第五話 主人公&幼馴染ヒロイン
転生二日目の朝はスッキリとした目覚めであった。これが若さというモノなのか。横になったら直ぐに睡魔が襲ってきてそのまま朝、いや正確には昼前だった。元の俺なら寝床に入っても三十分は寝られないのに。
「腹減ったなぁ」
昨日の夜はストックされていたカップ麺を拝借した。現実世界にはなかったメーカー品だったが、味は大して変化なく美味しく頂けた。……だからって毎日これはキツいぞ。育ち盛りの高校生がインスタント食品漬けは体に悪すぎる。それこそ、体調不良でヒロイン攻略に支障をきたすのは本末転倒である。……何か考えないとな。学校には学食があるし、俺は金持ち(他人の金)だから衣食住には困らないだろう。サブスク的なやつを始めるのもありだな。
「とりあえず外出してみるか……」
昨晩のタイミングで家や周辺情報、そして学校までの距離は確認済みである。徒歩十分で登校可能。駅も徒歩圏内で付近には大きな商業施設などもあり随分と好立地。親ガチャ成功のモブキャラが白瀬君なのだ。
適当に着替えてついに外の世界へ。エレベーターに乗り、エントランスを抜け、そしてギャルゲー世界に飛び出す俺……あれだな。全然感動ないわ。どうせ転生するならやっぱり剣と魔法のRPGが良かったな――それこそ俺が大好きだった……あれ? 何てゲームだったっけ?
またこれだよ。昨日気付いたんだが、俺は俺の名を知らない……ポエムじゃないよ?
自分や親の顔にこれまでの人生などしっかり覚えてるのに何故か俺含めた名前や一部の固有名詞が欠落しているのだ。……ちなみに課長の名前も覚えていない。
白瀬になったことが理由なのかは不明だが、とにかくそういうことなのだ。考えても仕方ないと昨日結論を出したのに、ソウルなゲーム名を忘れてしまうのは無性に悲しくなってしまう。俺の生き甲斐だったのにな。
せっかく良い気分だったのに暗くなってしまった。こんなことではヒロイン攻略など夢のまた夢。気持ちを切り替え散策を開始する。これがギャルゲー世界の第一歩だ。
「……なんか普通だな」
ゲームで見た街を実際に体感することで気持ちが高まるかもと思ったが、別になんてことはない。そこそこ栄えているなや現実世界と変わらないなくらいしか浮かばない。……それも仕方ないか。だって俺、このゲームに思い入れなんてないからな。無理矢理攻略させられた被害者なのだから。
そうこうしているうちに目的のお店にたどり着く。元の世界でもお世話になったファミレスである。……なんかショボいって? バカを言うな。ファミレスはいいぞ。ファミリーレストランを謳いながらもおひとり様で煙たがれることはない。疲れたサラリーマンも受け入れてくれる安心出来る飲食店なのだ。
「いらっしゃいませ〜、何人様でご来店……です、か?」
「? 一人です」
いつも思うけど、このやり取りに何の意味があるのだろうか。人数なんて見れば分かるだろ。店員によってはおひとり様ですかと一人の俺を見た上で言ってくるからな。
というか変な間だな。……ギャルゲー世界のファーストコンタクトだったんだけど、初手で何かやらかしたのか? 顔は洗ったし寝癖もない、服は家にあった良さそうな物。悪い部分はないと思うんだけど。
何処かボーっとした店員に案内され席に座る。やけに若い子だったから春休み中の高校生かもしれないな。当時の俺はバイトなんかしてなかったから、偉いなとも思う。同時にお小遣いがもらえないのかと不憫にも感じてしまう……まぁ彼女からすれば失礼な話なんだろうけど。
「うーん、何がいいかな」
メニューを見ながら考えるが、予想通り現実世界と大差はない。というかファミレスならそこまで偏りはないからな。無難な品揃えも武器の一つなんだろう。だからこそ俺もよく仕事帰りに使ってた。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
「? まだ決まってないです」
びっくりした。メニュー選びに夢中になって気付かなかったけど、まだいたのかよ。俺は自分のペースで頼みたいから他に行ってほしい。そもそも注文は備え付けのタブレットでも出来るし、呼び出しボタンもあるんだから。
「お悩みでしたら、こちらがおすすめになりますよ」
店員さんがページを捲りながら解説してくれる。……ファミレスってこんな感じだっただろうか。必然的に距離が近くなるし、何だかいい匂いが……いかんいかん。相手は子供。相手はギャルゲーのモブキャラ以下。赤の他人だろ。戒めよ。
「それじゃあ、このネギトロ丼定食を一つで」
「はい、分かりました。……私も好きなんですよね。少々お待ちください」
私も好きって……女子高生にしては渋いチョイスだな。若い女子はみんなパンケーキじゃないのか? それかパフェ。甘さは正義って考えてるもんかと思ってたよ(偏見)。……まぁ俺も甘いもの好きだけど。
注文を終えた後は料理が運ばれてくるのを待つだけである。この微妙な時間が何となく昔から苦手だ。仲の良い友達とかが一緒ならしゃべっているうちに来るのだろうが、一人だとスマホくらいでしか時間を潰せないし。……いや、やるべきことはあるじゃないか。死亡フラグを回避するという大願が。失敗すれば待っているのはよく分からない死だけである。――ギャルゲーの都合で殺されてたまるかよ。
入学式、物語初日をイメージしてると、来店を知らせるベルが店内に響く。どうやら俺と違ってお二人様らしい。店員に案内される形で俺が座る席を抜けて四人掛けのブースへ向かう客。俺の場所から丁度見える位置関係。――だからなのか。自然と二人の会話も耳に届いてしまうのは。まさか、こんな偶然があるとは思わなかった。
「よかったね。待ち時間がなくて」
「そうね。……知り合いがいないといいけど」
見間違えるはずがなかった。何どもプレイした(強制された)から記憶にしっかりと刻まれた二人の姿と声色。平凡な見た目の男子にピンク髪の自己主張が激しい幼馴染ヒロイン。
主人公(名前不明)と幼馴染ヒロイン――赤嶺桜との出会いであった。……一方的だけど。
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「問題なく下見も終わって一段落だね」
「うん。駅からも近くてよかった。雨の日は地下道も使えるから助かる」
何でこんな所に幼馴染コンビがいるのかと思ったが、そういうことか。電車通学の二人は春休みの内に学校までの道のりを確認していたのだろう。そして目的を果たしてファミレスデートと。うんうん順調そうで重畳である。……嘘だ。これは単なる幼馴染同士の交流でしかないんだろう。ゲーム開始時、幼馴染ヒロインの好感度は他ヒロイン同等にゼロスタートだったから。
「なんか、緊張してきたよ。大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ……あのバカが余計なことをしなければ」
「あはは……宗はお調子者だから」
ナヨナヨする主人公にため息の赤嶺。二人の話題に出てきたのは安達宗――所謂主人公の友人キャラである。幼稚園から高校までずっと一緒だった二人とは別に、安達は小学校からの縁を持つ関係。そして高校まで同じであることから、最早彼も幼馴染と言っても差し支えない間柄でもある。
「ちゃんと釘を刺したんでしょうね?」
「もちろんだよ。……後は宗次第だけど」
昔からの知り合いではあるが、赤嶺は安達のことを良く思ってはいない……どちらかと言うと嫌っている。好感度はマイナスってレベルの毛嫌いである。
赤嶺――幼馴染ヒロインは主人公との関係性をオープンにしたくない。幼稚園から高校までクラスは同じ、家は隣で、家族ぐるみの付き合いもある。だから一緒にいることが必然となり、周囲からはカップルや夫婦、旦那・嫁などと揶揄われることが多々あった。
それを赤嶺自身はコンプレックスに感じており、高校では絶対にそんなことがないよう、主人公経由で友人キャラをコントロールしようとしている……察しの良い人なら分かるだろうが、そこはお約束の友人キャラ。自己紹介のタイミングで全てをぶちまけるのが安達宗という男なのだ。
「桜からも直接宗に言えば自粛するかもね」
「何?」
「……あ、そうだった。赤嶺から言えば大人しくなるかもね」
「無理よ。あいつ絶対調子に乗るから」
おお、ゲームであった設定だな。名前呼びだと付き合ってると誤解されるから苗字で呼び合う約束だなこれは。でも好感度が高くなると、言い出しっぺの赤嶺から桜って呼んでとデレるのだ。……勝手な奴だな。
「亜樹斗の方がまだマシでしょ。私はあいつと関わりたくないから」
「えぇ……僕には苗字で呼べって言ったのに」
「今は誰もいないでしょ。私は直ぐに切り替えれるけど、亜樹斗の場合は本番に弱いんだから慣れなさい」
ブフッ……いかん、つい吹き出してしまった。赤嶺の自分ルールに対してではない。主人公の名前にである。亜樹斗って中々に厨二な感じだよな。これは主人公に用意されている標準ネームで、公式設定でプレイしたいユーザー向けに準備されていたものである。
つまり、黒津亜樹斗が主人公と。
「とにかく、そういうことだから。アンタは安達を見張りつつ秘密を守るのよ」
「そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「……ジロ」
「! 分かった、分かったよ」
美少女幼馴染の存在を主人公は隠したくない……ということではない。単に赤嶺とは違い気にしていないだけ。また現時点では互いに異性としての感情はなく、仲の良い幼馴染でしかないのだ。……これはいかんな。二人にはさっさとラブコメを演じて頂かなければ俺が死ぬ。
「あれ、どこに行くの? トイレ?」
「……アンタねえ、デリカシーのない男子は嫌われるわよ。――そんなことで彼女出来るのかしら?」
「⁉︎ よ、余計なお世話だよ」
ヒロインが席を立つ。おっといかんいかん。注視していることがバレたら変態扱いされてしまう。情報収集はこれくらいで終わりだ。せっかくのネギトロ丼が冷めてしまうからそろそろいただくとしようか。
あなたのことなんてまるで眼中にありませんよ、と澄まし顔でネギトロ丼を食す。……うん、やっぱり上手いな。そりゃあ専門店には劣るだろうが、リーズナブルな金額でそこそこ美味なくらいが丁度いいんだよ。
「……」
ん? おかしいなデジャヴかな。何だか視線を感じるんだが。
「……」
「……」
気にせず無心にネギトロ丼を食べる。味噌汁を飲む。にも関わらず視線の主に動きはない……何でだよ。早くどこかへ行ってくれ。――まさかお前もネギトロ丼が好きなのか。流行り過ぎだろ。
居た堪れない空気。ネギトロ丼を無心に食べ続ける少年をピンク髪の少女が凝視する光景(推定)。何なんだこれは。主人公(亜樹斗笑)は何をしてるんだ。早く助けてくれ。
……仕方ない。ここまでされて無視を続けるのも逆におかしいか。今気付きましたよという空気で視線を上げる。そこにはギャルゲー『星空に瞬く君達へ』で見た赤嶺桜がいた。ゲームだからこそ成り立つピンク髪。高校生にしては発育の良いスタイルに芸能人顔負けのルックス。まさにヒロイン。
「あの、何か?」
「! ……何でも、ないです」
一言。ただそれだけを言い残してお手洗いの方へ消えてゆく。……いや何でだよ。何か文句の一つでもあったんじゃないのか。最近の若者はどうなっとるんだ(怒)。
ちなみに黒津君はこちらに気付かず呑気にスマホを眺めていた。やれやれだぜ。
このまま残っていたらまた幼馴染ヒロインに絡まれるかもしれない。速やかにネギトロ丼定食を食べて足早にファミレスを後にするのだった……逃げてないよ。
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「いいよね桜は。愛する旦那がいて。私も早く恋をしたいわ〜」
昔から嫌だった。幼馴染との関係を茶化されるのが。亜樹斗を嫌っているわけじゃない。幼馴染として大切に想っているが、ただそれだけで特別な感情はなかった。
中学に上がると誰々が誰を好きで告白して、振られて、付き合ってなどの色恋沙汰が増えたが、私にはさっぱり理解が出来なかった。友好と親愛に何の違いがあるのか分からない自分は幼いのだろう。恋バナなんて受験勉強よりも難易度が高かった。
「! ……何でも、ないです」
早足で逃げるようにお手洗いに駆け込む。なんで初対面の相手にあんなことをしたのか分からなかった。
初めは女の子なのだと思ったが、服装からして男の子。女子でも男子でも自分には関係ないはずなのだが、何故か止まる足。惹きつけられる視線。その男の子はとても綺麗だった。
見た目だけの話ではない。外見から内面、一つ一つの所作に気品を感じた。
……別に一目惚れというわけじゃない。私はそんなに単純ではない。ただ、何かが変わる。そんな気がした。
お手洗いから戻る時、その男の子は既にいなくなっていた。
「……また会えるかしら?」
「ん? 何か言った?」
「何でもない」




