持っていた。
「それでは魔法契約の儀式を行います」
「はい」
「まずはこの液体を飲みほしてください」
「わかりました」
林さんから受け取った木製のコップには、なみなみと謎液体が注がれている。まるで水に絵の具でも落としたようにマーブル状の液体を、林さんは飲み干せと仰った。匂いはゴム臭い感じがする。舌先でペロッと舐めたらピリッとした刺激を受けた。
これ、飲んで大丈夫な液体なのか?
「これを……飲むんですか?」
「そうです。さぁ!グイッと!!」
匂いと味に思わず躊躇した僕に、林さんが発破をかける。
林さんなんか楽しそうだな。
僕は意を決して、コップの半分くらいの液体を飲みこんだ。
舌から喉、食堂を通り胃に到達。液体が流れた部分は例外なく謎の刺激に襲われる。ついでにゴム臭さも合わさって脳天を突き抜けるような感覚に襲われた。
「ゲホッゲホッ!! うぇッ……不味すぎる」
僕はあまりもの不味さに咳き込んだ。
しかしまだ半分残っている。
これは召喚される数日前に健康診断で飲んだバリウムの比じゃない。
どうしても魔法を覚えたい僕は、残りの半分を鼻を抓んで飲み干す。
「うぇッ!ゲ、ゲホ!?グッ…ウェィッ!!!」
鼻を抓んだのがまずかった。
刺激が鼻から抜けずに喉と食道で暴れ回る。
思わず変な声が出てしまった。
だけど飲みきったぞおおおおおおおおおおお!!!
「お見事です勇者殿。では、こちらの札をお持ちください」
「う、は、はい」
頭がフラフラする。
林さんからなんとかお札を受取、立っている事が出来なくなって椅子に座る。
座っていても問題ないのか、林さんは小声でブツブツと詠唱を始める。
林さんの詠唱に影響されて、お札が明滅し始めた。
「ホイ!!」
気合一発。林さんが掛け声と同時に僕の頭を両の手で挟みこんだ。
ボワァっとした温かみを感じたかと思うと、先程まで死ぬほど辛かった液体の刺激が嘘のように引いて行った。
「これで、魔法契約は終わりです。同時に自らのステータスも確認できるようになっていますので、『ステータス確認』と心の中で念じてみてください」
僕は言われた通りに心の中でステータス確認と念じてみた。
意識の片隅に様々な数値が浮かび上がる。それをさらに注視すると、今度は鮮明に意識下に表示された。
★★★★★★★★★★
『トモヒサ・ミウラ』 Lv:1 クラス:勇者
称号:[なし]
HP:32 MP:3
力:8
体力:5
俊敏:2
器用:10
運:6
魔力:2
――――――――――
習得スキル
・召喚者特性 ・初級魔法 ・異世界の知識
――――――――――
習得魔法
・ステータス確認
・火魔法Lv1 ・水魔法Lv1 ・風魔法Lv1 ・土魔法Lv1
★★★★★★★★★★
「Lv1だ。比較対象がないから強いのか弱いのかわからない……」
「Lv1では個人差はあまりありません。しかし、一部の種族はレベルが低い状態でも高いステータスや固有スキルを持っていますので、一概に弱いとは言い切れません」
へー、と林さんの話を右から左に聞き流す。
僕は今、表示されている物を理解するのに必死だ。
まず一番最初に目についたのが、スキル[召喚者特性]だった。
一から十まで林さんに確認してみてもいいけど、それだと面白みというものが無くなってしまうな。
だから僕は考察する。
[召喚者特性]はその名の通り、勇者として異世界から召喚された者が得るスキルなんだろう。
効果は分からないが、僕はその特性によってチート級の力を得て行くのではないかと思う。なぜならば、召喚された人間は得てしてチート級に強かったり、知識を持っていると相場が決まっているからだ。
[初級魔法]は、さっき林さんから受けた儀式で得たスキルだろう。
習得魔法の欄に、火、水、風、土の魔法があるから、それらを覚える事の出来るスキルという感じか。
[異世界の知識]は、これもその名の通りだろう。
僕が住んでいた世界の知識は、基本的に僕しか持ち合わせていない。ある意味でユニークスキルというわけか。使いどころが微妙な所ではあるが……。
ステータス値については、レベルが上がって行けば高くなるだろう。RPGではそうだしな。
称号の欄は[なし]となっているので、イベントとかこなせば取得できるのかな?
そして最後にクラスの欄を見て、無意識ににやける。
僕が勇者。勇者とはオールマイティになんでもこなせる存在だ。少なくとも僕の知識ではそうだ。
そして、勇者とは力ある特別な者のみがなれるものでもある。
勇者固有の魔法やスキルが存在してて、それらを使って魔王と死闘を繰り広げるんだ!
妄想している内に、僕はいてもたってもいられなくなった。
だって勇者だよ?
まだまだレベルは低いけども、モンスターを狩ってレベルをあげてどんどん強くなっていく僕。
さぁ! まずはス○イム討伐から始めよう!!
「林さん! 僕、勇者として頑張りますね!!」
「ん?え、あ、はい。出来る限りの事は我らも協力します」
「ということで、まずはレベル上げに行ってきます!!」
「え、あ! 勇者殿!?」
僕は勢い良く部屋から飛び出し、外を目指して歩き出す。 一度歩いた道だから迷う事はない。
城から出る為にはあの魔法陣の部屋からワープしなきゃいけなかったが、そこにいた管理人?の人に話したら普通に送ってもらえた。ついでに、街の外へ至る道も教えてもらう。
数十分後、僕は街を囲む城壁の外門の前に辿りついた。
外門には門番やそれらしい人はいなく、大きな外門の横にある通用口のような扉を押したら開いたので、そこから街の外へと出てみた。
これが異世界のフィールドか。
街から程近い場所に森や山が見える。
城壁から数百メートルほど離れた場所に、川っぽいものがあるのも発見した。
あとはただひたすら草原だった。
モンスターとはどうやったら出会えるのだろう?
少なくとも見渡す範囲にはそれらしい影は見えない。
ちょっと怖いが、僕は森の方へと向かう。
通常、森とか山岳地帯にはそのフィールドのモンスターよりも強めのものが生息していたりするから、Lv1の状態だと苦戦してしまうかもしれない。
だけど、僕は勇者だ!
勇者は誰にも負けないし、しかも異世界から召喚された勇者なのだからきっと強いはずだ。
ド○ク○、エ○○フのスライムやゴブリンをちょっと強くしたモンスターが出てきても問題無く勝てるはず。そう!素手であってもだ!!
むしろ、一部のゲームでは武器を持つよりも素手の方が将来的に強くなったりする。
だから僕は素手でも勝てるはず! 勇者なんだから!
そう思っていた時期が僕にもありました。
というか、僕はなんで武器も持たずにモンスター討伐に来たんだろう?
普通に考えて、最低でも木の棒くらいは持っていくだろう。
しかし素手だ。
素手の方が将来性があるかもとか、確定事項でもない事を頼りにするなんて正気じゃない。うん、自分でもそう思う。
けど、舞い上がりすぎた。
勇者なんだから、異世界召喚者なんだからチート級の力を最初から持っているはずなんて幻想を持っていた。
そしてそんな幻想はぶち殺された。
いつか読んだライトノベルの主人公が決め台詞を言う姿が脳裏に浮かんだ。
ていうか、なんで森に入った途端こんなモンスターと遭遇するん?
僕の目の前には、僕の身長の倍ほどのドラゴンがいる。
口から火の粉が漏れていて、いつでもお前を焼き殺せるぞ?と言わんばかりの威嚇体勢だ。
普通さ。始まりの街の近辺ってもっと弱そうなモンスターなんじゃないの?
いきなりドラゴンが出てくるとかどこの糞ゲーだよ。
最初はほら、勇者のチート補正でドラゴンを素手で殴り倒せると思って殴ったよ?
でもね、そんなことなかった。当たり前だよね。
ステータス確認で自分のステータス値は分かっていたはずなのに、なんで倒せるって思ったんだろう。
もうね。すっごい固い。思いっきり殴ったからすっごい痛い。多分、手首折れた。拳も砕けたと思う。
でも、そんな痛みよりも、興奮が冷めるにつれて自分の無謀さをただただ実感した。
恐怖のあまり僕はただ突っ立っていて、逃げるとかそんな事は全然考えられなかった。恐怖は人を縛るって本当だね。なんか意味が違う気がするけど。
やがて吐きだされたドラゴンのファイアブレスで全身を丸焼きにされた。
一瞬で意識を持って行かれ、熱いとか痛いとかは感じる暇はなかった。
目を覚ました時には、僕は茶目っ気溢れる王様の前で正座させられていた。
勇者のステータスが更新されました
★★★★★★★★★★
『トモヒサ・ミウラ』 Lv:1 クラス:勇者
称号:[素手でドラゴンに挑んだ者] ←New!
HP:32 MP:3
力:8
体力:5
俊敏:2
器用:10
運:6
魔力:2
――――――――――
状態:ドラゴン恐怖症Lv5 ←New! 火炎恐怖症Lv5 ←New!
――――――――――
習得スキル
・召喚者特性 ・初級魔法 ・異世界の知識
――――――――――
習得魔法
・ステータス確認
・火魔法Lv1 ・水魔法Lv1 ・風魔法Lv1 ・土魔法Lv1
★★★★★★★★★★