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クリスマスの宝物

作者: 灯影
掲載日:2026/06/04

 


 十二月。

 クリスマスと皆がはしゃぐ今日、地元の商店街でオレはサンタのストラップ配りをしていた。


 おもちゃ屋の宣伝のため、店の前を通る子供連れに無料配布をするのだ。


 手造りの割には可愛いと中々好評で、ダンボール山盛りあったストラップはあと二つしか残っていない。


 気乗りしないながらも、仕事と割りきってオレは朝から頑張った。昼にしてこの量にまで減らしたのだ。


 だからもうゆっくりしていいだろうと、勝手に結論付けて通りから少し外れた休憩場所に向かった。

 その途中、学校の友達に出くわして案の定揶揄われた。


 ――もう最悪だ。


 サンタのイメージを壊さないようにと、叔父からもらった赤い色のネックウォーマーを、腹立ち紛れに鼻の上までグイっと上げる。


 それまで痛いくらいだった鼻の冷たさがじわじわと和らいでいった。


 サンタが赤い鼻なんてトナカイかよ、と独りで突っ込む。


 休憩場所には電気ストーブが置いてあり、そこの真正面に椅子を持っていった。 


 体が冷えているのでなるべくゆっくり座った。


 足元からじわりじわりと温もりを感じ始めた時、オレは自分の腕で冷たくなった自身を抱きながら、こうなった経緯を思い出してため息をついた。





 商店街にあるおもちゃ屋さんを経営してる叔父に頼まれて、サンタの格好をする羽目になったのはつい昨日の事だった。


 たまたまうちに遊びに来ていた叔父が、クリスマスプレゼントだと言ってオレが欲しかったものをくれた。


 そして叔父は欲しかったものを貰って、何も知らず興奮しているオレにもう一つプレゼントをくれた。


 一個目のよりも、包装が派手でオレの期待は膨らんでいた。


 膨らんでいたんだ!


 なのにプレゼントの中身は、サンタ特有の赤いビロードの上下服に、同じ生地で作った帽子。御丁寧に白いモコモコつき。


 それもとても立派な。


 叔父は笑顔でオレにこう言った。


『メリークリスマスは商店街で!』


 ……あーあ。まあ、いいんだけどさぁ。


「メリークリスマス……」


 そう呟くと白い息がふわっと舞った。




「メリークリスマス! サンタさん」


 不意に後ろから飛んできた声は、どこかで聞いたことのある声だと思った。


 ――でも思い出そうとすると、すぐ霧みたいに消えた。


 振り向くとそこには、同い年くらいの女の子が手を振っていた。

 明るい栗色の髪が、肩あたりで揺れている。


 ……これはオレが手を振られているのか?

 恐る恐る手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑って近づいてきた。


 知り合いか……?

 いや、見たこと……ある気もするしないような?


 ぐるぐると考えている間に、彼女は隣の椅子に腰掛けた。


「突然ごめんね? 何かサンタさんとお話ししてみたくなっちゃって」


 彼女はそう言って微笑んだ。


 なんだーーこれーー。

 どうするのが正解なんだよ!


「あの……ぼくサンタの格好してるけどサンタではない……いや、サンタですけど……えー?」


 明らかにテンパってしどろもどろなオレに彼女は声をあげて笑った。


「大丈夫、とって食ったりしないから」


 笑う度に揺れる長くも短くもない髪が、とても魅力的に見えてドキリとした。

 透き通るような白い肌に、明るい栗色がよく似合っている。


「ね、今日はクリスマスでしょ? だからサンタさんと話したら良い記念になるかなって」


「なりますかね?」


「なるなる!」


「でも話すって何をーー」


「今、いくつ?」


「食い気味ー! 16ですけど」


「んじゃ好きな食べ物は?」


「母親の作るハンバーグかなー」


「あーー、ハンバーグ! 美味しいよね、あたしも大好き! ……なんか食べたくなってきちゃう」


 何が楽しいのか、前のめりにガンガン来る彼女に、オレは魔法にかかったかのように色々な事を話した。


 好きな色、好きな芸能人、嫌いな事、通っている学校、友達の事、果ては近所のおばさん達の近況まで。


「姉弟はいるの?」


「兄妹? 妹がね、いるよ。すっげ生意気」


 そっかあ、と今までと同じように微笑みながら相打ちを返してくる。


「仲は良い?」


「どうだろう。やっぱり妹だから身内だし、生意気でも愛情はあるかな」


 言っていて恥ずかしくなったオレは、勢いで彼女に質問をした。


 思えばこれが初めてのオレからの質問だったと思う。


 我ながら下手なナンパみたいだった。


「そんなことより! 名前教えてくれませんか?」


 少女は驚いた顔をすると、ナンパみたいと笑った。


「名前? んー、どうしよっかな。ほんとは言っちゃだめなんだけど君は特別ね」


 ユウコって言うの、と耳元で小さく囁かれた。


 高校生になり立てのスポーツ少年にそれは刺激がきつかった。

 思わず体が固まる。


 どうして言ってはだめなのか、不思議に思ったけどそんな事は今はどうでも良かった。


 耳が真っ赤になってるのを、隠すことのほうに必死だったからだ。


「純情だねー」


 嬉しそうに笑っている彼女からオレは恥ずかしさを堪えつつ顔をそむけた。


 彼女はオレの顔を覗き込むようにして、じっと見ていた。


 一層顔が火照ってしまう。


「で、君は? 名前なんて言うの?」


 この質問で、オレは一気に冷静さを取り戻した。


「内緒」


 彼女の目から逃れるようにオレはそっぽを向いた。


 これだけは、嫌だった。オレは自分の名前が好きじゃない。年寄りくさいし、何よりみんなに笑われるのが嫌だった。


「えー、なんで?」


 顔をかしげて見つめてくる気配がする。


 名前じゃなかったらなんでも教えてしまいそうな――父さんがエロ本を隠してる事とか――小悪魔な仕草だった。


「それでも、言いません」


「ふーん、あたしは特別に教えてあげたのに、拒むんだ?」


 言いながら彼女は、両手を握ったり開いたりしている。


 やばい、あのポーズは! と瞬時に思う。


 散々母さんからお仕置きで食らっているアレをする動きだった。


 そう思った時にはもう逃げられなかった。


「こちょこちょこちょ」


「やーめーてー!」


「こちょこちょこちょこちょこちょ」


 口に出してこちょこちょ言われると、こそばいのが倍になる気がするのはオレだけだろうか。


 やっと開放された時には、全体力を消費したようにぐったりしていた。


 言葉にもならず、尚ぐったりなオレに彼女は微笑みながら話した。


「名前っていいものだよ、いろんな想いが込めてあるからね」


 そう言うと、彼女はゆっくり椅子から立ち上がった。


 髪が強めの風で煽られている。


「ごめんね、仲間が呼んでるからもう行かなきゃ」


 椅子の背もたれに寄りかかったままのオレに近づくと、そっと頭を撫でた。


 その瞬間、まだ昼間なのになんだか辺りがじわりと暗くなった。


 やばい、貧血? と思った時には目の前が完全に暗くなる。


 急だね、とか、もう行くの? とか、言う暇もなかった。


 ただ、どんどん意識が遠のいていく。


 最後に何かが聞こえたきがした。


 次に気付いた時、目の前にあったのはオレを覗き込む母さんの心配そうな顔だった。



 **************** 



「気が付いた? 大丈夫?」


 母さんは冷えたタオルを額から取ってくれた。枕をクッション代わりにして壁にもたれる。


「……なんで家?」


 少しボーっとしながらも、頭が段々覚醒してきた。 


 高志叔父さんがね、と可笑しそうに笑った。


 話によると、様子を見に叔父さんが外へ出たところオレの姿がなく、休憩かと思って休憩所へと移動したそうだ。


 だけどそこには、真っ青な顔で椅子にもたれていたオレがいたらしい。


 それを見た叔父さんは半ばパニック状態になって、右往左往する間に電気ストーブの線に足を引っ掛け転倒し、おでこを椅子にぶつけたらしかった。


 そして、オレを抱えて家に来たときには見るも無残な姿だったらしい。


「ほんと、高志叔父さんのおでこから血はたれてるし、あなたはぐったりして動かないしでてんてこ舞いだったわ」


 その様子を思い出したのか、母さんはまたふふと笑いだした。


「あ、そうだ! これね叔父さんから」


 そう言った母さんはエプロンのポケットから紙袋を取り出した。


 白く小さめな袋には、パステルで『Happy Birthday!』と書かれている。


 袋を開けると、箱が入っていた。


 蓋を開けるとそこには、黒皮のバンドがかっこいい腕時計が収まっていた。


「うそ! 何これ、どうしたの!」


 軽く興奮して母さんのほうを向くと、その後ろにあるドアから叔父らしき服が見えた。隠れて様子を見ているつもりだろう。


 叔父の中々なサプライズに心の中がほっこりと温かくなった。


「ありがとう叔父さん! すっげ嬉しい!」


 ばれている事にびくっと体を振るわせつつ、恥ずかしそうに部屋へ入って来ると叔父さんは大丈夫か? と聞いてきた。


 おでこの大きな絆創膏が少し可笑しかった。


「そう言えば、お前今日子供たちから『サンタさんありがとー』って言われるたびに複雑な顔をしてたな」


 肩の辺りを叔父さんがげん骨で軽くコツいてきた。


 だって……と呟いた時、母さんがベッドの脇に腰掛けるとオレに言った。


「自分の名前がまだ嫌いなの?」


 悲しそうに聞いてくる母さんに、たまらない罪悪感を覚えて口ごもった。


 そんなオレを責めるでもなく、母さんはふわりと笑った。


 名前の由来教えてあげようか、という母さんにオレは無言でうなずいた。


 そういえば聞いたこと無かったな、とうっすら思う。 


 叔父さんは黙って床に座る。


 そうして寝物語のように母さんがゆっくりと話し始めた。






「あなたが産まれた日ね。雪が降っていてすごく寒い夜だったの。母さんはいつも通り入院してるお姉ちゃんの世話をしてたのよ。


 お姉ちゃんは、あなたも知ってると思うけれど、十四歳の時に癌が見つかってそこから入退院を繰り返していたわ。


 手術をしても年齢の若さが仇となって癌の進行は止まらなかった。十五歳になったとき、来年の誕生日を迎えることは無いでしょうって宣告も受けた。


 だけど、あの子はずっと笑って過ごしていたわ。あなたを授かった時もお母さんのお腹に耳を当てて優しく話しかけるのよ」


 そこまで話すと母さんは、かるく深呼吸をした。


 言葉が震えてきているのはオレも叔父さんも感じていたけど、ただ黙って続きを待った。


「あの日――十六年前の今日は、クリスマスだった。お姉ちゃんが元気なうちに産んであげたいっていう願いが届いたんだって嬉しかった。それまで陣痛の気配もなかったのに、急にきたのよ」


 ほんと、赤ちゃんの頃から元気だったのよ、とオレを見ながら呟いた。


「日をまたぐ事無く安産だった。 産まれたてのあなたを見に、お姉ちゃんは車椅子を看護師さんに押してもらって本当に飛んできたの。あの時のあなたの産声と、ぎゅっとあなたを抱いたお姉ちゃんの泣き顔は一生忘れないわ」


 叔父さんが鼻をすする気配がしたけど、オレは見ることが出来なかった。滲んでくる涙を堪えるのに必死だったから。


「そのあと、家族や親戚が皆集まってきてね。もうずっと赤ちゃんを授からなかったものだから、無事に産まれて皆大騒ぎだったわ。その時よ――」


 母さんがオレの目を見つめて言った。


「お姉ちゃんが、あなたの名前を思いついたって皆に言ったの」


 衝撃だった。自分の名前はおじいちゃんか親かが付けたと思っていた。時代から退行している名前だから。


「お姉ちゃんはこう言ったわ」


『この子はね、私やお母さんやお父さん、親戚の皆にこれだけの笑顔をプレゼントしてくれたんだよ。だから絶対この名前しかないと思うの!』


 叔父さんが泣き笑いの顔でオレに言った。


 年頃になると嫌がると思うぞって一応止めたんだけどな? 全然聞く耳もちやしねーんだ、と。


「そしてそれから一週間後にお姉ちゃんは逝ったわ。誕生日を迎えることは出来なかったけど、いい夢を見てるようなほんのりと笑顔でね、眠るようだった」


 ――喉が渇いたわね、と言って、母さんは台所へと向かった。気付くと結構な時間が過ぎていた。


 自分の誕生を皆が祝ってくれたという話はもちろん知っていた。だけどその詳しい背景は知らなかった。


 オレはただ黙って布団を見つめていた。


 しばらくして、母さんがお待たせといいながら三つのお茶を持ってきた。


 温かいお茶をすすり、一呼吸するとまた話し始めた。


「あの子は自分が亡くなる前に、家族に向けてメッセージを一言くれたの。お母さん、お父さんには言葉で。あなたはまだ小さかったからメッセージつきの写真で」


 そう言うと、ポケットから一枚の写真を取り出した。オレに渡す前に母さんはじっとその写真を見つめて微笑んだ。


「はい。少し色あせてはいるけどまだまだ綺麗なままで良かったわ」


 伸ばした手が強張って震えていることに自分で驚いた。


 しかっりしろ。


 大きく息を吐いて写真に視線を移した。


 毛糸の帽子をかぶり柔らかそうなおくるみに包まれて眠っている赤ちゃんと、お揃いの帽子をかぶってこちらに向かって笑顔でピースをしている少女。



 写真の裏には、薄い筆圧で書かれたメッセージ。



 *************************


 私に新年をくれてありがとう。


 あなたのお陰て頑張ることができました。


 だけど何より、一番嬉しいプレゼントはあなた自身です。


 私がプレゼントできるものは名前しかないけど……



 Merry Christmas! 


 私の三太 From 優子


 *************************


 

 涙がどんどん溢れて止まらなかった。

 知らなかった。

 そんなふうに思ったことなんて、一度もなかった。

 オレが――誰かのプレゼントになれていただなんて。


 違う写真で姉ちゃんを見たことは何度もあった。なのに、何故今まで気付かなかったのか。


 昼間頭を撫でてくれたのは姉ちゃんだった。


『じゃぁね、ありがとう! 三太!』


 昼間の声が蘇る。


 名前を言いたくないといった時、オレが顔を背けた時、姉ちゃんはどんな気持ちだったんだろうと思うと胸が痛くて、痛くて、また涙が溢れた。


 ――まさかそんな強い想いが自分の名前にこめられているなんて思わなかった。


 クリスマス生まれなんてついてないとずっと思ってた。


 でもそれが皆には奇跡だったんだ。


 あのあと母さんに何で今まで見せてくれなかったのか聞いたら『お姉ちゃんが十六歳の誕生日に渡してって言ったのよ。あなたと一緒に誕生日を迎えた気になりたいからって』と言われた。



 そうしてあれから何度もクリスマスを迎えた。


 相変わらず仲間にはその時期になると『三太さん』と茶化される。


 だけど今はもう名前を呼ばれる度に優しい思いに包まれている。


 オレはみんなのサンタなんだ。


 十六歳のクリスマス。

 自分の名前が宝物になった。


 クリスマスの夜は、今年も少しだけ寒かったけど――でも、もう嫌いじゃなかった。




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