第八話 紫の影
昼休み。午前中のロングホームルームで散々な目にあった俺は気持ちを切り替える目的も兼ねて学食を訪れていた。まぁ目的がなくても弁当持ってきてないから学食なんだけど。
昨日よりも混雑しているように見える。おそらくだがこの時期は物珍しさで学食を利用する一年生が多いのだろう。彼らのルーティンが定まるまでは窮屈な昼食になりそうだ。
今日のメニューは日替わり定食にした。曜日ごとで異なる謂わば週一限定メニュー。そう思うと何だかスペシャルに感じるから不思議だよな。
「さて、今日は空いているかな」
一人で席を探す。……ボッチで悪かったな。まだ二日目なんだから交友関係はこれからだろ。しかも俺には交友よりも好感度を稼ぐ必要がある(他人の)。灰色の青春かもしれないが、死ぬよりはマシだ。――命よりも大切な物なんてないんだから。
空いているスペースを運良く発見。これは幸先がいい。このままランチタイムといくか。
「お、いたいた〜。やっと追いついたよ」
「げッ……」
猫撫で声のトラブルメーカー。人を苛立たせることに長けているのだろう友人キャラがニヤニヤしながら俺に声をかける。
「嫌だな〜、げッ何て言わないでよ」
「何か用?」
冷たくなるのも仕方ないだろう。どういうわけか俺は安達に目を付けられたらしい。ヒロイン達のような美少女ならともかくモブキャラをターゲットにする意図が分からない。
「いやさ、白瀬が直ぐに教室を出たから学食だと思ってね。目的地が一緒なら是非お昼を共にと考えたのさ。ちなみにこの夫婦とは昨日約束をしてたんだ」
夫婦と言われて嫌そうな赤嶺に苦笑いの黒津。そうか、この三人は昔から知る仲だからか。にしても良く赤嶺が了承したな。お互い学食でも絶対バラバラでってなりそうなのに。
「席なら……あっちの方がいいんじゃないか。導線的にもオススメだよ」
「白瀬がいるならここがオススメさ☆」
うぜぇ……。何だこの友人キャラは。ネームドキャラがモブに絡むな。ルール違反だぞ。
「無駄よ。こいつ昔からそうだから」
「はは、宗は人の話を聞かないからね……」
黒津と赤嶺が並んで座り、安達がよっこらせと俺の隣にくる。……何でお前が隣に来る。俺は黒津君と仲良くなりたいが、ウザい友人キャラはお断りだぞ。
「おっ、何食べてるの? 学食の裏メニュー?」
「そんな物はない。これは日替わり定食だ」
「日替わり定食か。僕はうどんだね」
「亜樹斗は昨日もそうだったじゃない」
俺が何を食べようが関係ないだろ。お前達はラブコメをさっさと始めろよ。失敗したら一人の人間が死ぬんだぞ。もっと真面目にやりなさい。
「白瀬はどこの中学? 家はどこ? 俺達電車通学なんだ。帰りが一緒なら遊んで行かない?」
「……遊ばない。仲が良い君達三人の邪魔はしたくないからな」
「いやいや、熱々なのはこの夫婦の方さ。俺はいつもラブラブっぷりを見せられて糖分マックスで辛いんだよ」
「……それに俺を巻き込むと?」
「違うから。安達は勝手なこと言わないで」
教室と同じように筆箱がぶつけられることはないが、赤嶺は冷たく安達を睨む。……俺まで一緒に睨まれているように感じるのは気のせいだろうか。
「宗も懲りないよね。というか僕の扱いが二日目にして最悪なんだけど」
「お前の自業自得だろ。青宮さんと黄原さんも狙う愚か者め」
「全然違うから。話したことないし。はぁ……」
……そこの部分は安達に賛同するな。幼馴染ヒロインとのルートが確約されない以上、一本で絞るのは危険過ぎる。仮に上手くいったとしても始業式前に破局してしまえばもう取り返しがつかない。理想は二学期終わりくらいで攻略完了、三学期でラブラブクリア。可能なら三人同時攻略のハーレムルートを築いて欲しい。最悪誰か欠けても保険があるからな。
「何で安達君はそう思ったんだ?」
「勘だよ勘。こいつは昔からそういう気質があるんだよ」
「へぇ、黒津君も隅におけないね」
「ち、違うよ! 宗が言うことを真に受けないで」
「ハーレム王が言うことを真に受けないで! 白瀬も狙われてるよ!」
「「は?」」
シンクロする俺と赤嶺。……俺が怒るのは分かるが、何で赤嶺もキレてるんだ。なんか主人公を凄い形相で睨みつけている。……あれか、浮気相手が女ならともかく、男に負けるのが気に食わないのか。意外と二人の関係は良好かもしれない。――俺は同性愛者じゃないぞ(怒)
「それは絶対違うからッ! 僕はノーマルだ。女性が好きなんだ!」
女性が好きとか叫ぶから注目を集めてしまう黒津。上級生達が笑っているぞ。主人公のあだ名は明日から女好き笑だろうな。可哀想に。
「ほらやっぱりお前は女の子大好きマンじゃないか。や〜い、や〜い」
「安達やめてくれない? 高校生にもなって恥ずかしくないの?」
「そうかな? 異性が気になるのは年相応だと思うけどねー。赤嶺に気になる人ができたなんて、俺はそっちの方が驚きだよ」
「は? はぁ⁉︎ わ、私がいつそんなことを言ったのよ⁉︎」
わちゃわちゃするメインキャラ達。俺は何を見せられているのやら。内輪のノリって他人からすれば物凄く寒いからな。……でも彼らにとってはこれも青春の一コマなのだろう。十年前の俺とはえらい違いだ。
何となくセンチメンタルになった時、ふと何かを感じた。粘りつくような憧憬に近いモノ。――これは俺にではなく主人公達に対する感情。
「グフッ……本物だ。まさか本当に実在するなんて」
その言葉が耳に届いた時、彼女は既に通り過ぎていた。入学式の日に見たヤバい女だ。原作にいないキャラのはずなのに何故か既視感を抱いてしまう。
「ん? 何々どうしたのさ白瀬君? 好みの女の子でもいたのかい?」
「……へぇ、ちなみにどの子?」
「違うから。じゃあ俺は食べたからお疲れ」
メインキャラ達の日常を邪魔するわけにもいかない。俺は出しゃばりすぎないモブキャラを目指しているからな。
……それにしてもあの女子生徒。調べる必要があるかもしれないな。
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好きな食べ物はマグロ。趣味不明。……か、彼女はおそらくいない。基本学食。徒歩通学だから家が近い、もしくは電車。――情報が少ないわね。
…………決してストーカーじゃない。断じて違う。これはあくまでも同級生として彼のことを知ろうとしてるだけ。下心なんてない。今まで会ったことのない男子だったから、単純に仲良くなってみたいだけ。そう、友達として。
昼休み。本来ならあの男と一緒なんてゴメンだった。ただでさえ自己紹介で私の理想の高校生活を破壊されたのだ。二度と口を利きたくない……けど学食に行く彼を見て安達が追いかけようと亜樹斗に絡む。……これもまた仕方ない。あの馬鹿が彼に失礼の無いよう私が見張るのだ。これは決して利用したわけじゃない。――結局大した情報は得られなかったけど。安達がウザ絡みするだけだった。
「ん? 何々どうしたのさ白瀬君? 好みの女の子でもいたのかい?」
大した情報はない。でも安達が言ったように彼は確実に誰かを見ていた。それが誰だったのかまでは分からない。けど女の子を見ていたのは間違いない。女の勘。
そして、その答えは思いの外早く訪れた。
休み時間。A組の教室を見ている女子がいた。紫色のロングヘア。何処大人びた彼女は何かを探すように、確かめるように教室内を見て、そのまま去ってゆく。奥側に席のある私の位置からはっきりとは見えなかったけど、とても美人だった。同じ高校生なのに大人っぽくて綺麗だった。
普段ならそこまでの感想だったに違いない。いいえ、意識すらしなかった。なのに私の心は大きく動揺していた。
彼が食い入るように彼女を見ていたのだ。他の男子と違う彼が。――下心は感じられない。でも視線は彼女だけをおさめていた。私じゃない――名前すら知らない女子生徒を。その事実が私の心の平穏を乱す。




