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【SS】ワタクシ小説

作者: しろみく
掲載日:2026/07/09

 フリマアプリで自分が売られていたので、慌てて買い戻した。七百七十七円だった。手数料十パーセントを考えると正味私の価格は送料込みで七百円ほどなのだった。文庫本くらいの価格だなって思った。

 そう思っていたら届いたのは本当に文庫本だった。折れと水濡れ対策が丁寧にされたそれを開封し、とりあえずパラパラとめくってみると、そこには生まれた頃からの私の記録が書いてあった。どうしてこんなものが……と思いかけてひらめく。

 ……あっ! これはもしかして、「ワタクシ小説」と言うやつでは……?


 ワタクシ小説とは、アマチュア物書きの間で最近ささやかれているWEB上の都市伝説のようなもので、この世のどこかに自分の全てを記した本があり、作家をしていると稀に出会うことがあると言うものだ。自分が自分に出会うという点でドッペルゲンガーに似ているが、ドッペルゲンガーと違って、会ったから死ぬと言うものではないとされている。しかしどうしよう。私は、何となく怖くなって、いやもちろん怖いもの見たさもあるが、一旦本を閉じた。今日はもう遅く、明日は早朝出勤だから、読むのは仕事から帰ってからにしよう。


 翌日。朝は慌ただしさで押されてあまり考えることもなく昼になった。昼休憩に入るとふと昨日のワタクシ小説(?)が思い出される。最初の方を少し見ただけだけど、もしかしてその先に未来のことも載ってたりするのかな。それが懸念だった。少し怖い。


 私は家族の面倒を見ながら働いている。家族は、早期退職して専業主婦になった母と大学生の弟。母は腰が悪いのでリタイアもやむを得ず、私は休みの日には買い物や病院なんかの御用聞きをしている。弟は大学生でそろそろ就職活動に身を入れなければならないはずだが、毎日スマホゲームざんまいののんびり気ままな実家生活を送っている。就職よりも留年の方が心配なくらいにダラダラと過ごしているのだが、何を言っても聞きやしないので私も母も放置している。

 私が大学を卒業する頃はもっと夢を抱いて生きていたように思う。大手企業への就職、結婚……誰しもが認める人生を私も歩むのだと信じて疑わなかった。その時は若さで私もそれなりに輝いていたはずだ。それから十年近く経ってしまった。私は独身で正社員じゃなくて貯金もほとんどない。こんなはずじゃなかったよなあ。私があの本を怖いと思うのは、得体の知れないものだからというよりは、私の未来がひどいものではないかという不安だった。

「……ふぅ」

 ため息が出た。人生って難しいな、最近よくそう思う。再就職するまでの間だけ勤めようとしていたアルバイト先のスーパー。の喫煙所のベンチでタバコをぷかぷかふかしながら残り少ない休憩時間をこうしてやり過ごしている。こうしてあっという間に一年が過ぎ二年が過ぎ、気付けばアルバイトでは一番の古株になっている。目まぐるしく入れ替わる学生バイトはもとより、ここには私に仕事を教えてくれた先輩ももういない。

 そんな私の最近の楽しみだったのだ。夜に雑菓子を食べながらフリマアプリを見るのが。で、時々気になったものを買う。安くて何ということもないものばかりだがこれがなかなか楽しい。アロマキャンドルとか浄化の石とかその時一瞬やる気を起こしたオーラソーマのテキストとか。

 そういうスピリチュアルとかハッキリと目には見えない世界が好きだった。自分のこと、空想家だと思う。ワタクシ小説にも書いてあったようだが、高校生の頃はオカルトとかも大好きで、文芸部に所属し、そこでショートショートを書いたり三題噺をしたり、リレー小説もやった。いい思い出の少なかった高校時代での唯一の楽しい記憶だった。

 大学に文芸部はなかったので活動の場をインターネット上に移した。時には他県の仲間と、時には一人で、そこから進んだり休んだりを繰り返しながらぼちぼちと文章を書き続けている。特に作家になりたいとかはないけど、ゆくゆくは何かひと作品極めたものを書けたらいいななんて夢を漠然と抱いてはいるのだが……。

 こんな人生の先に何か楽しいような未来があるのだろうか? ワタクシ小説に未来が書かれていたとしてろくなものではなさそうだ。むなしくなって来た私はタバコを灰皿に押し付けて、のろのろと立ち上がる。まあ明日は休みだし、腹をくくって読むとしよう。


 その日の夜、食事も風呂も済ませてから、私の名前の付いた本を手にとって、その姿を改めて確認してみる。

 105mmの横幅、縦は150mm前後。間違いなく文庫本だ。厚さは10mmないくらいで薄め。ちゃんとカバーはあるが簡素なクリーム色で表紙の上部に明朝体で私の名前が記してある。出版社は無し。奥付けも無し……。


 最初の記憶は両親に連れられて初めて行った地元の遊園地。弟はまだ生まれてなかった。父親に抱えられ、大きなお菓子の家のジオラマを覗き込んでいる。どう見てもハリボテだがその時は屋根の上にのっているクリームが美味しそうと思ったものだ。

 それは記憶と言うよりも記録のように、簡潔な文章でつづられていた。

 遊園地の後に弟が生まれ、親が弟につきっきりになり寂しく思った。それと、お姉ちゃんになったんだからと色々言われたがそんなのお構いなしに私は幼児という怪獣をやり続けた。親が少しでも放置するとたちまち私は旅に出た。

 小学校。親と大喧嘩して弟ごと母を自宅から追い出した。玄関に鍵をかけてやったので母と弟は私の癇癪がおさまるまでと小一時間を車で過ごしていた。マンションの窓から様子をこっそり見下ろしてみると、母が弟に何か話しかけている。きっと私の悪口を言ってるんだとその時思った。

 中学校。何が原因か覚えていないが初めて家出した。なるたけ明るいところを選んで夜道を歩いた。隣市のおばあちゃん家まで歩いて行こうとしたのだ。お母さんが車で探しに来た。そう言えばそんなことがあったようななかったような。お母さんに聞いたことはあったが私自身の記憶はあいまいである。

 この文庫本は不思議なことに私の記憶だけでなく客観的な出来事も含まれているらしかった。

 高校生。勉強が追いつかなくなり学校へ行くのが苦痛だった。先生から、女子はちゃんとしてるものなのにお前は本当に宿題をやって来ないと白紙のノートを指して言われた。それから欠席も増えて、やがて追われるように中退した。半年の無の期間を経て高卒認定のために専門の塾に通い出した。そこからの進学は、地元の大学だと一学年上に同級生がいることになるので、嫌で、離れた地方の大学を受けた。ちゃんと合格して、一人暮らしが始まった。悠々自適だった。アルバイトもして、紅茶にハマり紅茶のイベントに行ったり、茶道具をそろえたりした。友達もたくさんできた。

 だがしばらくして大学での友達と大喧嘩して別れた。一時的にゼミのグループに入ったりもしたが卒業論文と同時にそれも別れて、卒業時には周囲のもやが霧散してくみたいに一人きりになっていた。その頃すでに地元の中学校の友達とは疎遠になっていて、高校の部活仲間は急に退学した私を心配してくれてはいたのだがやがて自然消滅、いわゆるそして誰もいなくなった。

 一度はその土地で就職したものの、一年足らずで辞めて地元に戻りアルバイトを始めた。心配していたより知り合いと再会することはなかった。

 それから昨日と同じ今日、今日と同じ明日を繰り返した。

 現在に至ると記された後は白紙のページが数枚あり、それで終わりだった。


 これは自伝やエッセイというより一枚飾りのオブラードを剥いだ素の記録に近いものだ。想像していたように未来のことは書かれてなかった。それにしても退屈な読み物だなあと正直思った、起承転結なんてもちろんないし。


「でも自分が誰にも読まれないなら、自分で読むしかないじゃないですか」

 私は目の前のカウンセラーにフリマアプリで買ったワタクシ小説の話をした。ここは最寄駅近くのマンションの一室で開業しているスピリチュアルカウンセラーのお店だ。雰囲気がいいのとカウンセラーのサッパリとした性格が気に入っていて、もう一年は通っている。

 カウンセラーは私の右手を両手で包み、マッサージしながら、ううん。と小声で唸った。

「何でもない人のその、ワタクシ小説って意外と需要があるんじゃないです? 要は日記の覗き見趣味的な」

 確かにそれはエッセイでもなく、販売ルートに乗ったものでもなかった。見られることを前提として書かれたものですらない。

「ええ……じゃあ売られていたということは私のそれも誰かに読まれていたってこと?」

 急に恥ずかしくなってきた。人生がつまらなすぎて、読んだ人がいたとしたら鼻で笑ったに違いない。

「まあまあでもどうと言うことないんじゃないですか。例えば下着泥棒なんかは中身の人間が美女かブサイクかなんてそこまで気にしないでしょう? 下着に需要があるんであって」

 ちょっと乱暴な気がするけどそんなものかなあ。だとしたら買い戻せて良かったのかな。不特定多数の他人に自分を一方的に見られる可能性があるのってやっぱり気持ち悪いし。


 帰宅して、ふと思いついて、私はフリマアプリでワタクシ小説を検索してみた。すると何件かヒットした。

「買ってみようかな?」

 ふとそんな気になって購入ボタンを押した。他人に自分の日記が見られるのは嫌だと言いながら、他人の日記を読んでみたい。特に作家の。売られてるんだから見てもいいじゃんと自分に言い訳をした。

 届くのを待ってる間、意外とわくわくしていた。一週間と待たずにその本は届いた。早速、読んでみる。

 簡潔に、つまらなかった。よく考えれば私のように何の変哲もない人生を送っているアマチュア作家は星の数ほどいるのだ。この人のそれもただただそのうちの一つだったと言うことだ。

 しかし私は懲りずにまたワタクシ小説で検索してみた。すると初めて八千円と言うなかなか高い値段のものがヒットした。その人の名前を検索すると地元では有名な作家だということが分かった。どうしよう気になるな。どんな人生が書かれているのだろう。

 そう思っていたらそれはあっという間に売れてしまった。


「次出たら値段を気にせず買おうと思って。ほらよく言うじゃないですか。値段が安いのが理由で買うと後悔するが、値段が高くても欲しいものは後悔しないって」

 ではその元手はどうする? 私にはアイデアがあった。

 私は先日手に入れた他人のワタクシ小説を八千円の価格をつけて出品してみた。なんとそれはすぐに買われた。本人に買われたのかも知れない。あるいは私が調べきれなかっただけでそれなりの人だったのかも知れない。何にせよすぐにうまく儲けて私は嬉しかった。そして毎日出品をチェックしていると一万円という更に高い額のワタクシ小説がヒットした。二千円の差額があるのでちょっとためらったけど、やっぱり気になるので購入してみた。今回も知らない作家ではあったが、ちゃんと大手出版社から本を出している作家のようだったので期待大だ。

 期待は残念なことに裏切られた。八千円の売り上げを使って買った高いワタクシ小説はだいぶつまらなかった。その作家の人生はなかなかに波瀾万丈なのだが、正直、だからどうしたって感じがした。よく考えたら自分の人生に厚みがないのに他人の人生に厚みを見出す力があるわけなかった。感動は共感から生まれるのだろうが、私とその高値の人は違いすぎて共感が難しかった。元値に送料手数料を乗せて売るとすぐ売れていった。無名ではないし、分かる人には分かるのか、あるいは私のように高値の人の人生を読んでみたい人が買ったのかは分からない。


 こうして私のワタクシ小説ブームは終わりを告げた。手元に残ったのはつまらない私のワタクシ小説だけ。私はガラスキャビネットの本棚に、それに布のブックカバーをかけて、大切にはしたくて、しまった。

 何だかな。人生は小説のように面白くはいかないらしい。人生は作家の手腕で物語に仕立てられるのだと気付きそれだけは成果だったかなと思う。

 だから私はこの話をちょっと脚色して書いてみたのですがどうでしょうか? 少しでも楽しめたなら幸いです。明日も頑張ります。これにて終わり。

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