第六話 ゲーム開始
ついに迎えた入学式当日。真新しいブレザーに身を包み学校を目指す。……今まで何をしてたのかって? そんなのカットだよ。モブキャラ白瀬君の日常なんて誰も興味ないんだよ。
校門の前には入学式と書かれた看板があった。桜が舞う出会いの季節。ギャルゲーの舞台である星空高校はサラリーマンの俺には眩しく、そして鬱陶しく感じられた。
「キター! ここから私の青春が始まるのだ! アハハハハッ――!」
……何か随分とハイテンションな女子高生が駆けて行ったな。俺の記憶と照らし合わせても情報はない。つまりはネームドキャラではないんだろう。紫色の長髪を靡かせながら嵐のように消えてゆく。……どうでもいいんだが、女子高生にしては、くたびれていた感じだな。見た目が老けてるとかじゃなくて。まあいいか。俺も急がなければ遅刻してしまう。
本来の俺なら三十分前行動をしていただろう。遅れるくらいなら余裕を持って動きたい。だがこの世界はギャルゲーで今の俺は高校生である。しかも徒歩のみで通学可能なのだから、ギリギリを攻めることも出来るのだ。ならば五分前くらいに到着すればいいかと思い現在に至る。
……ぶっちゃけると余り早く教室に行きたくなかったのが本音である。初めましての空気に、互いに牽制し合う感じが嫌なんだよな。しかも俺からすればあの空間は新たな職場であるのと同時に処刑場になる可能性もあるし……憂鬱だ。
――校門を進む。死へのカウントダウンが始まった。
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ゲーム世界を現実に置き換えたような光景を不思議に思いつつ校内を歩く。事前に案内されたクラス分けには1-Aクラスと書かれていた。主人公や各ヒロインなどの配置も原作通りAクラス。事前の知識が役に立たない最悪の事態は免れたようである。
三分前に到着。Aクラスの教室からは雑談でもしているのか、声が漏れている。……知り合い同士の会話なのか、初対面でもう打ち解けたのか。約十年ぶりの高校生活。俺はどうなってしまうのだろう。
入口を開けて見渡す。三十人クラスの教室は一つを除いて全て埋まっていた。どうやら俺が最後らしいが、遅刻したわけじゃないんだから堂々と歩き席に座る。
「……」
「……」
「……」
「……うそ」
何で静まりかえるんだよ。さっきまで雑談してただろうが。何だか教室中から視線を感じる嫌な空気。ちなみに最後のは赤嶺だろう。ファミレスでの邂逅から凄い偶然だとでも思っているのか。……ふん、俺は初めから全て知ってたぜ。
程なくして担任の先生(男性)が教室に入ってくる。入学おめでとうやこの後の流れなど事務連絡をしてくれた。そして、入学式は滞りなく行われ現在はホームルームとなる。……入学式? 僭越ながらカットさせていただいた。
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入学式後のホームルームは親御さんを交えて行われている。生徒の横に親が座り、学校の年間スケジュールやカリキュラム、直近での行事など様々な説明を聞く。各生徒に親が一名の構図だが、当たり前のように白瀬君の隣には誰もいない。――出張している両親は参加出来なかったのだ。朝メッセージアプリで入学のお祝いがあったのみ。俺としてはありがたい距離感である。
事前に親から学校に連絡していたからなのか、特に担任から何かを言われたりはしない。ただ生徒やその親から視線を向けられるのは偶然ではないだろう。興味心か同情かは不明だが余計なお世話である。……お前達は自分のことだけを考えてくれ。俺も自分本位でギャルゲー攻略を目指すから。
「それでは本日は以上となります。生徒の皆さんは明日からよろしくお願いします」
親がいるからなのか丁寧な先生。……明日からは砕けた口調になることをゲームを通じて知ってるぞ。……まぁ、俺よりも歳上だろうから、誠実に対応しようじゃないか。俺は上下関係に素直なサラリーマンだからな。
解散になったのに未だに帰ろうとしないクラスメイトとその親。まだ緊張感が抜けていないのか互いに様子でも見ているのだろう。だが俺には関係ない。もうストーリーは始まったのだから無駄なことは出来ない。……といっても初日はこれで終わり。ゲームでは何もなく二日目になっていた。なら学食で昼でも食べて帰るとしますか。一年生が使ったらダメってルールはないんだし。
昼時の学食は賑わっていた。通常営業の上級生達が各々ランチを楽しんでいる。……名前も知らないモブ達よ。俺もそこに混ざらせてもらうぞ。
頼んだオムライスと一緒に空席を探して徘徊する。俺のように一人で学食にいる勇者はいないのだろう。中々空きが見当たらない。
「……お、見つけた」
三人で食事を楽しむ女子高生達。ポツンと空いた席に座る人はいないのだろう。だが俺は座る。学食で立ち食いなんてそっちの方がヤバいだろ。
「すみません。ここ座ってもいいですか?」
「うん、いいよ〜。え……」
「「……」」
最初は気前良く言ってくれたのに、急に無言になる三人。……なるほどな。一年の俺が初日から学食を使っていることに驚いたのか。制服に着いてるIのバッチが学年を示してるのだ。ちなみに彼女らは二年生。
「そ、そっか〜、今日は入学式だったね」
「もう一年かぁ。ウチらも歳取ったし」
妙に高いテンションで若いなどフレッシュなど言ってくる先輩達。別に気を使わなくてもいいのにな。学校生活ではまず関わらないだろうし。適当に相槌を打ってると先に食事を始めていた三人は去ってゆく。……午後も授業があるのか。だるいなあー仕事よりはマシだけど。
邪魔者はいなくなったことだし、俺はオムライスに集中しようか。学食のものは家庭的なオムライスである。洋食店に出てくる如何にもみたいな雰囲気はない……そこがいいんだよ。親が作る家庭的なオムライスが好きだった。
味わう様に食べていると視界に入る影。……何だよ相席希望かよ。せっかくゆったり使えてたのに。
気づかないフリをして食べ続ける。話しかけられないなら応じる必要もない(傲慢)。
「えっと……ここいいですか?」
おいおいマジかよ。家に帰らなかったのか。
顔を上げると主人公黒津君とヒロイン①の赤瀬が俺を見ていた。
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俺の隣に主人公が座り、その正面に赤嶺。順当な配置ではあるが、初日から接触するとは思わなかった。ヒロイン達はともかく主人公とは可能な限り早めに仲良くなっておきたかったのだ。シナリオをコントロールするには彼の存在が必要不可欠。今の状況はまさに鴨ネギだ。
「僕達、確か同じクラスだったよね?」
「? そうだったのか。ゴメン気が付かなくて」
嘘だ。全部知っていたが、明日の自己紹介前に変に馴れ馴れしいのも不自然だろう。悪いがここは初対面で行かせてもらおう。
「亜樹、黒津君はともかく、私達ファミレスで会ったと思うけど……」
目を泳がせピンクの髪を触りながら訪ねてくる赤嶺。……これは照れた時の仕草だな。何でこいつが照れてるのかは不明だが。
「? そうだったかな?」
「……」
ピシッと静止するヒロイン。なんかロボットが止まったみたいで面白いな。黒津君はマイペースにたぬきうどんを食べてるのに。
「……絶対会った。間違いない」
「ごめん、記憶にないな。興味ないことは忘れちゃうんだ」
「きょ、興味ない……」
しつこいな。こっちが知らないって言ってんだから空気を読んでくれ。主人公君は彼女に興味を持ってくれ。どんだけ夢中にうどん啜ってんだよ。……美味そうじゃないか。今度俺も食べてみようかな。
「話を戻すけど、二人と同じクラスってことか。それで帰りに仲良くランチって感じかな?」
「……」
ピシッとまた固まる赤嶺。いや、普通に予想出来た質問だろ。主人公との関係がバレるのが嫌なのに、何故二人で学食に行こうと考えたのか。しかも同じクラスの男子に態々話しかけて。これじゃあ隠すどころかバラしてるじゃないか。
初対面の男女がいきなり二人では行動しない。なら必然的に旧知の仲だと誰もが思う……ただ俺は大人だからな。敢えて追求はしない。どうせ明日で広まるし。
「僕達は「ちゅ、中学は一緒だったのよ! ただそれだけだから、勘違いしないでよね」」
主人公を遮り前のめりに釈明する赤嶺。分かった分かった。俺は空気を読むから落ち着いてくれ。オムライスに集中させてくれ。
そうなんだと適当に相槌を打って食事を続ける。このままだと、どんどん自爆しそうで居た堪れない。必死に繕って明日全てがバレた時、このヒロインは何を思うのか。好感度に影響がなければいいんだが。
「自己紹介がまだだったね。僕は黒津でこっちがさ、赤嶺! よろしくね」
「? よろしく、俺は白瀬……どうした? 半泣きだけど」
「な、何でもないよ……」
案の定本番に弱い主人公。大方、桜と呼びそうになったところをヒロインに釘を刺されたんだろう。……おそらく脛を蹴られたな。可哀想に。暴力系ヒロインは最近流行らないぞ。
「……赤嶺。赤嶺桜」
「よろしく赤嶺さん」
予定よりも一日早い自己紹介になったが、まぁこの程度ならストーリーに影響はないだろう。モブキャラ白瀬が必要以上にヒロインと関わるのは避けたい。逆に主人公とは仲良くしたい。あいつは〇〇らしいぞなど、有益な情報を主人公に届けるナビゲーターを目指したいのだ。……友人キャラの安達と被るがそこはいいだろう。どちらかと言えばあいつはお調子者のラブコメイベントマシーンだから。上手く住み分ければいいさ。
「ご馳走様でした。じゃあ俺は帰るから」
「うん、また明日」
「……もう少しゆっくりすればいいのに」
髪をいじりながら小声で何か話すヒロイン。悪いが本当によく聞こえなかった。難聴系主人公なら言葉が発せられたことすら気付かないレベルだろう。もう少しはっきりと喋りなさい。
食事を続ける幼馴染コンビを残して俺は帰路に着くのだった。……ちなみに赤嶺は鮭定食だった。なんか渋いな。
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運命だと思った……違う嘘。偶然だと思った。まさかファミレスで会ったあの人と星空高校――しかも同じクラスで再会するとは考えてもいなかった。一体どんな偶然、どんな確率なのか。ちょっと特別なことを意識してもこれは仕方ないだろう。
――白瀬雪都。名簿と席から彼のフルネームを知る。見た目にマッチした綺麗な名前。桜なんてありふれた私とは違って少し羨ましくもなる。春になるとサクラが咲いたとよく男子に揶揄われることからあまり好きではない。
「ごめん、記憶にないな。興味ないことは忘れちゃうんだ」
初めてだった。男の子にそんなことを言われるのは。小学生の頃は男子にちょっかいを出され、中学時代は嫁や夫婦と揶揄われると同時にジロジロ見られることが増えていた。――異性として見られる。思春期の私にそれは苦痛だった。今日も入学初日にも関わらずそれを感じた。……だけど、あの男の子からは何も感じない。言葉通り本当に興味がないのだろう。――それはそれで悔しくモヤモヤしてしまう。何でかな。
「ふっ、ふふふ……」
「⁉︎ ど、どうしたのさ急に……」
ギョッとする亜樹斗。この小心者の幼馴染が苦手な空気を出さなかったということは、彼は良い人なのだろう。亜樹斗のこういったセンサーは昔からよく当たる。今回も参考にさせてもらおう。
同時に幼馴染の関係を隠さなければと強く思った。どういうわけか彼にはバレたくないと。




