第02話 「勇者、異世界に召喚される」
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋だった。
部屋は石材を贅沢使用し、銀の燭台が爛々とした灯りが室内を照らす。
窓が一つもなく、ジメっとした空気は地下室を連想させた。
えーと、ここは何処だろう?
僕が寝ていた部屋は、こことは違ってこんな重苦しい部屋じゃない。
南向きの窓から入る日差しのお陰で、日中は暖かくそして明るい部屋だ。
築20年程経過しているが、木造モルタル造りの二階建ての家で、僕の部屋はその二階部分にある為、風通りも良いのが特徴である。少し隙間風が多いのが玉に傷だが、石で密閉されたこんな部屋よりも天と地の差があるほどマシだ!
「目が覚めたか? 勇者よ」
この起こし方は父さんだな。
僕がゲーム好きになった一因を担っている父さんは、よくこんな起こし方をしてくる。
「おはよう父さん」
「まだ寝ぼけているようだな。我らはお前の父ではない」
ん? 父さんじゃない?
そういえば、父さんとは違って声質も若干低い。
というか、ベッドに寝ていたはずなのに、こんな固い床の上で寝ているのだからここが家族のいる自宅じゃない事は明白だ。
すると拉致でもされたか?
それも考えにくいな。
寝ている僕を、両親にも気付かれずに拉致するなんて殆ど不可能だろう。
家で飼っている愛犬のチェルシーは、僕を見るとすぐにじゃれてきて吠える上に、夜中でも見知らぬ人が家の敷地に入ってくれば吠える頼れる番犬だったから、チェルシーにも気付かれないなんて普通じゃ出来ない。
「勇者よ。我らが召喚に応じてくれて礼を言う。色々と聞きたい事もあるだろうが、まずは我らが王に会って欲しい」
……現実逃避はやめよう。
この声の主が言っている事が冗談ではないのならば、僕は異世界に召喚されたのだろう。
勇者とか召喚とか言ってるからまず間違いない。
ひゃっほーい、
夢にまで見た異世界にきたぞ!
これから勇者としてこの世界で魔物をバッタバッタとなぎ倒し、魔王すらも打ち砕く壮大な旅が始まるんだな!
異世界召喚された勇者は大体チート級の力を備えてるし、その力でやりたい放題――もとい、困ってる人を助けてハーレムを築くんだ!
……おっと、浮かれるのは後にしよう。
その事実を認識する為に、僕はずっと目を逸らしていた声の主を見た。
父さんよりも低い声の主は、父さんよりもずっと身長が高く、ガッシリとした体格をしていた。
しかし、その頭部は悲しいほどに寂しい状態になっている。
僕や父さんをジャングルに例えたのなら、この人は精々林と言った所だろう。
僕はこの人の事を林さんと呼ぶ事にした。
「その前に一つ確認しておきたいんだけど、召喚とか勇者とかって言う事は、ここは僕が住んでいた世界とは違うって事なのかな?」
「いかにも」
やっぱりか。
昨日寝る前に「剣と魔法の世界に召喚されてみたいなぁ」とか思っていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。
ここが剣と魔法の世界かは分からないが、どこのゲームだよ!と心の中で自分自身に突っ込んでおく。いやまぁ、嬉しいですけどね?
「正直、信じられない気持で一杯だけど、僕はこれからどうなるの?」
「その事も含めて、我らが王から説明されるであろう」
さっきから我らって言っているけど、この部屋に居るのは俺と林さん(仮)だけだ。
我らが国民の王~とか、我らは王の配下~とかいう意味合いで使ってるんだろう。
深くは考えない事にした。
「このままここに居てもどうしようもないし、とりあえずその王様ってのに会ってみるよ」
「では、我らに着いてきてくれ」
「はい」
つーか、また我らかよ……。意味わからん。
石造りの部屋を出ると、これまた石造りの階段がある。
結構狭い階段で人一人通れる分くらいしか幅がない。まるで日本の家庭の階段みたいに狭い。
階段を上り、開けた視界に飛び込んできたのは、庭園といっても過言ではない、むしろこれが庭園だ!と言わんばかりの場所だった。
至る所に綺麗に植えられた草木や花達が目を惹いた。
僕はその光景に素直に感心していた。
「勇者殿は、このような庭園を見るのは初めてか?」
「あ、うん。僕の居た世界じゃ、こんなに凄い庭園ってのは普通じゃお目にかかれないからねぇ」
僕が見た事のあるのは精々家庭菜園くらいだ。
僕の家でも先日、ベランダで育てていたミニトマトが無事に実を付けていた。あと数日もすれば食べ頃だったろう。
「ハハハ。この規模の庭園だと、さすがに王族クラスの人達しか持てない。しかし、ここは庶民にも開放されている区画だから、ほら、あちらこちらに人が見えるだろう?」
「本当だ。ていうか、ここって王宮か何かなの?」
一般人がこんなに王宮にいるっていうのも少し違和感を感じる。
王族が余裕する王宮とは別の所にある庭園かなにかなのだろうか?
「その通り。ここは『シンセリア王国』国王がおわす王宮の一部だよ」
王宮だった。
王宮なのにこんなに一般人が居て問題無いのか? 主にスパイとか暗殺の危険性な意味合いで。
その疑問もすぐに氷解した。
庭園を通り過ぎ、大きな門の前まで来たのでこの門を通るのかと思っていたら、その脇にある守衛所みたいな小さな建物に入った。
そこには守衛さん……ではなく、何やら林さんと同じような格好をした人物が立っている。
「これは司教様。こちらが勇者様でございますか?」
「ああ、そうだ。……頼めるか?」
「わかりました。こちらへどうぞ」
林さんって司教なのか……。
もしかして、この人が僕を召喚したのかな? 状況的にはそうだと思ってたけど。
「勇者殿こちらに」
促されて着いて行った先は、壁や床や天井の至る所に、なにやら魔法陣が描かれた部屋だった。
その部屋は3~4人も入れば窮屈なほど狭かった。
「勇者殿はまだ登録されてませんので、我らの手を握っていてください」
「あ、はい」
差し出された手を握る。
意外と大きい手だな。
「それでは参ります」
林さんが壁に描かれている魔法人の一部に手をかざしてブツブツと小声で何かを言った途端に、景色が一変し広い空間に出た。
「うぇ? なにこれ、どうなってんの?」
先程までエレベーターよりも狭い部屋の中に居たはずだ。なのに、一瞬のうちに全く別の場所に立っていた。
成人男性が五人手を繋いでようやくと抱え込めるくらいに太い柱が規則正しく並んでいる。
その柱の間を抜けた奥にはこれまた巨大な扉が控えていた。
天井も、巨人が入り込んでも大丈夫といわんばかりに高い。
「もしかして、これがワープってやつか!?」
「ワープ? 聞いた事のない言葉ですが……」
なぬ?
ワープはこの世界で通じないのか。
なら何て読んでるんだろう? 空間跳躍? ボ○ンジャンプ?
「もしかして、ワープとは先程の移動方法の事を言うのですか?」
「うん。僕の居た世界じゃ色々な呼び方はあったけど、一般的にはワープとか瞬間移動って呼んでたかな」
「なるほど。我々は特にこれといった決まった呼び方はしていないのです。あえて言うのならば、瞬間移動陣を用いた登録地点跳躍法でしょうかね」
なげぇ。
もうそれ跳躍法でいいじゃん。
「さ、着きましたぞ」
林さんは大きな扉の脇に立っている兵士に勇者の到着を告げた。
それを聞いた兵士達は、四人掛かりでようやく開けそうな扉を押し開く。
大きな音もせずにゆっくり開かれる扉の奥に、これまた広い空間が出現した。
今さっき通ってきた広間の柱ほどではないが、それでも太い柱が規則正しく立ち並び、その奥が数段高くなっている。その高くなっている最上段には椅子に座った偉そうな人物と、その横と後ろに数人が控えていた。
偉そうな人物は、いかにも王様!って雰囲気を醸し出していた。
下手な事喋ったら即牢屋か打ち首か……。
僕は戦々恐々しながら、林さんに連れられて王の前までやってきた。
続きは明日
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