わたくしの精神を屈強にしたのはあなた方ですから。はい、次の方どうぞー。
『クレヴィング公爵家カールハイド、ならびにシュノール侯爵家ロミーリエの婚約に、異議申し立てのある方はこちら』
そんな横断幕が天井から吊るされたクレヴィング公爵家のホールには今、大勢が詰めかけています。
その多くは、今から舞踏会にでも向かうのかしら?と思わずにはいられない豪奢なドレスをまとった令嬢方。父母や兄弟姉妹を伴っている方もいるようですわね。
他には、取材にいらした記者の方々。更には、この光景を残すためか、画家まで腰かけています。わざわざ絵を依頼した出版社もいるのでしょうか。ご苦労なことですわ。
最後に、王国騎士団の方々が至るところで目を光らせています。何かあってはいけないからと、カール様が警備をご依頼くださったのです。
「凄いね。こんなに集まるなんて思わなかったな」
「まぁ。カール様の婚約者の座を手に入れられるかもしれないのですから、このくらい集まって当然ですわ」
横断幕の下に設置された、長テーブルと二脚の椅子。そこに並んで座る、わたくしとカール様。
テーブルの上に置かれたグラスに口を付けたところで、ゴーンゴーンと三時を告げる鐘が響きました。
その瞬間、令嬢方の目の色が変わりました。まるで武術大会でゴングを聞いた武人のようではありませんの。
ふふふ、なんて滑稽なのかしら。ドレスをまとった武人だなんて。隣でカール様もご覧ですのに。
わたくしは椅子から静かに立ち上がり、普段と変わらない声で告げました。
「お時間になりましたので、これよりカールハイド様とわたくしの婚約についての抗議集会を執り行いますわ」
こちらを睨む方、蔑む方、嘲笑する方、労る方……多くの視線を浴びながら言葉を続けます。
「お知らせした通り、皆様の異議申し立てについて、わたくしがお答えいたします。申し立てに返答出来ず、カールハイド様もその方の主張を正しいと思われた際には――わたくしは婚約者の座を辞退いたしますわ。そして、カールハイド様もまた、その方との婚約を検討されるとのことです」
確認するように隣へ視線を向けると、カール様は肩を竦めながらも頷きました。彼が同意したのを見て、令嬢達は僅かに黄色い声を上げます。
「この会では、わたくしに対して身分の差を気にせずお話しくださって結構です。それでは、お一人ずつお伺いしますわ。――どうぞ、一列に並んでくださいませ」
「まずは私からね!」
一人目の令嬢は、意気揚々と列の先頭に立ち、わたくしを軽んじているような表情を向けてきました。
「この会にいらしたということは、わたくしとカール様の婚約に不満がおありなのですよね?」
「そうよ。だってあなた、ちっとも公爵夫人になれなさそうじゃない」
令嬢は腕を組み、自信満々にそう告げます。記者は大真面目な顔でメモを取り始めました。
わたくしは首を傾げて続きを促します。
「この間のお茶会、あなたほとんどだんまりだったでしょう。公爵夫人になるなら、話題を提供してこそではないの?あなたがクレヴィング公爵令息の婚約者なんて不釣り合いだわ」
顎を上げ、勝ち誇った笑みでわたくしを見下ろす令嬢。わたくしは彼女の声を聞き届け、しっかりと頷きました。
令嬢が口の端を吊り上げたのを見て、にこりと笑みを返します。
「この間のお茶会のことですわね。でしたら、お茶会の主催者であるグリーム伯爵令嬢は、客人へ話題を提供するのがお好きな方だとご存知ですか?」
「は?確かにあの子、お喋り好きだけど……」
「あの方は、ただのお喋り好きとは違うのですよ。多くの情報を仕入れ、客人一人一人に配慮してお話しなさっているのですわ。それなのに、侯爵令嬢であるわたくしが出しゃばってしまえば、せっかく下調べなさった話題が披露出来なくなってしまうでしょう?」
「えっ」
「あの日、あなたはわたくしを敵視するあまり、自分が話の中心になろうと喋り続けていましたね。グリーム伯爵令嬢だけでなく他の令嬢の話まで遮って。それでもあなたは客人ですから、グリーム伯爵令嬢も強く言えなかったのでしょうけれど」
わたくしは頬に手を当て、小さく息を吐きました。指摘された令嬢は、目を見開いて立ち尽くしています。終始、ご自分のことしか考えていなかったのでしょうねぇ。
「好きなように振舞って、さぞ楽しかったでしょう。その間、グリーム伯爵令嬢がどれほど場の空気を壊さないよう立ち回っていたか、お気付きになって?」
「それは……」
「わたくしや他の令嬢達が進んで話さなかったのは、皆さんグリーム伯爵令嬢のお話が好きだからです。仮に、話題が尽きてお困りのご様子でしたら、いくらでも助け舟を出しましたわ。自分語りに夢中で、お茶会の調和を乱したあなたに心配されなくても……ね」
「なっ!?」
「さぁ、もう宜しいかしら?」
悠然と問いかけると、令嬢の顔が真っ赤に染まりました。何かを言い返そうと口をはくはくさせていますけれど、言葉は出てこないようですね。
このまま居座られても埒が明きませんから、騎士の方に誘導していただきましょう。
「すみませんが、この方をお連れしてくださいますか?宜しくお願いいたしますわ。はい、次の方どうぞー」
それから、列を成していた令嬢や夫人が次々と質問や抗議を投げかけてきました。
「クレヴィング公爵令息の婚約者にしては、シュノール侯爵令嬢のドレスは少し地味ではございませんこと?」
「本日はあくまで事務的な会であって、舞踏会ではございませんから。あなたと違って、きちんと場をわきまえた服装や装飾を用意してくれた使用人の働きを、わたくしは何らおかしいとは思いませんわ。はい、次の方どうぞー」
「あなた、せっかく声をかけて差し上げたというのに、婦人の会に参加せず、公爵令息の執務室に入り浸っていると聞いていましてよ。淑女が仕事をしている婚約者の元に通い詰めるなど、はしたないと思いませんの?」
「わたくし、カール様からご依頼いただいて、公爵家で会計事務のお手伝いをしておりますの。夫人がどのような想像をなさって『はしたない』と思われたのかは分かりかねますけれど。そんな思慮の浅い婦人の会に参加するより、よほど有意義に過ごせておりますわ。はい、次の方どうぞー」
「会計事務ですって?令嬢が学を身に付けて何になりますの?そんな時間があるのなら、クレヴィング公爵令息に愛されるため、令嬢らしさを磨くべきではありませんか?」
「では、あなたは婚約者に愛されるだけで満足する、学のない令嬢に公爵夫人が務まるとお思いですのね。夫を支え、女主人として屋敷の切り盛りをしなければならない公爵夫人が計算も出来なければ、百年の愛も冷めてしまうのではないでしょうか。はい、次の方どうぞー」
わたくしが彼女達の申し立てを次々と躱していくからでしょうか。列を成していた令嬢や夫人がじりじりと後ずさっていきます。
それどころか、列が崩壊し、「あなた、先に行きなさいよ」「ちょっと押さないでくださる?」と押し付けあいが始まりました。
まぁまぁ。なんて醜い争いをなさるのかしら。
「もうお開きにしてもいいんじゃないかな」
「……いいえ、まだですわ」
カール様はさっさとこの茶番を終わらせたいのでしょう。しかし、せっかく与えていただいた機会ですもの。可能な限り、増長の芽は摘んでおきませんと。
その中から、一人の令嬢がつんのめりながら飛び出してきました。おどおどとした様子でわたくしの元に向かってきます。
これは……あぁ、そういうこと。どうやら彼女は、後ろの令嬢に半ば強引に連れてこられたのでしょう。お可哀想に。
「では、伺いましょうか」
「ご、ごきげんよう。シモン男爵家の娘、カルレと申します。その……最初のご令嬢もおっしゃっていましたが、シュノール侯爵令嬢はご自身からお話をなさらない……のですよね?社交の場への誘いの多くを断られて、あまり顔をお出しにならないとか」
「えぇ、確かにそうかもしれませんわねぇ。カール様のお手伝いもございますし、わたくしは皆様のお話を聞いているのが好きですので」
「こ、公爵夫人になられるのであれば、そういった交流の能力も必要なのでは……?」
青ざめながらも質問してくる姿に、わたくしは眉を下げました。
「あなたのおっしゃっていることは当然ですわ。公爵夫人と言わず、貴族令嬢や夫人には交流の能力は必要不可欠ですものね」
「そ、そう、ですよね?」
「では、問題はございませんわ。わたくしはよく、第一王女殿下のお茶会に参加しておりますもの」
「王女、殿下……!?」
わたくしが何気なく返した返事に、ざわっと空気が揺れました。記者の方々は「おぉ!」と歓喜の声を上げ、反対に令嬢や夫人の顔色は悪くなっていきます。
目の前のシモン男爵令嬢は、ヒュッと息を飲んだまま震えているようです。わたくし、あなたのような方まで取って食ったりしませんわよ?
「大規模なお茶会やパーティーにはあまり参加していないだけで、殿下や一部の上級貴族のご令嬢方とはよく交流していますのよ」
「あ……そ、そう、なんですね」
「えぇ。公式の行事や必要な会には欠かさず出席しておりますし、それ以外の付き合いについて、誰かにとやかく言われる筋合いはございませんわよね?今は付き合う方を厳選しているだけなのです。自分自身のために。……シモン男爵令嬢もそう思いませんこと?」
少しでも気付いてほしくて、令嬢の顔を覗き込みながら問いかけます。しかし、彼女はわたくしと目が合うと、くしゃりと顔を歪ませて俯いてしまいました。
そんな令嬢を押し退けて、別の令嬢がわたくしの前に立ちました。「きゃっ!?」とよろけた男爵令嬢は、控えていた騎士に受け止められていました。
ほっと胸を撫で下ろしていると、「こちらを見なさいよ!ロミーリエ・シュノール!」と正面の令嬢が叫びました。
――侯爵令嬢、ベネディナ・トイロスト。やはり、かの家の方が出てくるのですね。
仕方がないので、お望み通り視線を向けて差し上げましょうか。
「さっきから聞いていましたけれど、結局、シュノール侯爵令嬢自身に主体性はありませんわよねぇ?話題の提供をしなかったのも事実で、社交も王女殿下が招いてくださるから参加しているだけ。クレヴィング公爵令息から依頼されたから会計事務をしているのかもしれませんけれど、ご自身で何かしたことはおありなんですかぁ?」
煽るような物言いと、扇を手にしてこちらを嘲笑する振舞い。本当に、あの方とそっくりですわねぇ。
それに、お一人ずつとお伝えしましたのに、順番も待てないなんて。
「主体性……とおっしゃったかしら。おかしいですわねぇ。以前、あなたのお姉様から、『婚約者より前に出る女は慎みがない』と教わったのですけれど」
「えっ」
「他にも、『出しゃばって話す令嬢なんて品がない』『それほど着飾らないと婚約者の気を引けないのかしら』『婚約者を放って社交にばかり精を出すなんて』『あなた、どうせクレヴィング様任せで何も出来ないんでしょう』……でしたかしら?沢山のお言葉をいただきましたのよ」
ぎょっとして、ベネディナ様は後ろをちらりと振り返りました。えぇ、列が出来る前――彼女と一緒にいらしたお姉様のお顔はよく覚えておりますもの。
わたくしがカール様の婚約者に決まってから、お茶会やパーティーに参加しては“指導”と言って、わたくしにあれこれ注意してきたトイロスト侯爵家の長女――ドレッティ様。今もこちらを睨んでいらっしゃいますわね。
目に余る無礼な態度に、我がシュノール侯爵家だけでなく、クレヴィング公爵家からも抗議を入れたと聞いておりますけれど……。わざわざ妹を使って、まだわたくしをこき下ろそうとするなんて。
「姉妹で意見を統一なさってから出直してくださいますか?それに、主体性という大義名分を掲げて、分家筋の令嬢を巻き込むのはどうかと思いますわよ。挙句、突き飛ばすだなんて……」
「は、はぁ!?」
「あなたこそ、正しい主体性が何なのかを一度見直されてはいかがかしら。……はい、次の」
ベネディナ様を下がらせるよう、騎士に向かって手を上げたところで、彼女は喚き始めました。
「あなた、なんなの!?どういうことよ!シュノール侯爵令嬢は箱入り娘で、気弱で従順な令嬢だから簡単に言い負かせるって聞いていたのに!」
「ち、ちょっと!?」
まぁ、皆様の前でなんてことを。あまりに軽率な発言に、ドレッティ様も慌てて声を上げました。
ちらりと目だけで確認しましたが、カール様の笑顔が深まっていました。あぁこれは……怒っていらっしゃいますわねぇ。
わたくしは長テーブルを避け、ベネディナ様の前に立ちます。暴れて抵抗したため、両腕を騎士に掴まれ、膝をつかされた彼女を見下ろしました。
「わたくしの精神を、このように屈強にしたのはあなた方でしょうに。おかげさまで、少しのことではびくともしない心を持つことが出来ましたの。それについては感謝申し上げますわ」
「なっ……」
顔を歪めたベネディナ様と、忌々しそうに唇を噛むドレッティ様に微笑んでから、会場全体に声をかけます。
「皆様。ご自身や、これまでの方々の発言を思い返してくださいませ。記者の方々は、きちんと記録してくださっていますわよね?」
わたくしはそう言いながら、壁際でメモをとっていた記者の方々へ視線を向けました。中でも、真剣な表情をしていた一人の記者を指名します。
「そこのあなた。最初のご令嬢の主張を述べてくださる?」
「は、はい!えぇと、最初のご令嬢の抗議内容は『話題提供のなさ』についてでした。公爵夫人を目指すのであれば、話題を提供してこそだろう……と」
「端的な説明で素晴らしいですわ。では、それとは正反対のご意見を述べましょうか。『出しゃばって話す令嬢なんて品がない』と」
それは先程、わたくしがドレッティ様から言われたと明かした台詞。ベネディナ様はハッとした様子でわたくしを見上げています。
「わたくしは侯爵令嬢として大切に育てていただきましたから、箱入り娘と言われても差し支えないでしょう。ですから、カール様の婚約者になって社交の場に出た時、大変驚きましたの。皆様、おっしゃることが支離滅裂なんですもの」
ふぅ……と疲れたように息を吐きます。あの頃を思い返せば、溜息をつきたくなりますわ。
「最初は、わたくしの知らないことが沢山あるのだわと思って、精一杯応えようとしておりましたの。世間知らずで未熟なわたくしでは、カール様にご迷惑をかけてしまうと……直さねばならないと思っておりましたわ」
周りの令嬢や夫人に言われた言葉に従って、必死で学び、取り入れようと試みましたわ。淑女とはこうあるべきなのね、と。
けれど、周りの声は尽きるどころか増えていく一方で。わたくしは――彼女達の表情と言葉の矛盾を悟ってしまったのです。
「これまでの異議申し立てもそうですわね。服装が地味だと指摘されて着飾ってみれば、そんな服を纏わなければ婚約者の気を引けないのかと嫌味を言われたり。好き勝手に言うのはかまいませんけれど、正反対のことを何度も何度も聞かされて。そのうち目が覚めたのですわ」
ホールを見渡したあと、ばさりと扇を広げて口元に当てました。目を細め、心の底から軽蔑が伝わるような表情を作って。
「あぁ……この方々は、わたくしのことを思って忠言してくれているわけではないのだわ、と。何かにつけて、わたくしを非難したいだけなのだと、そう気付きましたのよ」
ホールに集まった令嬢や夫人の顔色が、更に悪くなっていきます。
「これまで皆様がわたくしにおっしゃった言葉……忘れておりませんのよ。時と場合によっては、正反対の注意をする必要はあるのでしょうけれど、あなた方のそれは違いますわよね?……ねぇ、ドレッティ様。どう思いまして?」
「い、いえ……わたくしは、その……」
「とあるパーティーの日。わたくしに色々とご指摘なさったあと、わたくしという婚約者がいると知りながら、慎みなく、品性を疑うほど胸元の開いたドレスをまとって、周囲を押し退けたうえに会話を遮って、カール様に話しかけていらっしゃいましたわよね?」
「!!」
第一王女殿下とのお茶会で、ドレッティ様はカール様に長年ご執心だったと教えていただきました。わたくしへの言葉は、思いやりや優しさなどではなく、ただの妬み嫉みだと。
「もう一度、お答えしましょう。わたくしの精神を屈強にしたのはあなた方ですから。あなた方の声に耳を傾けるわたくしは、もう何処にもおりませんのよ。はい、次の方どうぞー」
わたくしは何事もなかったかのように笑いかけてみせました。しかし、もう誰一人としてその場から動けないようです。
「……ふふっ。みな、私達の婚約への異論がなくなったようで安心したよ。まぁ、私は彼女以外を選ぶつもりなんて、これっぽっちもなかったのだけれどね」
「そ、そんな!クレヴィング様っ!」
「そもそも、ロミィが最初に示した条件を聞いて、おかしいと思わなかったのかい?この場で彼女を言い負かしたとしても、私は『その方との婚約を検討』するだけ。婚約者の座を確約したわけじゃないよ」
「「「「「「「!?」」」」」」」
わたくし、きちんと申し上げていましたものね。あくまで“検討”であって、彼女達の誰かとの婚約が決まる保証など何処にもないでしょう?
とはいえ、言葉の綾で逃げるつもりはございませんでした。だからこそ、こうしてお一人ずつ、真摯にお答えしたのですもの。
ドレッティ様はその場で崩れ落ちてしまいました。
「考えてもみなよ。そんなふうに他人を踏み台にしようとする者を、私が婚約者に選ぶはずないじゃないか。本来ならこんな会を開かずとも、公爵家の力で黙らせることも出来たんだ。でも、ロミィが『わたくしの力で、納得させたいのです』と言うから、渋々この場を設けたんだよ。そんな彼女に……何だったかな。主体性がない、だっけ?」
わたくしの側に寄ってきたカール様は、わたくしを引き寄せました。やはり、この方の側は安心出来ますわね。カール様の温かさを感じて、ほっと息をつきます。
――昔、わたくしは悪意や嘲笑を真に受け、自分を変えようと無理を重ねて倒れてしまったことがありました。
そんな時、カール様がお見舞いに来てくださり、優しく手を握って、こうおっしゃってくださったのです。
「最近、取り憑かれたように何か頑張っているようだね。見守っているつもりだったけれど、こんなふうに熱を出す君を見るのは辛いよ。ロミーリエ嬢には、これまでのように笑っていてほしいんだ」
わたくしは、その言葉で視界が開けた気がしたのです。
カールハイド様に釣り合う、クレヴィング公爵家にとって恥ずかしくない婚約者にならなければ。当時はそのことばかりに囚われていました。
ですが、この方の想いを聞いて、わたくしが耳を傾けるべき声は何なのか、気付いたのですわ。
「本当の忠言に、どれほどの真心が込められているのか……わたくしは身をもって知っています。それを教えてくださったのは、カール様でしたから」
「ロミーリエ!どうせ政略結婚のくせに!わたくしはクレヴィング様のことを愛しているわ!あなたはその方のことを愛していると言えるの!?」
唐突な問いかけに、わたくしの体がピクリと固まり、一歩身を引いてしまいました。だって予想外の質問なのですもの。じわじわと頬が熱くなっていきます。
きちんとお答えしなくては。そう分かっていますのに……。
「そ、そんなこと……人前でお答えする必要がありまして?」
「……は?」
ドレッティ様から間の抜けた返事を受けましたが、視線を逸らすしかありません。カール様は、そんなわたくしの頭を胸元へ抱き寄せます。
「まったく、そんな顔を周りに見せるわけにいかないじゃないか。ほら、もう行くよ」
カール様に導かれるまま、その場に縫い止められたように動けない方々の側を通り過ぎ、一直線に出入口の扉へ向かいます。あぁ、お恥ずかしい。
公爵家の使用人が扉を開き、退室しようとしたところで「あ、そうそう」とカール様が思い出したような声を上げました。
「ロミィは、この場では身分の差を気にせず話していいと言っていたけれど、最低限の礼儀は別じゃないかな。言葉遣いについては不問にするとしても、侯爵令嬢であるロミィに向かって、自ら挨拶をして名を名乗ったのは、たった一人だけだったよね」
「「「「「「……っ!」」」」」」
「我が国の貴族令嬢や夫人が、そんな常識も欠いているなんて。それでよくもロミィのことを散々に言ってくれたね」
わたくしはカール様を見上げました。とても整った美しい微笑みですのに、そこには温かみなど皆無の冷ややかなものが貼り付いていて。
「ロミィがいるから、この場では許してあげる。でも、自分達が何を仕出かしたのかよく思い返して――震えて眠ればいいんじゃないかな」
……震えて眠ればいいだなんて。わ、わたくしは――深く考えないことにしますわね。
「あ、記者の方々は思いのまま記事にしてくれてかまわないよ。多くの意見があって然るべきだからね。ただ、事実と異なるような記事さえ書かなければ……ね」
カール様はそう言い残し、わたくしを連れてその場を颯爽と後にしました。
のちに、ドレッティ様とベネディナ様は、トイロスト侯爵領へ戻され、自領の修道院に入れられたそうです。かの家には既に一度、ドレッティ様との問題の際に抗議をしていたため、今回は許さないとカール様が圧をかけたようですわね。
また、これまでわたくしを理不尽に非難してきた他の令嬢や夫人も、暫く社交界から遠ざかることになるだろうとカール様から教えていただきました。
そして、多くの新聞社や出版社があの日の出来事を記事にし、新聞や雑誌に掲載したそうです。そのいくつかをカール様に見せていただきました。
画家の方が描いたのは、長テーブル越しに笑って対応するわたくしの姿。その横には、『どのような嫌味や嘲笑にも屈しません』と書かれていて、思わず紅茶を吹き出しそうになってしまいましたわ。
「そういえば、シモン男爵令嬢を使用人として迎えたと聞いたよ」
「えぇ。本人と男爵家の了承を得て、カルレを侍女見習いとして迎え入れましたの。きっと彼女も、ドレッティ様やベネディナ様から軽んじられてきたのでしょうから。他者に踏み躙られず、信じられる人の存在を知ってほしいと思いましたの」
わたくしがカール様の言葉に救われたように。わたくしも、生きづらそうにしている彼女の助けになれればと思い、今の環境を離れる手助けをしたのですわ。
「ロミィは随分と逞しくなったね」
「……カール様は、こんなわたくしはお嫌いでしょうか」
「まさか。……ねぇ、ロミィ。あの日、聞けなかったから聞かせてほしいな。私のこと、愛しているかい?」
柔らかな笑みを向けられ、カッと顔が熱くなります。わたくしを逃すつもりのない視線に、少しだけ声を潜めて想いをこぼしました。
「あ、愛しておりますわ、カール様」
「嬉しいな。私も、君だけを愛しているよ。ロミィ」
世の中には、多くの思惑が渦巻いています。他者を貶めようとする人も、よかれと思って的外れなことを言う人も。
ですが、その全てを受け取る必要なんてありませんわ。何を選ぶのか、決めるのは結局のところ自分自身ですもの。誰が、誰のために言っているのかを見極め、自分なりの正解を見付けていけばいいのですから。
あなたを蔑むことで優越感と自尊心を保っている方々に、どうか負けないで。
もし、そんな方々の言葉を退けたことで責められたなら、こう言い返してやればいいのですわ。
「わたくしの精神を屈強にしたのはあなた方ですから。はい、次の方どうぞー」
ってね。
お読みくださり、ありがとうございます!
誰かを非難したいがために、その都度主張を変える人や、フレネミー気質な人っていますよね。
そういった人達に負けない令嬢を書きたかったのですが、いかがでしたか?
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是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"
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